孤独の傍ら



※ 「19 誕生日の話」の続き


 後ろ手に玄関の鍵を掛けると同時に、まだ靴も脱いでいないサスケを引き寄せた。
 廊下の灯りを点けようとスイッチに触れていた彼の手は滑り、ぱちりと弾ける音がして橙の照明だけが頭上に灯る。
 イタチもまた靴のまま、提げていたコンビニの袋を靴箱の上に置いた。そうして片手はサスケの背に、もう片方は彼の無防備な首筋からうなじを撫でて、後頭部を支える。心持ち上を向かせた。
 背は伸びたが、まだ兄のそれには敵わない。このままではきっとずっと。十六のイタチは今のサスケよりも背が高かった。
 触れた肌も髪も冷たい。冷えていた。
 サスケの夜の漫ろ歩きは今に始まったことではないけれど、彼が行くと言うならば、もっと温かな格好をさせなければならないなと思う。
 これは性分、というよりも長年の兄としての癖のようなものだろうか。誰にでもこんなにもあれやこれやと心を砕いたりするわけではない。他人にならまだしも、両親には強い我を通してきたし、自身のことはサスケが文句を言うくらいには無頓着だという自覚もある。
 他方、身動きを兄に制されたサスケは不服げに目を尖らせた。だが、それよりかは眸の奥に次はこの唐突なことばかりをする兄に何をされるのかと不安にも期待をするようにも揺れる光がある。
 無論今夜は彼の期待に応えてやるつもりだ。
 顔を近付け、鼻先を触れ合わす。少し止まって目を閉じるように促すと、サスケは素直に従った。
「ん…ン…」
 重なる唇。
 結ばれたそこもまた冷たい。啄むように擦って、温める。
 暫くそうしている内、頃合いをみて先に舌を差し入れたのは、普段は受け身になりがちのサスケの方だった。
 そうだろう。今夜イタチの心をほしがったのは彼なのだ。
 先程歩いた道々で空いてしまった二人の隙間を埋めるように、サスケの舌がイタチの口内に積極的に踏み入ってくる。舐めて吸ってこちらを絡めようと懸命だ。
 イタチはサスケの好きなようにさせてやった。苛烈なところもまた弟の一面だと理解している。身を屈め、舌を差し出し吸わせてやれば、サスケの目許が兄を乱す興奮に赤らでいく。
 もちろんイタチだって感じていた。ちゅちゅと音が漏れるごと弟に吸われるごと、快感の密が湧き出し腰にじんわり溜まっていく。
「ん…は…ぁ」
 口が離れる。至近距離で見つめ合うサスケは、追い上げている側のくせに息を上げていた。
 十代だなと思う。
 或いはやはり多少屈んでやっているとはいえイタチとの身長差が辛いのか。
 であれば、髪に差し込んでいた手のひらを滑らせ、今度はイタチが主導権を握った。指先でうなじを意味深に辿る。するとサスケは「あ…」とその反応を隠すように僅かに体を捩らせた。
「キスをして感じていたのか」
 紅潮した頬を撫でてやる。
 サスケはあまりそういう甘さを好きではないから振り払われるかと思ったが、睨まれるだけに止まった。
 だが、その上向いた顎がちょうどいい。手を掛ける。そうして彼の背を支えていた腕も窄めて囲み、深く長いキスをしやすいように抱き寄せた。
「おれもだよ、サスケ」
「…ッ」
 接吻ける。
「兄さ…」
「ン…」
 声を奪う。抵抗も奪う。
 そうして奥まで深くまで奪ったら、サスケは吸ってほしいとばかりイタチに舌を差し出した。
 苛烈であるのが彼の一面だとしたら、もう一面は受容だとか許容だとか、そういった受動の柔らかで繊細な心だろう。それは友人らにはぶっきらぼうな優しさとして、イタチの前では弟らしい甘えとして表れる。
