なけなしのあなた
あなたのなけなしのやさしさがすきでした。あなたのなけなしのあいじょうがすきでした。
あなたのなけなしのじひがすきでした。あなたのなけなしのどうじょうがすきでした。
あなたのなけなしの、ちっぽけな、つよさをたいせつにおもいました。
あなたのなけなしの、ちっぽけな、きれいさをまもりたいとおもいました。
あなたのちいさなちいさなひびわれもいとしくおもいました。
あなたのなけなしのなみだをきれいだとおもいました。
あなたのなけなしのぼくへのあわれみをしあわせにおもいました。
ぼくのなけなしのあなた。あなたをあいしていました。
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酷い人
「好きだよ、サガ」
その俺とは違う黒い髪も、赤い眼も。
「好きだよ、サガ」
だから、ほら、愛していると囁いて。
「好きだよ、サガ」
俺だけを愛して、なんて欲張りはしないから。
「好きだよ、サガ」
俺を愛していると、抱いてくれ。
「お前ほど残酷な者はいない、カノン」
早く云って、早く云って、早く云えよ。
「お前が囁いて欲しいのは私ではなかろうに」
好きだよ、サガ。
「その言葉は私の胸を通り過ぎてゆくばかり」
好きだよ、サガ、サガ、サガ。
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刑務官と逃避行
すべての煩わしいことから逃げ出して、遠くへ行きたかった。
それはとても卑怯なことなので逃亡と銘打って、自由に遠くへ行ってみたかった。
それでもあなたが行くなとこの手を取るので、あなたのためなら牢獄にでも入ろうと思った。
遠くへ行きたい気持ちとあなたを比べて計ったなら、あなたよりも実は異国が重いのだけれど、
この牢屋から脱獄出来ても、あなたを置いては行けません。
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ウィー・ワー・ボーン!
もしもあなたがもう一度を望むなら、もしもあなたがわたしともう一度を願ってくれるなら、
わたしはあなたともう一度哀しみも痛みも何もかもを受け入れ、与え、分かち合い、
あなたともう一度でいいから、生きてみたいと手を伸ばす。
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深海の傘
あなたがその首を絞めて零れた涙が、灰色の雲を割って降り注ぐから、
僕は深海で傘を差し、あなたの涙を弾いては、見て見ぬ振りを続けてる。
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無意味綴り
ふたりで実験をしました。無意味綴りの表を渡されました。
そこには愛していると羅列されていました。
これは何と問うたなら、あなたは無意味綴りだよと答えるのです。
そしてだって無意味だろうと云うのです。
本当に無意味ですね。
何度綴られたとしても、それはわたしたちには無意味でしかないのです。
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大神殿
美しき戦いの女神よ。
貴女に恵みあれ、栄えあれ、世界に平和があるように。
地上に安らぎがあるように、人々に幸があるように。
私はいつ如何なる時にも祈りを捧げましょう、貴女のため、貴女の愛する地上のため。
されど貴女がもしも慈悲深いのであるならば、憐れみ深いのであるならば、
今ひとときはこの愚かなサガの独り言を聴きたまえ。
あの者は貴女へと祈らぬ愚か者です。貴女は祈りを聞き届けないと云う愚か者です。
しかし私があの者の分まで祈ります。私の分までをあの者に与えても何ら悔いはありません。
あの者が、あのカノンが、祈りを忘れてしまったのは私のせい。
私が光を奪った。私が影へと追いやった。あの子を愚かと云うなら、私も愚かなのです。
生まれ落ちて以来、あの子は罪を重ねた。貴女の怒りは尤も。
しかし生まれ落ちたことまでは罪ではない。あの子の重ねた罪は、私の罪なのです。
私の祈りをあの子に。あの子の罪を私に。どうかカノンに貴女の慈悲をお与え下さい。
あの子のために祈ることさえも罪というなら、私はもう祈りの言葉が見当たりません。
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高級マツタケ
神に愛された使徒は13人。その内、神は12人を愛でられ、1人をユダとした。
13人目はユダ。あなたが導いておきながら、13人目をユダと仰るのですか。
「星の宿命に導かれたのだ、カノン」
私は何度云い聞かせただろう。
「それはとても誉れ高きことなのだ、カノン」
私は何度カノンを痛めつけただろう。
選んでおきながら、導いておきながら、あなたは彼を愛さない。
それでも等しい力を持つ13人の使徒。13人目を切り捨てるには惜しい。
だからあなたは烙印を押しながらも、楽園を追い出すことはしなかった。
「飼い殺しだ」とカノンは吐き捨てる。私はたしなめる。私は12人の使徒故に。
13人目も栄誉、神に抱かれた者。ただ愛されなかっただけ。
私は嘘を吐き続ける。栄誉なのだ。誉れなのだ。嘘の螺旋。
あの者に、我が弟カノンに、13人目のユダに、神よ、楽園を去るお許しを。
珠玉だからと云ってこのままあの者を朽ち果てさせる権利があなたにあるというのですか。
あの者は己の力で楽園を見つけることの出来る者です。
愛さなくば切り捨てよ!
