ホワイトデイ・ドロップ
サガの書斎机の上にドロップの缶を見つけた。サガはいない。
折角偽造サインをしてやった書類を持ってきたのにどういうことだと思いながら、
なんとなくその缶を手に取れば、思ったよりも軽かった。コロンコロンと音がする。
そこに人の気配。背後の扉が開き、振り返った先にはサガ。
「どうしたのだ、カノン」
サガはお茶を入れてきたらしい、手にはカップを持っている。俺はひらひらと数枚の偽造書類を振った。
「これ、書き終わったから持って来たのだ」
「ああ、それか。ご苦労だったな」
云ってサガは俺の横通り、席に着く。そうしてドロップ缶を持つ俺を見上げて、
「ご褒美だ、とっておけ」
「べつに要らぬ」
ドロップなんてもらっても嬉しくない。だがサガはにっこり。
「取っておけ。ホワイトデーのお返しだ」
「もう10日くらい経っているぞ。て云うかご褒美とホワイトデーのお返しを一緒くたにしたな、お前」
「何も返してくれないお前よりはましだ」
「お前だって今日の今日まで返すつもりなかっただろうに」
俺は苦笑。仕方なくドロップ缶を振ってみる。そうして掌に転がったのは、
「薄荷…」
思わずそう呟いた俺をサガが可笑しそうに笑った。
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骨折カノン1
聖戦後、ともに暮らし始めた俺たちには一つ大きな問題があった。
それはどうもコミュニケーションがうまくとれないということだ。
今日もまたコミュニケーション不全症候群発症。
「サガ、腹が減った」
俺はカウチで適当に仕事を片付けているサガに背後から声を掛けた。
だが返ってきた言葉は、「そうか」だけ。俺は根気よく続けた。
「飯」
「私は忙しいのだ。自分で作れ」
書類をめんどくさげに、やる気なさげに眺めるくらいなら、その片手間に飯くらい作れるだろう。
「作れない」
俺は更に根気良く続けた。サガが鼻で笑う。
「では食うな」
「俺は腹が減ったのだ」
「では自分で作れと云っているだろう」
「作れないと云っているだろう」
そこで漸くサガが苛々とした様子で振り返る。
「いったいお前はいくつになったと思っているのだ」
28だろう、双子なのだから。
「いつまでも子供みたいに我が儘を云うな」と、サガはそこで止まった。俺の腕を見て、眉根を寄せる。
「…その腕はどうしたのだ」
俺の右腕は白い包帯で吊られていた。
「骨折した」
云うと、サガはいきなり立ち上がり、つかつかと寄ってきた。
「骨折しただと!?」
「うむ。二・三日前に」
「何故云わなかった」
「云うべきだったのか?お前が気にしていなかったから、俺も気にしなくて良いのかと思っていた」
「気にする…とは…お前…。いや、気付かなかった私が悪いな」
「いや、お前は仕事があったし。俺はあまり家に帰っていなかったし」
気まずい空気が漂う。サガはそれを払うようにして云った。
「この三日間、お前、飯はどうしていたのだ」
「…外で食べていた。今日も外で食うつもりだったのだが」
もごもご。
サガは一拍置いて、俺をじっと見つめた。
「今日からは家で食べろ。私が作ってやるから。それから何か不自由があったら必ず云うのだぞ」
なんだかものすごく気恥ずかしかったが、俺は「うん」と頷いた。
そしてサガが昔はあまり見せたことがなかったやわらかい微笑を浮かべたので、
俺は更に縮こまってしまった。
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2006双子誕寸前
「もうすぐお前の誕生日だが、何か欲しいものはあるか、カノン」
「お前の誕生日でもあるだろう…。欲しいものか。サガは何かあるのか?」
「地上」
「じゃ俺は地上と海界と天界でいい」
「では差し引き海界と天界で良いな?」
「うむ。良いぞ」
「……」
「……」
「カノン」
「なんだ」
「こういう場合はつっこめ。会話がどうしようもなくなってしまったではないか!」
「お前こそ途中でつっこめばいいだろう。どうしていつも俺のせいなのだ!」
