にいさんはねこ!
■ねこのきもち
任務は滞りなく終了した。
その後、捕縛した盗賊団全員を事後処理部隊に引き渡し、おれたちは里に戻って火影に任務完了の報告、解散という流れになった。
ナルトたちはこれから恒例の一楽に繰り出すらしいが、その誘いは断った。おれは一刻も早く兄さんが元通りの兄さんになれる方法を探したかった。
名残惜しげな三人と別れて、兄さんと共に里の通りを歩く。向かったのは術関連の書物も多い、木ノ葉の図書処だった。だが、人を猫と思い込ませるような妙ちくりんな術についての書がそう簡単に見つかるはずもない。おれは幾らかして退屈そうに横で欠伸をする兄さんを連れ、図書処から退散した。
もちろん何かしらの記述があの膨大な蔵書の中にある可能性も捨てきれない。だが、それよりは家の蔵や兄さんの部屋にあるうちはに纏わる幻術の書を漁る方が余程早いように思えた。兄さんは昔から多くの術や知識に通じている。ただ、こんなときに一番頼りになりそうなその兄さん当人が猫であることがこの上なく痛手だ。
しかし今日一日を思い返すに、兄さんは確かに言葉や仕草こそ猫になってしまっていたが、もしかすればおれの言うことはちゃんと理解しているのではなかろうか、とおれは考え始めていた。たとえば鳴いたり、頬を擦り寄せてきたりする仕草も気まぐれなどではなく、おれに伝えたいことがあってのそれなのではないだろうか、と思うのだ。
そこで家への帰り道、おれは書店で「ねこのきもち」という雑誌を手に取り、買い求めた。兄さんとの意思疏通ができるようになれば、少しは事態の打開に繋がるかもしれない。
片手に書店の包みを抱え、もう片方で兄さんの手を引きながら、家路を急ぐ。
時刻は午後三時を少し回った頃だろうか。里の大通りにも徐々にアカデミー帰りの子供たちや任務明けの忍たちの姿が目立つようになる。
まさか警ら中の父さんと鉢合わせにならないだろうな。そんな警戒をしつつ歩いていると、突然兄さんがぴたりと立ち止まった。兄さんの手を引いていたおれはつんのめり、その場でたたらを踏む。
「おい、いきなり何だよ」
兄さんを振り返る。
任務終了後は再び「にゃあ」は禁止だと言っておいたため、兄さんは無言でおれの手をぐいっと引いて、目線で通りに面したとある店を指し示した。
任務に行く前にも物欲しそうに見つめていた兄さんお気に入りの甘味処「甘栗甘」だった。そういえば、あのときも未練がましく宇治金時を眺めていたっけ。
「…そんなに宇治金時が食べたいのかよ」
人間に戻るのと宇治金時を食べるのとがどうして兄さんの中で釣り合うのか、おれにはさっぱり理解できない。
だが、今朝からろくなものを食っていなかった。任務へ行く途中に携帯食を半分ずつにして食べたくらいだ。
「しかたねーな」
おれは兄さんの手を引いて、女子供がたむろする「甘栗甘」へ入った。運よく空いていたカウンターの端の席を見つけ、宇治金時と兄さんの好きな三色団子、おれも冷やし抹茶を注文する。
ほどなくして出てきたそれらを前におれは兄さんに強く言い含めた。
「いいか。これを食ったら家に帰って、術書を探すんだからな。他に寄り道はなしだ」
兄さんはそんなおれの話を聞いているのかいないのか、もうその視線は一心に宇治金時と団子へと注がれている。
おれは溜息を吐いて、冷やし抹茶を手に取った。しばらくは何を言っても聞く耳を持たないだろう。
時間潰しにさっき買った雑誌「ねこのきもち」でも読むか。そう考え、書店の包みを開こうとした瞬間、おれは隣で兄さんがとんでもない行動をしようとしているのを目にした。
「ちょ…!何をするつもりだ…!」
顔ごと宇治金時の山に突っ込もうとする兄さんの束ねた髪を思いっきり後ろへ引っ張る。兄さんはさすがに小声で「にぃにぃ」と鳴いたが、おれも泣きたかった。なにが悲しくて若干十三歳で暗部の分隊長を務めた「名門うちはの天才」と誉れ高き完璧な兄さんが公衆の面前で宇治金時を犬食いする姿を目の当たりにしなきゃならねーんだ!もうやめてよ、兄さん!
とりあえずまだ小声で「にぃにぃ」と抗議する兄さんの髪は放してやり、器に添えられた匙を指差す。
「匙を使え、匙を!」
だが、兄さんは匙を前に首を傾げるばかりだった。
そりゃ猫にとっては箸も匙もないだろうが、まさかこんなところまで猫化しているとは思わなかった。
思わず出してしまったおれの大声に周囲の視線が少しずつおれたちに集まり始めている。犬食い未遂は見られなかっただろうが、このままでは非常にまずい。宇治金時の氷もとけ始めているのが、もっとまずい。兄さんはもう鳴かなかったが、「待て」のお預け状態に、恨めしく宇治金時をじっと見つめている。
くっ…そがぁ…っ!
おれはぶるぶる震える手で匙を握り、苦渋の決断を下した。
宇治金時を匙に掬って、兄さんの口許に運ぶ。
「兄さん、その、あれだ、あーんだ」
言いながらおれが口を開いて見せると、兄さんも真似てあーんと口を開いた。その口の中に宇治金時を放り込んでやると、兄さんはようやく食べられた宇治金時に満足げに顔を綻ばせた。
「なんでおれがこんなことを…」
げんなりとするおれに兄さんが今度は三色団子を目で示す。
「…次は団子かよ」
その後も宇治金時や三色団子を兄さんに食わせてやりながら、あの犬食いから察するに、兄さんが実は心は人のままで本当はおれの言葉を理解しているのかもしれないという希望的推測は的外れもいいところだったのかもしれないなと思った。
<つづく>