02 ダイエットの話



「危ないぞ、サスケ」
 不意に自分の体を重ねるようにして背後に立ったサスケをイタチは振り向きもせずに窘めた。
 その手は今日の夕飯の支度に忙しい。
 フライパンからは空腹を誘うような匂いが漂い、音が弾ける。
 けれど、いつまでもサスケは離れない。
 聞き分けは、そういえばあまりよくなかったな、とイタチは思う。
 ただそれはもちろん幼いころの話で、年齢を重ねるごとにサスケは物事の引き際というものを覚えていったらしい。
 小学校に上がって少ししたころには、あれだけ慕っていたイタチを少し離れたところで眺めるようになった。
 そんなサスケがイタチの注意を聞かないのだから、少し火を弱めて、目線だけを遣る。
「どうした?」
 サスケは、けれどイタチの顔を見てはいなかった。
 じっと背中から腰の辺りを凝視している。そうして時折手を使い大雑把に兄と自分の体と比べていた。
 そうして唐突に顔を上げて言ったことは、
「兄さん、ちゃんと食べてるのか」
 サスケの目は真剣だった。


 決して華奢であるとか、女性らしいわけではなかったが、イタチは背丈の割には細い体つきをしている、とサスケは思う。
 骨格の作りのせいなのかもしれないが、それにしてもやはり細いのではないだろうか。
「食べるために、今作っているだろう」
「違う。おれがいないときにだ」
「それなりに食べている」
 そうは言うが、サスケにはどうにもイタチが食に関心を持っているとはあまり思えない。
 もしかしたらちょっとの空腹をチョコレートかなにかで誤魔化しているのではないだろうか、と疑ってしまう。
 自炊ができないわけではないのだ。
 サスケはイタチの隣に戻り、鍋の蓋を取る。ふんわりと味噌の香りが鼻を擽った。
 こうしてサスケがイタチと並んでキッチンに立てるのは、中学三年生の一年間に勉強だけではなく料理も教わったおかげだ。
 ただし、平日は忙しいという兄の家に土曜日にある食材は少ない。
 だから、きっとサスケが作れる料理にはきちんとした名前がない。創作料理なんてものでもない。
 今もイタチはピーマンの肉詰めではなく、いやピーマンの肉詰めも中にはあるのだろうが、いろいろなものをピーマンに入れて炒めている。
 それで美味しくなかったことがないのだから不思議だ。
 サスケが作る味噌汁にも様々な具が入っている。冷蔵庫の残り物を適当に放り込んでみたのだ。
 不味くはないはずだ。きっと。
「それなりにじゃなくて、ちゃんと食べろよ」
 サスケには口うるさいところがあるというのに、自分自身には無頓着な兄だ。
 出来立てのピーマン何某かを口に入れられなければ、サスケはもう少し小言を言っていただろう。
「どうだ、旨いだろう」
 と、その微笑にまた騙される。


 翌日の日曜日、サスケはひとりでキッチンに立っていた。
 イタチは夕方まで留守にしている。最近はそういうことが多い。大学か何処かに出掛けているのだろう。
 行き先も、帰る時間も、サスケは知らない。
 鍵は持っている。イタチを待たずに家に帰ってもかまわなかった。明日は面倒だが学校がある。
 だが、帰ろうと思って出てきた足は、結局近所のスーパーに向かっていた。
 またひとつ出来上がった料理を食卓に並べながら、サスケはふと我に返って嘆息をする。
「おれ、なにやってんだろう」
 所狭しと並んだ料理は、タッパに入れるにはまだ少し温かい。