Phoenix*Esmeralda
俺は神に祈ることはないから、こんなことは誰に祈れば良いのだろう。
天国というものが本当に存在するならば、君はそこへ逝ったのだろう。
天国とは神の管轄下だろうか。ならばやはり神に祈るべきか。
君の好きだった花が、君が今いる処にも咲いていればいいと想う。
俺は地獄へと逝くだろうから、もう君に逢うことも叶わない。
君の好きだった花の名さえも知らないが、あの花は今も君の傍にあるだろうか。
そうだったらいいと俺は君の神さまに祈っている。
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Gemini*Sagittarius
今日も暑い聖域。
「カーノン」
「ん?あぁ、アイオロス。美味そうなものを持っているな」
アイオロスの手にはチューペット、ブドウ味。
「今日も暑いですね、とアテナから頂いたのだ。半分こするか?」
アイオロスはカノンが応える前に、チューペットをを割って、その半分をカノンに差し出した。
氷が煌めいて、地面に染みを作る。
「美味い」
「アテナに感謝だな」
「こんなことで?」
ふたりは笑った。
笑いながらカノンがチューペットをなにげなく吸っていると、アイオロスは云った。
「カノン」
「なんだ?」
「サガには内緒な」
「何故だ?」
「サガにもっかい殺されるのはゴメンだからだ」
「はぁ?」
カノンが首を傾げると、アイオロスは苦笑い。
「あいつ、妙なところで神経質だからなあ」
「それは同感」
「ということだから、内緒な」
「そこがわからん」
「いーのいーの」
笑いながらアイオロスは少し溶け掛けたブドウ色の氷を容器から押し出した。
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Gemini*Seiren
今日も唄を口ずさむ。異国の唄を口ずさむ。
「おや、シードラゴン。今日は機嫌が良いみたいですね」
「ああ、セイレーンか」
「あなたが鼻歌を歌うなど」
「可笑しいか?」
シードラゴンは、けれどまた口ずさむ。
「それは何処の唄ですか?」
「さあ」
異国の唄。
「けれどたぶん、愛を囁く唄だったりするのだろう」
シードラゴンがさらりと云うのだから、セイレーンは笑った。
「愛ですか。あなたに愛とは、似合いませんねえ」
「煩いぞ、セイレーン」
「あなたが人を愛するなど、違和感がありますよ。誰かを愛したことがおありですか?」
少しおどけてセイレーンがそう問うた。シードラゴンは構わず異国の唄を空に歌う。
「愛していたと云えば、そうなのだろう」
「シードラゴン?」
「たったひとりだけ、愛していたと云えば、そうなのだろう」
深く深く、たった一度だけ、たったひとりだけ、愛していた。たぶん愛していた。
この異国の唄を忌み嫌った人を、それでも深く、「愛していたのだ」
異国の唄は別れ唄。愛を囁き、さよならを歌う。今日も歌う。彼方の空にいる人へ。
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Gemini*Sagittarius
かつて彼は云ったのだ。「お前の背中には翼が生えている」と。
その時は笑ってこう云ったものだ。
「それでは、射手座の聖衣と双子座の聖衣を交換するか?」
彼は少し苦笑したような、窘めるような、それでいて何処か薄暗い眼をして云った、
「星の定めは変えられぬ。お前が射手座で、私が双子座なのだ」
それはそう、翼があるのはお前だけだと云われているようだった。
翼はない。誰にもなかった。アイオロスにさえない。
もしも翼があったならば、腕に赤子を抱いて飛びたいものだ。
「この子を頼む」
この子は世界を救う、地上の女神。
いずれ集いし少年たちよ
「アテナを託す」
老人に抱かれ去りゆく神を想い、嘆く。
ああ、アテナ!
私は只ひとつだけ、貴女に伝えることが出来なかった。
かつて翼を願った、あの者の名を、どうしても、どうしても、彼の名だけは口に出来なかった。
彼の名を告げぬは、貴女への裏切りと知って尚、私は堅く口を閉ざす。これは私の罪。
ああ、アテナ!
