制服デートがしたい!
※ 「兄さんは弟におねだりをされました」の四日後くらい
おれは不愉快だった。
七時間の授業を終えた放課後、高校の正門付近でのことだ。
学年も男女も問わず、誰も彼もが門を潜りながら、ちらりちらりとおれを振り返ってはこそこそと耳打ちをし合っている。
いったい何だというのだろう。
女からは騒がれたり、男からはふてぶてしいと因縁をつけられたりと不躾な視線には慣れてはいるが、なんにせよ面倒事は御免だ。
学校指定のコートの下に着けたネックウォーマーを口許まで引き上げ素知らぬ振りでつかつかと正門に向かう。
そうしてそのまま正門に差し掛かったその時だった。
「サスケ」
唐突に横手から名を呼ばれる。
それで周囲の視線の訳が分かった。
守衛室と門柱の合間、そこにおれそっくりな部外者が立っていたら、そりゃ振り返りもするだろう。
ダークカラーのショートコートにマフラー、それから片手には時間を潰すための文庫本。
胸に来客用IDを着けていることから来校の手続きは済ませたらしい、が。
「にい…イタチ!」
どうして兄さんがこんなところに。
驚き駆け寄りながら、はっとしてポケットの携帯電話を確認する。
もしかしたら電話かメールか、着信に気付いていなかったのだろうか。
だが、ディスプレイにそれらがあったという表示は何もない。
「何してるんだよ、アンタ」
周りの視線を振り切るようにしてイタチに詰め寄る。
だというのに、
「風邪は治ったか?」
なんて惚けたことを真面目に言うから困る。
「…訊いているのはおれだぞ」
すると、兄さんはIDを取り外しながら笑った。
「今度は二週間も待たせないと言っただろう」
一瞬、ぽかんとする。
…そうだ。
…言った。
確かにあのとき言っていた。
だからって。この人は。
どうしていつもいつもおれに素直に嬉しいとは思わせてくれないのか。
おれは引ったくるようにして兄さんのIDを奪った。
「なにも学校まで来なくてもいいだろうが」
わざわざ目立つようなことをするんじゃねえ。
兄さんを知る地元の中学では、兄さんを紹介してほしいと女どもにどれほど言われたことか。うぜえ。あれは本当にうぜえ。高校になってまであんなのは御免だ。
それに来るなら来るで連絡くらい寄越せ。
放課後、教室に残っていた奴らとくだらない話をして暇を潰していたことが今更ながらに悔やまれた。
あと三十分は早くに出られたのに。
そうであれば兄さんをこんな寒い日に外で長く待たすこともなかったのに。
…風邪…引かないよな、兄さん。
「サスケ」
思考に入り始めたおれを呼び戻すように兄さんは再びおれの手からIDを取り上げた。
そうしてそのまま守衛室に返却しに行き、戻って来る。
背を押された。
「少し買いたいものがある。付き合え」
「…だから、そういうんなら、」
一言電話かメールをしてくれたらよかったんじゃないか?
たとえば、駅まで来い、とか。
そう言い掛けて、
「いつもお前を待たせてばかりだから、たまにはおれがお前を待つのもいいだろう」
おれは黙った。
イタチは狡い。
おれの弱いところを全部知っていて、それを残らず全て浚っていくんだ。
もう何も言い返せない。
見透かされている。
気恥ずかしさとばつの悪さ。
そんなものが先立って真っ直ぐに兄さんを見れやしない。
数拍の間。
けれど耐えきれず、ちょっとだけ顔を上げる。
すると、兄さんはおれを眺めてそっと目を細めた。
「それに、」
「…それに?」
「制服姿のお前を連れて歩くのも悪くはない」
因みに、兄さんの買い物とは兄さんのマンションに置いておくためのおれの部屋着やパジャマだった。
「そんなもの要らねえ」と再三断ったのだが、「これは確かにお前が着るものだが、おれが買って、おれがおれの部屋に置いておく、おれのものだから、お前はつべこべ言うな」と筋が通っているようないないようなことを長々と論説され、結局押し通されてしまった。
でも、おれが使うものなのに、それが兄さんの所有物であるというのは、…悪くない。
うん、悪くない。