兄さんは弟におねだりをされました



※ 「16 困ったことの話」の続き


 「おい、兄さん」と自分を呼ぶ少し掠れたサスケの声が聞こえたような気がして、イタチの眠っていた意識は浮上した。
 だが、どうにも億劫で瞑った目が開けられない。
 あと数秒もこうしていれば、また眠りに入っていけそうだった。
 すると、こちらが起きていない、あるいは寝惚けているとでも思ったのか、「兄さん」と今度は強く呼ばれる。
 仕方なしにイタチはうっすらと眸を見せてやった。
 ついでに先ほどから身動ぎをしては抜け出したがっていたそれをぎゅうと腕の中で拘束する。
 ささやかな報復だ。
「離せよ」
 それ、つまりサスケがぼそぼそと抗議をするが、今離れられては寒い。
 暖房は点いているはずだが、朝のあのひんやりとした冷気までは完全に追い払えないようだった。
「おはよう、サスケ」 
 部屋の時計に目を遣れば六時半を過ぎていた。
 昨夜はこんこんと咳の続くサスケを座ったままの方が幾らかは楽だろうと、こうして抱いて寝たのだ。
 カウチに背を預けていたとはいえ、十代半ばの少年の体重を支えていた腰は怠く、少し痛む。
 風邪気味の弟はともかく、自分自身は夜明け前くらいには目を覚ますだろうと踏んでいたのが、とんだ誤算だった。
 連日の寝不足のせいで、思う以上に深く寝入ってしまっていたらしい。
 本当ならば途中で起きて、サスケを抱えベッドに戻るつもりだったのだ。
「…おはよ。で、離せ」
「その割にはなんだ、それは」
 サスケは額をイタチの胸に押しつけるようにして俯いている。
 どうも離して欲しそうには見えない。
「ばか、違う。近いんだよ、アンタ」
 なるほど、顔を上げると鼻先が触れるほどの距離だ。
 しかし、こうして弟が時に今更なことを口にするのがイタチにはいまいち分からない。
 もっと距離を詰めたことだって、重ねたことだって、もう数え切れないほどある。
 確かにこの二週間はすれ違っていたが、こんな関係になって二年だ。
 その内の二週間がなんだというのだろう。
「そういえば、咳をしないな、お前」
「アンタ、全然おれの話を聞いてないだろ」
「いや、聞いているよ。聞いているだけだが。で、咳は?」
「…今のところはおさまってる。お陰様でな」
「そうか。よかったじゃないか」
 イタチはサスケを閉じこめていた腕を解いてやった。
 無論、いつまでもこうしているわけにはいかないと初めから分かっている。
 だが、すぐさま逃れるかと思ったサスケは、少しだけイタチの腕の中に留まった。
「…兄さん」
「うん?」
「その、悪かった。一晩中こんな」
 もう一度「悪かった」と呟いて、それからサスケは離れた。
 漸く顔を上げてくれる。
 それだけで十分だと思ってしまうのだから、周りから少し弟を甘やかし過ぎじゃないのかと非難されても仕方がない。
 イタチは昨夜から片付けていないカップを手に立った。シンクへ置く。
「もう一度寝るか?」
 サスケもきっとよく眠れていないはずだ。
 あれからも何度か咳をしていた。
 けれど、サスケは首を振ってきっぱりと言う。
「いや、起きる」
 たぶん、寝起きに関してはサスケの方が良いのだろう。
 時折朝食の前に「少し歩いてくる」と出かけてしまうくらいだ。
 兎も角、起きると言うサスケに、それならばイタチも異存はない。
 交代で洗面を済ませ、寝室から引っ張り出してきた掛け布団を片付けて、部屋着に着替える。
 それからイタチはシンクのカップを洗い、代わりに二人分のお茶を淹れた。
 カウチに座り、テレビを点ける。
 天気予報に耳を傾けていると、サスケが新聞を手に戻って来た。
「ほらよ」
 と渡されるそれと交換にローテーブルの茶碗を示す。
「飲んでおけ」
 わざわざコーヒーでもなく紅茶でもなくお茶を淹れたのは、こちらの方が彼の喉に良かれと思ったからだ。
 咳はおさまっているだけで、きっと風邪が治ったというわけではないだろう。
 そういえば彼は上着を着もせずに外に新聞を取りに行ったのではないか。
 そうだとすれば少し注意しなければならない。
「サスケ。お前、」
 と新聞を置いたところで、サスケが隣に座る。
 イタチは言葉を切った。いや、切ってしまった。
 いつもより近い。
 二人で座るには十分にゆったりとしたカウチであるのに腕と腕が触れ合うのは、サスケが意図してそこに座ったということだ。
 普段ならば距離を置いて座るか、そもそも隣には掛けずに彼は床を選ぶだろう。
「なんだよ」
 と、しれっと言うサスケにイタチはもう一度「お前、」と声を掛けた。
 ただ言いたいことは先ほどとは違う。
 どうしたのか、と訊ねる。
 あんなにも離せと言っていたのはいったいどの口だ。
 だが、サスケは答えない。
 ただ照れ屋の弟にしては妙なことに、ひたとこちらを見詰めてくるのだ。
 頬を赤くすることも、不機嫌な顔をわざとすることもなく、はっとするほど涼しく整った彼本来の顔を見せている。
 けれどその中で一点だけ、眸だけが強く彼のこころ内を物語っていた。
 身長差があるためどうしても上目遣いになってしまうイタチを映した眸の光が強い。
 イタチは吸い寄せられるようにして顔を寄せた。
 多分にこの弟も、今イタチを突き動かした欲求と同じことを望んでいるはずだ。
 だから、こんな媚態を我知らずイタチに見せつける。
「兄さん…」
 そう呼ぶ唇に唇が触れかける。
 が、そのときになってサスケは、はっとしたように顎を引いた。