アイオロスは最早霞む目から涙を流す。
貴女が許しを知る神となることを祈ります。誰でもない、彼の者の罪をお許し下さい。
今も翼を願う彼の者を。
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Gemini*Pegasus
アテネ市街で知った声を聴く。
「サガ!」
振り返ると星矢が息を弾ませてこちらへ駆けてくるのが見えた。立ち止まって待つ。
「サガ、久しぶり!こんな処で会うなんて珍しいな」
「久しぶりだな、星矢。元気そうで良かった。私とて買い物くらい、な」
見上げてくる星矢に、手に持った荷物を少し掲げてみせると、星矢は鼻をこすって笑った。
「なんかイメージと違うんだよな、サガが買い物って」
「そうか…?星矢は、アテナと共に来たのか」
「ああ。沙織さんのお供。んで、久しぶりに魔鈴さんに会いに来たんだ」
「ふ、お前の目的はどちらかというと後者のようだな」
「あ、ばれたか」
ふたりして歩き出す。
とりとめのない話をしていると、星矢が私の持つ荷物の中から目敏くそれを発見して云った。
「ケーキって、あんたが食うのかよ、サガ」
「ああ、これか。私ではない。カノンが買ってこいと云うのでな」
出掛けに何か欲しいものがあるかと問うたなら、ケーキと云うのだから。
「カノンが…?ますますイメージと違うぜ」
「あれは時々甘党になるのだ」
「へえ。なんか不思議だな」
「そうだな。あの子の味覚はいまいち私には解らぬ」
この間カノンが作った料理には確実に取り合わせの悪い調味料がふんだんに使われていた。
その正体不明の味をカノンは美味いと云って譲らなかった。
その味を思い出し、はあと溜息を吐くと、星矢は違う違うと首を振る。
「なんかさ、サガがカノンの兄貴で、カノンがサガの弟ってことを今実感したんだ」
「実感もなにも、事実だが」
「いや、うん、なんて云っていいかわかんないけど。サガが今すげーカノンの兄貴に見えた」
「そうか?」
「ああ。サガじゃなくて、兄貴の顔してた。家族って云うかさ、やっぱりカノンてサガの特別なんだな」
それにさと星矢は付け足した。
「サガに使いっ走りを命令出来る奴なんてカノンしかいないって!」
それは確かに、と私は苦笑した。
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Pisces
Cancer*Capricornus
「なあ、台風見に行こうぜ。海とかに」
「バカバカしい。それに危険だ」
「仮にも聖闘士の俺にそれを云うか?」
「蟹なんぞ、高波に浚われたら死ぬに決まっている」
「云ってくれるな、山羊のくせして」
「あ、おい、何処へ行く、デスマスク」
「山羊が溺れたら蟹より可哀相だからな、ひとりで行くんだよ」
「……」
「って、なんで付いて来るんだ」
「だから、危険だから」
「へー、まあ勝手にしろ。あ、カノンとか誘うか」
「カノン?」
「あいつ、一応海の関係者だし」
「やめておけ。ポセイドンの余計な怒りを買いそうだな」
「確かに。よし、んじゃまあ、行ってみますか」
「おい、煙草を捨てるな」
「へいへい。いちいちうるせえ奴」
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Gemini*Scorpius*Aquarius
カノンとミロとカミュが扉を開けると、バッタリ映画から帰ってきたサガと鉢合わせた。
「出掛けるのか、カノン?」
サガが問うと、カノンは「ああ」と頷いた。
「ミロとカミュと買い物に。映画は面白かったか?」
「毛布を借りたら、うっかり寝てしまっていた」
「映画代がもったいないな」
カノンは少し笑って、先に玄関を出たミロとカミュに続こうとする。が、それをサガが引き止めた。
「待て、カノン」
云いながら、サガは自らの首に捲いていたマフラーを解いてカノンの首に掛ける。
「外は寒い」
カノンの服装に合うようにマフラーを巻いてやり、
その後ついでに前を開けていた上着のボタンも止めてやるサガ。
「で、今日の夕食は要るのか?」
「ああ、たぶん」
カノンはサガがボタンをとめていく手を見下ろすのみ。
「そうか。何が良い?」
「あー、そうだな、この間のあれ。あれがいい」
「あれか。解った。冷めぬ内に帰ってくるのだぞ?」
サガがこれで良しと云うと、カノンはこくりとひとつ頷いた。一方、
「カミュよ…」
ミロは双子から眼を外さずに呟いた。
「俺は今、見てはいけないものを見ている気がするのだが」
が、友人はあっさりと云った。
「そうか?私にはごく普通の光景に見えるが」
「はあ?何処がだ!あいつら、28にもなって、おかしいだろ??」
ミロは思わず指を指すが、しかしカミュは不思議そうに首を傾げる。
「私も氷河にしてやったものだが。風邪を引くといけないからな」
「シベリアで半袖着ているような奴が風邪なんぞ引くか。いや、俺が云いたいのはそうではなくて」
「ミロよ。何故そんなに不思議に思う?兄が弟の風邪を心配する、当然ではないか」
「うう、それはそうだが…。うーむ…俺って常識がないのかな?」
ミロが真剣に悩み始めた頃、漸くカノンがふたりの元へとやって来た。
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Gemini*Cancer*Sagittarius
「で、まあその女はお前に本気になったと」
床に座ったカノンが缶ビールを口に付けながら云うと、やはり床に座したデスマスクは投げやりに頷いた。
「最初に断っておいたのだがな、遊びだぞって」
「お前な、少し自制したらどうだ」
「自制してるから、遊びなんだよ」
デスマスクは缶をへこましたり戻したりに忙しい。今度はカノンが神妙に頷いた。
「なるほど」
「あー、さっさと縁切りてえ」
デスマスクが床に倒れる。
カノンの視界に、不意に長椅子に座り、やはり缶ビールを片手にしたサガが入った。
その長椅子の肘掛けに腰掛けたアイオロスと共に、ふたりの話を興味深げに聴いている。
そこまで見やった後、デスマスクの声に視線を戻す。
「カノンは」
「うん?」
「嫌になったら女と早く別れる派か?」
「んー」
少し考えて、カノンは缶ビールを少し掲げた。
「さっさと別れるな」
サガと眼が合う。サガの眼は何も云わない。ただカノンを映しているだけ。
カノンは眼を閉じた。
「一緒にいて、それ以上嫌いになりたくないだろう?」
だからさっさと別れるのさと云うと、今度はアイオロスが笑った。
「サガよ、お前の弟はなかなか真摯な奴ではないか」
それに応えて、サガも穏やかに口許を緩める。
「我が弟は、薄情なのだよ」
サガの眼に、カノンの自嘲めいた微笑が映る。
「相手の気持ちを考えずに、一方的に己だけで完結させて、去って行く奴だ」
サガはそう云って、缶ビールを少し掲げて見せた。
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Pisces
「美しくないものは醜いとする。だから君たちはバカだと云うのだ」
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