長いお別れ時代

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  白ヤギさんたら送らず食べた  


 お元気ですか。
 あなたの弟は相変わらずのらりくらりと生きてます。
 あなたのことだから、「まだ死んでなかったのか」とか思ったかもね。
 まだ死んでねえよ。
 むしろ自分でもどうやったら死ぬのか疑問。
 飲まず食わずでも生きてたし、肺に水が入って溺死しかけたが、やっぱり生きてる。
 たぶんちょっとやそっとのことじゃ死にません、しぶとくも。
 一番死にそうだったのが、あなたに「死ね」と云われたも同然のあの時。
 危うく心臓発作で死ぬとこでした、死ななかったけど。
 まああなたでさえ、この俺を殺せなかったのだから、たぶん誰も俺を殺せはしないし、俺も刺されて死ぬことはないと思う。
 それに、あなたのために死ねなかったのだから、きっと誰のためにも死ねないね。
 老衰辺りが妥当じゃないかなと思う、体が資本だから健康には気を遣っているし。



 久しぶりの手紙なのに、前置きがやたらと長くなってしまった。
 こういうときに「前略」って使うのか?
 わからん。
 久しぶりの手紙って云っても、前の手紙は「今日は帰らない」ていうメモだった気もする。
 あれは手紙なのか?
 やっぱりわからん。
 まあいいや。この辺で、前略。何略してんだ、これ?



 最近どうしてる?
 白々しいと自分でも解ってるから、敢えて何も言わないで。
 はあ。また要らないことを書いてしまった。
 やはり俺は無駄なことを言う癖があるらしい。命取りと最近気付いた。
 あなたのおかげです、有り難う。
 ええと、そうそう、教皇刺して、神さま殺し掛けて、親友蹴って、あなたいったい何やってんの。
 やっちゃった諸々のことに頭抱えて、危うく手首とか切っちゃいたいんだろう?
 ホントあなたいったい何やってんの。
 だから「俺がやってあげようか」って言ったのに。
 あなたは俺をバカだとよく罵っていたけれど、頭悪いのそっちじゃないの?
 教皇も親友も殺されて、その殺した奴が後悔してるだなんて、殺され損だよな。
 その辺は可哀相。その辺だけね、ここ重要。



 そういえば、唐突だけど、髪の毛が伸びました。
 当然と云えば当然なのだけれど、切っていないということ。
 あなたと最後に逢ったあの日から、ずっとあのまま。
 あなたはどうですか?あのまま?それともばっさり切ってしまったとか?
 大変鬱陶しい髪の毛なので、本当は切りたいのだけれど、人って髪の毛を切ると印象変わるって言うじゃないですか。
 だからもしあなたと再会した時のため、あなたが解るように、このままにしておこうかと思います。
 あなたは別に鬱陶しいなら切ってもいいと思うけどね。
 たぶん俺はあなたがどんなハイセンスな髪型をしていても解るから。
 でもあなたは切らないと思う。確信的。長い髪が好きだったのはあなただから。
 まあとにかく、俺が髪の毛を切らないのは、 鏡を見て、あなたの名を呼んで、時にうっとりしてみたり、時に殴ってみたり、そんなことをするためじゃあ、ありません。
 自分の姿にあなたを偲ぶほど、哀れなことはしたくないから。
 そんなのあまりに俺が可哀相でしょう。ピエロでしょう。ていうか、あほだろ。
 あなたがそうしたい、若しくはしているというなら、それはそれ、かまわないけれど。
 でも鏡にそんなことするなら、どうしてこの俺にそうしてくれないの?そうしてくれなかったの?と思う。



 そうそう、あなたの嫌いな煙草を始めてみたよ。
 でもあなたがいないから、あなたが嫌いってことは重要ではなくなったね。
 まあもしもあなたがいきなり現れて、「体に悪いからやめなさい。それに私は煙草が嫌いなのだ」と言うなら、頑張って禁煙してみようかなとも思うけれど。
 一日一箱のつもりが、最近二箱目に手を伸ばし始めました。
 こういう意志の弱さというか、誘惑にころりといってしまうところは、兄のあなたに似てしまったのかもしれません。
 いや、でも、やっぱりあなたが「止めなさい」というなら、止めるけど。
 日々の煙草代が生活を圧迫するようになったときは、あなたに叱ってもらおうかと思ってます。
 その時は宜しく。
 じゃないと止めれそうにありません。
 ホント税金を吸っているようなもんです、あと肩身も狭くて。
 本来気を遣う性格の俺は、一人になって煙草を吸ってます。
 一人になると、立ち昇る紫煙にあなたを思い出すこともしばしばで。
 ほら、なにせ煙の昇ってゆく先にあなたがいるのだから。
 副流煙にはどうかお気を付け下さい。
 発ガン性物質が主流煙よりも多く含まれていると教えてくれたのは、あなたでしたね。