「風邪が」
 そんなことを言う。
 それもまた今更のことだ。
「かまわない」
 イタチは後ろへ逃げるサスケの体を追いかけた。
 顎に片手を掛け、ぐいとこちらを向かせる。
 そうして困ったようにもう一度「兄さん」と呼ぶ彼の唇に触れるだけの短いキスをした。
 だが、どうやらそれはサスケが満足いくものではなかったらしい。
 カウチに手を突き乗り出すようにして、イタチが僅かに離した唇の距離を今度はサスケが詰めてくる。
 キスの応え方は大分と上手になったが、してくるそれはまだ稚拙さが残る。
 生来の高い矜持が、どうすればよいのかと人に訊ねることも、小さな欲を口にすることも、きっと阻んでいるのだろう。
 押しつけるようなサスケの接吻けは、けれどイタチにこんこんと絶えることなく湧き出る山水のような永い愛しさをもたらした。
 弟の懸命な姿に律したはずの心が揺れる。
 いつもならすぐに深く返してやるところだが、もう少しくらい啄むくらいで留めておきたかった。
 すると、サスケは困ったように思案顔になった。
 イタチから施されることに慣れた彼は、アンタは分かっているくせにとこちらを責めたような素振りさえその目に見せるのだ。
 それに知らん顔をしていると、サスケは意を決したように結んでいた唇をうっすらと解いた。
 それからイタチの上下の唇を柔らかにはんでくる。
「…ん、兄さん」
 強請るような鼻に掛かった小さな甘い声。
 サスケの拙いキスを享受していたイタチは、そろそろかとここらで勘弁してやることにした。
 サスケの朱が差した両頬を両手で掬い上げる。
「口を開けて」
 いつもならキスで開けさせるが、今日はちゃんと言葉でサスケに応えると言ってあげたかった。
 だが、あれだけ請うておいて、そうとなれば恥を感じるのがサスケだ。寸前でイタチに待ったを掛ける。
「あ…、ちょっと待…っ」
「して欲しいと言ったのはお前だろう」
「…っ、言ってない」
「同じことだ」
 そっぽを向こうとしたサスケを強引に奪って、角度を変えながら少しずつ深めていく。
 羞恥心が彼を苛むのなら、それごとイタチが呑み込んでやればいい。
 ちゅ、ちゅ、と今度はイタチがサスケを請うようにキスをすると、やがてサスケは絆されたのか、おずおずと舌を差し出してきた。
 それをちゅくりと音を立てて吸ってやる。
「…ぅんん」
 また甘い声が上がる。
 もう抵抗はない。
 イタチは彼の咥内に入り、上顎、頬の左右を舌で舐めて擽った。
 支配をし尽くす。
 こうなれば、サスケの中はもうイタチのものだ。
 どれだけ吸っても、絡め取っても、乱暴にしても、サスケはそれになんとか応えようと舌を擦り寄せてくる。
 そんな彼にだからこそ、もっともっと望むものなら何だって与えたくなってしまう。
 そうしてサスケもイタチにこうされるのが好きなのだ。
 被虐的なところがあるのじゃないかと時折疑うほど、この弟は兄に対して何をかもを差しだそうとするきらいがある。
 サスケは「好きだ」「して欲しい」などとは口が裂けても言わない。
 けれど、その息遣いがだんだん蕩け始めてイタチを誘っている。
「…ふ…っ、んんぅ…」
 体を満たされていく喜び。
 それにサスケの肌がひくんひくんと微かに震える。
 イタチは両手を頬から離して、そんな彼を宥めるように体をまさぐりながらキスを続けた。
 すると、サスケもカウチに突いていた手をイタチの二の腕に這わせて肩に添え、最後には腕を首にきゅっと巻き付けてくる。
 そうして、先ほど折角結んだイタチの髪に指を忍ばせ、まるで男の欲を煽るかのようにかき混ぜては乱すのだ。
「サス…」
「んっ、んん…ふぁ…」
 夜のベッドの上で我を忘れ初めてイタチを請うときの仕草を目の当たりにして、イタチは少々戸惑った。
 このまま接吻けを続けるのはよくない。
 そう思い、唇を離す。
 本当は顔や体も距離を取るべきなのだろうが、がっちりと首に巻き付くサスケの腕がそれを許してくれそうにない。
 間近で見るサスケの眸が濡れていた。
 はっとする。
「お前もしかして、」
 何事かを言おうとして、だが体重を後ろに掛けてイタチごと後ろに倒れようとするサスケに阻まれる。
 それを強く拒絶しようとしなかったせいだろう、彼の体を支えきれず、図らずともイタチはサスケに覆い被さりカウチに押し倒したような形になってしまった。
 ベッドとは違い狭いカウチの上、それでもなんとか両肘を彼の顔の横に突いて体勢を維持する。
 首に巻き付く腕も無理に解こうと思えばできるのだが、そうしてしまうにはこの弟の内側は繊細だ。
 きっと先ほどの接吻けがいけなかったのだとイタチは思う。
 少々乱暴にし過ぎた。彼は待って欲しいと言ったのに。
 サスケはイタチが今この先を望んでいると深読みをしてしまったのだろうか。
 殊イタチについては、弟気質が抜けきれず、雰囲気に流されることの多いサスケだ。
 イタチは彼の髪を指で梳いた。
「無理をしなくてもいい」
 だが、そのサスケがイタチの指を払うかのように首を振る。
 そうじゃない、と言っているのだろう。
 首に回された腕も解かれる気配はなく、先を望んでいるのはむしろサスケの方じゃないのか、とも思い始める。
 だが、何にせよ彼の体調を慮れば、ここは引いてもらわなければならない。
 温かさを分けるように頬に手のひらを当ててやる。
「風邪が治ったわけじゃないだろう」
「さっきかまわないと言ったのはアンタだ」
