第2難
午後八時を過ぎたころ、足の爪を切るフガクの向かいで、ぱり、ぽり、とサスケが雑誌を捲りながら座卓に置かれた煎餅をかじっていた。
夕飯はとうに済んでいる。小腹が減っているのだろう。
だが過ぎた間食は好ましくない。
フガクがそのように注意をしようとしたその折り、ミコトが居間を通りかかった。
「あら、サスケ。そんな格好じゃあ湯冷めをしちゃうわよ」
折角早くに任務が終わったのだからとミコトに急かされ、いつもは遅くなりがちな風呂に入ったサスケは薄手の長袖シャツ一枚だ。
秋も深まってきたこの頃、日が沈むとぐんと冷えるようになった。
確かにそれでは寒かろう。
「これでも着ておきなさい」
ミコトは押入から先日の衣替えのときに出しておいたらしい半纏を取り出し、サスケの肩に掛けた。
珍しくそれを素直に受け入れるあたり、多少なりともサスケも冷えを感じていたのかもしれない。
するとちょうどその時、玄関の引き戸が開く音がした。
イタチが帰ってきたのだろう。
ミコトが出迎えに行き暫く、やはりその通りイタチが居間に顔を出した。
「父さん、ただいま帰りました」
「ああ、ご苦労だった」
「ただいま、サスケ」
「んー…」
ぱり、ぽり。
イタチへの返答もそこそこにサスケは相も変わらず煎餅をかじり、忍具のカタログを熱心に読んでいる。
それがイタチの気に障ったのかどうか、フガクには分からない。
だが、イタチはいつものように自室へ去ろうとはせず、サスケの背後に腰を下ろした。
それから、あろうことかサスケとその肩に掛かった半纏の間に割って入る。
ぎゅう。
十六の弟を後ろから抱きしめる二十一の兄。
サスケが生まれたころから繰り返されてきたそれは、しかしこの歳になっても変わらないのはどうなのだろうかとフガクは思う。
サスケはさすがに眉をしかめた。
「兄さん、冷たい」
いや、つっこむところはそうじゃないだろう、サスケ。
とフガクが内心つっこむ。
だが、そのような父の心情を知ってか知らずか、イタチが更にサスケを抱き込むようにして暖を取ろうとするので、サスケは「仕方ねえな」と嘆息した。
次の頁を捲りながら、台所の母を呼ぶ。
「母さん、兄さんも半纏が欲しいってよ」
「……」
「……」
サスケ、それ絶対に違う。
今や父をも凌ぐ一族切っての実力者イタチの能面のような表情に大いなる不満の気配が漂い始めたことを、この次男はまだ知らない。
ぶちん、と切り損なったフガクの爪が宙を飛んだ。