21×16 years old
兄さんの甘いもの
夕飯前の午後五時半、二階から降りたサスケは匂いにつられて台所を覗いた。
「夕飯まだ?」
とんとんとんと小気味良い包丁の音を立てる母の背に、そんなわかりきったことを訊く。
ミコトは少し振り返って笑った。
「ごはんが炊けるのが六時過ぎくらいだから、もう少し待って頂戴ね」
見れば炊飯器はまだ蒸気を上げてはいない。
サスケはなんとなしに冷蔵庫を開けた。かちゃりとサイドポケットの瓶類が揺れる。
小腹が空いていた。
そんなサスケの心中を察したのか、
「お夕飯前に食べないの」
とすかさずミコトから注意を受ける。
だがそれを曖昧な返事で誤魔化して、サスケは見つけた水羊羹の缶を手に、そそくさと台所を後にした。
暦の上ではもう秋だというのに、木の葉の夕暮れはまだ蒸し暑い。
だが古い家だ。
サスケは風通しの良い縁側を選んで腰を落ち着けた。
早速缶を開ける。
盛夏の名残のようにたったひとつだけ冷蔵庫の奥に取り残されていた水羊羹は、ひんやりと良く冷えていた。
掬えばその透明で品のある立ち姿に涼しささえ覚える。
兄のイタチほどの甘党ではないが、サスケも決してそれほどでなければ甘味が嫌いだとかいうわけではない。
口に入れる。
冷たくて、上品な甘さ。それがすうっと喉を通り、空いた腹へと落ちていく。
サスケは二口目を掬った。次は空腹を訴える腹のために少し多めに。
だがそれを口に入れたところで、廊下をこちらへ渡ってくる兄に気が付いた。
彼は風呂上がりのようで、肩にタオルを掛けている。やはり涼を求めてここへやって来たのだろうか。
イタチはサスケの元まで来ると、ぴたりと足を止めた。
じっと見下ろされる。
「…?」
一方サスケは水羊羹を頬張ったままどうすることもできない。
やがてイタチは長い溜息を吐いた。
「…美味いか、サスケ」
それだけでサスケはぴんときた。
この水羊羹は冷蔵庫の奥に取り残されていたわけではない。
残していたのだ、この何ものにも執着などしないといった風の兄が。
その涼しげな顔が、なんだか怖い。
サスケは急いで口の中の水羊羹を飲み下した。
もう先ほどのような幸せな甘さは何処にもない。ただただひんやりとしている。
なんともばつが悪かった。
「…ごめん」
サスケは缶の中を確かめた。あと二口分くらいは残っている。
そんな残りを渡すのもどうかとは思ったが、けれどそれを食べるわけにもいかない。
隣に胡坐をかいて座すイタチにおずおずと缶を差し出す。
けれどイタチはタオルで髪を拭きながら、
「美味いか、サスケ。とおれは訊いている」
と先ほどと同じことを問うてきた。
缶を受け取る気配はない。
「うん…まあ…」
サスケは頷いた。
心中、一口目は、と付け足す。
そんな目線を落としたサスケの頬をイタチの指がつんっとつついた。 驚いて振り向く。
むにっと頬につっかえ棒。
イタチは笑っていた。
「お前が美味かったなら、いいんだ」
つっかえ棒をされたまま、サスケは「…うん」と小さく頷いた。