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  深夜コンビニ  


 冷蔵庫の扉を開けて暫く中を覗いていたイタチが、その扉を漸く閉めながらおれを呼んだ。
「サスケ」
 椅子に掛けていた上着に袖を通す。
「少し出てくる」
 おれは時計を見遣った。
 もうすぐ日付が変わる。
「こんな時間に?」
「ああ」
 何処に行くのかと訊ねると、近くのコンビニだと言う。
 なるほど、甘いものが切れたらしい。
 今度は逆に何か必要かと問われて、おれは唸った。
 別段腹が空いているわけでも、イタチのように夜食に甘いものを取りたいわけでもない。
 けれど眠るまではあと数時間はある。
 もしかすると腹が減ることもある、かもしれない。
 おれはぼんやりと眺めていたテレビを消した。
 こんな時間に外に出るとは思っていなかったので、仕方なくシャツの上から部屋着のスウェットジャケットを羽織る。
「おれも行く」
 なにが欲しいわけでもないけれど、なにか目についたら買っておこう。
 そういうわけで、もう靴箱の上の鍵を取り上げているイタチを小走りで追いかけた。



 よく利用するコンビニは、イタチの住むマンションから歩いて五分程度のところにある。
 週末になればおれはイタチのところに泊まることが多いので、このコンビニにはちょっとした日用品を買うために立ち寄ることが多い。
 日付が変わる時刻といっても、イタチやおれみたいな学生、それに社会人はまだまだ眠る時間でもない。
 コンビニには遅い夕食の弁当を吟味する独身らしき若いサラリーマンや、夜食を買うカップル、立ち読みをして時間をつぶす大学生らの姿があった。
 イタチは店に入るなり、所謂コンビニスイーツのコーナーに足を向けた。
 なんとなく後ろから付いていき、その視線の先と手元を覗いてみる。
 クリームやチョコレートたっぷりのロールケーキにシュークリーム、エクレア、クレープにタルトパイ、ヨーグルトやプリンなどなど、陳列棚には所狭しとコンビニスイーツなるものが並べられている。
 甘党ではないおれには、どれもこれも同じような商品に見えるが、イタチにはそうでもないのだろう。
 ちらりと見てみたイタチの顔は、いつもの無表情なのか、真剣な顔つきなのか、よくわからない。
 そのイタチの視線が、ふいっと更に横の陳列棚に移った。
 手を伸ばす。
 気に入ったらしい。クリームいちご大福。和スイーツだ。
 そういえばイタチは、昔から洋菓子よりも和菓子を好んで食べていたようにも思う。
「それ、買うの?」
「ああ」
 と言ったわりには、まだ陳列棚の前から動こうとしない。
 おれはイタチから離れて、まずはスポーツ飲料を手に取った。
 それからカップスープを選び、雑誌コーナーへ向かう。
 ゴールデンウィーク特集の記事が組まれた旅行情報誌が目についた。
 そういえばもうすぐゴールデンウィークだ。
 ナルトが久々に集まろうとメールを寄越していたことを思い出す。
 小中学校が同じだったナルトやサクラたちとは高校になって別れた。
 どこかへ遊びに行く計画なのだろうか、と何とはなしに捲って眺めていると、イタチに後ろから名を呼ばれた。
 振り返り姿を確認する。
 いつの間にかイタチはカゴを提げ、その中にはさっきのクリームいちご大福に加えて、いくつかの和スイーツとシュークリーム、タルトパイが入っている。
「これだけか」
 とは、おれが脇に挟んで持っていたペットボトルとカップスープのことだ。
 イタチは雑誌を棚に戻そうとする俺の脇からそれをすっと抜き取り、自分のカゴに入れてしまった。
 そうしてそのままレジへ行ってしまう。
 おれはその腕を取った。
 少し強い語調で訴える。
「いいよ、自分で買うから」
 と言っても親からの小遣いで、だが。
 しかし、おれの手はイタチになんなく振りほどかれた。
「大した額じゃない」
 そのままレジ台に乗せられるカゴ。
 店員が手にするおれのカップスープ、そしてペットボトル。
 財布を取り出す隣のイタチ。
 その瞬間、思い立った。
 店員の手が次の商品に伸びる前に、カゴに手を突っ込む。
 あまりに急なことに店員は驚いたように手をひっこめ、イタチも多少瞠目しておれを見た。
「これはおれが払う」
 おれが手にしたのはクリームいちご大福だ。
 イタチが一番初めに手に取ったもの。
 イタチは「こら、サスケ」とおれの暴挙を咎めたが、おれは素知らぬ顔で隣のレジでそれを精算してやった。



 帰り道、おれが提げるコンビニの袋には、イタチのクリームいちご大福がひとつだけ入っている。
 おれはけっこうご機嫌で、イタチの隣を歩いていた。
「サスケ」
「なあに、兄さん」
「どうしたんだ、お前」
 イタチはおれの気持ちをあまりよくわかってはくれないようだ。
 おれはね、兄さん、自分で買えるものくらいは自分で買いたいんだ。
 いつまでも兄さんにおんぶにだっこではいたくない。
 でも結局はそうなってしまうときが多いのだから、そうならなくてもいいときくらい、手を出さないでいてくれたっていいじゃないか。
「兄さん」
「うん?」
「帰ったら、これ、兄さんにあげる」
 おれは手にした袋をちょっと揺らしてみせた。
 イタチは、やっぱり聡い。
 それだけで、気が付いてくれたようだ。
 小さく笑う。
「ああ、ぜひともほしいな」
 うん、いいぜ。
 たまにはアンタだって、おれから受け取るものがあってもいいんだ。
 おれはいつもそう思っている。

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