「あれは、おれにうつるのはかまわないということだ」
 お前の具合が悪くなってもかまわないわけじゃない。
 そう言うと、サスケはむっつりと口を閉じた。
 見た目にもどんどんと機嫌が曲がっていってしまうのが分かる。
 だがそれは激しさを伴うものではなく、どちらかといえば拗ねているようにも思えた。
「……」
 ぼそぼそとサスケが何事かを口にする。
 あまりにも聞き取り辛くてもう一度と促せば、彼の頬にかっと朱が差した。
「もう二週間してないって言ってんだ」
 その後「体が辛い」と小さく訴えるので、イタチはまた面食らう。
 仲違いをしたのが一週間前。最後に抱いたのは、彼が言う通り二週間前になる。
「あと一週間は待てない…」
 サスケはたぶん言っていて恥ずかしいのだろう、イタチの首にぶら下がるようにして顔をこちらの肩に埋めてきた。
 触れ合う彼の耳が熱い。
「…自分でもできるだろう」
「…あれは…しているとき、アンタを思い出しちまうから…」
 終わった後に罪悪感に駆られてしまってもうできないと言う。
 ということは、一度はしたことがあるらしい。イタチを思いながら。
 イタチはサスケの後頭部に手を添えてもう一度その体を横たえてやった。
 サスケの腕は頑ななほど解けない。
 けれど何処か所在なげにこちらを見上げてくる。
「兄さん」
「うん?」
「おれ、兄さんとじゃないとできない」
「ああ、分かっている」
 イタチはサスケの弱い首筋、耳の裏にキスを贈った。
「少しだけしような」
「…あっ」
 サスケの口から我慢をしきれなかったような吐息が微かに漏れる。
 やはりここは感じやすいらしい。
 イタチは彼の上半身を先ほどとは違う意図を持ってさすりながら、そのまま唇を首筋に滑らせた。
「ん…」
「いいか?」
 イタチの問いにうんうんと肯くサスケの今度は喉を上へと辿り、顎、唇、鼻の頭、頬、瞼に小さなキスを幾つも落とす。
 同時に密着した狭い二人の体の間に手を差し込んだ。
 そもそも泊まるつもりのなかったサスケは、仕方なしに今朝はイタチの長袖シャツを勝手に引っ張り出したらしい。
 どうせ週末はいつも泊まりに来るのだからもっと物を持ち込んで置いておいてもかまわない。
 そう言っているというのに、彼は毎回毎回わざわざ家から服を持ってくる。
 機会があれば二人で買いに行くのがいいのかもしれない。
 サスケはイタチが与えたものはなんだかんだと言いはするが、最後にはきちんと受け取ってくれるのだから。
 ただ少し長めの袖もかわいいので、そこだけは少し悩みどころだ。
 イタチはシャツの上から弟の胸をまさぐった。
 膨らみを揉みしだいて快感を与えてやることはできないが、いやらしい手つきで撫でてやればきちんとサスケの鼓動は早くなる。
 煽られているのが分かるのだろう。
 そうしてそれに従おうとする。
 だが、今日は胸の尖りを親指の腹で擦っても思ったほどの反応は返って来なかった。
 厚手の布が邪魔をして、今のサスケが望むような刺激にはならなかったようだ。
 イタチとの回数を重ねるごと、彼の体は少しずつ貪欲になっている。
 それもまたこの弟のかわいい処だとは思うのだが、今回は些か困る。
 シャツを脱がしてしまうと寒いだろうから、着せたままにしておきたかったのに。
 仕方ない。
 シャツの裾から手を中に忍ばせる。
 直接胸に触れる前に撫でたサスケの腹がひくりと震えた。
「期待し過ぎだろう」
 ふふと笑うと、
「うるせえ、ばか」
 と返される。
「……」
 イタチは右のそれをきゅっと摘まんでやった。
「い…っ」
 痛みが走るほどにしたのはわざとだ。
 たぶんこれでは気持ち良くはない。
 サスケも恨めしそうにこちらを睨んでいる。
 イタチは彼の強ばった体をほぐすようにして、今度は頂の周りにつぅっと指先を走らせた。
 但し、肝心なところにはまだ甘くしてはやらない。
 欲しそうな目をしているのは分かっているが、あんな態度はいけない。
「自分でするか?」
 問うと、サスケはシャツの中でくるりと小さな円を描く兄の指に身を捩った。
「…うぅん…してほしい…」
 いけない。サスケの答えにずくんと腰の辺りに熱が生まれる。
 それを紛らわすようにしてイタチはサスケの胸の頂を指で挟んだ。
 こねてくにくにと弄れば、次第にぷくりと先が膨らんでくる。
「あ、あっ、兄さん…」
 耳元でサスケがふっふっと吐く息が聞こえる。
 あれほど固くイタチを捕らえていた腕も次第に弛み始める。
「もっとして欲しいか?」
「ん…」
 また素直に肯くサスケに、どうも今朝は話の進展が早いな、とイタチは思う。
 それほどにこのときを彼は待っていたのだろうか。
 いつもは頑ななサスケの体が、イタチの腕の中もう高まり始めている。
 この分では上り詰めさせるのにもそれほど時間は掛からないだろう。
 イタチはそう踏んで、彼の下唇を吸った。
「なら、分かるだろう?」
 返事の代わりに、イタチを拘束していた腕がするりと解けた。
 イタチは彼のシャツの裾を胸までめくり上げて、指で弄っていた方とは反対のそれを口に含む。
「んっ、」
 期待に膨らむ胸。
 そこをきつく吸ったり、あるいは舌で何遍も舐めたりしていると、とうとうサスケは声を抑えきれなくなったらしい。
「ふっ…ん…あっ」
 自らの喘ぎに驚いて、サスケは手の甲で口を塞いでしまう。
 それでも零れる忙しい息遣いを頭上に聞きながら、指と唇、時折その左右交代させ胸を弄り、頃合いを見計らってイタチはサスケの下半身に手のひらを滑らせた。