 幼い頃から常に優秀な兄と比べられた劣等感と、父と兄、兄と一族の確執は彼の足元の不安を大きく育て、だがそれらを黙って呑み込んできた弟は、人の機微に聡い、優しい心根の持ち主になった。そして同時に、変わらない、何か絶対的なものをずっと探し求めている節がある。
 だからこそ彼は、ただ注がれ愛され満たされるのが好きだった。その僅かな時をとても大切にしていた。思っていた。本人が気付かずとも、兄のイタチには透けて見えている。
 イタチは何度もサスケの舌を吸ってやった。それから唇と舌を擦り合わせ、口の中を隅々までまさぐり、サスケを甘く喘がせる。
 サスケは声を上げるごと体の力も抜けるのか、イタチの上着を掴んできた。けれどそれもキスの角度に開いたり閉じたりを繰り返すだけで用をなすことはない。
「ン…ッ、ん…、イタチ…兄さん」
 しているイタチがこれほど陶然とした想いになるのだ。まして尽くされているサスケはどれほどの熱を腰に感じているのだろうか。
 ついにその体が、その重さに耐えきれず、徐々に床へと崩れ始める。イタチもまた接吻けたまま、サスケを追うようにその場に膝を着いた。
 一人暮らしの部屋らしく狭く低い玄関にサスケの背を支え、座らせる。
「兄さん…?」
 サスケがこちらを見上げた。
 その顔には橙の照明とイタチの影が作り出す陰影がくっきりと浮かんでいる。
「……」
 眸の奥の期待と不安。
 強さと弱さの二面性。
 それらがぐるりとイタチの中で巡ったとき、イタチはサスケの上着の釦に手を掛けていた。
「サスケ」
「あ…」
 普段は鋭いサスケの眸が今は円い。
 白い肌の頬がうっすらと色づいている。
 そうさせているのが自分だと思うと、イタチの胸はざわざわとざわめいた。
 上着の前を開いていく。
 徐々に露になる首筋や鎖骨へ軽く接吻けると、サスケはイタチの襟をぎゅっと握った。それで図らずもサスケがイタチを抱き締める形になる。
 兄さん、と戸惑うようなサスケの呼び声。
 だが、構わず音を立てて肌を吸っていると、その内その手は襟から離れ、イタチの髪に差し入れられた。くしゃりと掻き乱される。その次第に淫らになっていく弟の手つきにイタチは彼の首許から顔を上げ、代わりに顎にキスをした。
「可愛いな、お前」
「ん…ン…」
 ここが玄関であるということが、サスケに知らず声を抑えさせているのだろう。先程までの深いキスで体はこんなにも猥らになってしまっているというのに。イタチの唇が掠める度、その僅かな刺激も逃さず拾い、サスケの体は何度も跳ねて悦んでいる。
 イタチは前を開いた上着はそのままに、サスケのシャツの中に手を入れた。これもまた脱がさない。部屋とはいえ冬の冷気が忍び込んでいる。出掛ける前の温もりはもう残り火のようになってしまっていた。
「冷たいな」
 イタチは言った。
 サスケではない。イタチの手が、だ。
 触れたサスケの腹は温かい。そのためか一瞬逃げるようにサスケのそこがぺこんとへこむ。けれどイタチが反射的に手を引きかけると、サスケは兄を抱いた両腕の間を更に狭めた。
「平気だ」
 と言う。
 イタチはサスケの肌の熱に手のひらを馴染ませながら腹を撫で上げ、胸の飾りを指に摘まんだ。寒さのせいか、それとも煽られた性的な興奮のためか、そこはもうぷくりと膨れ、尖っていた。弄れば、サスケは小さく声を上げる。
「あ…っ」
「…気持ちいいのか?」
 指の腹で転がしながら訊ねる。
 すると口許を結び直してサスケは微かに頷いた。どうやらはや疼いてきたらしい。きゅっと摘まむごと、腰をもぞもぞと動かすのが視界の端に見て取れた。
 そんな彼に積もるもどかしさを満たしてやりたくて、イタチはサスケの敏感で弱い耳の裏や首筋を吸いながら、更に片方ずつその胸の尖りを丹念に捏ねて慰めてやった。
