03 好きなものの話



「ちょっとコンビニに行ってくる」
 と言ってサスケが閉める扉の音を聞いて、再びそれが聞こえるまで三分と掛からなかった。
 居間のカウチに凭れながらノートパソコンを打っていたイタチは顔を上げる。
 戻ったサスケは何も手にしていなかった。
 どうしたというイタチの目での問いに、サスケはどうも仏頂面だ。
「寒かった」
 なるほど、確かに部屋の中もこの時期にしてはひんやりとしている。
 ましてサスケは長袖のシャツ一枚で外へ出たのだ。
 いつも着ているスウェットのパーカーは、ここ数日汗ばむほどの気温が続いたせいか、今日は持ってきていないらしい。
「おれのを着るか?」
 イタチはパソコンをカウチに上げて置き、蓋をぱたんと閉めた。
 寝室からニットのロングカーディガンを持って来てやる。
 けれど、サスケは差し出されたそれを一瞥して、目を逸らした。
「…いらねえ」
「寒いんだろう?」
「でも、いやだ」
「じゃあ、他のを選んでくるといい」
 イタチは特別に気長というわけではないが、サスケには寛大だ。
 だが、イタチのその譲歩にもサスケは頷かない。
 挙句、「アンタのは着たくない」とまで言い出す始末。
 イタチにはサスケがそう頑なに言う理由がよくわからなかった。
 イタチはそれほど服装に気を配っているわけではなかったが、とくに奇抜な服装を好んでいるわけでもない。
 ごく普通の、色合いもどちらかと言えばモノトーンのものであることが多い。
 今こうしてサスケに差し出している黒のカーディガンもどこにでもあるような型だろう。
 イタチがそのように考えている沈黙を、このままではイタチは引き下がらないとでも勘違いをしたのか、サスケは拒否するように組んだ腕を解いた。
 それから、ぼそりと言う。
「アンタのは、大きいんだよ」
「そうか?」
 イタチは首を傾げた。
 身長を除いて、体格はそれほど変わらないはずだ。
「…その身長が問題だろうが。それに袖も余る」
「大きい方が温かくていいじゃないか。着るといっても部屋とコンビニに行くときくらいだろう」
 イタチは折りたたんでいたカーディガンを広げた。
 サスケの肩に掛ける。
 きっとサスケは一度要らないと言った以上は自分から手を伸ばせない。そういう子だ。
 そうして、欲しがっているだろうと与えてやれば、腹を立ててしまう。
 今もまた不満げにイタチを見上げている。
「おい、なに勝手に」
 だが、イタチは有無を言わせなかった。
「着ていろ。もう少し遅くなれば部屋も寒くなる」
 イタチの少し強めの語調に、サスケは渋々といった様子でカーディガンの袖に腕を通した。
 元々裾の長いものなので、サスケが気に病むほど違和感はない。
 敢えて言うならば、すっかり手を隠してしまう袖は確かに少し長いのかもしれない。
「だからいやだったんだ」
 サスケは袖を上へと引っ張りながら、ますます機嫌を斜めにしてしまう。
 そういえば小さい時からイタチのお下がりを母に着せられては、「大きい」と拗ねていた。
 たぶん、兄と同じ歳になったとき、自分の方が少し背が低いことを気にしていたのだろう。
 イタチはサスケの前髪を掻き上げた。そうすれば幼かったころによく小突いた額が現れる。
「お前はまた機嫌を悪くするだろうが」
「なんだよ」
 イタチの手のひらの下で、サスケが慌てた。
 そのせいで離してしまった袖がまたサスケの手を覆い隠してしまう。指だけが少し覗いていた。
「なかなかかわいいと思う」
 言うと、サスケが一気に硬直したのがわかった。
 かわいそうなくらい顔色を変えている。
 そうしてようやく我を取り戻したかと思うと、
「脱ぐっ。絶対着ないぞ、こんなもの」
 と言ってカーディガンをイタチに叩きつけるようにして返してしまった。
 そんなところがいとけなくて、イタチにとってはまだまだ可愛いものだ。