「あ…!」
 跳ねる細い腰。
 だが、それは逃れるようにして引かれた。
 どうしたのかと胸を吸っていた顔を上げる。
「サスケ?」
「…兄さん」
 はあはあと乱れていた息を整え、サスケはイタチのシャツの裾を握った。
 そして、こちらのわき腹に手を差し入れて、先ほどまでイタチがしていたのに比べれば拙いが、ゆるゆると何かを強請るように肌をさするのだ。
「おれだけ一方的なのはいやだぜ」
「……」
「兄さんと、っておれは言っただろ」
 なるほど。こちらの意図はどうやら見透かされていたらしい。
 イタチは着ていたシャツを脱いで、それをサスケの腰の下に宛がった。
「腰を少し上げろ」
 いつも抱いているベッドとは違い、シーツがあるわけでもない。
 これでは肌が擦れて痛めてしまうだろう。
 サスケはシャツを汚してしまうとそれを渋ったが、であれば腰をひょいと持ち上げて差し入れるだけだ。
「おい、ちょっと」
 という抗議は聞かない。
 ついでに折角腰が浮いたので、彼のカーキのカーゴパンツを下着ごと脱がしてしまう。
 中心には既に兆しがあった。
「ふふ、早いな」
 撫でて、弾く。
 だが、答えは返ってはこなかった。
 代わりに薄い腹がくっとへこんでサスケが息を詰めたのが分かる。
 余計なことを言わないのは、きっと早くしてほしいのだろう。
 イタチは本格的に体をサスケの合間に入れる為、まずは彼の片方の脚をカウチの背凭れにひっかけた。
 それからもう一方は、さすがに狭くて下に落とさざるを得ない。
 先に放っておいたズボンがサスケの形の良い足に踏まれてくしゃりと衣擦れの音を鳴らす。
 大きく左右に開かれた両の脚。
 体の欲に素直に染まったもうひとつのサスケ自身。
 それに触れる前にイタチは右手を差し出した。 
「サスケ、舐めて濡らせ」
 すると、サスケは驚いたように目を開いた。
 いきなり後ろをほぐすのかとでも思ったのか。だが、そうではない。
「乾いた手だと痛いだろう」
 左手で少しだけサスケのものを握って、すぐに離す。
 それでサスケも分かったようだった。小さな口を小さく開く。
「ん…んっ…」 
 五指を代わる代わる二本ずつ入れて舐めさせる。
 サスケは、普段はそっけないというのに、こういうことをやらせると途端に豹変するのだから面白い。
 尖らせた舌でたっぷり唾液を絡めて指を舐め、苦しいだろうに深くまで咥えて指の股までしゃぶるのだ。
 ちゅぷちゅぷと音を鳴らしているのは、多分わざとだろう。
 イタチは少し意地悪をして、サスケの頬を内側から突いてこすってやった。
「んーっ…ふ…っ、ん…」
 そんな鼻から抜ける声を出すのに、サスケがイタチの指を離す様子はない。
 イタチは目をすいと細めた。
「おれのをしたいか?」
「う…ん…」
 訊ねると、サスケはイタチの指を食べたまま熱っぽい目でこくりと頷いた。
 指を引き抜く。
 だがサスケはその手首を取って、今度はぺろりぺろりと勝手に手のひらを舐め上げた。
「ここも要るだろ…」
「ああ。そうだな。だがそろそろ十分だ。どうせまたすぐ濡れる。…いや、もう少し出ているんじゃないか、サスケ」
 イタチはそう言いながら頭を擡げるサスケのものをやんわりと握り込んだ。
「ん!」
 サスケの腹と内腿がひくりと震える。
 先端を指の腹でそっと撫でれば、もうとろりとしたものが染み出していた。
「舐める必要はなかったかもな」
 上下に扱く。
 滑りは思った以上に滑らかだ。
「あ…あ…あん…」
 イタチの手の中、サスケが徐々に膨らんでいく。
 何処か安らいだ表情をするのは、イタチの優しい快楽に体を任せ、心まで預けているからなのだろう。
 いつまでも浸らせておいてやりたい。
 そうは思う。
 だが、イタチは少しずつ手の速さを増した。
「ああ!…っん…くっ…にい…」
 もう少し緩めて欲しい。
 そう訴えようとするサスケをイタチが敢えて知らんふりをすると、サスケはだんだんと大きくなる自分の声を隠そうとして体の横でぎゅっと握っていた手の片方を自らの口の方へと持っていった。
 が、その手をイタチが奪う。
「あ…」
「サスケ」
 そのままサスケの手を自らの唇に引き寄せた。
 まずはその手首にキス。
 それから手のひらにも、指先にも接吻けを落とす。
「したいんだろう、おれと」
 先程サスケがしたように、その指を二本口の中に招き入れ、あたかもサスケ自身のものにいつもそうしてやるようにイタチはそれをやらしく舐めてちゅっと吸ってやった。
 そうしてそのまま口に含んで軽く濡らした後、前を寛げ自分のものに弟の手を導く。
 サスケはこれが初めてでもないくせに、おっかなびっくりといった様でそろりと指を掛け握ってきた。
 だがその熱さに気づいたのだろう。花の開き始めのように口許が微かに綻ぶ。
「あ…、兄さんのも…」
 するすると二、三度イタチのものを擦る。
 イタチは彼の頬に小さなキスを贈った。
「サスケ。自分のものにするように、おれのをしてみろ」
「…一人じゃやってないって言っただろ」
「今までに一度も?」
 そんなことはない、と知っていながら訊ねる。
 サスケは意地の悪い兄に眉根を顰めた。
「それは…」
 と何やらを口の中で言いかけて、だが続く言葉は「あッ!」と上げた彼自身の嬌声で遮られてしまう。
 イタチがサスケのものをくっくっと根元から摺り上げたのだ。
 体に走る快感にイタチのものを握るサスケの指にも力が入る。
