理論的
お前がさ、俺を大切にしたいと云いながらも、俺を傷つけてばかりなのは、
俺を大切にしたいなんて云いながらも、俺のこと嫌いだからだよ。とても理論的だろう?
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選択肢
サガという名が12使徒に列せられた日、その彼は夜遅くに帰って来た。
ふたりでテーブルについて、押し黙る。
まずはカノンが口を開いた、おめでとう、と。その顔を綻ばせ、眼を細める。
サガは応えなかった。彼は、カノンは解っているのだろうか。
今彼の顔に浮かぶ微笑は、彼が最も嫌うサガの微笑と同じであることを。
それから闇が更け、空が白み、夜が明けた。何度も陽が昇り落ちた。繰り返し月が来て去った。
やがてカノンは二言めを口にした。
「お前は、この俺が否定される世界を選択したのだ」
サガはやはり応えなかった。
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13年前の日々
もうどうにでもなってしまえと思いながらも、哀しいことに腹は減る。
腹が減るので飯を食う。
そうして俺は明日も生きていくのだろう。生きる覚悟もないままに。
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寂しがりやの子ども・臆病な大人
手を繋いでも俺たちは指を絡ませない。掌と掌を重ねることを俺たちは手を繋ぐと云う。
だって指まで絡めてしまったら解き難いじゃないか。
いざというとき、すぐに解けるように、離せるように、ひとりで走って先へ進めるように。
俺たちはそれでも手を繋ぐし、繋ぎたいと思うし、
掌をやわらかく重ねることを手を繋ぐと云い続けるだろう。
俺たちは寂しがりやの子どもで、ふたりが怖い臆病な大人なのだ。
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寂しさ2倍
ひとりでいたら、ひとりぶん寂しい。ふたりでいたら、でも半分にはならない。
ふたりでいたら、お前の分も寂しくなるよとサガが寂しそうに微笑むので、
だから俺はぽつりと呟いた。
じゃあふたりでいる意味なんてないじゃないか、と。
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燃えて灰になる
最近退屈していた俺は家に妙にたくさんある神学やら哲学の本を読み解いて、
インチキくさい論文を書くことに時間を費やしていた。
なんていったって時間だけは膨大にある、それこそ気が狂っちまうのではないかと思うくらいに。
本やら紙やらを床に広げに広げて、
ペンでガリガリ論文を書いているとサガがやって来て傍にしゃがんだ。
「最近お前はそればかりをしているな」
ええ、おかげさまで。
「いったい何をしているのだ?」
そう問われたので神について研究していると答えた。
サガはそれは感心なことだと云ったが、
俺が書き散らかした論文に眼を通していく内にみるみる真っ青になっていった。
そりゃあそうだろう。
こんな神さまなんてくそくらえ死んじまえなんてことを
神に仕えしせいんとサマの弟が書いていると知れたら、中世異端審問の再現だ。魔女狩りだ。
お前はなんということを書いているのだと云われたので、書いてはいけないことだったのか?と問うた。
サガは書いてはいけないと云う。
「でも俺はただ思っていることを書いているだけだ」と云えば、「思ってもいけない」と云う。
俺はペンを置いて、そこらへんにあった蝋燭の火を紙に垂らした。めらめらと燃え始める。
「しかしサガよ」
サガの顔が火に灯されているのに、何処か暗い。
「俺はそう思うことすら許されないのか?」
火の粉が舞う。火を消さねば家ごと燃えるなあなんて思う。
ついでに焼死体がニ体も出る。おかしい話だと俺は笑った。
サガの死体とあとの一体は誰だと云うのだろうと見物人たちは首を傾げるに違いない。
「やめろ、カノン」
サガは纏っていた上着を脱いで、火を消し止めた。でも論文は燃えちまった。
「やめろ、やめるんだ、カノン。こんなことは」
やめて欲しいのはこっちだよ、ほんと。俺は灰になった紙を踏みつける。
「怖い?」
すると弾かれたようにサガが顔を上げた。
「お前の心の声がまるで見透かされたように書かれてあって、怖かったのだろう?」
サガがくちびるを噛むのが見て取れた。睫毛が眸に影を作る。
