骨折兄さんと夜の営み
※ 「07 利き手の話」の続き
イタチの解けた髪がくしゃりと乱れる。
先ほどまではまるで女のように整えられてきれいだったというのに。
そのようにしたのは誰でもないサスケだ。
風呂上がりの濡れた髪をドライヤーで乾かし、時間をたっぷりかけて丁寧に櫛を通した。
いつもならしてやらないそんなことをしたのは、イタチの右手が今は不自由だからだ。
腕を骨折したのだという。
わけはよくは教えてくれなかった。
学内考査中だったため気遣われたのかとも思ったが、イタチはたとえサスケが明日入試を受けるのだとしても、それが必要であればあっさりと告げるような人だ。
きっとイタチにとっては取るに足らないことなのだろう。骨折も、それに対するサスケの気持ちも。
ちゅぷ…。
ベッドに腰掛けたサスケの下肢からねばっこい音が漏れる。
「は…ぁ」
サスケはふぅふぅと息を吐いた。
イタチが床に跪いてサスケの陰茎を咥内に含んでいる。それだけでサスケの体は淫らに熱くなった。
「あ…ふ…っ」
唇でしごかれる。
奥まで咥えられれば竿に舌が這わされ、反対にそれが姿を現せば膨らんだ先端にキスを落とされる。
全てはイタチの手加減ひとつだ。
サスケはただゆっくりと崖っぷちに追い詰められていく。
だが、今夜のイタチのそれは何処か緩慢で、サスケを焦らした。
普段は穏やかな人柄をしているが、ことが起これば徹底的に容赦なく相手をやり込めるような人だ。
だから、これはきっとわざとに決まっている。
サスケはイタチの髪に差し込んでいた手で促すように後頭部を押した。
ああ早く追い詰められたい。
真っ逆様に暗い崖の下へ突き落とされてしまいたい。
サスケのそんな気持ちを汲んでくれたのか、ずるりと深くまでイタチに包まれる。
「あ…!あっ、あっ、気持ちいい。兄さんっ、ああ、もっと、動かしてくれよ」
言うと、その瞬間、じゅっじゅっと音が立つほどにきつく吸い上げられた。
まるで滞っているサスケの精を強制的に引きずり出すようなそれに体が戦慄く。
「ああっ、ああっ!」
踏ん張りが利かない。
両脚が浮き上がる。
我慢できない。
ぴんっと跳ねたサスケの左脚がうっかりイタチの骨折した右腕を蹴り上げそうになる。
寸でのところでサスケから口を離して避けたイタチは、眉間にしわを寄せた。
「こら、サスケ」
危ないだろうと言われるが、サスケだってわざとじゃない。
「…悪い」
そう形ばかり謝って、離れてしまったイタチの顔に手を伸ばす。
サスケのものはイタチの唾液とそれ自身の体液でべったり濡れていた。
もういきそうだった。
手で擦りたてたい気持ちがぞわぞわと背筋を這って、これ以上は耐えられない。
「なあ…続き…」
「……」
だがイタチは思案顔だ。
そうしてサスケの手を取ったかと思うと、そのまま指を結んでサスケの上肢をベッドに沈めた。
「兄さん…?」
手が離れる。
イタチは再び床に膝を着いた。
それからぐっとサスケの左脚を太股から持ち上げる。
尻の辺りが晒され、すぅっと冷えた。
「あ…」
「サスケ、持っておけ」
その言葉にサスケは固まった。
イタチは左脚を自ら開いて、そのうえ膝を抱えておけと言うのだ。
陰茎だけならまだしも、そんな体の奥まで覗かれるような格好はできない。
かといってイタチも譲るつもりはないのだろう。太股を持ち上げた手をもう離そうとさえしている。
ずくんずくんと腰に籠もった熱が抜けない。
「…くそっ」
暫しの躊躇の後、サスケは手を伸ばした。左膝を抱え込む。
一瞬、イタチが微笑ったような気がした。
だがそれを確かめる間もなく、すぐにその顔は見えなくなる。
サスケの右脚をその左肩に抱え上げ、再びサスケのものを口の中に招いたのだ。
いきなり激しく吸われる。
「あふっ…」
腰が浮き上がった。
汗が噴き出す。
今度は一気に駆け上らせるつもりに違いなかった。
じゅぷじゅぷと唾液を絡ませながら上下をする唇にも、睾丸をやわやわと握って転がす左手にも、容赦がない。
「あっ、ん、あっ、あっ!」
サスケは体を捩って下肢から絶え間なくやって来る莫大な官能を逃そうとするが、左半身が束縛されていて上手にできない。