「は…んっ、んっ」
「もっと、か?」
「…っ、ンッ」
 問いかけに、サスケは諾か否かも分からない返事を寄越す。
 声を上げれば楽だろうに、懸命に耐えて忍ぶ息遣いがイタチにとっては可愛いものだ。と同時に暴いて露にして存分に啼かしてやりたいとも思う。嗜虐的な思いではなく、ただままならないことに囲まれることの多い弟に、この場くらい心のままありのまま振る舞わせてやりたかった。
「あ…んっ…」
 ついにサスケが橙の明かりが灯る天井を仰いで、はぁと濡れた色のある吐息を漏らす。イタチの体を挟んだ両脚はもう受け入れるように開き始めていた。
「部屋に行こうか」
 責める手を止める。
 代わりに頬に触れ、こちらを向かせた。目が妖しい熱を孕んでいる。そろそろ限界だろう。
 だが、サスケはイタチの手を払わない程度に首を振った。それから隠すように兄の肩に顔を埋める。
「…このまま、ここでいい」
 今夜は、今は、少しも離れたくない。サスケはそう言っているようだった。


 狭い廊下にサスケの体を横たえる。
 イタチも追うようにしてその上に伏せ、ちょうど見つめ合うところで両肘を床についた。
 目を閉じる。サスケが、だ。その仕草に思い余って、ついまた接吻けをしてしまう。
「ん…ン…」
 唇を食む。
 それから服の上からだけれど鼻先で徐々に体の線を下へとなぞっていった。いつもなら肌に直に感じるそれだけに、擽ったがるかと思ったが、サスケの体はこれから兄にされる様々の仕打ちに期待していた。
 シャツの裾をたくしあげる。やはり薄着だなと思う。寒さに震えた胸にまずはキス。もう唇で挟めるほどぷくりと勃っているそこを口に含むとサスケからそろりと色声が零れた。
 その声に促されるようにして、もっと彼が良いようにと舐めて転がし、音を鳴らしてきつく吸う。
「ん…んっ」
 サスケの呼吸が乱れる。イタチが彼の胸を弄るごと、イタチに晒した白い腹が忙しなくへこむのがどうにも健気に映って仕方ない。
 与えるもの全て、こんな風に受け取っていたら苦しいだろうに。そう思う。
 だがそんな憂いは他所に、堪らなくなった様子のサスケが腰の下を吐息交じりに捩った。
 含む胸の飾りを反対に移しながら、イタチは彼の股に手を滑らせる。カーゴパンツの上から膨らみ始めているそこを慰めるようにして緩く上下に撫でてやれば、焦れったいのか、目を閉じて苦悶するところが可愛い。
「あ…っ、ぅん…ン…兄さん…、にいさん…」
 サスケがイタチを呼び寄せる。
 きっと受け取る苦しさだけではない。
 もっとイタチにしてほしくてこの弟は苦しんでいるのだ。
 応えるように指で引っ掻いて刺激を増すと、集まってくる官能の塊を四散させるようにサスケは軽く頭を振った。床に髪が散らばって、乾いた音を鳴らす。
「兄さん…ああ…」
 猥らな熱にサスケの腕が浮く。行き場をどうしてよいか分からないそれは宙を彷徨って、やがて胸の上のイタチの頭を抱いた。そうして大胆にも下腹部の方へと兄を誘う。
 イタチは口の片端を上げた。
「してほしいんだな?」
 問いかけに、サスケが声もなく、ただこくりと頷く。
 イタチは唇を下へとずらしながら、弟のズボンの前を緩めた。太股の半ばまで下着ごと引き下ろす。
 サスケがふいと横を向いた。いつまで経っても兄に咥えられるのを見るのは慣れないらしい。
「今更だろう」
「そういうことじゃ…、アッ!」
 既に透明の液を零し始めているサスケのそれをイタチは戸惑いなく口に含んだ。頬の肉に当ててやるとサスケの体が悦びに戦慄く。
「ああッ!や…!」
