メールの話のおまけの話
※ 「10 メールの話」の続き
風呂から上がると、明日は早いのだから先に寝ておくようにと言いつけていたサスケはまだ起きていた。
ベッドに寝そべり、携帯電話をいじっている。
「……」
おれは一声も掛けず、寝室の照明を消してやった。
辺りは真っ暗になる。
不平の声はすぐに上がった。それと共にベッドサイドの小さな明かりが灯される。
橙の、やわらかな照明だ。眠る前に読書をする習慣のあるおれは、この明かりをなかなか重宝している。
「いきなり消すなよ」
サスケは、それでも携帯電話を置かなかった。
明日のアラームを設定しているらしい。
が、どうせおれが起こすことになるのだろう。
普段は自分で起きていると言い張るこの弟は、どうもおれの前では気を抜いてしまうようだ。
それについては兄として悪い気はしないので、ついつい甘い顔をし、容認をしてしまっている。
「早く寝るようにと言ったはずだ」
「だってまだ日も変わっちゃいないぜ」
サスケは口を尖らせた。
だが、その点について譲る気はない。
「明日も登校日なんだろう」
「それは、…そうだけど」
激しい雨の中、古書店の軒先に佇むサスケを見つけたのは、今日の夕方のこと。
雨宿りを共にした後、駅で別れるはずだったところを、結局サスケは週末でもないというのにマンションまで付いてきてしまった。
いや、正しくはおれが最後にはそれを容認してしまったのだ。
サスケは、おれが絶対にだめだと言ったものは、きちんと引き下がることができる。
責任はおれにあるのだろう。
だからこそ、明日も朝からあるという授業に遅刻させるわけにはいかなかった。
加えてサスケは明日必要な教材のいくつかを当然だが家に置いてあるから、一度それを取りに戻らせる必要もある。
朝は思っている以上に早く訪れるのだ。
サスケは携帯電話をサイドテーブルに放った。
「わかったよ」
そうは返事を寄越すものの、まだ納得はいっていない様のサスケの体の下からもうくしゃくしゃになりかけのタオルケットを引っ張り出す。
一人でならゆったりと眠れるベッドは二人で使うにはやや手狭だ。
真ん中で横になっているサスケにもっと奥へ詰めるように促す。
「そういえば、サスケ。母さんには連絡したか?」
「したよ」
「泊まると言ったか?」
「ああ、言った」
「おれのところだときちんと伝えているだろうな」
「ちゃんと言ってるよ。いちいちうるせーな」
サスケがごろりと転がる。だが、
「……」
おれが空いたその場所に体を横たえると、さらにサスケは距離を取って背を向けてしまった。
サスケの言葉を借りるなら、少々うるさくし過ぎたのだろうか。
「あまり端に行くと、落ちるだろう」
それに折角掛けたタオルケットから結局サスケもおれもはみ出してしまっている。
やれやれ。おれは嘆息した。どうやらまだ眠れそうにない。
片肘を立て、体を少し起こした。様子を窺う。
サスケの背にはおれへの、あるいは思い通りにはならない自分自身のこころ内への苛立ちが見て取れた。
どちらかといえば後者が今は大きく膨らんでいるのだろう。十代半ばというのはそういう年頃だ。
「サスケ」
そっぽを向いてしまったサスケのその肩をこちらへと緩く押す。
すると意外なことに、サスケは素直にこちらを向いた。
上から覗き込むような体勢であったため、ごく間近で目が合う。
その原始の夜を思わせる色の眸に橙の明かりが不規則に揺れていた。
それは彼の内面の表れであるかのように危うく、繊細だ。
だが、そうでありながら、それでもサスケの眼差しは痛いくらいに鋭い。
いつだってこの弟は譲れぬたったひとつの何かをひたと見据えている。そして、
「兄さん」
おれを請う声に、嗚呼、それはおれなのだと自惚れた。
引かれるよう唇を合わせる。
サスケの呼気は熱い。
少し離れる。
サスケは何故だとおれを責めたように顔をしかめた。
