成樹×竜也
小話log
■小さなキス
竜也がベッドに寝転んだシゲのふくらはぎをぼけっと撫でているので、シゲは読んでいた雑誌から視線を上げた。
「なに、たつぼん。やりたいん?」
そう言ってにやり。
けれど竜也はただただふくらはぎを撫でるだけ。
「お前さ」
「んー?」
「交通事故で死ぬときは頭から突っ込んで死ねよな」
「そらまたなんで?」
シゲは雑誌に視線を戻す。竜也はふくらはぎを撫でている。
「お前の足、俺、好きだから」
「顔は好みとちゃうんかい」
「足のほうが好き」
「顔ないとキスでけへんで」
なにげなくそう云ったシゲに、
「できるよ」
竜也はふくらはぎに小さなキスを落とした。
■抜け殻
ずーっと思ってたよ。
疑う余地すらなく、お前は俺のもんだってな。
シゲ。
俺は漠然と信じていたんだ。理由なんてない。勘じゃない。事実だから。
そう思ってたのに、今のシゲは俺のもんじゃない。何処かの誰かのものなんだ。
いいよ、気ぃ遣って名前変えてくれたんだろ?
藤村成樹って。
置いていってくれたんだろう?
俺に、抜け殻の佐藤成樹を。
こんなもんを後生大事にする俺じゃない。粗大ゴミの日に捨ててやる。
じゃあな。
■イニシャル不明
それはもうそろそろシゲの唐突に慣れても良い冬の頃、シゲの唐突は白い息と共にやって来た。
「なあ、たつぼん」
少し後ろを歩いているシゲが言う。
沈黙はお前の言うこと聞いている証拠だ。
「手編みのマフラー欲しい」
「は?」
「だから、たつぼんの手編みのマフラー」
俺は市販のマフラーを巻いている。なに言ってんだ、こいつ。
「ちゃうって。たつぼんが俺に心を込めて編んでくれたやつ」
「んなもんねーよ」
「今から編むってことで」
編まねーよ。手編みが欲しいなら自分で編めばいい。
「それはなんか哀しいで」
「んじゃ、買え」
「金ないもーん」
振り返るとシゲは両手をひらひらと振っていた。
その首には確かにマフラーがない。
「だからなあ、編んでや」
「なんで俺が」
「あ、イニシャルとか入れてくれてもいいで」
「んな高度なこと出来るか。つーかダサえ」
それにな、お前の場合、SSなのかFSなのか、どっちなんだよ。
「たつぼんの好きな方でええで」
なんて牽制球。どっちも嫌いだと言ってやろうか。
「ほんなら、あれや、MSにしよ」
「Mってなんだよ、Mって」
「水野成樹でMS」
くっだらねえ。
俺は呆れてまた歩き出す。シゲもそれに併せてやはり少し後ろで歩き出す。
「お嫁に行くで。若しくは婿養子」
養子縁組でもお断りだ。
「で、編んでくれんの?」
「やらねーよ」
でも、シゲの首元は確かに寒そうだから、ぴたりと立ち止まってシゲを待つ。
そんでシゲが横に並んだなら、ぐいとその首に腕を回してまた歩く。並んで歩く。
「これからは寒かったらたつぼん呼ぶわ」
そう云ってシゲが俺を見て笑うから白い息が俺の顔に掛かって、一瞬お前が見えなくなるよ。
■ドレッシングは品切れ中
ふたりで台所に立つ。たつぼんの包丁捌きは相変わらず危うい。
「あーあー、貸してみ」
トマトを恐る恐る切っていた包丁を奪う。それにたつぼんはやっぱり気を悪くした。
「なんだよ、ちゃんと切れてるだろ」
「いつ手ぇ切るか、見てられへん」
とくと華麗な包丁捌きをご覧あれ。
俺が軽快にトマトを切っているとたつぼんは手持ち無沙汰になったのか、残りの野菜を洗い始める。
不意に、
「なあ、たつぼん」
「なんだよ」
振り返ったたつぼんの眼に映ったのは手首に包丁の刃を当てたオレ。
あー、ちょっと痛いし。つーか、切れそうやし。
けれどたつぼんは冷徹なくらい静かにオレを見てた。
「なあ、オレが手首切ったらどうする?」
気になって問うてみる。
したら、たつぼんはなにげなく、それが当たり前のように言った。
「足じゃなくて良かったって思う」
「なんや」
なんや、つまらん。