けれど、イタチの腕を蹴り飛ばすなんて以ての外だ。
ぎし、ぎし、とベッドが軋む。
「こら、サスケ。暴れるな」
「はっ…、そんなのっ、あぅ、無理、あっ、もぅ、むりっ」
背中が反る。
ついに兆しが訪れる。
「あっ、ああっ、兄さんっ、出そう」
イタチが口を離した。
代わりにそそり立ったものを握られ、腹に付けられる。
「あ…、な、に…?」
サスケは訳が分からず問いかけた。
だが、イタチは答えてくれない。
そのままぐいっと根本から先端へ搾り取るようにしごかれる。
ぞくぞくと痺れが這い上がった。
「あぁっ!」
先端から精液が勢いよくあふれ出す。
そうしてそれは激しく上下するサスケの腹や胸にぱたぱたと散った。
ひたひたと頬を軽く打たれている感覚にサスケは射精の余韻からなんとか目を覚ました。
ともすればそのまま寝入ってしまいそうだったのは、学内考査のため連日夜遅くまで起きていたせいだろう。
サスケが瞼を擡げると、ベッドに膝を着いて上がってきたイタチが心配げにこちらを覗き込んでいた。
「もう止めておくか?」
などと言う。
サスケは小さく首を振った。
イタチはまだ一度も出していない。
手を付き、起き上がる。鼻先が触れ合うほど兄の体が傍にあった。
骨折をしている右腕には負担を掛けないよう左肩だけに腕を回す。そのまま少し背を伸ばしてキスをした。
続きをと先を強請る。
それから空いている左手で兄のものをまさぐって取り出した。
兄のものは、つい先ほどまでサスケを乱していたせいか、兆しがあった。
どくん、どくん、と脈打っていて熱い。
唾液がじゅわりと湧く。
他の男のものなど御免だが、それがイタチのものであるのなら、たっぷりとしゃぶってみたい。
そうして体の奥深くまで受け入れてみたい。
サスケはまるで好物を食べるときのように口を開いて、それを咥えようとした。
が、屈み込もうとした額をやんわりと押し戻される。
見上げると、イタチは自身のものに触れているサスケの手を取った。
「おれがしてやるよ」
と言う。
その言葉にサスケはむっとした。
なにも嫌々するわけじゃない。おれがしたいと思ったからするんだ。
それなのに制止されてしまったことが不服だった。
「おれはさっきしてもらった」
「ああ、そうだな。だが今夜はお前はしなくていい。なあサスケ、おれがお前にしてやりたいんだよ」
目を見詰められて、そんな風に指先で甘く頬を辿らながら言われては、サスケにはもう何も言えなかった。
けれど、だからといって「じゃあ」とはすぐに体を差し出せないから、俯く。
たぶんにそれがいけなかった。
どうもこの兄は他の誰よりもこの上ないくらいサスケに甘いのに、時折とんでもない底意地の悪さを垣間見せる。
小さい頃、兄にかまって欲しくて他愛ない我が儘を言っては兄を困らせたあの時のサスケの気持ちと少し似ているのかもしれない。
イタチはサスケの頬を撫でていた指を差し出して見せてきた。
意図を図りかねて首を傾げる。
「なんだよ」
すると、イタチはしれっとして言った。
「どちらもしてやりたいが、おれはこの通り片手しか動かせない。お前、どっちを自分で触りたい?」
「え…」
絶句する。
血の気がさっと引いたような気分だ。
突きつけられた問いは、どちらを回答しても恥ずかしいことこの上ない。
だが勿論兄の言うことは理解をしていたし、一面では尤もなことだ。
確かに彼は今いつものようにサスケを深い快感に引きずり込む両方には触れられないのだ。
サスケは意を決して、引き結んでいた唇を解いた。
「後ろは…」
「自分で?」
「ばっ…!そ…んなことできるわけないだろ!」
「冗談だ。わかっている。後ろを向いて膝を着け」
促されて、そうする。
するとすぐに背後から忍び寄った兄の指がサスケの口に突っ込まれた。「濡らせ」と言う。
一方的に事を進めようとする兄にむっとはしたものの、その長い指で咥内をくすぐられるとサスケは弱い。とても、とても。ちゅちゅと咥えて舐めてしまう。
そのうえ、ゆっくりと出し入れをされては、先ほど寸前で取り上げられてしまった兄のもののようにも思えて、サスケは夢中でその指先を吸った。
ああ、もっと激しく舌と唇に擦り付けて欲しい。
