第13難



 先日取り寄せたカタログを数冊イタチが縁側で広げて見比べていると、向こうからサスケがすたりすたりと渡って来た。
「兄さん、飯だってよ」
 と言う。
 そういえばそろそろ夕飯の時刻だ。イタチは「ああ」と応じたものの、手にした一冊の頁を捲る。
 他方、サスケはいつまでも腰を上げない兄にもう一度オイと語調を強めて言った。聞こえているだろうに、いったい何をそんなに熱心に読んでいるのか。近付いて一冊を取り上げる。
 咎められないことから目を通してもいいものだとは分かったが、一応了承を得ることにする。
「おれが見ても構わないものか?」
「ああ、問題ない。むしろお前のを探しているから、ちょうどいいくらいだ」
「おれのを?」
 兄の言葉を怪訝に思い、サスケは表紙に目を落とした。
 てっきり忍具のそれだと思っていた冊子は、家内の家具類を扱ったカタログだった。眉を顰める。
 試しにイタチの隣に腰を下ろし周りのカタログを拾い集めて中を確認をするが、やはりどれもこれもが家具のそれ。勿論、今イタチが頁の角を折っているのも、そう。サスケが手にしているものの幾つかにも同じような角が折られた跡がある。開いて見てみると、ベッドの頁だった。
「ベッドを買うのか?兄さん」
「ああ、そうだ。気に入ったのがあれば言うといい」
 だが、サスケは首を捻る。
「どうしておれのを買うんだ」
 それが分からない。
 サスケの部屋には簡素ながらベッドがある。特に不自由もしていない。強いて言うならば二人で眠るには狭いということくらいだろうか。
 しかし、イタチは計ったようにそこを指摘した。
「もうすぐ夏だろう。ああ狭くてはお前も暑くて寝苦しいんじゃないか?」
「…確かにそうだな」
 サスケもその点については賛同をした。
 畳敷きの兄の部屋では布団を二組隙間なく並べて敷けば済むのだが、サスケの部屋ではそうもいくまい。
 庭にはもう夕飯の頃だというのにまだ夕日が差していた。むっと蒸し暑いのも一向に引く気配がない。夏の足音がもうすぐそこまで聞こえてきている。
 しかし、だ。
 サスケは兄の手からカタログを引ったくった。多少驚いた顔のイタチに詰め寄る。
「兄さん。おれの部屋のものだ。勝手にアンタが決めんな」
「うん、そうだな、だから好きなものを選べと言っている」
 そう常の通りしれっと言われる。それでぴんときた。
「…もしかしてもなく、アンタが買うつもりだろう」
 サスケにはそこが一番気に入らなかった。
 夏を迎え、二人で寝るには今のベッドは狭くて暑い。寝苦しく、それで言い争いなるのは毎年のことだ。目に見えている。だから、今年は本格的な夏の訪れの前に新しく大きなベッドを買う。それは構わない。それはサスケも賛成だ。勝手に話を進めていたことも、こうして発覚をしたのだから良しとしよう。
 だが、この兄は当たり前のように全額を負担する気でいるのだ。兄には及ばないかもしれないが、サスケも中忍だ、収入はある。
「そうだが、何か問題でも?」
 やっぱり。サスケはむすりと横を向いた。
「いいよ、おれが払うから」
「だめだ、おれが払う」
「どうしてだ。おれのベッドだ。おれが払う。使用料とか言うのなら半額くらいでいい。そういうことなら、買ったあとで請求してやるよ」
 だが、イタチは納得をしなかった。そういうことじゃないと言う。
 じゃあどういうことなんだと訊ねたら、
「お前、もうじき誕生日だろう」
 と意外な答えを返された。
 誕生日。
 サスケはもごもごと口の中で繰り返す。
 他方イタチはこちらが口ごもったことをいいことに、ここぞとばかりに押し切るつもりらしい。
「少し早いが、ちょうどいいだろう」
 な?とそっぽを向いた顔を覗き込んでくる。
 サスケはその甘い表情に一瞬流され掛け、いやいや騙されるもんかと首を振る。
「いや、ダメだ。そんな高価なものは受け取れない。…おれはアンタの誕生日に何もしてない」
「そんなことはない。ケーキを買って来てくれたじゃないか」
「値段が違い過ぎる。だから、おれの誕生日もケーキとか、そういう普通のでいい」
「甘いものが苦手なくせによく言うよ」
 やれやれとイタチは笑った。
 だが、サスケはそれで兄が折れてくれたのだと分かる。横を向くのを止め、イタチを見据える。
「ベッドは買う。金もおれが出す。兄さんがどうしても払いたいって言うなら、使用料込みの折半にしてやる。これでどうだ?」
 すると、イタチは「仕方がないな」と頷いた。心なしか目許がやわらかい。それはこの夕日のせいかもしれないし、そうでないのかもしれない。
 いつまでもは見つめていられなくって、サスケは庭に視線を転じた。それにしても、と呟く。
「結局夏だから寝苦しいんだよな…」
「まあ人の体温ばかりはどうしようもないさ。諦めろ」
「…ふん」

 いや、自分の部屋でそれぞれ寝ろ。

 と、通りすがりのフガクは思った。
 台所ではミコトが「あなたたち何してるの、夕飯よ」と夫と息子を呼んでいる。


■後日、木の葉の家具屋さん
「やっぱり実物を見に来て正解だな。カタログと違ってベッドの大きさが分かる」
「思ったより大きいな。ほらサスケ、寝てみろ」
 うんと頷いてサスケがごろん。
「うん、広いぜ。…兄さんも寝てみろよ。二人で使うものだしな」
「ああ、そうだな」
 イタチもごろん。
「うん。いいんじゃないか、これで。どうする?これにするか?サスケ」
 ごろり、ごろり。
「…う…ん…いや…ちょっと」
「気に入らないか?」
「そうじゃない。そうじゃないが、大きすぎる…と思っただけだ」
「部屋には入るだろう?」
「入るが…その、もう少し狭いのでいいんじゃないか」
「…ふふ、そうだな。これだとお前が少し遠い」
「ば…っ!そ、そういうことは誰もいないところでだけだと言ってるだろっ」
「そうだった。すまない。許せ、サスケ」
「ったく…兄さんはいつもそれだ…」


■同時刻、座椅子を買いに来た柱の影のダンゾウ氏
「ダブルスパイって何だっけ…」