 背筋を走り抜ける官能にびくんと跳ねる太股。その裏に両手を差し入れ、イタチは弟の脚を腹の方へと折り曲げ押し上げた。
 先端部を唇でこすりながら出し入れを繰り返すと、気持ちがいいのか腰を何度も跳ね上げる。口の中にじわりとサスケが広がった。また先走りを零したようだ。イタチはそれを自らの唾液と絡めて、じゅじゅとわざと粘っこい水音を立てて吸ってやった。冬の冷えた廊下で体を重ねる二人だけが熱を孕んで濃密で淫靡だ。
「あ…ちょ…やめ…あぁ…んっ、ひぁ…っ」
「もうひっきりなしだな」
 イタチは顔を上げ、てらてらと濡れたサスケの先端に、まるで唇に軽くするようにキスをする。それからまたつぷりと浮いた欲の玉を吸い、もっと出せとばかりに固くした舌先で割れ目を抉った。
「ン!や…はぁ…あ…んぁ…っ」
 嬌声と共に伸びてきたサスケの手に顔中でたらめに撫で回される。止めようとしているのか、それとも先を促しているのか、イタチは後者だろうと判じた。
 せっかく口にしやすいよう折り曲げた脚が、真っ直ぐに戻ろうとしている。官能が過ぎたものになり始めるとよくサスケがする癖だ。
「こら、おとなしくしろ」
 言うと、サスケにぎゅっと睨まれた。
「アンタ、こんなことされて大人しくできるのかよ」
 それもそうだ。
 イタチは妙に納得をして一度サスケの上から上半身を起こした。
 そういえば自分もまだ履いたままの靴に手を掛ける。服を剥ぐのに邪魔だ。
「もう脱がすぞ」
 断って、まずサスケの靴を脱がせる。それから中途半端にずり下ろしていたカーゴパンツも引き抜いた。その際、靴下も一緒くたに脱げてしまったらしいが、わざわざ探すほどのものでもない。
 自由になった裸の脚がすらりとイタチの前に開かれた。
「寒いか」
 頬に手を当てる。
 サスケはその手に手を重ねてきた。
「かまわない。どうせあつくなる」
 橙の照明の下の白い肌。赤く色づいた胸の飾りに濡れて脈打つ欲の肉。
 それからじっと見下ろせば羞恥に堪えきれず明後日の方を向く眸の、けれど如何わしい熱が浮いて透けているような紅潮した目許。
 イタチは吸い寄せられるようにしてサスケの体にキスをした。今度は下腹部から胸、鎖骨、首筋、耳裏、頬から唇へ。
 どこもかしこもいとおしかった。
 彼が、弟が、弟のいのちが、そこに息衝いているのだと思うと胸が痛いくらいに全てがいとおしい。
「ぅん…ん…」
 乾いた廊下に艶をふんだんに含んだ接吻けの音が激しく鳴り響く。
 欲するのならあげたい。
 サスケ。
 おれのことがいるのなら、いくらでも。
「兄さん…兄さん…もう…」
 欲しいか、と問う。
 キスの合間に求められる。
 イタチは勃ちあがった彼の下、暗い翳りに指を差し入れた。
 溢れ続けるサスケの先走りを指に取り、後孔へ塗り込める。無論それだけでは足りなくて、イタチは再びサスケの脚の間に顔を伏せた。指を出し入れしながら、舐めて唾液で滑らせる。くちくちといやらしい音がサスケから鳴った。
「ん…それは…いやだって」
 羞恥にサスケが体を捩る。
 だがイタチは取り合わなかった。それどころか、随分すんなり入るようになったものだなとさえ思う。はじめは指一本だけでも苦心し時間を掛けたというのに、今ではちゃんとここでもサスケは快感を感じるようになった。こりこりと中のしこりを押し上げれば、弟はかんたんに大きな声を上げる。
「あ!そこ…っ!」
「好きだな?」
 こくこくと感じているのか素直に頷く。
「ン…兄さん、二本目も早く…」
 ねだられるようにして肩甲骨を裸足の足にこすられる。
 イタチはそんな弟の甘い望み通り、濡らしながら指を増やしてやった。
「あん…それ、いい…」