「切る気、失せた」
「そりゃ良かったな」
オレはトマトを切る。たつぼんは野菜を洗う。ドレッシングは品切れ中。
■空
昨日は同じ空を見上げて、今日は背中合わせで俯いて、明日はきっと違う空をふたりで見てる。
■思い違い
明日も今日と同じ日があるなんて、都合のいい思い違い。
■ハッピーバースディ
小さなバースディケーキを買った。藤村成樹くんおめでとうとチョコプレートに描いてもらった。
蝋燭は7本入れてもらった。
シゲはそれを見て苦笑いをした。
「俺ってそないに若見える?」と言った。
7才にしちゃひねくれたガキだと思った。
藤村成樹になって7回目の誕生日だからとは言わなかったが、シゲは「たつぼん、ひねくれてるよなあ」と笑った。
ケーキを食べながら突然「俺のこと嫌いなん?」て訊かれた。
「佐藤成樹が好きだった」と答えた。
食べ終わったら久しぶりに寝てみるかとも訊かれた。
ダチとはしねえよと答えた。
「佐藤成樹くんはダチやなかったんや?」と問われたから、ダチじゃなかったよと答えた。
藤村成樹は一番のダチだけど、佐藤成樹は一番全てを許せた人だった。
「俺、佐藤成樹くんには一生勝てへんねんな」と言われた。
そうだよ、お前勝てねえよと俺は笑った。
そういうわけで俺たちは何年も前に別れた。
今は腐れ縁で友達をやっている。
■非売品
今日の夕方には雨が降りますよという天気予報を一緒に見ていたはずなのに、傘も持たずにチャリンコで出掛けたバカがいる。
しかも俺のチャリンコだ。
そして夕方には予定通り窓を叩く大粒の雨。
俺はちょっと迷ってから、傘を差して駅まで歩いた。
すると駅にはバカシゲ。その横には俺のチャリンコ。
「たつぼん、こっちこっち」
迎えに来てくれてありがとうな、と厚顔スマイル。違うよ、バカ。
「別にお前を迎えに来たんじゃねえよ」
俺のチャリンコ迎えに来たんだ。
「雨に濡れたら錆びるだろ」
「なんや。せやけどチャリンコ迎えに来たって、どうやって雨に濡らさずに持って帰るんや」
「……」
傘は一本しかない。
来て無駄だった。俺はくるりとシゲに背を向け帰途に着く。
「あ、マジで俺を迎えに来てくれたんとちゃうんか」
シゲも俺のチャリンコをついて歩き出す。
「だから違うって言ってるだろ。チャリンコ錆びるの嫌だったからチャリを迎えに来たんだよ」
「たつぼんは俺よりチャリが大事なんや」
そうだよ、知らなかったのかよ。
雨の勢いはどんどん強くなる。
「シゲ」
俺は立ち止まって、シゲが俺に追いついて来るのを待った。
そうしてひとつしかない傘の半分をシゲに。シゲは笑った。
「チャリンコはどうするねん」
「いいよ、別に」
「高かったんやろ」
「うん。でも別にかまわない。また買えばいい」
そう言ったら、ぼんやな、と今度は笑われた。
でも、いいんだ。チャリンコはまた買えるけど、シゲは買えないから、これでいい。
そしたらまたシゲは笑った。
俺の肩は雨に濡れている。
■減少率
「たつぼん、なあキスしよか」
「やだね」
「なんでや」
「お前餃子食ったから臭いんだよ」
「…たつぼん、俺への愛情が年々下がってへん?」
「お前よりマシな減少率だよ」
竜也は鼻で笑って見せた。
■氷
「暑い」
竜也の部屋でシゲはさもわざとらしく手で顔を扇いで見せた。
真夏日の六月。
「クーラーつけてや」
そんなお願いを竜也は「体に悪い」と一刀両断、取り合わない。
シゲはくちびるを尖らせた。
「暑いのも体によくなっちゅーねん」
その後もぶうたれるシゲに竜也は溜息。
「…わかったわかった」
ガランゴロンと飲んでいたジュースの氷をシゲの空っぽのコップに注ぎ入れた。
「…なにこれ」
「俺の気持ち。食べたら涼しくなる」
「食べる前に涼しなったわ」
「そりゃ良かったじゃねーか」
むかっときたので、ふふんと笑う竜也のほっぺに氷たっぷりコップをむぎゅと押し付ける。