「で、何か欲しいものはあるのか」
「いや、別に。お前は?」
「別に」
「じゃ差し引きゼロでいいのではないか」
「ゼロ同士なら差し引く必要はないぞ、カノン」
「そこはつっこまなくても良いのだ」
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でこちゅう
「サガ、サガ」
「なんだ、カノン」
「跪け」
「……」
「ぶはぁっ!ってどうして殴るのだ!」
「兄に対しての態度がなっとらんからだ」
「じゃあ…しゃがんでください。おねがいします」
「宜しい」
しゃがむサガに不意打ちでこちゅー。
「……」
「……」
「これがしたかったのか、カノン?」
「うむ、これがしたかったのだ、サガ」
「ふぅん」
「サイズ一緒だと不便なときもあるな」
「そうだな。ところでカノン」
「なんだ」
「しゃがめ」
「うむ」
しゃがんだカノンにくちびるちゅー。
「……」
「……」
「…でこちゅーだと思って油断していた」
カノンはちょっぴり顔を赤らめた。
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この泥をそのきれいな衣で
「おい、カノン」
サガはこちらに歩み寄ってくるカノンの顔に泥が付いていることに気付いて苦笑した。
「泥が付いているぞ」
云うと、カノンはそこで初めて気が付いたのか、「そうか?」と手の甲を頬にあてる。
だが泥が付いた頬はその反対。
「ああ、右頬にまで泥をつけてどうするのだ」
サガはまたひとつ苦笑して、カノンの頬に手を伸ばし、自らの袖でその泥を拭ってやった。
ごしごしと擦られて、少し睫を震わせるカノン。
「なにをしていたのだ?」
サガはもう一方の頬にも手を伸ばす。カノンは笑った。
「雑兵見習いの子供たちに手解きを、な」
ごしごし。サガはカノンの頬をその袖で擦る。祭礼用の服だった。
「嘘吐け。途中からただの泥遊びになっていたではないか」
「…見ていたのなら訊くな。根性悪いな、お前」
「嘘を吐くお前も同じだろう。…よし、きれいになった」
代わりにサガの袖が汚れている。
カノンはそれに一度目を落としてから、それからサガを一瞬見つめて、不意に微笑んだ。
「お前は少し変わったな」
「そうか?」
並んで聖域の回廊を歩く。
「ああ、変わった」
だが何処が変わったかは教えないとカノンは云った。サガは「ずるいな」と笑う。
カノンは回廊に入る日差しに目を向けた。
「良いではないか。13年間も俺はお前だけの俺だった。俺だけのサガがあっても良いだろう?」
「年数に不公平がある気はするが、まあ良かろう」
「…お前、何様?」
「おにーさまだ。なんなら次期教皇様と呼んでくれても良いぞ」
「あはは。シオン教皇は俺たちが生きている間はくたばらんだろうよ」
「違いない」
サガが口許で笑んだので、カノンも笑む。そうして口には出さずこう問うのだ。
なあサガよ、お前は知っているだろうか、覚えているだろうか。
俺たちがまだ子供だったころ、お前は「泥がついているぞ」と俺に云ってくれたものの、
決してその袖で泥を拭ってくれることはなかった。
でも、そんなことは知らなくてもいい、覚えていなくても、思いださずとも、それでいい。
あのサガは俺だけが大切にしまっておこう、そんなことをカノンは思った。
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骨折カノン2
数日前俺は誤って怪我をした。腕を骨折してしまったのだ。二日前サガはそのことに気付いた。
どうして骨折したことを云わなかったと詰め寄られたが、いったい俺が何故怒られたのかはわからない。
その後サガが「私が悪かった」とも云っていたが、
サガが骨折の原因ではないのに何故謝ったのかもよくわからない。
ともかく片腕が使えないということはとても不便である。満足に自炊も出来ない。
故に俺は骨折してからは外食をしていたのだが、それもサガの不興を買ったようで、