 彼が悦ぶのは何も中の一点だけではない。入り口を出し入れしてこすられるのも、ひくひくと期待して蠢く内壁を慰めるようにくるんと指を回されるのも好きなのだ。全部イタチが教え込んだ。
「すごいな…」
 抜く瞬間には必ず追いかけるようにして吸い付くサスケに、イタチも窮屈になっていた前を寛げる。それはもうすっかり芯を持っていた。
「兄さん…」
 サスケが顔を上げこちらをじっと見つめる中、イタチは腹につくほどに反ったサスケのものと自分自身を合わせた。
 すると彼が少しだけ眉を寄せる。
「それ、入れるよな…?」
 不安げに訊かれる。
 イタチは、安心させるように「ああ」と頷いた。
「だが、おれのも濡らさないと痛いだろう」
 イタチのものもサスケに煽られ既に興奮を露に溢していた。けれど、それでも狭いサスケの中だ。傷付けたくはない。
 サスケの先走りを交合をするときのように擬似的に体を前後して自身に塗りつける。
 すると、それさえ刺激になったのだろう。サスケが困ったように戸惑ったように声を上げた。
「あ…や…ア…ッ」
「ふふ。こんなことでも興奮するんだな、お前」
「っせぇ…だいたいこんなことしなくても、兄さんのなら…おれが…」
 先を言い淀むサスケの口許がむずむずと波打つ。彼の言わんとすることが分かってイタチはその唇を唇で撫でた。ここで咥える、とでも言ってくれようとしたのだろう。
 だが、
「嬉しいよ。でも今はもうおれもお前を抱きたい」
 互いの体液で充分に濡れたそれを擦り合っていたサスケの腹から離す。
 そうして宛がい、ゆっくりと埋め込んだ。
「んっ、あ、あ、アッ!」
 跳ねる体を押さえつけ、イタチもまた深く感じる。
「ん…いい…サスケ…」
 狭い。だが、そこがイタチの形に拓いていく。と同時にサスケに呑み込まれていく。その様をありありと見せつけられてイタチは自身が膨らむのが分かった。
 とけ合っているのだ、サスケと。
 こんなにも深く。奥の奥で。
「あ…兄さんの…」
「気持ちいいよ、サスケ…」
 瞠くサスケの眸を見つめながら、イタチは腰をぐいと進めた。全て彼に収めきる。
 技巧を凝らしてもよかった。ゆっくり焦らして愛してもよかった。だが、今夜は情熱的に一心に抱きたいと思った。
 きっと寂しいのはサスケだけじゃない。イタチも、また。
「…痛かったら言えよ」
 イタチは体の内を押し上げられるような感覚に喘ぐサスケに断って、徐々に早く腰を打ち付け始めた。
「や…あっ!はぁ…っ!いあ…!」
「ふ…」
 イタチの激しい突き上げにサスケがふぅふぅと息を詰める。
 サスケのきつい締め付けにイタチがはぁはぁと息を吐く。
 そんな荒く湿った二人の吐息に、次第に体中を巡る痺れるような官能に堪えきれなくなったサスケのあられもない声がとけていく。
「あん…んん…兄さん…、声…、声…っ」
 床に組み敷かれたサスケからは玄関や廊下の電灯がよく見えるのだろう。寝室とは違う天井に抑えられない声を気にする。
 イタチはコートの前を肌蹴た。体を倒してサスケに覆い被さる。それだけで全て閉ざされた。
「大丈夫だ、おれしかいない」
「ん…でも、こんな…、アンタの服が汚れちまう」
「かまわない。汚してもいい」
 そう囁いたのが彼の快感に弱い耳だったからだろうか。それとも挿入の角度がより深くに変わったからだろうか。
 或いはその胸を蕩かしてしまうような言葉だったからだろうか。
「あ…っ!もう…っ」
 過ぎた快楽にサスケがいやいやと体を左右に捩った。
 するとそれまで官能に寄せられていた眉が初めて痛みを訴えた。
「…っ」
 もぞもぞと手を腰の辺りで動かし何かをしようとするが、イタチの揺さぶりにそれも上手くいかない。
