Abuto*Kamui




かわいいひと



 そこはもぬけの殻だった。神威は辺りを見回す。薄暗い。非常灯だけがぼんやりと燈っている。

 多少息苦しいのはここが地下深くで、機密性が高く、空が開いていないせいだろう。引き換えに陽はない。

 神威は顔を覆った布を取り払った。

 物音はない。途中別れた阿伏兎もどうやらはずれを引いたようだ。

 (逃げたか)

 ここを武器弾薬庫としていた春雨と敵対するシンジケートは既にこの星そのものを引き払ったらしい。

 めぼしい銃器弾薬もあらかたさらわれている。床に一世代、二世代前のものが残されているくらいだ。

 神威はペンライトを切り、立ち上がった。

 (もう用はないや)

 そこでふと見遣った奥に、それがあることに神威は漸く気がついた。




 「おーい、阿伏兎」

 神威が阿伏兎を見つけたのはコンソールパネルの前だった。

 ここからこの地下建造物を全て制御しているらしい。

 「どうやらはずれだな」

 阿伏兎はパネルから離れ、気怠げに首をぱきりと鳴らした。

 それから神威に目を遣り、「13時間前に敵さんは夜逃げしたんだとよ」、肩をすくめる。

 「一応航路は引き出したが、追っかけますかい?」

 問われたが神威は「必要ないよ」と言い捨てた。

 「おれたちはここを潰せと言われただけだ」

 それにさと言うと、阿伏兎はまたパネルに遣っていた目を神威に戻す。それを待ってから神威は笑った。

 「もうすぐ勝手に潰れるよ、ここ」



 爆発音があった。

 もう何度か大きいのがあり、小さなものはずっと続いている。

 仕掛けられた爆弾は神威が見つけたものだけではなかったようだ。

 明かりはやはりなく、爆発が起こる度に足を取られそうになりながら、揺れる床を二人は駆けていた。

 残念ながら二人よりも誘爆と火の手のほうが速い。

 「おえら方もずいぶんいい加減な情報を降ろしてくるもんだ」

 第七師団に制圧命令が出たのは6時間前のことだ。

 阿伏兎は毒づくわけではなかったが、つくづく疲れたように言った。

 だがその横を走る神威は笑っている。

 春雨という体制のためでなく、ただこういう状況に疲労だとか苛立ちだとかを感じないだけなのだろう。

 「だからこうして潜入先発隊があるんだろう」

 第七師団は戦闘に先んじて大概阿伏兎だか云業だかがまずは星に降り立つ。

 時には団長自らが乗り込む。

 上から降りてくる情報には精査が必要だと阿伏兎が思っているからだ。

 それなりに立場を持つ者が出向くのは、単純に強者だからである。

 神威は無用な死者を出すことは良いことではないというくらい、

 第七師団を預かる立場上は理解している節があるし、

 阿伏兎は「いちいち葬式出すのが面倒だ」と思っているし公言もしている。

 「俺たちの葬式になっちまう」

 阿伏兎がぼやくが、隣で神威はけらけらと笑っている。

 だが阿伏兎は神威のように笑う気にはなれなかった。

 夜兎は死ぬのだ。

 どれだけ頑丈に出来ていようと、夜兎だって死ぬのだ。

 首を落とされれば死ぬだろうし、臓器を抉り出されても死ぬだろう。

 形がないほどに押し潰されても、血が夥しいほど流れ出ても、きっと死んでしまうのだろう。

 傭兵族だとか、戦闘民族だとか、そういうことを言われているが、夜兎が死なないわけではない。

 もう何度目かになる轟音が聞こえた。今度は今までで一番近い。迫る熱が肌を焼いている。

 二人が今まさに駆け抜けて来た地上へと続くこの通路の奥で爆発があったらしい。

 狭い、上へと続く通路が炎と熱で満たされるなど一瞬で事足りる。

 夜兎は死ぬのだ。

 阿伏兎は、(間に合わない)、と判断した。地上までは逃れられない。

 夜兎が死ぬのだ。

 「団長」

 阿伏兎は隣を走る神威を突き飛ばした。手加減はしなかった。

 太い鉄筋の柱の陰に神威の側面が強かに打ち付けられる。

 神威は滅多なことで阿伏兎を非難しない。今回もその通りになった。

 ただ訝しげに口を開きかけたため、

 阿伏兎は神威の体を抱きこむように覆いかぶさり、開いた傘の陰に身を潜めることで黙らせた。

 神威ももう「阿伏兎」とは言わなかった。口を開けば喉や肺が焼かれると分かったのだろう。

 大人しく、阿伏兎の腕におさまっている。

 熱を孕んだ爆風に飛ばされまいと阿伏兎は神威を抱く腕に知らず力を込める。

 触れ合った肌と肌から神威が性交のときのように汗ばんでいることが分かったが、

 色めいたことはなにも思わなかった。

 ただ自分に子どもがいればきっとこんな気持ちなのだろうとか、きっと同じことをするのだろうとか、

 そういうことを思った。

 炎と爆風が辺りを一気に呑み込んだ。



 最初、瓦礫の山からやはり屑のような瓦礫が転がって落ちた。

 からころと落ちるその音さえ聞こえるくらい星はしんと静かだった。

 だが、次の瞬間その転がる瓦礫は鉄屑山の内側から辺りのそれごと粉砕された。

 にょきりと生えた手は神威のものだった。その神威にはまだ阿伏兎が覆いかぶさっている。

 動けないらしいが、生きている。ぜえぜえと苦しげに呼吸をしている。

 彼の傘はどこかへ行ってしまったか、熱と炎でこの世から消えてしまったらしい。

 だが神威は阿伏兎のおかげで助かったし、阿伏兎は傘と丈夫だった柱のおかげで葬式を出さずに済んだ。

 「阿伏兎」

 神威はそのまま彼を抱きしめた。

 きっと背にひどい火傷であるとか、怪我であるとか、そういうのがあるのだろう。

 いくつか骨も折っているのかもしれない。

 阿伏兎は、「痛いんですケドね」などと呻いたが神威はかまわずぎゅっとしてやった。

 そうしてやりたかったというよりも、神威がそうしたかった。阿伏兎をそうしたかった。

 心から零れる。

 「お前はほんとうに愚かで、可愛いね」






             back or next