お盆だからって幽かな兄さんが帰ってきました
■予兆
その予兆は確かにあった。
立秋を迎えたとはいえ、まだ砂利道に照り返した熱がじわじわと足元を焼くような頃、いつもはばか騒がしいうすらとんかちだってばよが何かを思い詰めた顔つきで、
「なあサスケ。お前ってば、幽霊って信じるか?」
などと大きく肩を落として言ったのだ。
木の葉の大通りで偶然合わせた顔は奴には似合わず暗く沈んでいて、そのうえ目の下には寝不足か或いは疲労の為か隈までがくっきりと刻まれていた。
幽霊。
だってばよが口にした単語を心中繰り返す。
結論はすぐに出た。なに言ってやがるんだ、こいつは。
おれは思いついた通り「はあ?」と返した。
穢土転生、輪廻天生、そういった死者を呼び戻す術があるくらいだ。魂の存在はおれも認める。だが、だからこそ術の発動なしに死者の魂がこの世へ戻ることなど出来ないのではないだろうか。
幽霊なんてばかばかしい。そう忌憚のない意見を言うと、
「…だよな」
うすらとんかち、うずまきナルトはその眸を猫のように糸目にしてまた一段と肩を落とした。まるでがっくりという音がそこから聞こえてくるような落胆。
そんな様子が気にかかったが、こちらが「おい」と声を掛ける間も待たずナルトは「じゃあな」とくるり背を向け夕暮の雑踏の中へと消えていった。
うっせーてばよ父ちゃん。
だって母ちゃん、父ちゃんが。
なんていう独り言が耳に届いたような、そんな気もした。
■目を覚ますと
幽霊。
ナルトがそんなことを言い出した日の翌朝、おれはもしあいつがもう一度同じ問いかけをしてきたなら、今度は頷いてやろうと思った。
幽霊。うん、いるぜ、幽霊。
信じる。おれも信じる。おれも見た。いや、見たというよりかは、なんというか、その、
「おはよう、サスケ」
朝、目を覚ますとベッドの縁に兄さんが当たり前のように腰かけていた。
一瞬、呆ける。
いやいやいや、なにこれ、なんだこれ。
だが体は忍らしく自然と動いた。
「イタチ!?」
身をがばりと起こし、ベッドの上、反射的に戦闘態勢を取る。
驚愕に途切れた思考もすぐに戻った。体中の細胞が一気に目覚める。
姿かたちは間違いなくおれの兄さん、イタチだ。
だが兄さんは死んだ。それも、おれが手を掛けたも同然の形で。
ならば、おれの油断を誘おうとイタチに変化した敵襲か?それとも既におれは何者かの幻術にはめられてしまっているのか?
千鳥の印を結びながら、試しに唇を噛み切ろうとした、その時だ。
イタチの指先がすっとおれへと伸びる。
「サスケ」
息を呑む。
おれはあの時のように動けなかった。
そして、イタチはやはりあの時のようにおれに微笑んだ。
「お盆の迎え火はちゃんと焚けよ」
弾かれるでこ。
でも痛みはない。
「迎え火…」
ぽつり呟く。
そうだと頷くイタチの指は少し透けていた。
「少し迷った」
「……」
目の前にいるのはおれの兄さんなのだと妙にすとんと納得した。
■ホーンテッドなんたら
うっせーてばよ父ちゃん。だって母ちゃん、父ちゃんが。
ふと昨日聞いただってばよの独り言を思い出す。きっとあいつのところには両親がお盆につき帰省中なのだろう。
独り言じゃなかったんだな。
そう思い、はっとして顔を上げる。兄さんはちょうどおれのでこを弾く素振りをした指を下ろすところだった。
「なあおい」
「うん?」
「兄さん、だけなのか?父さんや母さんは…?」
部屋をぐるり見渡す。昔この里にひとりで住んでいたようなワンルームのアパート。集落や家族と暮らした家は里と共に消し飛んでしまったから、今は里の端のアパートの一室を借りている。ひとりで住まうには十分な広さだった。
イタチは一瞬虚を突かれたように押し黙ったが、それから「ごめんな」と言った。
「おれだけだ」
いや…。べつに謝るところじゃない、と思う。
だがなんとなくイタチの雰囲気に呑まれこちらも口を噤んでしまう。
蝉が鳴いた。
それをきっかけにするようにイタチがわけを話してくれた。
「本当は父さんも母さんもお前に会いたがっていた。だがな、父さんと母さんだけでなく他の一族までも久しぶりに娑婆に帰りたいと言い出したんだ」
「他の一族…」
まさか。
おれの想像にイタチが頷く。
「マダラだ」
おれの部屋の片隅にマダラ。
うん。無理。無理無理無理。ぜってぇ無理。
「ほかにもマダラの弟イズナやオビト、いつかおれにのされた三人も来たがっていたな」
「なんでおれのところに…」
「お盆は家族親戚のところへ帰るものだろう。うちはの生き残りはもうお前しかいない。よって、一族全員お前のところにしか来られないんだ」
一族全員。
ひとりで暮らすには少し広いくらいのこの部屋も歴代一族総出の帰省には耐えられないだろう。
その前におれが耐えられない。
ぎゅむぎゅむと一族が詰まった「すし詰めうちは」部屋を想像し、ああなんてホーンテッドなんたら…。
そんな顔を青くするおれを知ってか知らずか、イタチは更に続ける。
「昔の誼で日向のところに押しかける手もあったんだが」
「恥ずかしいうえ、迷惑だからやめてくれ」
「話し合いの末、おれだけが来ることになったんだ。父さんは立場が立場だからな、遠慮をしたんだろう。だがお前が望むなら他の者たちも、」
呼ぼうか、という兄さんの言葉を勢いよく遮る。
「いやいやいや!おれ、兄さんが来てくれただけで十分だよ!」
ほんと十分だ。
マダラなんか来た日には毎日「柱間ァ!」とか言い出しかねない。
そんな必死のおれに兄さんは何を思ったのか、
「サスケ…」
と目を円くして、それからにっこりと笑った。
前髪を掻き上げるようにして触れられる。勿論、透過。
「おれが父さんと母さんの分までお前と一緒にいてやるからな」
「……」
ああ、どうしてだろう。
兄さんの手のひらの下、なんだか嫌な予感しかしない。