すきあり
こいつァまた床で寝てやがるのか。などと無造作に近づいたのがいけなかった。
さてどうすっかな。などと団長の部屋をぐるりと見渡したのがいけなかった。
手に何かが触れたと気付いたときには、ぐいと力ずくで引き倒されていた。
「馬鹿力」
団長の、見た目だけはほそっこい体に、見た目だけは覆いかぶさって、俺はぼやいた。
そう俺がぼやいているというのに、団長は意に介さない。
「阿伏兎に、寝込み、襲われてる」などと勝手なことまでをさらりと笑って言う。
「だれが、だれを襲ってるだって?」
「付け入られる隙があるからいけないんだよ、阿伏兎」
団長の白い腕がするりと伸びてきて、俺の髪の中をゆるゆるとまさぐり始める。
それにね、と団長はすぐ耳元で囁いた。
「もうおれの上から退く気なんてないくせに」
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鎖のない兎の飼い方
「俺はアンタみたいに、にこにこ笑って殺せねーよ」
まだ神威の下について日の浅い頃、阿伏兎は彼と彼の行為を眺めていた。
細い腕で異星人の胸倉を掴み上げ、容赦なくその拳を叩き込んでいる顔はひどく穏やかでにこやかだ。
(つまんねー戦争だ)、と阿伏兎は今回感じている。
第七師団の、しかも夜兎ふたりが出てくるものじゃない。
夜兎であるから阿伏兎も強い兵が相手ならば笑うこともあるが、
こうも一方的だと退屈な上に哀れみさえ湧き上がる。
「かまわないさ」
どさん、と異星人が神威の足元に落ちる。頭骨がひしゃげていた。
「阿伏兎は阿伏兎だ。お前の好きにすればいい」
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やめてやれない
残った右手の甲で、汗ばむ彼の頬を撫でる。
そういう阿伏兎のなにげないことひとつに、
「んん…」
神威は時折本当にうっとり睫を震わせるから、
(やめられねえし、やめてやれねえーな)、一度吐き出した神威のそれにそっと手をかける。
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やさしく死にゆく
あんまりにも真っ青な顔をしているものだから、(めんどくせえ)、阿伏兎は振り上げた傘を降ろした。
とんとん、とそのまま肩を叩く。顎で夜の先を示すと、その兵は転がるように逃げていった。
「阿伏兎は、やさしいね」
空から神威が降ってくる。
(団長には音がない)、着地する様を阿伏兎はそう思いながら眺めることが多い。
その神威との間には、ごろ、ごろ、と死体が落ちていた。全て、今さっき、阿伏兎がやったものだ。
「やさしい、ねェ」
阿伏兎はやや斜めにして笑った。
「また見逃しただろう、お前」
「弱いものいじめはきらいなんだ」
そう言うと、神威は「ほら」と笑う
「やさしいじゃないか。でもね、阿伏兎」
「ん?」
「お前、そんなことじゃあ、いつか戦場で命を落とす日が来るよ」
発砲があった。
阿伏兎はそういうことがあることを知っていたように傘で銃弾をなぎ払う。
銃弾は阿伏兎にも、その後ろに悠然と立って動きもしなかった神威にも届かなかった。
物陰にいた先ほどの兵を阿伏兎は見遣る。
(やれやれ)、阿伏兎は表情ひとつ変えずその兵を始末した。
「弱いものいじめはきらいなんだろう、阿伏兎」
神威はけらけらと笑っている。
だがその目に阿伏兎は、(こいつは時々痛いところを正確に突いてきやがる)、そういうものを見ている。
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(まるで)愛し(合っ)ている(みたいだ)
(朝か)、ベッドの上、阿伏兎は左手側にあるカーテンをわざわざ右手で引いた。
左手はこの前失くしたし、あったとしても神威をそちら側で抱いているので、
どちらにしても右手を回す必要があった。
「抱きしめられたのかと思った」と肩に顔を埋めた神威が笑っている。
そのまま首を甘く噛まれた。
押し倒されるだけでは面白くないので、右手で彼を抱きなおし巻き込んでやる。
だが神威は更に転がって、二人の体を床に落とした。
「やっぱり安い宿はだめだネ」と頭を打った阿伏兎の上で言う。
「カーテンが薄くて、日が染みてくる」
「普通は朝に寝ねーから、仕方ないさ」
今は日を遮るベッドが寝心地が良かったわけではないが、きっとこの床よりはましだっただろう。
(今日は正常位ではさせてもらえんだろうな)、
阿伏兎がそんなことを考えていると、神威が顔を近づけてくる。唇を甘く噛まれた。
「朝にするなんて、まるで本当に愛し合ってるみたいだね」
夜兎の特性上そうしているだけだ、とは二人とも分かっている。
愛し合ってはいなくとも、愛している、とは阿伏兎一人が分かっていることだ。
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