今はこうしてサガの作った飯を大人しく家で食っている。
サガは必ず俺が先に飯を一口食うのを待ってから、「美味いか?」と問うて、
それから漸く自分も飯を食い始める。
俺がまずいと云ったら食わないつもりなのだろうか。しかしサガの飯がまずかった試しはない。
別に一流の料理人でさえも舌を巻くというものではないが、
一般に家庭で作られる料理としてはこんなものだろうと思う。
今日も「美味いか?」と問われたので、俺は美味いという意で頷く。
するとやはりサガはそこで漸く自らも飯を食い始める。
サガの作る料理はサガの癖が出ていて、少し昔を思い出す。しかし「あ、そうか」と気付いた。
俺が不意に食事を取る手を止めたからだろう、サガは問うてきた。
「どうしたカノン?なにかへんなものでも入っていたのか?」
「いや、別にへんなものは入ってはいない。ただ」
「ただ?」
「俺の味付けとサガの味付けは似ているものなのだなと思っただけだ」
「そうか?」
「たぶん」
俺はどのように似ているのかを説明しようとは思ったが、うまく言葉が思いつかない。
焼き方や煮込み方、塩加減とかが同じなのだろうとは思うが、
出てくる言葉は「ほら、これの味が似ていて、同じくらいに甘辛くて」、その程度。
サガはうんうんと頷くばかりなので、
きっと俺の説明が要領を得ないのだろうと俺はお喋りをやめて飯を食い始めた。
サガは俺が飯を食い始めるとどうしてか一瞬不思議な顔をした。
俺はサガがそのような顔をした理由がよくわからなかったので、
もうコップに水が少ないことをいいことに水差しに手を伸ばした。
だが水差しはすんでの所でサガに取られる。
「あ…」
俺は思わずサガを見た。サガも俺を見ていた。俺は気を取り直して、水差しを譲る仕草を見せる。
「あとでいい」
「そうか?しかしもう水がないのではないか?」
ないから、水を入れようと思ったのだ。俺は根気良く詳しく説明した。
「だから、サガが水を入れた後に、水差しを貸してくれ」
「…それでは溢れてしまわないか?」
ますます意味がわからない。サガもきっと意味がわからないのだろう。
元々それほど気の長い奴ではないサガは、会話を打ち切って水差しを傾けた。俺のコップに。
「……」
俺はなみなみと注がれた水を凝視する。サガは水差しを置く。
そこで漸く俺が骨折しているので、サガが気を利かして水を入れてくれたのだなと思った。
水くらい自分で入れれるのに。俺は黙々と飯を食い終えた。
それから空になった食器を運ぼうとすれば、「置いておけ。私がする」
仕事で書類でも書こうと思えば、「代筆をしよう」
着替えでさえも、「腕を動かすな、私がしてやるから」などと言い出す始末。
俺にはすることがなくなってしまった。日がな一日ぼけっとカウチで座っているだけ。
横ではサガが今まで適当にしていた仕事をせっせと行い、
朝昼夕方欠かさず食事を作ってくれ、家事の一切を忙しそうにこなしていく。
そんな生活になんとなく嫌気が差して、俺はある日ふらりと夕食前に家を出てしまった。
***
サガは冷めた夕食二人分を前に座っていた。
俺が夜遅くに帰ると、立ち上がってあの日のように詰め寄ってくる。怒られる、と身構えた。
「カノン、お前、何処に行っていた」
問われたので、答える。
「…外で飯を食っていた」
サガは眉根を寄せた。
「今日も私が作ると云っただろう?」
「…うむ」
「なのにお前は外に食べに行ったのか?」
「……」
俺は頷くことも出来なかった。昔を思い出す。
昔も俺がサガとの約束を破るとサガはいつもこうして俺に詰め寄り、
「心配したのだぞ」などと云いながら、その実約束を破られたことを怒っていたのだ。
ほら、また絶対にこいつは云うぞ。「心配していたのだぞ」と怒った顔で云うに決まっている。
しかし、サガはそうは云わなかった。
「私は怒っているのだぞ」と云った。気遣わしげな目で云った。俺は思わず謝った。
「すまん…」
サガは溜息。
そして気を取り直したようにどうして外で飯を食ってきたのかを尋ねるので、俺は困り果ててしまった。