過ぎる思いに体が興奮する。ひくり、ひくりと腰が疼くのだ。
「あ…ん、兄さん…おれ、」
「ほら、前は自分でするんだろう?」
「ぅん…」
囁かれる声に導かれて、サスケは少々戸惑いながらも自身に手を掛ける。
少し上下に擦っただけで、それはたちまち腹に付くほどに勃ち上がった。
「んっ、んっ」
気持ち良い。
気持ち良い。
だが、同時にもっと欲しいもっと欲しいという焦燥感がサスケを煽る。
兄の手淫を真似て、先端を指先でくりくりと刺激した。
「あっ!」
全身が快感に震える。体が崩れた。
残るもう片方の手で理性を手繰り寄せるようにシーツに縋るが、このままでは長くはもたない。
手がもうねっとりと濡れているのがわかる。
兄の指が口から引き抜かれた。
サスケがたっぷりとしゃぶったそれは、ついでのようにサスケの腹をまさぐって先ほど出した精液の残滓を拭っていく。
「サスケ、手をちゃんと動かすんだ」
「ん…わかってる」
その指に気を取られていたことを兄は見抜いていたのだろう。
咎められ、またゆるゆると自身の性器を擦る。
すると、そのサスケの自慰に合わせるようにイタチの指がぬぅーっとサスケの中に入ってきた。
「んっ、あっ…」
体が跳ねる。
指一本でも本当はきつい。苦しい。呼吸も鼓動も早くなる。サスケは、はぁはぁと喘いだ。
だが、イタチはサスケの中の具合に喜んだ。
「あぁ、挿れたら気持ちが良さそうだ」
うっとりとそう言う声はいつもより深みがある。
兄も興奮してくれているのだろうか。
自然と腰が振れる。
「じゃあもう、はやくしろよ」
「いや、もう少し待て」
指が増やされた。
中がイタチの指二本分、三本分と広がっていくのがわかる。
そうして背中にはいくつもの軽いキスが降った。
うなじ、肩、肩胛骨、背筋、際疾い腰骨、それから指が出入りをしているところ。
舌先で刺激され、ちゅくちゅくと唾液を入れられる。
けれど、そればっかりは何度されてもだめだ。羞恥心がこみ上げる。
サスケは首を振った。
「あっ…もぅいいから」
「ふふ、そうだな。もういい頃合いだ」
イタチの指がサスケから離れた。
代わりにイタチのものがサスケに触れる。
先ほど手にしたときよりも熱くて、かたい。
サスケは喉を鳴らした。
これを挿れられるのは、いつだって怖い。
繊細な内側に踏み込まれ、暴かれ、あられもなく喘がされるのは、高い矜持のサスケには耐え難い苦痛なのだ。
けれど、その先にある莫大な快楽を体が知ってしまっている。
胸が高鳴る。自制ができない。
誰でもなく、今、兄からのそれが欲しい。
「少し手を離せ」
イタチのものがサスケの股の間に割って入ってくる。
イタチのそれはサスケの睾丸を意地悪にも数度突いて、それからサスケ自身を擦ってきた。
「あっ、あっ」
もどかしい刺激にサスケの腰が強い快感を求めて揺れる。
だが、それを戒めるようにイタチの指がサスケの尻の窪みをなぞった。
「こら、勝手をするんじゃない」
どうやらイタチはサスケの先走りを自分のものに擦りつけているらしかった。
サスケの中でより滑らかに動くためだろう。サスケはいつもぎちぎちとイタチを締め付けてしまう。
けれど、焦れた。もう限界だ。
「兄さんっ、いい加減に」
挿れろ、と言おうとしたその瞬間、それを狙い澄ましたかのようにイタチのものの先端がサスケの中に入る。
そのまま一気にずぷずぷと犯された。
息が詰まる。胸が苦しい。呼吸さえままならない。
「息をしろ、サスケ」
そう兄に促されて、漸く自分の体にはそのような機能があったことを思い出す。
息を吐いた。
「っあ…!」
体が戦慄く。
四肢の感覚が飛んで、腹の中のそれだけがサスケの全てになる。
それでもなんとか歯を食いしばるが、漏れる声までは抑えきれない。
「んん、んっ、くぁ…っ、あ…っ」
入り口を何度も擦られ、快感の細い糸がサスケを捕らえ始める。
気持ちいい。
でも痛い。苦しい。
満杯には満たされない体が切なさを訴え、容赦なく腰を押し進めてくる兄から逃げようと前傾する。
しかしイタチはそうはさせまいと片腕で逃げ打つサスケの腹を抱え込んで、音が鳴るほど腰を打ち付けてきた。
「あっ、んぅ、くそ…っ」