 イタチは促すようにサスケの手に空いた左手を添えた。
 耳許で囁く。
「それはお前のものだ」
「…ん…おれの…」
「ああ、そうだ。ほら、手を動かせ」
 何度か擦るのを手伝ってやる。
 だが少しずつ滑り始めたサスケの手にイタチは左手を離した。
 くちくちと互いのものを擦り合う。
 朝の部屋には似つかわしくない、はっ、はっ、という途切れ途切れの息遣いが交じり合う。
 淫靡な熱が二人を呑み込んでしまいそうだった。
 額ではうっすらと汗が玉を結んでいる。
 その中でも、イタチはサスケの手が随分と手荒いと感じていた。
 触らせたのは初めてではない。
 サスケは巧みではなかったが、イタチの顔を窺いながら時には焦らすようにしてみたり、あるいは敏感なところばかりを触ってきたりするのだが、今朝はどうも単調な動きに終始している。
 自分のものにするように、おれのをしてみろ。
 戯れに言ったあの言葉が効いているのかもしれない。彼自身の極まりが近いから、こんなにも激しくするのだろう。
 サスケからはもうひっきりなしに欲が溢れ出していた。
 それを指に絡ませ、ぬちぬちとこちらも手を早めてやる。
 サスケが首を振っていやだと訴えるが、それは本心ではない。イタチには手に取るように分かる。
「やっ…、兄さん、だめ…だっ」
 びくりと反る彼の形の良い細い顎。
 白い腹にサスケの精が飛ぶ。
 二週間ぶりの射精だ。
 余程気持ち良かったのだろう、眸の焦点がゆらゆらと泳いでいる。
「…はあ…はあ…」
 だがイタチは忙しく上下する彼の濡れた腹を指で撫で上げ、赤く色づいた胸の小さな果実を抓ってやった。
「っ!」
「こら、サスケ。まだ終わりじゃないぞ」
 サスケの手の中には、まだ脈打っているイタチのものがある。
 サスケが後先考えずにしてくれたおかげで、退っ引きならないところまで体がきているのだ。
 あ、とサスケは照れたように顔を逸らした。
 それから指の腹でイタチの先端を撫でてくる。
 ただイタチにしてみれば今更そんな焦らされては厄介だ。先ほどがああだったため、いっそ続けて激しく上り詰めさせて欲しい。
「じゃあ、あの…口で」
 そう言うサスケにイタチは少し呆れる。
「喉を痛めている奴が何言ってる」
「でも、」
「このままお前の手でいかしてくれ」
「……」
 わかった、という返事はなかった。
 が、ゆるゆると動き始めたサスケの手に、不服もあるがここでイタチを放り出してしまうつもりもないらしい。
 いつもなら大抵はサスケの下肢からするような猥らなねっとりした水音が今朝はイタチから聞こえてくる。そして、そうさせているのは誰でもないサスケだ。
 サスケは顔を赤らめた。
 気づいてイタチがその頬を撫でる。
「こっちを向け、サスケ」
「…いやだ。近いんだよ、アンタ」
「こんなことをしているんだ、当然だろう」
 イタチはやや強引に弟に正面を向かせて、その唇を奪った。
 実のところ、サスケの手が気持ち良くて我慢ができなかった。
 舌を差し入れ掻き混ぜる。
「ふ…ぅんっ、あ、兄さん…腰が…」
 サスケの言う通り、キスの合間にイタチの腰がサスケに挿れている時のように揺らめく。
 イタチは吐息を短く何度もサスケの耳に吹き込んだ。
「サスケ、もっと」
「ん…こう…か?」
「あぁ、もういきそうだ」
 刹那、ふっと息が詰まる。
「くっ…」
 体がふるりと震えて、イタチはサスケの手のひらに欲を吐き出した。
 サスケが二週間振りというならば、イタチもまたそうだった。
 はあ、と大きく息を吐く。
 もう少し互いの熱っぽい肌を合わせおきたい。
 そんな心残りはあるが、だがこのままではサスケも重かろう。
「上手になったな」
 イタチは幾つかのキスをサスケのこめかみや頬に落として、体を離す。
 だが、改めて見下ろしたサスケの白い体は酷い有り様だった。
 左右に大きく投げ出された裸の両脚。
 胸までたくし上げられた乱れたシャツ。
 その下の肌はどちらのものともつかない精でぬとりと濡れていた。
「痛くはなかったか?」
 背凭れに掛けた脚を下ろしてやる。
 しかし、サスケはまだ事後の余韻から抜け出せていないらしい。何処かぼんやりとしている。
「サスケ?」
「…ん、ああ、平気だ」
「そうか。シャワーを浴びないとな」
 ティッシュの箱を引き寄せ、二・三枚を抜き取る。
 せめて腹の精だけでも拭ってやろうとし、けれどイタチはサスケの不穏な右手に気が付いた。
 寸でのところでその右手首を捕らえる。
 彼はあろうことかその薄い唇を開き、イタチのものを受け止めた手のひらを舐めようとしていたのだ。
 何をするといかにも不満げなサスケの右手をごしごしとティッシュで擦る。
「お前はそんなことをしなくてもいい」
「あんたはするくせにか」
 小さな頃から、イタチの真似をよくしたがる弟だった。
 だがあまりおかしなことは教えたくない。
 彼はまだ十六の少年なのだ。
 結局イタチはサスケには取り合わず、寛げていた前を整えた。
 シャワーの用意のため立ち上がる。
 が、今度はそのイタチの手首がサスケに取られた。浮かしかけた腰がまたカウチへ沈む。
「兄さん」
 サスケは膝を立てて、更に傍にイタチを引き寄せた。
 何かを言いたげに開く口。
 けれどついには何も語れず、迷うようにまた引き結ばれる。
 彼の真っ黒な眸だけがそわそわと忙しかった。
「サス…」
「なあ。少しだけ、後ろも」
 一瞬、固まる。