でも今なら本当のことを少し云ってもいいと思った。
サガが怒って当然のことを俺はしてしまったのだし、
なによりサガの目は昔と違って俺のくちびるをちゃんと見てくれていたから、云ってもいいと思った。
「あのな、俺は片腕は使えぬが、もう片方の手は自由に使えるのだ」
だから水くらい自分で入れられる。字だって書けるし、服も着替えられる。
「…家事もお前の邪魔にならない程度にしたい」
いつの間にか俺はサガではなく床を見ていた。
でもサガが俺のくちびるを変わらず見ていてくれたことは分かった。
俺の言葉をきちんと聴こうとしてくれているのだ。
だから俺もサガが聴き易いように顔を上げねばと思った。
「俺が困っていることだけ、ほんのちょっと、助けて欲しいのだ」
俺はもしかしたらものすごい我が儘を云っているのかもしれない。
サガの俺を見る目がまた昔に戻ってしまうのではないかと思って、食い入るように見つめる。
だがサガの目はより一層すまなさそうな色になった。
「…すまなかったな、カノン」
俺はどうしてサガが謝るのかがわからない。
「どうやら出過ぎた真似をしてしまったようだ」
云われて慌てる。
「いや、そんなことはない、ぞ?あの、こんなことを云ってすまない…」
するとサガは苦笑する。
「どうしてお前が謝るのだ?」
「…俺も訊きたい、どうしてサガが謝るのだ?」
べつにどっちが悪いわけでもないのにな。
俺たちは顔を見合わせて、少し声を立てて笑ってしまった。
それからごく自然にサガは俺にキスをした。俺は全く嫌ではなかった。
きっとキスをしたほうが、俺の気持ちはサガによく伝わる、そんな気がしたのだ。
サガのキスは俺の気持ちをきちんと聴いてくれるキスだった。
俺のキスはきちんとサガに気持ちを伝えようとしているキスだろうか?
心配になって薄目を開けてサガの顔を盗み見する。
それに気付いたサガも少しだけ眸をもたげて、その目だけで俺に安堵感を与えてくれた。
俺もやはり目だけで「うんうん」と頷いて、もう一度眸を閉じる。
お前とのキスは何年経っても心地良い。
空っぽになってしまった心の何処か、もしくは魂の何処かが、満たされていくような、
そんな安らぎがあるのだ。
サガが俺の腕を気遣ってそろそろ離そうとしたくちびるを、
俺はもう少しだけとくちびるで訴えて離さなかった。
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骨折カノン3
「…あ」
俺は自ら強請って請うたはずのキスを唐突に突き放した。
サガが驚いたような顔をする。俺は慌てて目を逸らせた。
「これ以上は…」
だがサガはとっくに気付いていたのだろう、俺の腰の疼きに。なんてバツが悪い。
「…すまない」
まさかキスだけでこうも反応してしまうとは、余程欲求不満だったのか、俺。
俺はこうして立ち尽くしているのも間抜けなので、
サガを押しのけてトイレに行こうとしたが、その手をサガの手が取った。
まずい。サガの生来の性格の悪さがその目に滲み出している。
「私がしてやろうか?」
「ななな何を云っているのだ、お前は!」
俺はサガの手を振り解こうとしたが、振りほどけなかった。この馬鹿力め。
「困っているのだろう」なんて云ってくる。「助けてやろう」とも云ってくる。
俺は思わず「片手で出来る!」と云ってしまったが、怒る箇所を明らかに間違えた。
そうしている間にもサガのもう片方の手は俺の胸を押し、カウチへと倒そうとしてくるわ、
俺があれよあれよと云う間にカウチへ沈められるとその指が早速服に掛かるわ、
首筋にサガの接吻けが幾つも降ってくるわで、
「あ…ちょ…っ、待て…サガ…」
俺は、しかし抵抗を失った手で顔を隠しながら、
サガの与えてくれる小さな快楽のひとつひとつに反応した。
サガは俺のシャツのボタンを全て解き、下腹部へと鼻先を付ける。
そのまま下へ下へと舌で舐めながら、
「最後まではせぬ。安心しろ」
俺のものをぺろりと突付いた。
「あ…っ」
骨折の箇所さえ熱に疼く。
