恨みながら憎みながら呪いながら生きて忘れることはない
「誰かを恨みながら憎みながら呪いながら生きることは、
誰かを許しながら諦めながら笑いながら生きるよりも辛い。
怒りに身を任せながら、迸る怨嗟に心を委ねながら生きて、
本当に幸せになれるはずがない、心から笑える日が訪れるはずもない。
そのようなことが分からぬ俺ではなかったのだよ」
カノンは花を墓石に手向ける
「それでもサガよ。
恨みながら憎みながら呪いながら、怒りに身を任せ、怨嗟に心委ねながら、
辛くとも、幸せではなくとも、心から笑える日が訪れなくとも、
お前を忘れて生きることだけは出来なかった。俺には出来なかったのだ」
墓石には女神の子として葬られた人の名が刻まれている。
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眠れぬ夜
夜に目覚めると必ずカノンがこちらを覗き込むようにして起きていたので、
私はその寂しげな目許や頬を撫でてやりながら、その度に「眠れないのか」と問うていた。
カノンは私のそのような手を取って、その手は彼がずっと眠らなかったせいだろうとても冷たく、
「ああ」とも「いいや」とも云わず、ただただ私が眠気に誘われ再び寝入るのを待っていた。
だがカノンは眠れなかったわけではない。
私が夜に目覚めると必ず起きていたわけでもない。
私が夜に必ず目覚めるからカノンは起きていたのだ。
そのことに気付いたのは夜に目覚めて独り、
私を眺めていたあの寂しげな眸を失くしてしまってからのことだった。
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狂依存
その日はサガが不在だったため夕飯がなく、
夕飯がないのなら別に食べなくてもいいかと夕飯を取らずにいたら、
翌日やって来たサガが何かを食べた様子もない俺を見て、
カノンどうして夕飯を食べぬのだと少々呆れられてしまったため、
夕飯がなかったから夕飯を食べなかったと答えたら、お前は仕方のない奴だなと昼食を作ってくれた。
こうして俺は食事を作らなくなり、こうしてサガは食事を俺に与えるという役割を俺から与えられ、
そうして俺は今以上にサガに依存し、最後には俺に依存されることにサガが依存していくのだ。
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似て非なるものの寂しさは
お前が朝を望むように、俺は夜が永遠にあることを願っている。
お前が明日を願っているように、俺は今日この時の停止を望む。
朝と夜。明日と今日。
望みと願い。願いと望み。
俺たちはこんなにも似た言葉を使う。だが俺たちはこんなにも異なる。
異なりの中のそっくりは人を惹き合わせるというのに、似た中の「それは違う」は俺たちを引き裂く。
これを寂しさと言わずして何と云う。
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それが欲しい
カノンの行いは確かに許されるものではなかったが、
だがその行いが、またそれを行うカノンが憎かったのではない。
悪を行うは自らが欲した故にと云うことの出来る、その潔さこそが憎かった。
許せないのはこの私。
全ては心のうちに棲む悪魔のせいだと善を欲する心ばかりを主張するこの私自身なのだ。
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目覚めるは今
「サガよ。
お前は何か思い違いをしているのではないだろうか。
なあサガよ。
赤ん坊ひとりが生まれてきたところで、この世界の、俺たちの、いったい何が変わるというのか。
赤ん坊が一日に、この一分一秒に、どのくらい生まれているかをお前は知っているか?
そして命を失っていく者の数は?
お前は赤ん坊に何かしらの変化変革の期待を寄せているようだが、
人の姿で現出した時点で、それは、つまり神は非力なのだ。
この世界の、俺たちの変化変革を求めるならば、
嗚呼サガよ、
お前自身が今こそ目覚めねばならない!」
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冤罪
「冤罪だ!冤罪だ!
わざとではない!わざとこんなことをするわけがない!こんなつもりではなかったのだ!」
膝から崩れ頭を抱えるその下に転がるは、姿さえも分け合った人。
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俺は死んだと云ってくれ
陸へ上がるという魚に俺はこう云った。
「もしもサガに会うことがあったなら、俺は死んだと云ってくれ。
魚の餌になったとでも云ってくれ。海の竜に喰われたと、そんな風に云ってくれ」
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兄弟の永続性
我らは、永遠に同じ姿を持ち、永遠に同じ声で語り合い、永遠に兄弟なのである。
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孤独の欠片が埋まる0.3秒の世界
「ただしさなど人がふたつ在れば、ふたつ在り、みっつ在れば、みっつ在るものだ。異なるものだ。
そういうものだ。
そうして人は自らの領域を知り、己と他を分かつ線の存在を知り、完全には逃れられない孤独を知るのだ。
だが我らはどうだ。
同じ姿形を持ち、同じ声で話し、同じように振舞う。
その分だけ我らはきっと孤独からは遠い。それは幸福なことだ。
だが、だからこそ我らは異なるただしさを見つけるとき、途方もない孤独を感じるのだろう」
そう呟いてサガが眸を伏せる。
カノンはそれより僅かに遅れて眸を同じように伏せる。
その僅かな誤差にさえ孤独の欠片が埋まっている。
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