その唇はうっすらと解かれている。
きっと無意識なのだろう。だからこんなにも無防備をかんたんに曝け出す。
まだ熟れず青く固い皮に守られた果実の内側は、それとは裏腹にかぶりついて食えるほどにやわらかい。
おれは体を起こし、サスケの顔の横に肘を着いた。覆い被さる。
眠るために解いた髪がサスケの頬に落ちる。
サスケはくすぐったそうにしたが、構わず接吻けた。
今度ははじめから舌を差し入れる。
「ん…ふ…っ」
サスケは一瞬の迷いを見せたが、すぐに舌を絡ませてきた。
そうしておれがいつか離れることを先回りをして拒むかのように、その両腕を背に回してくる。きついくらいのそれ。
だが、イニシアチブをおれに取られているサスケの呼気は次第に乱れた。
はあはあとキスの角度を変える僅かの合間に苦しげに喘ぐ。
おれの背に回された手はシャツをくしゃりと握ったり、かと思えば首筋から背骨を辿ったりと忙しい。
懸命に溺れまいとしているところが、おれに得も言われぬ高揚感をもたらす、と言ったら、彼は烈火の如く怒るだろうか。だが、
「にい…さん…止め…」
肩の辺りを辿っていたサスケの手が被さっていたおれの体をぐっと押した。
「どうした?」
キスを止める。代わりに汗がにじむ額から髪を何度も掻き上げてやった。
サスケは大きく胸を喘がせている。
「…わりぃ。アンタと会うのは久しぶりだから、息が上がった」
確かにサスケと最後に会った日からは随分と経っている。
サスケが今日無理に付いてきたのも、先ほどの不機嫌も、そういったところに何か思うものがあったのかもしれない。
サスケは更におれの下から逃れようと体をねじった。特に下半身を離そうとする。
ああ、なるほど。
「お前…」
「…仕方ないだろ」
朱の差した頬を隠すようにふいと顔が逸らされる。
黙りを決め込むらしい。
が、暫くこちらも黙っていると、やがて観念したかのように、しかし目は逸らしたまま、サスケはぽつりとおれを呼んだ。
「…兄さん」
「うん?」
「こういうことがしたかったから、アンタに付いて来たわけじゃない、から」
おれが呆れているとでも思ったのだろうか。
ぶっきらぼうないつもの声音の中にも必死さが潜んでいる。
おれはサスケの下半身に触れた。
つっと形を辿るように指先でそれを撫でる。
ひくり、とサスケの腰が跳ねた。
制止の声が上がる。
「ちょ…っ、やめ…っ。これ以上されたら…」
「もう勃っている」
「それ、言うか、普通!?」
「抜いてやるよ」
下着の中に手を潜らせた。
やめろと言うサスケの下腹部が期待に震える。
「兄さん…おれはっ、こんな…」
サスケはふっふっと息を吐きながら、それでも拒むように首を振った。
けれど、言葉がそれ以上続かない。
だから、おれが代わりに熱をはらむその耳に唇を当てて囁いた。
「わかっている」
「……っ」
サスケが濡れる。
それで一気に緩んだのか、忙しい息遣いの中に淫らな声が混ざり始める。
「はっ…んんっ、…あっ、あっ」
「いいか?」
訊ねると、サスケは素直にこくこくと頷いた。
「いい…、あっ、いいっ」
まるで譫言のように、そうおれの耳に吹き込む。
「サスケ」
「んっ…、な、に…」
苦しげにサスケは眉根を寄せた。
下半身はもうひっきりなしにかくかくと蠢き、自らおれの手に擦り付けている。
いつもなら焦らすところだが、生憎と今夜は時間がない。
手を早め、サスケが好きなところを存分にいじってやった。
サスケが大きな声を上げる。
「あっ!あんっ!」
もう我慢がならないらしい。
おれの肩に添えるだけになっていた手が、再び首へ回る。
背が浮いて、縋るようにしてしがみつかれた。
その背を片手で支える。それから耳朶に接吻けた。
「今度の土曜日は何処かへ出かけようか」
「…出かける?」
ああ、そうだ。
「おれもお前に会いたい」
「ああっ…!」
今そんなことを言うのは狡いと、サスケはおれの腕の中で吐き出した。