爪をたてちゃうぞ
「阿伏兎、爪が伸びてきたんだ」
切ってよと足の爪を切っている阿伏兎の背に凭れる。
その神威の脇を阿伏兎の肘が小突いた。邪魔だと言いたいらしい。
「自分で切れ」
「おれはべつにいいんだよ、伸びてても」
阿伏兎が痛いだけだし。
そう言うと阿伏兎はすごくいやそうな顔をして、舌打ちまでして、それから「ちょっと待ってな」と呟いた。
「終わったら切ってやる」
|
やさしい強者
「やたらとみんなが、おれとおれの昔を比べて、あーだこーだ言うけれど、おれは何にも変わっちゃいない。
弱い奴には興味がないけど、親はあの頃も今も親だし、
妹はやっぱり妹だから、目の前にいりゃ普通に声くらいかけるし、
周りの奴にヨロシク頼むくらい言ってやる。
おれは独裁者でも殺戮者でもないから弱い奴を虐げてやろうなんて思わない。
おれはこれでもけっこう今も昔も容赦もするし、やさしいんだよ」
|
それはもう選択肢ではありません
「苺が食べたい」
と団長が言うので、俺はそれが五度静かに続けられるまで聞き流した。
だが「阿伏兎、苺が食べたい」とご指名を受けちまったので、
やれやれと傘の手入れの手は止めず応えてやることにする。
「そんなものはねえな」
だいたいあれは腐りやすいんだ、宇宙で食べるには適してないのさ。
とまで詳しく説明してやったというのによぉ、
「阿伏兎。お前、分かってないようだね。俺は苺が食べたいって言ったんだ。
あるか、ないか、なんて訊いちゃいない。お前にそんな答えの選択肢はあげてないよ。
お前には一つの選択肢しかないんだ」
これだから、俺は本当に疲れる。
|
みみかじり
「団長、団長」
阿伏兎はそう何度か言ってから、「おい、団長」と右手で左肩にのっかかる神威をぐいと退けた。
左腕を半分以上持っていかれてから、そちらだけにのしりとのっかかられると体の平衡が取り辛い。
そういう理由ももちろんあったが、
ともかく阿伏兎は不服そうな顔をしてこちらも半分くらいは食いちぎられた耳に指を持っていく。
「いきなり舌を入れんな」
「だって、なぞってやりたくても、もうなぞるとこ、あんまりないだろう」
だから入れるしかないんだよ、と神威はまたのしりと阿伏兎の左側に乗りかかる。
阿伏兎は仕方なく、前に屈んで神威を床に落とした。
以前ならこのあと左手で抱き上げてやることもできたが、
今はそういうわけにもいかず、阿伏兎から神威の背にのしかかるようにするしかない。
「団長、舐めてやるからおとなしくしてろ」
「阿伏兎はさ、おれから仕掛けると本当に弱いね」
そう言う神威の耳を阿伏兎は舌で探り出す。
|
ひどく後ろ向きのスキルアップ
「左腕を失くしてから上手になったね」
などと神威が言うので、阿伏兎はぎくりとした。
「単純に、こするのが上手になってる」
ああこりゃまずいな、さてなんと返すかね。
と阿伏兎が考えている内に、組み敷いた体からすらりと腕が伸びてきて頭ごと顔をぐいと引き寄せられる。
「お前、これまで面倒がって手抜きしてただろう」
きゅっと神威が微笑んで締める。
阿伏兎は神威の奥で低く呻いた。
|
|