 それをサスケは兄は聞こえていないとでも取ったらしい。ぼそぼそと言った先ほどよりもよりはっきりと訴えてくる。
「兄さん、やっぱり後ろもしたい」
 立てられた膝の間をちらりと盗み見れば、彼の腰は我慢が利かないと言いたげに慎ましく揺らいでイタチを誘う。
 だが、イタチは拒んだ。手首を握るサスケを振り解く。
「おれは少しだけと言ったはずだ」
「だから、おれも少しだけと言っている」
「だめだ、我慢しろ」
「ずっと我慢してきた。それに…あ、あんたと違っておれはいつも挿れられているから、もう、前だけじゃ…」
 途切れる言葉。
 その代わりに、もぞもぞと腰が動く。
 焦れているのだろう。
 早く欲しい、兄さんが欲しい、とサスケの体がイタチの全てを請うている。
 それでも指のひとつも動かさないイタチにサスケは非難の声を上げた。
「兄さん」
 サスケは言った。
「おれをこんな風にさせたのは兄さんなんだぞ」
 イタチが折れるしかなかった。
「…分かった」
 イタチは短い溜め息と共に、けれど立ち上がった。
 すると、すかさずサスケが「何処に行くんだ」と引き留めてくる。
 イタチは起き上がろうとするサスケを押し留めた。
「すぐ戻る」
 そう言い残して、一旦寝室へ戻る。
 それから、ふと思いついてバスルームに立ち寄った後、居間に取って返すとサスケはしどけなくカウチに寝そべったままイタチを待っていた。
 ただ兄の姿、その手の中のものを認めて目を開く。
「…それを取りに行っていたのか」
「ああ、今日は使った方がいいだろう」
 イタチはチューブ状のローションをサスケの前に差し出して見せた。
 この頃はサスケもこの行為に慣れ、使う機会も量もそれほどではなくなっきたが、今日はサスケの体調や体に掛かる負担を考えればたっぷりと中に入れてやった方がいいだろう。
 それでなくとも彼は少年で、本来男のイタチを受け入れる体ではないのだ。
 イタチはカウチに腰掛け、まずはサスケの脚を立てさせた。
 だが、合わされたままの膝頭に眉根を寄せる。したいしたいと言いながら、こういったところの矜持は捨てきれないらしい。
「サスケ」
 促すが、応じようとしない。そっぽまで向く。
 ならば勝手にするまでだ。イタチはサスケの閉じた膝に手を掛け、ぐいと割って間に入る。
 それからローションを自らの手のひらに出した。
 勿論直接彼の体に垂らしてもかまわなかったが、冷たいだろうから手のひらの中で練って温める。
 そうしてまずは期待に再び頭をもたげ始めた前を二、三度擦ってやった。
 ちゅくちゅくと数度も上下に往復すれば、いっぱい出した時のように、或いは限界まで我慢を強いられた時のように、それはよく濡れて滑りがいい。
「ん…ふっ…」
 イタチの手が早まるにつれ、サスケは腰を捩ってシャツの胸元を握り締めた。
 ベッドなら枕やシーツを掴めるが、今は体の内に沸き起こる快楽の逃がし処がないのだろう。
「あ、あっ、イタチぃ…」
 もう片一方の手がイタチのサスケを弄る腕に突っ張る。
 イタチはそれに気付いて弟の顔を覗き込んだ。
「どうした?冷たいか?」
 訊ねるが、彼は違うと首を振る。
 それから立てていた膝を自らの方へ引き寄せた。カウチから足の裏が離れ、尻が露わになる。
「もぅ、後ろ…」
「…疼くのか?」
 手を止める。
 サスケは、はっはっと胸から息を吐きながら頷いた。
「なら、もう触るぞ」
 イタチはもう一度ローションを手で温め、サスケの尻の谷間にその手を差し入れた。
 ジェルが下に垂れるほど、たっぷりと濡らしていく。
 腰の下に敷いたシャツが台無しだが、仕方がない。どうせ部屋着だ。
 つぅっと中指で谷間をなぞって、探し当てた窪みをまさぐる。そうしてそのまま指を中に入れた。
「は…っんぅ」
 サスケに掴まれていた腕にピリッと鋭い痛みが走る。爪を立てられたらしい。
 けれど、彼の痛みには比ぶべくもない。
 サスケの呼吸が僅かに深く早くなる。
 イタチは指の根本まですっかり入れて、くぷくぷと音を鳴らした。
「いけるか?」
 問うと、サスケは目を細めて頷く。
「ん…もっと、いける」
 当然だとでも言うような強気な物言いに、思わず微苦笑が浮かぶ。
 イタチは続けて人差し指もサスケに呑み込ませた。
「知っている。いつもおれがお前に挿れているんだ。…だが、少し狭くなってる」
「あんたが放っておくからだろ」
「…今朝は随分と我が儘だな、お前」
 薬指も添えると、さすがのサスケもぎゅっと目を瞑った。
 戦慄く体や乱れた呼吸がいかにも辛そうだ。
「ローションを足すか?」
「ぅん…」
 本来ではないところを埋められていくのは、やはり苦しいのだろう。
 イタチは時折直接の性感である前も触ってやりながら、サスケが快楽の糸口を見つけるまで辛抱強く彼を解した。
 くちゅりくちゅりと粘り気のある水音がサスケの荒い呼吸と重なる。
 そうしてサスケが慣れてきた頃、イタチは人差し指と薬指とを引き抜いた。
 けれど、奥に残された中指にサスケが戸惑う。
「なんだ…?兄さんの、挿れないのか…?」
「その前に、サスケ、ひとつ約束しろ」
 言いながら、サスケの体が悦ぶ中のところをイタチはわざと中指で押し上げた。
 驚いたようにサスケが「あッ!」と叫ぶ。
「やめっ、急に…ッ」
「今日は大きな声は出すな」
「そんな無理ぃ…だっ、あっ、あぁっ、んッ」
「ほら、それを我慢するんだ。これ以上喉を痛めたくないだろう」
 そう言ってしつこくしこりを刺激する兄をサスケは恨めしそうに潤んだ目で睨んだ。
