04 雨の日の話
日曜日の夜八時前、夕食も食べ終わり、もう少ししたら家へ帰ろうかとサスケが思い始めた頃、唐突に窓を叩くものがあった。
雨粒だ。
そうしてそれはすぐさま大きな雨音に変わる。
あまりの音にカウチに寝そべっていたサスケは携帯をいじる手を止めた。
窓を見遣る。
外の様子は暗くてよくは見えなかったが、街の灯りに雨がざんざんと降り注いでいるようだ。
「急だな」
イタチもまた読んでいた本から顔を上げる。
あれは今日の昼間に二人で出かけた先で買ったものだ。その昼間はよく晴れていたというのに。
「止むまでいていいだろ?」
サスケは体を起こしながら、床に座るイタチに問うた。
サスケがカウチを独り占めにするものだから、この頃のイタチはそれを背に床に座ることが多い。
もちろんサスケもこの家の主であるイタチに退けと言われたならばそうするつもりではいるのだが、イタチがなにも言わないので、ずるずるとこんなことが続いている。
「もっと酷くなるかもしれない」
イタチはテレビのリモコンに手を伸ばした。天気予報を見るためだろう。
だがサスケはその床にあったリモコンを兄よりも早く裸足の足で押さえた。
イタチが少し厳しい顔でサスケを振り仰ぐ。
「こら。行儀が悪いぞ、サスケ」
だがサスケは取り合わない。
「通り雨かもしれないだろう」
だからすぐ止むかもしれないと言うと、サスケを覗き込むイタチの瞳が僅かに探るような色を見せた。
「家に帰りたくないのか?」
「…そんなんじゃねえ」
だが、遠くはない。
サスケはリモコンから足を退けた。
イタチはもうそれを取ろうとはしなかった。
家に帰りたくないわけじゃない。それに明日は学校だ。家に帰るべきだともわかっている。
わかっているけれど、だけど。
「もう少しだけここにいたい」
そうは言えないサスケの手首がイタチに取られる。そのままぐいっとカウチから引きずり落とされた。
今度はサスケが見上げることになる。
イタチの顔は、ほんのすぐそこにあった。
「車で送ってやろうか?」
そう言うのは、たぶんこの兄の意地悪だ。
こんなに傍にいるというのに、イタチがサスケの心臓が跳ねていることを分からないはずがない。
サスケの気持ちが伝わらないはずがない。
伝わっているのに知らん顔をするのが、この兄だ。
腹を立てて黙りを決め込んだサスケの頬にイタチの手が差し伸べられる。
「許せ、サスケ。おれが悪かった」
「アンタはいつもそう言うけれど、本当にそう思っているのか疑わしいんだよ」
けれど、サスケは溺れているのだ。
とても苦しい。息をすることさえままならない。
イタチの手に縋らなければ助からない。
サスケがいつも沈む不安の海はイタチなのに、イタチに救い上げてもらわなければならないことが、ひどく屈辱的だ。
けれどその途切れることのない環に閉じ込められることに、深い安堵をもサスケは覚え始めている。
サスケは与えられたその手のひらに素直に頬を預けた。
そのままキスを重ねる。
「明日は学校だろう。最後まではしない」
途中、イタチは兄らしくそんなことを言った。
そうしてまた唇を重ねてくる。
サスケはイタチの襟元を握った。縋るようにして、もっとと強請る。
外では雨が遠ざかろうとしている。
サスケに降るイタチのキスはとてもやさしい。
嗚呼。
もっと酷く激しくなったってかまわない。