寂しくはありません。あの者の哀しみこそが私をより一層寂しくさせるのですから。
私はあの者を、カノンを、愛しているからこそ切り捨てて欲しいのです。
あなたは何ひとつあの者に幸を与えてはくれなかった。
これがあなたと私に出来る只唯一の愛なのです。
愛さなくば切り捨てよ!
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宝物
無人島には神さまの宝箱が眠っている。
みんな知っているけど神さまの宝物だから誰も宝箱を開けはしない。
「カノン、宝箱を見に行こう」
サガが云い出した。
「宝は見れないけれど」
宝は見れないけれど、宝箱を見に行くらしい。見るだけは許される。残酷な神さま。
逢う人、逢う人にサガは云う、「カノンが宝箱を見たいというので無人島へ行って来る」
俺は多少なりとは興味はあったがサガほど宝箱を見たいわけじゃない。
それでもサガは呪文の如く繰り返す、「カノンが宝箱を見たいというので無人島へ行って来る」
本当に見たいのはお前のくせに。
無人島の奥の奥、祭壇に置かれた宝箱。
「ほら、宝箱だ」
サガは来るべきではなかったと今更気付いた。無人島なんかに来なければ良かった。
神さまの宝箱。神は何を宝と云うのだろう。
ほらほら、お前は開けたくなった。宝箱を見たいのはお前。宝物を見たいのもお前。
俺はどっちでも良かったのだ。まだ迷ってるのか?ならば一押ししてやろう。
「兄さん、開けてみろよ」
神さまの宝物をふたりで盗もう。
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指輪
俺の指にはサガと揃いの呪いの指輪がはまっている。
何処か歪んだ兄の仕業かと思いきや、兄の仕業ではないという。
誰の仕業か、神の悪戯かもしれない。暇つぶしにでも使われたのだろう。
呪いの指輪というからには、外そうと思っても外れない代物で、
けれど造りもそれなりに良い物だったので、その日までは無理に外そうとは思わなかった。
しかしその日、唐突に指輪が嫌になった。捨てようと思った。
丁度サガも嫌になったらしいので、こんな時にだけタイミングのいいことだと思った。
けれどさすがは神の仕業。呪いの指輪は外れない。
どうしようかとサガに問うとサガは指を切り捨ててしまえとそう云った。
それがどうしようもなく正しく聞こえた。そうだ、指を切り捨ててしまえば良いのだ。
俺は指を切り捨てた。呪いの指輪は転がった俺の指にまだはまっている。
俺の体から指輪が外れたらなんとサガの指輪はするりと外れた。
そうしてサガは云ったのだ。「痛かったか?」なんて。
自身が指を切り捨てたが如く、苦痛に満ちた顔を作って、痛くないくせに。
俺が指を切り捨てたが如く、サガもあっさりと俺を切り捨てたのだ。痛くないくせに。
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