兄さんは図書委員Ⅱ


※ 高等部3年生イタチ(18才)×中等部1年生サスケ(13才)


 遅いな。サスケはそう思い、凭れていた正門の石造りの柱から背を離した。
 学校指定のコートと今日も兄から貸してもらったマフラーで覆われた首許は温かいが、真冬の冷たい北風に晒された頬は痛い。
 西の空は僅かに朱を残し、日は疾うに暮れている。サスケの頭上は夜だった。
 一緒に帰るなら正門で待っておけ。
 そう言った兄に従い、ここにいるが、いつもは遅くとも十分ほどでやって来るその兄が、今日はなかなか姿を見せない。
 少し迷って、サスケは校内にとって返した。すれ違いになっても携帯電話がある。問題ない。そう踏んだ。
 だが、図書棟まで来て、サスケの足はぎくりと止まった。
 最終下校の時刻を過ぎたはずだというのに、閉じられた扉の奥に人の気配がある。なにを言っているかまでは分からないが、兄と誰かが、それは女の声だったが、話をしていた。
 こんな場面に遭遇するのは初めてではない。もう何度もあった。ただ馴れない。それだけだ。
 イタチはもうすぐこの学園を卒業する。遠い大学へ進学する。家も離れる。
 だが、それでもサスケはイタチの弟だ。本当に離れてしまうわけではない。盆や正月くらいには、あるいは気まぐれの休みの日なんかには兄と会えることもあるだろう。
 比べて例えば今この扉の内にいる彼女はどうだ。ここを卒業したらもう二度とイタチには会えない。
 だからだろうか、このところ兄のこういった場面に出くわすことが多くなった。
 扉の内では話がまだぼそぼそと続いている。
 どうせムダだ。イタチは断る。サスケは確信していた。
 扉が開く。サスケより歳上、高等部の女生徒が出てくる。ちらりと互いに視線を交わしたが、特段掛け合う言葉もない。
 足早に去る彼女のスカートのひらめきが廊下の向こうに消えるのを待って、サスケは図書棟の扉を潜った。
 イタチはもう何事もなかったかのように片付けを始めていた。
「美人だったんじゃねーの」
 と言うと、
「お前の方が可愛いよ」
 なんて、からかわれる。
 無性に腹が立った。それは名前も知らないけれど、先程の女にあまりにも不誠実なんじゃないかと思った。
 兄を睨む。
 すると彼は片付けの手を止め、こちらへと一歩を詰めた。
 その分だけサスケが下がる。
 端には滑稽だろうがそれを繰り返す内、サスケは背後の書架に追い詰められた。古い本独特のにおいが鼻を擽る。イタチはもう目の前だった。
「本当だ、サスケ」
「なに…言ってやがる」
 なんと返していいか分からない。
 覆い被さられるように兄の体が、顔が、寄せられる。逸らしても距離は離れない。
「兄さん、おれは…」
「サスケ」
 口許を覆っていたマフラーが貸してくれたその兄によって、指を差し入れられ緩められ解かれていく。
 キスをするように唇に触れたイタチの指先の感覚だけが、サスケの全てになった。