第12難



「…甘い…」
 座卓に置かれた茶菓子を一口齧り、サスケは思わずそれから口を離した。先日借りた巻物を夢中で読み耽っていたせいか、煎餅か何かだろうと当たりを付けて手を伸ばしたそれが、まさかこんなにも甘味のものだとは気が付かなかった。
 見遣れば、茶菓子用の漆器の大皿にはサスケが好むそこの角の煎餅屋の包みもきちんと盛り付けられている。本当はあちらを食べたかったのだ。
 だが、手に取り齧ってしまったのだから仕方がない。指で摘まんでいたそれを、もうあとは一口に食べてしまおうとして、だがサスケの指に触れたのは自身の唇ではなかった。
 イタチ。
 兄の薄い唇がサスケの指先に羽のようにそっと触れたかと思うと、そのまま指の中から食べかけの菓子を奪っていく。
「あ…」
 サスケは呆気に取られた。
 だが、隣のイタチはいつも通り飄々とした様を崩さない。サスケの菓子をゆっくり味わって、「うん」と頷く。
「確かに甘いな」
「…兄さんっ」
 さすがにサスケは声を上げた。
 菓子を取られたからではなく、兄の一連に盛大照れたのだ。しかし、続く言葉は「ほら、サスケ」とサスケが好む醤油味のおかきの包みをイタチが開いてサスケの口に放り込むものだから途切れてしまう。
「お前、こっちを食べたかったんだろう」
「ん…」
 ぽりぽりとサスケが小気味の良い音を立てる。その様にイタチが目を細めたところで、
「いい加減にしろ、イタチ、サスケ」
 フガクはばさりと立てていた新聞を置いた。
 唐突の横槍に向かいでは息子二人が何事かと不可思議そうにこちらを窺っている。
 いやいやいや、その反応もおかしいから。
 フガクは改めて息子らを見比べた。
「お前たち、幾つになった」
「二十一」
「十六」
「…そうだな。その通りだ。いいか、お前たちはもう小さな子供ではない。いい年をして恥ずかしいとは思わないのか」
 あんなことをして。
 という指摘に息子らが二人揃って「あんなこと?」と首を傾げたその時だった。
 夕飯の支度をしていたミコトが台所から顔を出す。
「ねえ、あなた」
「なんだ、今」
「ちょっと味を見てほしいんだけど…」
 そう言ってミコトは小皿に乗せた芋の煮つけを箸で取り上げ、フガクの口許へ運んだ。
「今日のお味、どうかしら」
 そのにこやかな微笑みに背を押されるように、思わずぱくり。…もぐもぐ。ごくん。
「どう?美味しい?」
「う…うむ…」
「そう、ちょっと甘くし過ぎたかと思ったんだけど、良かったわ。あ、そうそう、イタチ、サスケ。あなた達ももうすぐお夕飯だから、お菓子を食べ過ぎちゃだめよ」
 ミコトはそれだけを言って、また台所へ戻って行った。
 落ちる沈黙。
 突き刺さる息子たちの視線。
「父さん」
 やがてイタチがおもむろに口を開いた。
「おれ、いい年をして恥ずかしいと思った」


■その後
「サスケ、ほら」
「んー…」
 お風呂上がり、巻物に夢中のサスケ(三歳)の口にイタチ(八歳)が剥いた林檎の一切れを持っていく。
 確かにいい年をした姿ではない。
 ない、が、
「…だが、おれが問題にしているのはそういうことじゃない」
 フガクが読む新聞は今夜もまたかさかさと震える。


■その後のその後
 里の団子屋にて、
「ほら、サスケ。折角父さんが連れて来てくれたんだ。ひとつくらい、な?」
「…んー…」
 三色団子の串をサスケ(三歳)の口に持っていくイタチ(八歳)。
 その向かいの席では父フガクが頭を抱えていた。
「外ではやめろ、外では!」


■↑を偶然目撃した通りすがりのカカシ先生
「相変わらず、才能とチャクラの無駄遣いしてるね〜、あいつら…」


■電信柱の影のダンゾウ氏
「クーデターって何だっけ…」