第七師団 Log




捨てもの


 ひょいと顔を覗かせた神威が、「随分、捨てるんだ」、ぐるり見渡して言った。

 阿伏兎は辺りの結局目を通さなかった書面やら雑誌やらを集め、縛る手を休めない。

 部屋の端には、ここを寝起きの場として使うに必要最低限の日用品を入れた箱が積まれてある。

 「アンタだってそうだろう」

 第七師団は三ヶ月を過ごした船を乗り換える。

 神威はいつもの服装に、腰に傘を提げていた。阿伏兎もここを片付けたらそうなる。

 「おれは、お前と違ってもともと何も持っちゃいないよ」

 「…これ、アンタが読むはずの書面なんですがね、団長」

 「ああ、そんなもの、どうせまたよこすだろ」

 神威は捨てられる椅子を引いて腰掛けた。やはり捨てられるテーブルに足を投げ出す。

 「おれたちは、物持ちが良くないね」

 阿伏兎は、どさん、と紙束を積んだ。

 「そういう種族なんだろ」
 
 一ヵ月後には遠い星の空にいる。




必要と不必要と


 補給のための星に航路をとって三日。多くが寝静まった艦内で阿伏兎は手酌をしていた。

 「おう、アンタも要るか」

 目を上げる。神威が立っていた。

 「ひとり酒なんて、阿伏兎も寂しい奴だネ」

 盃を取ったかと思うと、神威はそれを床に置いてしまう。

 (手、出せねーな)、阿伏兎は盃を見遣った。酒に神威がゆらゆらと浮いている。

 「騒がしいのは嫌いでね」

 「そうかい。それじゃあ、静かにするよ」

 神威は阿伏兎の首に顔を埋めた。阿伏兎は右肩の神威の髪に右手を差し入れる。

 「オイオイ。酒も、女も、アンタは要らないんじゃなかったのか」

 「酒も、女も、要らないけれど、阿伏兎はあったほうがいい」

 体を入れ替える。ぐっと神威を凭れていた壁に押し付けた。

 は、と呼吸をするために晒された喉を吸う。

 「どうやら俺は酒も、アンタも要るようだ」

 震える喉で、神威が笑っているのだと阿伏兎には分かった。




オジサンのお口



 「しゃぶって。阿伏兎」

 などとベッドの神威が言い出したので、キッチンの阿伏兎はとりあえず冷蔵庫を閉めた。

 神威は激戦区へ行くと告げるときも、空腹を訴えるときも、こういう風に物事を言う。

 ベッドの傍へ行きながら阿伏兎はビール缶のプルトップに指をかけた。ぷしゅ、音が鳴る。

 「二、三人、女を見繕って来てやるよ」

 溢れてきた分だけをごくりと飲んだ。手近な椅子に缶を置く。

 「オジさんの口より、女の口のほうがいいだろ」

 阿伏兎が言うと、神威は笑っていた。笑いながら「口なんて、だれでもいっしょだろう」などと言う。

 (だれでもいっしょなら、尚更女でいいと思うがねえ)、と思う阿伏兎は神威に口づけ跪く。




余計なもの



 余計なものを削ぎ落とした体だった。臓器、骨格、筋肉、皮膚、最小限のそれだけで出来た体だった。

 体そのものまでもが、必要なものしか要らない、余計なものは要らない、と言っているのだ。

 ベッドに腰掛けた裸の彼は朝日の中で髪を結ぼうとしている。

 「お前は消化が悪いんだよ、阿伏兎」

 神威がこちらを本当に見透かして笑う。

 阿伏兎は不快な顔を作って見せたが、

 詰まるところ肉体でいう贅肉であるとか、脂肪であるとか、そういったものが彼にはないから、

 阿伏兎は結局いつだって彼を眩しげに見つめてしまう。




掻き回して、掻き乱して


 「生温いよ、阿伏兎」

 そう言う神威は我が物顔で阿伏兎の上に居座っている。

 阿伏兎は胡坐を組んだ足の上で神威に跳ねられ、渋々指を増やして速めてやった。

 「嗚呼、うん、そう」などと神威の口からうっとりと零れる。

 (これだから厄介だ)、阿伏兎は思った。

 「もっと掻き回して。もっと掻き乱して」

 ぎゅっと肩に爪を立てられることはさほど阿伏兎を悩ませたりはしないが、

 (前戯が好きなくせして)、神威がもっともっとと阿伏兎を煽る。

 (どうやら長く遊んではやれないようだ)、阿伏兎は腰の深い疼きを感じていた。





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