細身の体や、穏やかな風の普段から想像もつかないほどイタチの腰使いはサスケを翻弄する。
だが片手が使えないためか、いつもならサスケの体を慈しむそれがない。
ただサスケと繋がるそこをイタチが激しく出入りする。
サスケは震える手で自身を握り込んだ。兄の手がああなのだ。今夜は自分でするしかない。
イタチの腰使いに合わせて熱いそれを擦りたてる。
途端、快楽が痛みを上回った。
「あっ、ん、いいっ、いいっ」
前も、後ろも、気持ちが良かった。
後ろが良いだなんて、きっと知ってはいけないことだったのだ。
けれど、それを囁いたのが兄ならば仕方がない。
そうして、イタチにこうして心まで閉じこめられてしまうことに、サスケはある種の官能を覚え始めていた。
「あ…!」
焦らして手加減をする兄の手とは違ったせいだろう、すぐに体が極まる。
シーツに精が飛んだ。
手がねっとりと濡れる。
「いってしまったのか」
はあはあと大きく荒く肩で息を吐くサスケの上でイタチは少々呆れたようだった。
咄嗟に何かを言い返したかったが、頭がよく回らない。
代わりに中が不規則にイタチを締め付けた。
だが、イタチはそんなまとわりつく肉さえ楽しむように更に奥へと楔を突き込んでくる。
そうして、全てをサスケの一番奥に収めて小刻みに揺らした。しかし、それはあまりにも過ぎた刺激だ。
ああもうおかしくなっちまう。
サスケは矜持を捨てて請うた。
「あ、も…抜いてくれ…」
だが、
「だめだ」
とにべもなく断られる。
そのあまりにもあっさりとした様に、もしかしてとある期待がサスケの心の中で頭を擡げた。
「あ、あ…、に、兄さん…っ」
「どうした?」
「兄さんも気持ちいいのか…?」
そんなサスケの問いにイタチがふっと笑ったような気がした。
彼のこめかみに浮いた汗の滴りがサスケの体に落ちて弾ける。
「…ああ、とてもいいよ、サスケ」
それだけだ。
けれどたったそれだけに、ひくんと体が跳ねる。
「あっ、あっ!」
とてつもない快感が洪水のように押し寄せた。
腰から四肢、体の隅々があっという間に痺れる。
サスケの中が強く締まった。
「サスケ」と諫められるが、そのイタチの声音や息遣いが濡れている。
であれば、今夜は乱暴なところもすごくいい。
いつもならサスケばかりを優先する兄が今はサスケと繋がるそこだけを欲して求めている。
心も体も興奮した。
これは喜びだ。
うれしい。ただ、うれしい。
「にいさん、にいさん…っ」
「うん?」
「おれでいって」
そんな言葉すらするりと出る。
イタチが息を呑んだ。それから囁く。
「中で出しても?」
そう問うているくせに、兄はもう中で出す気なのだろう、力強く打ち付けられるイタチのものに、返事さえままならない。
気持ちを伝えるようにサスケは何度も頷いた。
「いいっ、からっ、あ、もう早くっ」
ぱんぱんと音が立つほど抜き差しが激しさを増す。
イタチが快楽を求めてサスケの中で自身を擦り付けている。
体ががくがく揺さぶられた。
「あん!あっ、あっ!」
目の前が眩む。何もわからない。
イタチと繋がるそこだけがサスケの世界の全てだ。
「っ、出すぞ」
最後にイタチは片腕でサスケの腰を強く引き寄せた。
奥深くに兄の精が注がれる。
その体の内までもイタチに支配される感覚にサスケは小さく喘いだ。
兄の支える腕がなければ、膝から崩れて突っ伏していただろう。
全力で駆けた後のような疲労がどっと押し寄せる。
心臓がまだ早鐘のように打っていた。
荒い息が整わない。
だというのに、
「あっ…!?」
イタチが挿れたまま、また前後にゆるゆる腰を動かし始める。
出されたばかりの精子が中でかき回され、くちゅくちゅと音を鳴らした。
「あっ、あ!もぅ無理だ…苦し…っ!」
もう長い時間イタチに抱かれているのだ。
サスケは拒むようにして首を振った。
だが、彼のギプスがざらりと背中に触れる。
あっと思う間もなく、そのまま体を体で押さえ込まれた。
「サスケ」
シーツを握るサスケの手にイタチの左手が重なる。
そうして弟の耳朶さえかじりながら彼は言うのだ。
「もう一度、お前でいきたい」
ああちくしょう。
そんなことを言われては、サスケの体にまた火が灯る。