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アキバに行こう
「サガ、サガ」
「なんだ、この忙しいのに」
「じゃがいもの皮を剥いているだけだろう」
「ではなにか?お前はじゃがいもの芽ごと食うとでも云うのか?」
「いやもういい、じゃがいもの皮を剥きながらでもかまわん。 なあサガ、わん!と云ってもらえないだろうか」
「そうか、じゃがいもの芽を食うか」
「食わぬ。なあ一度でいいから云ってみてくれ」
「…わん」
「…うーむ…次はにゃあで宜しく」
「にゃあ」
「…うーむ…ダメだ、じゃがいもの皮を剥きながら無感動ににゃあと云われてもダメだ、ダメすぎる」
「いったい何の話だ」
「うむ、今度日本に観光旅行に行くことになったのだ。
今流行のアキバというところへ連れて行ってくれるらしいぞ。そのための予習だ」
「予習?」
「萌えとは何か、についてだ。萌えという単語を理解せねば、アキバを楽しむことはできんと云われた。
故にこうして萌えとは何かを探っているのだが、よくわからんな」
「私がにゃあと云えば萌えというやつなのか?」
「さあ…しかしガイドブックに載ってる猫娘はにゃあと云っているし…」
「カノン」
「なんだ?」
「にゃあと云ってごらん」
「にゃあ」
「…ダメだな、真顔で云われても困る、ただのアホにしか見えぬ」
「お前な!」
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ぶくぶく
ばしゃんっという水音がやけに耳に大きく響いたと思った数秒後、浴室の扉が勢い良く開かれた。
温まっていた空気がそちらへと逃げていく。
扉を開けたサガは夕飯の片付けの途中だったのか、腕捲りをしていた。
「おい、何事だ」
サガが浴槽に口までぶくぶくと浸かっていた俺に尋ねる。
正確には肩まで浸かっていたのだ、ほんの十数秒前までは。
「寝惚けた」
どうやら寝惚けて浴槽に預けていた背中から腰に掛けてまでが滑ったらしい。
サガは溜息を吐いた。
「驚かせるな」
「驚いたのは俺も同じだ」
そのままもう一度ぶくぶくと口まで沈む。サガはそこでもう一度溜息。
「ほら、寝るな、カノン。眠いのならもう上がれ」
「ぶくぶく」
それはささやかな拒否の意。するとサガは僅かに目を細めて、
「次は助けに来てやらんぞ」
やれやれと扉を閉めて立ち去った。そして暫くしてから聴こえてくる洗い物をする水の音。
なんだ、助けに来たのか。そう思う一方で、なにもあんな間抜けなところを見に来なくとも。
そんなことを思って、ぶくぶく、俺はもう一度沈む。
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ありがとう
頬に指先が触れる。
何かを探るようにそれは僅かに動き、
「疲れているのだろうか」と問うような決め付けるような少し戸惑ったような気配。
私はあまり意地悪をしていても可哀想だと思ったので眠りから覚めたような振りをする。
私が体を横たえたカウチの傍にはカノン。急いで引っ込めた手を僅かに強く握っている。
「このようなところで寝るな」とカノンは怒った。
私は仰向けの腹の上で組んでいた手を解き、もう一度組む。
「ああ、すまない。うたた寝をしていたようだ」
「…お前がそこを占領していては俺がそこに座れないのだ」
「それもそうだな。起きよう」
私はまだ気怠い体を起こそうとする。だがカノンはそれを止めた。
「眠いのか?」
「眠いことは眠いが、そろそろ仕事に戻らねば明日する仕事が増える」
「…では明日頑張ればいいと思う」
励ましなのか今日はさぼれという悪い誘いなのか、ぽつりと呟いたカノンに私は笑った。
私が笑ったことが気に入らなかったのかカノンはやや幼い顔になって拗ねたが、
私は立ち上がり彼の肩をぽんと叩いた。
「ありがとう」
ますますカノンの顔が幼くなった。
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