 が、約束をしない限りはやめてもやらないし先に進めてもやらないことを、この弟はよく分かっている。
 サスケはイタチを掴んでいた手を離し、その握った拳で口元を塞いだ。
 もう中を弄っても、
「…ぅん、ん…」
 ひくんひくんと体は小刻みに跳ねるが、喘ぎは押し殺した細やかなものになる。
「そうだ。それでいい」 
 イタチは中指も引き抜いて、代わりに自分ものを取り出した。
 幾度か扱いて芯を通す。膨らみきってから入れるよりは負担もないだろう。
 サスケの膝の裏をぐいと押す。尻の窪が露になる。
 濡れたそこに先端部を宛がうと、くちゅりと慎ましい音がした。だが粘着質な水音がなんとも淫らだ。
 男同士だ。本来ではあり得ない。
 サスケの頬が体の興奮とはまた違う赤にみるみる染まる。
「いやらしい音だな」
 それはサスケを揶揄したわけではなかった。だが、サスケはそう受け取ったらしい。
「いちいち言うな」
 と彼が言いかけた文句は、けれど腰を進めることで黙らせる。
「はっ…んっんッ!…ッ!」
 狭い窄まりをゆっくりと攻略していく。
 イタチとの約束の通り、唇を手の甲に押し付けて必死に鼻で息を繋いでいるのが、かわいい。
 とてもかわいい。
 イタチは奥まで自身を納めて、それから噴出した汗に濡れた彼の前髪を掻き上げるようにして撫でてやった。
「…さあ、もう全部入ったぞ、サスケ」
「ん…兄さんの…」
 そう言って目を閉じたサスケは、イタチがゆっくりと出入りをするのに合わせて深く息を吸って吐いた。
 膨らみ始めたイタチがサスケの中のローションを掻き出して、互いの腰が重なる度にぱちゅぱちゅと音を鳴らす。
「ん…」
 サスケは恥ずかしげにイタチから顔を背けた。
 けれど、羞恥心以上の快楽に感じ入っているのか、やめてほしいとは言わない。
 それどころか、まだ足らないとばかりカウチの布地に火照った体を擦り付けて欲を散らそうとまでする。
「ぅん…ッ、はぁ…ぁ」
 勿論その程度で収まるものでもないだろう。
 サスケは明らかにイタチを求めていた。うっすらと開いた眸が欲で潤んでいる。
 熱を持て余して体を捩る姿がなんとも淫猥だ。
「兄さん、もっと強く…」
 乞われる。
 しかし、イタチはただ単調にゆったりゆったりとサスケの入り口付近を擦った。
 きっと強引にことを進められることに慣れたサスケは、何処かでイタチに翻弄されたいという欲求を持っている。
 けれど、今は応えてはやらない。
「…くっ」
 サスケは頭上の肘掛けに片腕を回した。
 そうしてイタチの変わらない退屈な律動を崩そうとでも言うのか、自ら腰をくねらせる。
「あっ、ん、兄さん、声は出さない、から」
「…そうじゃない」
「じゃあ、なぜだ」
 問われてイタチは肩を竦めた。
 サスケの勝手をする腰を掴まえて力尽くで引き戻す。
「すぐに終わらせたら、お前またもう一度とねだるだろう。だから、もう仕舞いにして欲しいと音を上げるまで、一回じっくり抱いてやるよ」
「ば…っ!そんなこと…ぁっ、んんっ」
「ほらみろ、これはこれでいいんじゃないのか」
 イタチは改めて組み敷いたサスケを見下ろした。
 狭いカウチの上でくねり上下する体。
 はあ、はあ、と一定の間隔で膨らんでは萎む胸。
 一度は否定しかけたものの、呼吸のペースを決して乱さないイタチの律動が心地好いのだろう、サスケはだんだんと腰を合わせ始めている。
「いいんだろう?」
 全てをイタチに預けるように再びうっとりと眸を閉じたサスケの前は触れず、赤く膨らんだ胸の尖りを指の腹でやわやわと捏ねる。
「あ…ん…」
「サスケ?」
 促して、漸くサスケは微かに頷いた。
 それはサスケの理性が矜持ごと丸ごと蕩けた瞬間でもあった。
 ぱちゅ、ぱちゅ、と音を鳴らす。
 強引には決してしない。
 はあはあと喘ぐサスケの呼吸に合わせて、やさしく体を前後する。
「あ…いい、兄さんの、いい…んっ、あっ」
 だいぶ息が上がってきている。イタチはそう見て、サスケのものをそっと握った。
 サスケは驚いたように眼を開け腰を引いたが、やはり制止はない。
 イタチはサスケの熱に浮かされた眼差しの中、くちゅくちゅと彼のものを扱いた。
 今、彼を濡らしているのはローションではなく彼自身の先走りだ。
 体を倒してサスケに覆い被さる。
「サスケ、もういきたくないか?」
 しかし、サスケからの答えはない。
 いきたい。
 けれど、もう少しだけ。
 そんな葛藤が彼を苛んでいるのだろうか。
 イタチは更に耳許に口を寄せて囁いた。
「最後はお前が望むようなもっとをしてやるよ」
「……」
 だが、サスケの答えは意外なものだった。
「…次会えるのはいつだ?」
 意表を突かれ、顔を上げる。
 サスケはじっとこちらを見詰めていた。
「するとかしないとかは関係ない。アンタに次に会えるのはいつだ」
 それがこの弟の胸の内の何もかもなのだろう。
 彼は確かに腕の中にいるというのに、まだ抱き締め足りない。全く足りない。
 イタチはサスケに接吻けた。唇を重ねて、舌も絡め取る。
「ん…ぅ、兄さん…?」
「今度は二週間も待たせない。…もういきたいんだな?」
「…あぁ」
 サスケの腕が素直に背に回ってくる。しがみつかれる重みが今のイタチには心地良い。
「声、我慢しろよ」
「するほどでもなかったら、もう一回してもらうからな」
「そういう強気なことは終わってから言った方がいい」
 イタチはサスケの脚を抱え直し、徐々に律動を速めた。
