現代パラレル
リハビリテーション 01
「君には別腹の兄がいる」
と十八年間生きてきてはじめて明かされたとき、もし俺が両親仲睦まじい、そうでなくとも家族として機能している家庭で育っていたならば、大なり小なり衝撃を受けただろうし、両親ともこれまで通りにはいかなかっただろう。二十年以上も前の経緯を知りたいとも思っただろうし、納得する術を探しもしただろう。
だが実際のところ俺はそうはならなかった。
別腹の兄と聞かされたときも、「ふーん」としか感想はなかったし、あの親父ならそれくらいの火遊びをしていただろうとかんたんに納得も出来た。
挙句そんな事実を知らされたのが、両親揃って病死した遺産と借金整理の場だったのだから、これまで通り暮らしたいと望んでも、これまで以上に家族として機能するように努めたくとも、もう出来なくなっていた。
俺の親父は所謂代々続く地方の名士の息子だった。つまり親父自身は名士ではなかった。道楽に金をつぎ込み、家も会社も傾かせ、最後には食い潰して、死んでいった。まさに春と夏を満喫して秋には死んだキリギリス。世の中に蟻がいないとは言わないが、少なくとも俺の親父の周りには親切な蟻はいなかった。
そういう親父であったから、若い頃に使用人に手を出し、なかなか身篭らない俺のおふくろへのあてつけに子を生ませていたって、本当に「ふーん」、その程度。
その程度だからこそ、こうして厚顔無恥も甚だしく、俺は俺が生まれてすぐに家を追われた「別腹の兄」を今まさに訪ねようとしている。
夕暮れ近くの電車はひどく眩しかった。
まだ帰宅時間にはきっと早く、差し込む西日を遮る人もいない。
足許に挟んだスポーツバックはかたん、かたん、と電車が揺れる度に左右に振れている。
放り込んだのは紙幣を何枚かだけ突っ込んだ財布と数日分の着替え、遺産と借金のよく分からない書類と印鑑、それとさっき頂いて来た大学の不合格通知、それくらい。
「別腹の兄」の住所を書き付けたメモはコートのポケットに入れてある。
手を差し込んで指先で触れる。
鞄はなくしてもかまわなかったが、このメモだけはきっともう二度と取り戻せない。だから特別待遇。
マルチェロ。
メモにはそう書かれてあった。