19 誕生日の話



 一日の最後のニュースが終わる頃、コンビニへ行く。何が欲しいわけでもないけれど、帰り道は寒いから指先を温める缶コーヒーを買っておく。
 イタチの部屋へは帰らない。
 ぶらつく道は駅へ出る道。いつも通りの予定調和の遠回り道。
 こんな遅くにお前ひとりじゃ補導をされるからと今夜も心配性の兄は隣のレジで安いおでんを買っていた。食べたいものはあるかと訊かれたので、だいこんを追加で頼んでおく。でも、母さんのそれには敵わない。
 ぽつりぽつりと街の明かりを拾って歩く。若い学生街とはいえ、それほど大きな町でもないから、そろそろ駅前も眠る頃。
 休日の少し早い最終電車を見送ったなら、あとはもうひとつふたつ居酒屋の提灯も消えていく。
 今何時だろうか。
 もっと遅くには誰も乗せない貨物列車ががたごと走るという線路脇を次の駅に向かって歩く。黙って歩く。
 半歩後ろのイタチも喋らない。ただぶら提げたコンビニのビニル袋だけが冷たい冬の夜風にかさかさと音を鳴らしていた。
 今何時だろうか。
 日付はもう変わっただろうか。
 日曜日にはなっただろうか。
 時計はない。携帯電話も置いてきた。
 時間が分かるのは好きじゃない。土曜日の夜のカウントダウンはいつも心を落ち着かなくさせる。
 だから日が変わる頃には外へ行く。
 二十四時間のコンビニはやさしいし、夜の曖昧さは全ての輪郭をとかしてくれる。そうして電車の走らない、何処までも続く線路が好きだった。
 星の代わりにカーテン越しの家の明かりを数えて歩く。車のライトは流れ星。アパートの階段の非常灯は暗いから六等星にあてはめる。暗いけれど、光って、確かにちゃんとそこに存在していることを訴えている。
 身を寄せ合う恋人たちとすれ違う。
 犬に引っ張られるおじさんは早足に通り過ぎて行った。
 そうして結局いつもの電信柱の角を折れ曲がる。変わらない帰り道。イタチは後ろから付いてくる。
 歩いて、また歩いて、口は結んで、小さな川に架かった小さな橋を渡る。渡り切ればもうすぐそこがイタチの部屋だ。
 足を止める。
 遠く河口の街のネオンライトがチカチカ眩しい夜景に見える。
 今何時だろうか。
 日付はもう変わっただろうか。
 日曜日にはなっただろうか。
 夜空を仰ぐ。
 後頭部がイタチの肩に当たったが、文句はないのでそのまんま、ほんの少しだけ心を寄せた。
 星が河口へと流れていく。
 月は何処かの雲に隠れてしまったらしい。
 同じだなと思う。
 昔イタチと日が暮れ始めても続けたかくれんぼ。公園には何処からでも見える高い時計台があったのに、本当はおしまいの時間だとも分かっていたのに、知らないふりを続けてた。
 白い息が僅かに立ち昇って消える。寒さは上着の内まで染み込んでいる。ポケットの中の缶コーヒーはもうすっかり冷えていて、あとはごろりごろりと転がるだけだ。
 兄のおでんもきっとそうに違いない。母のそれは温め直してもなお美味かったが、コンビニのものはどうだろう。でも、今はそれが彼の味だ。
 そうして兄は時計も携帯電話も持ってきているのだろう。初めてメールアドレスを教えてもらったとき、ああ兄だけ父や母や自分と契約会社が違うのかと痛んだ胸は今もまだ治りが遅い。
 今何時だろうか。
 日付はもう変わっただろうか。
 日曜日にはなっただろうか。
 白い息がまた上がる。
 するとイタチは、それが消えてしまう前に「サスケ」と言った。
「帰ろう」
 と言う。

「お前とキスがしたい」

 ああ。
 おれもだよ、兄さん。

 溜息が晴れたなら空に月が出ていた。
 日曜日が始まる。