06 髪の話
土曜日から日曜日に日付が変わる頃のこと、風呂から上がったサスケは水をグラスに注いでからリビングに足を向けた。
途中数歩の間にぐびぐびと半分ほど飲み干す。
喉が乾いていた。
実家もそうであるが、湯船の湯はいつも熱い。
水で埋めてもよかったが、やはりここは兄が暮らす家で、自分は泊まりに来ている身だ。どうにも気が引ける。
その兄はリビングのカウチで組んだ膝に乗せたノートパソコンを眺めていた。
時折かちかちとキーボードを叩いて何ごとかを打ち込んでいる。
テレビは点いているが、たぶんサスケが風呂に入る前に見ていたそのままなのだろう。
点けっぱなしだ。
父や母はこういうことに関して二人を厳しく育てたが、イタチはサスケの前では油断をする。
イタチはサスケに気がつくと、少し腰を上げて隣を空けてくれた。
けれどそこへ座ると同時に、小言が飛んでくる。
「また乾かしていないな」
髪の先から水滴が鎖骨辺りに滴るのを見咎められたらしい。
サスケは頭に被せたバスタオルでわしわしと髪を拭いた。
けれど、それはあくまでちゃんと拭いているよというポーズだ。
また面倒になってほんの数秒ほどで手を止める。
代わりに残りの水を喉に流し込んだ。
「ドライヤーがあるだろう」
とイタチが呆れたが、サスケは取り合わなかった。
「あれ、面倒くせえ。どうせ乾く」
兄のことは慕っているが、口うるさくあれこれ言うところにはうんざりする。
サスケはテレビに目を遣った。
週末深夜によくある若者向けの情報番組だ。
レポーターが流行っているという美容室を紹介し、美容師にマイクを向ける。
そこで、サスケの視界は閉ざされた。
バスタオルを改めて深く被せられたのだ。
「おい」
と、イタチの方を振り向くと、イタチの片足がカウチに乗り上げている姿だけが見えた。
少々乱暴な手つきで髪を拭かれる。
「痛い」
訴えると、「お前を真似ただけだ」と返された。
けれど、それからは一転してイタチの手つきは慰撫するようなそれになる。
サスケの髪の水気を丁寧にタオルに吸わせていく。
そういえば兄がまだ実家で暮らしていた頃も、こうして風呂上がりには髪を拭いてもらったものだった。
イタチがサスケに口うるさいのは性格もあるのだろうが、サスケを前にするとあの頃が思い出されて世話を焼きたくなるのだろう。
おれはもうそんな歳じゃあないけれど。
「急に大人しくなったな」
「兄孝行しようと思って」
「どう見ても、おれがお前にしてやっているんだがな」
「おれが、兄さんにさせてやってるんだ」
「言うなあ、サスケ」
バスタオルと前髪の隙間から、イタチの口許に笑みが浮かぶのが見えた。
イタチを前にすれば、世話を焼かれたくなる自分は、まだちょっと矜持が邪魔をして認められない。