第16難



 いよいよ季節も秋を深め、通りの並木から落ちる色枯れの木の葉ははや冬の気配すら帯び始めていた。
 数日振りに外部の任務から里へと戻ってきたイタチは、賑わう夕刻の通りの先に弟の姿を認め、自然と口角を上げた。
 こちらに向けた背はまだイタチの視線には気が付いていないようで、結んだ額宛から任務で何処かへ出掛ける途中か、或いはその帰りなのだろうと推察をつける。
 それにしても随分と薄着だなとイタチは彼の後ろ姿に思った。
 外套やベストはなく、普段その下に着ているシャツも夏頃と変わらない袖の短いものだ。今日は里内で任務の打ち合わせ程度といったところだろうが、あれではこの時刻にもなればさぞ冷えるだろうに。
 弟は任務や戦闘には、はっとした鋭さと慎重さを持ち得ているが、どうもこういった自身の心身については御座なりにしてしまうきらいがある。無頓着と言ってもいい。
 イタチは小さく嘆息した。それから行き交う人の間をやや早足に縫って歩き、漸くこちらの気配に気が付いたサスケの振り返る頭ごと、後ろからその寒さに丸めていた猫背を羽織っていた外套の内へと入れてやった。
「な…!?」
 寸前、彼は一瞬の抵抗を見せたがポケットに手を突っ込んでいた分だけ遅れた。すぽりとイタチの腕の中に収まる。
「おい!何しやがる!」
 抗議の声をサスケが上げるが、体勢はイタチに有利だ。外套の中、なんとかこちらを振りほどこうとするサスケの両手首をその体の前で押さえ、一回りとはいかないまでも兄と比べればまだ大人になりきれていない肩を体で抱き込む。こうすれば彼はもう動けまい。
「イタチ!」
 さすがに敵わないと見たか、サスケは力尽くで逃れようとするのは諦めたらしい。しかし、きょときょとと平生は静かな眸がまだ落ち着かない。ちらちらとこちらを見ながら過ぎて行く人通りが気になるのだろうか。
 だが、イタチにしてみればそんなことよりも彼の薄着が気に掛かった。
「そんな格好では風邪を引くぞ」
「ガキじゃない」
 サスケがむすりと声を尖らせる。
 イタチはふっとせせら笑った。
「寒かったくせに」
 握った彼の手は秋の風に晒され冷えていた。半袖の下の腕も無論そう。
 「離せよ」とサスケは図星を突かれた為か、やや語尾を落としながら言ったが、イタチは聞いてやらず更にその体をこちらの腹とサスケの背がくっつくくらいに抱き寄せた。
「だが、温かいだろう」
 冷たい耳に言い聞かせる。
 それがくすぐったかったのか、サスケはびくりと体を弾ませた。それから朱の差した頬でぼそりと呟く。
「ずりぃだろ、それ」
 温かくないとは言えない。
「アンタはいつもそうやって論点をすり替える」
「ばれたか。やるな、サスケ」
「…ばかにするな。もうガキじゃないって言ってるだろ」
「ふふ、そうだな。悪かった」
 そう言って機嫌を伺うように肌をさすってやったなら、サスケの体温がほんの少し上昇した。


■その時、イタチの背後に控える暗部隊員たち
「ほら、帰り道は寒いから、このままこれを着て行け、サスケ。遠慮するな」
「ばか言うな。おれがそれを着たら、にい…イタチが寒いだろうが。帰りもどうせおれより遅いくせに」
「なんだ、また拗ねているのか?今夜は早く帰るよ」
「本当か…?」
「ああ、本当だ。だから、風呂を焚いておいてくれ。たまには一緒に入ろう」
「…ん、分かった」
 そう互いに何処か熱っぽく何故かじっと見つめ合う、里の実力者にして名門のうちは兄弟。
 その兄の背後に控える暗部隊員二名はぎしりと固まった。面にすら汗をかく。
 あの…。
「…隊長、おれたちがいるってことも忘れないでください」


■その時、暗部本部のダンゾウさま
「それじゃあ、残業がんばってくださいね、ダンゾウさま」
 お先に失礼します。そう言ってサイが出て行くと、部屋にはダンゾウだけがぽつねんと残された。
「イタチよ…」
 節電の為、手元の明かりだけが項垂れたダンゾウをゆらゆらと薄暗く照らす。
 報告を待っているわしがいるってことも忘れないでください。