「どうした…?」
「ん…缶が…」
 そう言えば、コンビニで買ったコーヒーの缶。今はサスケの背に敷かれ床に広がるダウンジャケットのポケットに入れっぱなしだったなとイタチも気が付く。それに体が乗り上げでもしたのだろう。
 イタチはサスケに代わって彼のポケットに手を突っ込んだ。探って取り出す。
 床に置いたつもりが、転がった。
 だが、行方なんかもうどうでもいい。
 イタチが激しく抽挿を繰り返す。サスケも「兄さん、にいさん」と首に腕を巻き付けながら合わせて腰を振る。
 そんな彼が愛しくて、イタチは張り出した部分でサスケの好きなところを押し潰すようにして突き上げてやった。
「あ!ああッ!」
 サスケの内がまた狭まる。拓いても拓いても、イタチをしゃぶるように締め上げてくる。
 イタチは床から反り浮き上がったサスケの胸のつんとした尖りを吸いながら、互いの高みをもう近くに感じていた。すでに何度となく浚うような波に襲われているのだ。きっとサスケももう限界だろう。熟れて腫れたサスケのものに手を掛ける。触れればしとどに濡れて震えていた。
「もういきそうか?」
 するすると促すように下から上へ扱いてやる。
 だが、その手はサスケによって払われた。
「サスケ…?」
 どうしたんだと眸を覗く。
 すると、見つめられる恥ずかしさを隠すためか、サスケはイタチに唇を合わせた。
「今日は後ろだけで、兄さんのだけでいきたい…」
 だから、と続く言葉はイタチがキスで遮った。舌を差し込み接吻ける。これ以上ないくらい食んで交わし合った。
 上からも下からも激しい水音が立つ。体が熱い。汗が吹き出す。思考が白く焼き切れてしまいそうだった。
「あん…!もっ、いく!いく!もっと突いてくれ!」
 サスケが我を忘れたかのように叫ぶ。応えてイタチもまた腰を強く打ち付ける。
「は…っ」
「んっ、ア!だめだっ、もうっ…!」
 びくん、とサスケの体が大きく痙攣した。
「あ!あ!ああっ…!」
 ぱたぱたとサスケから精子が腹の上に飛ぶ。
 と同時にぎゅうと包まれたイタチもまた欲の全てをサスケの中に注ぎ込んだ。
「ん…あ…兄さんの…」
「…すまない、手荒に抱いた」
 未だイタチのものを吸うように淫らに蠢くサスケの内壁に刺激されながら、イタチはサスケの汗の流れた頬を撫でた。
 名残惜しいがこのままではまたここでしてしまいそうになる。サスケの中から自身を抜き取る。その際ちゅぷんという微かな音が鳴って、サスケは肩で息をしながら笑った。
「アンタ、いっぱい出しすぎだろ」
「お前に興奮したんだよ」
 サスケの体を引き起こす。抱き締めると彼の肌はまだ火照っていた。もちろんイタチだって同じだ。
「次はベッドの上でゆっくり抱きたい」
「…おれもだ、兄さん」
 だが頬を預けられる肩の重みが心地好いので、もう少しの間はここでただ抱き合うのもいいだろう。
 そんなことをイタチは思った。


 翌朝、といっても昼近く、朝食代わりに昨日買ったおでんを温め直して食べた後、「そろそろ帰る」とサスケがテーブルの上の缶コーヒーを取ったので、イタチは置いていけばいいとサスケに言った。
 彼は手の中のラベルに目を落とす。
「これ、ブラックだぜ」
 アンタ飲まないだろ、と言われる。
 その通り、ブラックはあまり好きではない。
「だから、次お前が来たときに飲めばいい」
 一瞬の逡巡の後、サスケはことりと缶をテーブルに戻した。
「…そうだな。そうする」
「駅まで送ろうか」
「いや、いい」
「そうか」
「そうだ」
 また来週。
 サスケは玄関まででイタチの見送りを断り、ゆっくりと日曜日の昼の家路を辿った。