 お酒は嗜み程度です。一人酒は深酔いの怖れ有り。
 二日酔いで吐いても、もう背中をさすってくれる人がいないから、無茶な飲み方はやめました。
 あれは辛い。
 あなたは「体が発育段階の時に酒は良くない」と言って飲みませんでしたが、そろそろ解禁の頃でしょうか。
 あなたのことだから、酒には煩そうです。
 ワイングラスを傾けて、ソムリエのような知識を語っていそうです。
 俺ともしもこの先飲むようなことがあれば、出来ればそれは勘弁して欲しいです。
 あなたとそういえば酒を飲むことはありませんでしたね。ちょっと残念。
 酒に酔った勢いと称して、普段はあなたに言えないようなことを言ってみたかった。
 あなたの心の内側を、勿論俺は知っていたけれど、その口から聴けたかもしれません。
 まああなたのことだから、そんな軽率なことはしないだろうけれど。
 お互い、酒の勢いを借りなければ真剣に向き合えないなんて、俺たちは別れて当然だったのかもしれない。
 むしろ、当然だった。
 勢いを借りるも何も、そんなことさえしなかったし、出来なかったのだから、別れたのは仕方なかったし、あなたが俺をもう要らないと思っても仕方なかった。
 こんなことを考えながら一人で飲む酒は、ほら、深酒になりそうでしょう。
 だから嗜む程度。
 あなたとは、一度潰し合うくらいまで飲んでみたいけど。
 その時までに、良い店を見つけるか、良い酒をうんと手に入れておいて下さい。



 手紙なんて書いたことがないから、あ、あのメモはカウントなしで。
 そう、手紙なんて書いたことないから、どうやって書けばいいかさっぱりですが、最初と最後を見比べてみたら、ちょっとは手紙らしくなってきたでしょうか。
 今、見比べたでしょう?
 あなたのことは今も昔もお見通し、ただひとつの計算違いを除いては。
 お願いだから、この手紙に赤ペンを入れるなど風情のないことはしないで下さい。
 あなたの行為の中で、あなたが俺を採点する行為だけは心底嫌いです。
 汚い言葉で言うと、むかつきます。
 あなたが俺をどう思おうとそれはあなたの勝手ですが、あなたが採点してきた俺のひとつひとつの行為も言葉も、何もかも、その全てが俺の精一杯のあなたへの誠意だったのですから、落第点だとあっさり俺を捨てたのは哀しかったです。辛かったです。憎かったです。
 胸に穴が空くという言葉がぴったりなほど、空っぽでした。
 1+1=3というのは間違いですが、気持ちに間違いというのはありますか?
 1+1=2のように、あなたへの正しい気持ちというものがこの世にはあるのですか?
 あるのならば教えて欲しいものです。
 模範解答を見せてみろ。
 でもあなたを想うあまりに、あなたを傷付けたことは間違いでした。
 これだけは反省しています。
 しかし、しかしね、俺は今新たにあなたをずたずたに引き裂いてやりたい。
 これも気持ちの間違った回答なのだと解っています。
 数学に例えるなら、割り切れない円周率のようです。あなたへの気持ちと行動は。
 スーパーコンピューターと俺、果たしてどちらが先に割り切れるかなんて思います。
 いっそあなたのように「π」なんて記号で誤魔化してみたら、楽になれるのかもしれません。
 でも俺はどうやらマゾのようなので、苦しいことが大好きです。
 と言うか、あなたのようにだけはなりたくないのです。絶対に。



 ついつい感情が手紙だというのに起伏してしまいます。
 やはりあなたに手紙の書き方や極意を習っておくべきでした。
 もう何枚くらい書いたかな。
 一枚目のインクはもう乾く頃だと思います。
 三枚目のインクの染みは是非気にしないで下さい。
 本当は書き直そうかと思ったのですが、面倒だったので止めました。
 なにせどうせ届きそうにありません、この手紙。
 今いる処には郵便制度というものがなく、手紙を出すには遠出をしなければなりません。
 しかし、この頃はとても忙しく、遠出もままなりません。
 誰かに託しても良いのですが、どうせなら自分の手で出したいので、その案も却下です。
 一度くらい、郵便ポストに手紙を投函という体験をしてみたいじゃないですか。
 折角の機会だったのに残念です、本当に。
 何よりあなたからの返信の有無を気に掛けることが嫌なのです。
 なのにこんなにもつらつら書いて、俺もいったい何やってんの、ですね。
 あなたの云ったとおり、バカです、俺も。



 さて、もうこの辺で止めておきます。
 具体的には、便せんという普段使いもしないものが、尽きたからです。
 今度便せんを何処からか見つけたら、またお便りします。
 きっともう少しましな手紙を書けることでしょう。
 今、また最初と見比べただろう?
 どうかお体にお気を付け、むしろ体は頑丈そうなので、自ら手首を切らないようにお気を付け下さい。
 それがあなたの、俺を捨てて手に入れた、地位と名誉と財産なのですから大切に。
 捨てられ損だけは嫌ですよ。
 なんて憎まれ口を叩いてみるけれど、あなたは解ってくれますか?
 どうかお元気でと本当は言いたいことを。
 どうかお元気で。



 最後に一枚だけ便せんが余ったので、取り留めのないことを記しておきます。
 晴れた日にはね、時々手をうんとあなたのいる空へと伸ばして、「遠いなあ」なんて呟いて、力無く降ろした片手で顔を覆って声もなく泣いているのです。

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