 同時にぐいと奥まで差し込み、彼の息を詰まらせる。
「はぅ…ッ」
 大きく反るサスケの顎をイタチは掴んで戻し、唇ごと食べてしまうような接吻けをサスケに施した。
 どちらのものか分からない唾液がサスケの口許をべとべとと濡らす。
 そうして舌をまさぐり合いながら、イタチは更にサスケの脚を腹や胸に付く程に折り曲げた。
「あんっ!」
 繋がりが深まる。
 押し殺した苦痛の悲鳴が小さく上がる。
 痛い。
 苦しい。
 辛い。
 だが、サスケに渦巻くそれら全てをイタチが力強い腰使いで呑み込んで浚っていってしまう。
「あ、ああっ、あッ!」
「サスケ、声」
「にいさん、にいさん、あ、もっときてくれ」
「…ふふ、サスケの中がうねっている」
 招かれるまま、イタチは強引に擦り上げ、突き上げた。
 サスケの狭い内側を今度はイタチの先走りが濡らしていく。それがサスケにも分かるのだろう。
「あぁ、いい…、いいっ、兄さんのが、」
 イタチに激しく揺すぶられ、けれど途切れ途切れ懸命に伝えようとしてくる。
 イタチは汗で顔に張り付く髪を払ってやった。
「そう何度も言うな。分かっている」
 そうして荒い息を吐くサスケの蠢く赤い舌を吸い上げる。
「う…ぅん…」
「サスケ」
「ん、ン、」
「おれもお前のがいい。このまま出してしまいそうだ」
 イタチの息もまた乱れていた。
 長くはもたない。
 下腹部に力を入れ直し、まずはサスケのものを追い上げ扱き上げる。
「あ!ああ!ああんっ、あッ…!」
 サスケの眸が見開かれる。
 だが、その後きゅっと瞑る。
 イタチの手のひらが温かく濡れた。
 達したのだろう。体の痙攣に合わせてびゅくびゅくと彼の先端から白い精が飛ぶ。二回目で粘り気が薄まったそれは、彼の胸の辺りまでを汚した。
 すぐに拭いてやりたい。
 そうは思うが、イタチはサスケの顔にキスを降らして続きを乞うた。
「もう少しだから」
 イタチの熱い楔はまだサスケの内に埋まっている。
 勿論、今日は彼がもういやだと言うのなら抜いてやろうと思う。
 だが、本当のところは彼の中をこのまま奪ってしまいたい。
 いや、彼の中で果てて、注いで、この体の何もかもを彼に差し出してしまいたい。
 イタチはサスケの唇に触れるだけのキスをした。
「サスケ…」
「…いいぜ、兄さん」
 サスケは荒い息を吐きながら頷いた。
 その腕をイタチの背に回してくる。
「すまないな、あと少しだけ我慢してくれ」
 イタチは断ってからサスケを抱いた。
 達して間もないサスケの中が気持ち良い。
 イタチを追い出そうとするうねりを掻き分けて突き入れるときの締め付けがたまらなく刺激的だった。
「や…ぁ、息が…っ」
 口ではかまわないと言ったサスケの腰が上へ上へと逃げようとする。
 イタチは腕を差し入れて、彼の腰を持ち上げた。
 背中だけで体を支えることになったサスケは、バランスを取ろうと更にイタチにしがみ付く。
「んっ、あっ、あッ!」
 弓形に反るサスケの体。
 被さるイタチもまたそれに倣う。  
 きっと苦しいだろう。サスケの体にはまだ先ほどの余韻が残っている。
 慰めにもなりはしない。そうは分かっていて、イタチはサスケの肌のあちらこちらにキスをした。
「あ…あ…兄さん」
「どうした?」
 喉を辿っていた唇を離す。
「…兄さんの、中にほしい」
 それはずくんと腰に響いた。
 サスケの中で自身が震えたのが分かる。
 だがイタチはなんとか堪えた。
 中で吐き出した後のサスケの負担を考えれば、それだけは譲れない。
「ん…、それは…はぁ…また今度な」
 イタチは、はっと肩で息を吐いてサスケの中から自身を抜き取った。
 もう持ち堪えられそうにない。
 ローションや先走りが名残を惜しむかのように二人の間でとろりと糸を引く。
 あまりに倒錯的で、眩暈を起こしそうだった。
「は…っ」
 ふと胸に欲が巣食う。
 イタチはくたりと垂れていた弟の性器に自身のものの先を合わせた。
「あ…なに…」
 サスケが目を見張る。
 その性器にイタチは二、三度自らを扱いて精を放った。
「…ッ」
「あ…っ」
 イタチの精がサスケのものを白く濡らす。 
 その生暖かい感触に、一瞬呆けた様子だったサスケはすぐに顔をしかめた。
「…やらしいんだよ、アンタは」
 サスケのものを辿ってとろりとイタチの欲が薄い腹に零れる。
 イタチはそれはそのままでいいと思った。
 一息吐く。
「やらしいのはお前の声だろう。結局あんな声を出して」
「…っせー」
 どうやらそこは認めるらしい。
「じゃあもう今日はいいな?」
 ややばつの悪い思いをしているだろう弟の額や頬に今度は親愛のキスを落とす。
 サスケは逃げるように顔を逸らしたが、どうせ仕草だ。
 かまわず体も慰撫の意図をもって撫でてやる。サスケは素直に受け入れた。
「ああ、もういい。疲れた…だるい…」
「風呂に入るか」
「風呂?シャワーじゃないのか?」
「さっき沸かしておいた。温まった方がいいだろう。その後は昼までもう一度寝ような。おれも少し疲れて眠い」
 言うと、サスケはふんと鼻を鳴らした。
 なのにイタチの下からは出ようとはしない。
 そのまま隙間なく抱き合う。
「…周到なこった。で、その後はどうする」
「そうだな、昼を作って食べて」
「その後は?」
「さて。お前はどうしたい?」
「…そうだな。おれは、兄さんと」
 ピピッとバスルームが鳴る。
 けれど、囁き合う二人を呼ぶにはそれはとても足りないほんの小さな音だった。