兄さんは図書委員Ⅰ
※ 高等部3年生イタチ(18才)×中等部1年生サスケ(13才)
最終下校五分前を報せるチャイムが厳かに響き、静粛を求められる図書棟もこの五分ばかりはさざ波のようにざわめいた。
古い造りだが豊富な蔵書を誇るこの学園の図書棟は本来なら読書家の学生らのためのものだが、しかし例年十二月ともなると利用者の大半が大学受験を控える高等部の三年生になる。高等部生を示すブレザーの制服を纏った彼らは自習に励んだ机上を手早く片付け、三々五々図書棟を後にしていった。
むろん、イタチが座る貸出カウンターを利用する者はいない。
貸出の希望者といえば、高等部の一・二年生か、あるいは詰襟やセーラー服の中等部生くらいだが、今は受験生に遠慮をしてその数は夏頃に比べればぐんと少なくなった。
数少ない貸出手続きを終え、イタチは人気も絶え、がらんとした図書棟を見渡した。
本チャイムまであと一分もないだろうこの時こそ、図書棟に真の静寂と静謐が訪れる。細工を凝らしたアーチ窓から見える黄昏が冬枯れの校庭に映えて美しかった。
イタチ自身、高等部三年に籍を置く受験生であり、図書委員だからといって、なにも貸出業務に携わることはないのだが、第一志望の偏差値には随分と余裕がある。ストレートで合格するだろうことは間違いないと教師からもお墨付きを頂いている。
錆びた鐘の音を思わせる本チャイムが鳴り響く。最終下校の時刻だ。放送委員のお決まりの案内が学園に流れる。
すると、かたん、と席を立つ音が響いた。
目を遣れば、図書棟の隅、一番端の机に座っていた最後の一人がようやく席を立ったところだった。カウンターのイタチからはその後ろ姿しか見えないが、本を読む律した背筋はいつも美しいと思っている。我が弟ながら、だ。
「これ、借りる」
中等部の詰襟に身を包んだサスケはカウンターまでやって来て、先程まで読んでいた一冊をイタチに差し出した。タイトルからして推理ものの小説だろう。この前までは確か熱心に科学雑誌を読み耽っていた。
受け取り、手順通りの手続きを済ます。
それを待つ間、学園指定のコートに袖を通していたサスケに 「返却は一週間後の水曜日だ」と決まり文句を添えて本を渡すと、彼は受け取りながら今週の土曜日まででいいと答えた。
土曜日。
それはイタチが図書棟のカウンターに座るもうひとつの曜日だ。
そうして今日彼が返却しに来た本は、そういえば先週の土曜日にやはりイタチが貸出の手続きをしてやったものだった。
「…じゃあ」
サスケは足下に置いていた鞄を持ち上げ本を仕舞うと、くるりとカウンターに背を向けた。それから、そのまま足早に去ろうとする。
呼び留めたのはイタチだった。
サスケと呼び、手招きをする。
すると如何にも不服げを装って弟はカウンターの傍まで戻って来た。
「何だよ」
「一緒に帰るなら、正門で待っていろ」
イタチはカウンターの中に置いてあった自身の鞄からマフラーを取り出す。
図書委員の自分にはまだ少々の片付けと戸締り、それから図書棟の鍵を職員室へ返却するという仕事がある。
外は寒い。コートだけでは足りないだろう。
弟の首にマフラーを手ずから巻いてやる。
「……」
サスケはうんとは言わなかった。
だがマフラーを口元まで上げ、それに隠すようにして微かに頷くということくらい、イタチはとうに知っている。
サスケがこの図書棟に訪れるのは決まって水曜日と土曜日、イタチがカウンターに座る日だ。
けれど、離れないように結んでしまっているのは、
「おれのほうかもしれないな」
イタチは兄のマフラーを巻いた弟の後ろ姿を見送り、それからカウンターに置いたままの貸出用紙に書かれた「うちはサスケ」の文字をそっと指先でなぞった。