02 メールをしてください/お題
サスケが目を覚ますと、辺りはやけに静かだった。
枕元の時計を引き寄せる。いつもなら階下から母が家事をする音が聞こえてくる時刻だ。
早朝とはいえないが、それほど遅いわけでもない。
いったいどうしたというのか。首をひねりながら、着替えて居間に降りる。だが、だれもいない。
仕方なしに先に洗面を済ませ、次は台所を覗いてみるが、やはりだれの姿もない。
そういえば母はこのごろ忙しいようだ。
警務に復職したわけではないが、あそこはうちはが取り仕切っている。その職に就く一族らの世話や手伝いをフガクの妻として泊まりがけですることもあるのだろう。
徐々に数を減らしている一族であるからこそ、結束は固い。閉塞的なきらいさえある。
大小問わず警務やうちはに関わらない者は、暗部に召集されたイタチと、上忍試験に向けて修行中の自分ぐらいだろう。
サスケ自身は別段意識をしてそうしているわけではない。
中忍として里の外へ赴く任務が多いからであるが、兄は、サスケの見るところ、どうやら違う。
意識的にうちはと距離を取っている、ように思う。
それは兄が暗部であるからなのか、ほかの理由があるからなのかは、わからない。
話してはくれない以上サスケが知る必要はないということだろうし、それをあのイタチから察することはまずもって不可能だ。
ともかくその兄も、父も、母も今は不在で、困ったことに、すなわち朝食がない。
サスケも昼前からは第七班での任務がある。なにも腹に入っていないのは好ましくない。
サスケは肩を落とした。
不得手な上に億劫だが自分で食事を用意するほかないのか。いや、それとも早めに家を出て食堂か何処かに行くという手もある。
そんな選択肢も浮かんだ、その折りだ。
サスケが生まれたときからある古い食卓に、紙片が置かれていたことに気がついた。
近寄って手に取ると、サスケ、とそれは自分に呼びかけていた。
筆跡は母のものではない。
イタチの、その性格をよく表したような書写の手本通りの字だ。
手短に認められたそれには、サスケが起きるころ家族は不在にしていること、だから母に代わりイタチがサスケに朝食を作り置きしていること、そうして今日任務に赴くサスケを案じたうえ、イタチの帰りは深夜遅くになるとあった。
「……」
こういうときなのだ。
サスケはイタチからのそれにじっと目を落とす。
こういうときなのだ、兄との差を思い知らされるのは。
コンロの鍋には豆腐と野菜の味噌汁、冷蔵庫には煮物と切りそろえられたたくあん、戸棚の中にはおむすび三つが入っていた。
中身はなんだろうか。おかかなんだろうな、とサスケは思う。
コンロに火をつけ味噌汁を温める。
なにも自分が不得手の家事を兄が難無くこなすことや、忍びとしての能力に差を感じているわけではない。
いや、差はある。それも大いにある。
だが、そういったことではなく、サスケは、イタチがサスケに朝食を作っておいてやろうと思い立ち、作っておいてくれていたことに、ひどく差を感じるのだ。
兄に世話を焼かれることに、有り難いと思う反面、自分はそういう対象で、そういう目で見守られているのだと思い知らされる。
あの身のこなしに隙ひとつない兄は、サスケがどれほどになったら認めてくれるのだろう。
皆目見当がつかない。
イタチが帰ったのは深夜だった。
すでにうちはの集落は寝静まり、家の中も物音一つない。両親も弟も眠っているのだろう。
シャワーで汗を流し、自室に戻る。
明日も早い。早々に寝てしまおうと寝台に足を向け、だがふと服の裾を引っ張られたような感覚を覚えた。
幼い頃のサスケがよくイタチを振り向かせるためにしていた仕草だ。
気になって振り返る。
もちろんサスケはいない。代わりに、机の上に小さな紙片が置かれていた。
ささやかな風に飛ばされないようにとそうしたのか、その半分はイタチの読み差しの書物の下敷きになっている。
本を棚に仕舞い、イタチは紙片を取り上げた。
宛名はない。
差出人の名前もない。
だがサスケの字だとすぐにわかった。
それにイタチの部屋に置かれていたのだから、これはサスケがイタチに宛てて書いたのだろう。
へんに生真面目なところのあるサスケだ。
今朝の礼でも書いて寄越したのか、と初めは思った。
だがただ一言の文面は、そうではなかった。
どこをどうしたら、なにをどう考えたら、こうなったのだろう。
けれどきっとぶっきらぼうで素直でない彼が考えに考えて、ようやく書いたイタチへの思いに違いなかった。
『よかったら、また手紙を下さい』
お題配布元:
ロメア様