俺は可笑しくて仕方なかったので笑った。ほらみろそれみろ、ざまあみろ。
だが次に開いたサガの眸は、炎を写し取ったかのように赤かった。
思わずぎくりとする。なにかがへんだ。
「疑心を胸に秘めながら神に仕える者が、弟に情を本心から掛けていると誰がどうして云えようか」
カノン、と極上の声で呼ばれる。甘いとろけそうな黒い蜜。
「おいたをしすぎる子は可愛くないな」
サガはそう赤い眸を細めて囁いた。
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沈む想い
サガが闘技場の傍を黄金聖闘士の身の回りの世話をする者とともに歩いているときのことだった。
聖闘士候補の子供が幾人かサガを認め近付いてきたので、
サガはそれに応えようと膝をつこうとしたが、傍にいた者はこう云った。
「いけませんよ、サガさま」
ねえカノンとサガはカノンの髪を手櫛しで梳かしながら続ける。
「あの子たちの姿はお前とよく似ていたのだよ。容姿やそういうのではない。
みな親を亡くした身寄りのない子供たちだったのだよ」
カノンは退屈そうに、部屋の壁を眺める。欠伸が出た。
「そりゃあ俺には親はいないが、ろくでもない兄ならいるぞ」
「そうだな。ろくでもないは余計だが、お前には私がいる。
でも違うのだ、カノン。あの子たちはお前に似ていたのだよ」
サガの手つきは丁寧だった。丁寧にやさしくカノンの髪をきれいにする。
まるでその子供たちとは違うものにしようとするかのように、
サガが触れて良い存在にするかのように、いけません、と云われないように。
「そんなバカな大人なんて無視してガキたちの頭撫でてやれば良かったのに」
カノンはサガの手を振り払った。きれいに髪を梳かしてもカノンはカノン。
「ガキに応えられなかったのも、きたない俺に触れれないのも、誰でもないサガだろう」
そう云うとサガはまたカノンの髪を撫ではじめた。
「ああ、そうだな。私もそう思う。なあカノン、私もそう思ったのだよ」
「うん?」
振り返るカノン。サガは目を伏せ、けれど口許は笑っていた。
「こんな煩い奴、鬱陶しい、と」
カノンは黙る。
「なあカノン」
サガの手が頬へと伸びてくる。指が瞼にも触れて、カノンは促されるままに眸を閉じた。
「この思いはいったい私の何処へと沈んでいくのだろうな」
見てはいけないものがそこにあるから。
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爪噛み
俺はよく爪を噛んでいた。なにかの拍子に噛んでいた。
気がつくと噛んでいて、サガに行儀が悪いと怒られた。
いつだったか爪噛みは欲求不満の証拠とかいう件を見つけてサガに見せたら、
久しぶりにその体にありつけた。
サガとするのはやっぱり気持ち良かったし、
あのサガが俺を舐めまわしているというのもすごく気分が良かった。
噛んで噛みすぎて、爪ががたがたになったことがある。
もう行儀が悪いとかそういう程度では済まされなくなって、
サガは有無を云わさず俺の爪を深くから切ってしまった。
もう噛めないだろうとあいつは云った。爪を剥ぎ取ってしまいたそうな、そんな感じだった。
そういう奴なのだ、サガという奴は。爪を剥ぎ取れば噛めなくなる、としか思いつかない奴。
どうすれば俺が爪を噛まなくなるか、そんなことを考えることすらもう思いついてはくれない。
そんなわけで俺の爪噛みは酷くなる。最近は爪がないので指を噛む。
次はきっと指を切り落とすんじゃないかと、俺はそんな皮肉な期待をサガに寄せている。
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限りあるカノンを大切に
どうして何も云わないのとサガが云う。だってね、だって、
「いくら叫んでも俺の声はお前には届かない。喉がカラカラになって枯れるだけ」
俺は延命しているのだ。あまりの乾きに喉を掻き毟って死なないように。
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限りあるサガを大切に
人差し指はくちびるに。カノンは私の肩に顔を埋めてシーっと囁いた。
「要らないこと、云わなくていい。お前の云いたいことなんて、云われなくても解ってる。
だからお前といる一分一秒この瞬間を大切にさせて」
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