Gemini Log




黄金聖闘士の使命についてのある行動


 夜の歓楽街をふたりで歩いていると、裏道をふと見やったカノンが呟いた。

 「酔っ払いが喧嘩してる」

 なるほど裏道では酔っ払い数人が乱闘中。殴り合い蹴り合い、罵声怒声呻き声。

 サガも同じく見やって、「止めるか?」と云った。あれでは怪我人が出ると云う。

 「放っておけよ。めんどい。怪我も自業自得」

 「正義の聖闘士がそれでいいのか」

 「善い聖闘士もいれば、悪い聖闘士もいる。俺、どっちかというと悪い方ね」

 「いやいやカノン、私の方が悪い聖闘士だ」

 サガはにっこり。カノンの背を裏道へと押す。

 「というわけでまだましなお前が止めて来い」

 このペテン師め、とカノンは文句をぶつくさ。

 そろそろ本当になんだか刃物まで取り出しそうな酔っ払いたちが騒ぐ裏道へと入って行って、数分後、

 「停戦調停完了」

 裏道から「あーめんどくさかった」とカノンが出てきた。裏道はすっかり静か。

 また二人連れ立って歩きながら、サガが尋ねる。

 「お前が訴えられるようなことはしてないだろうな?」

 嗾けたとかで私まで捕まるのは御免だぞ、と云う。

 「大丈夫大丈夫。

 全員一発昏倒、あの辺りに一人ずつ引き離して置いてきたし、記憶も適当に弄っておいたから」

 「うむ。それなら良い」

 頷くサガの腕にカノンの手がするり。

 「というわけで、おにいさま。善い行いをした弟に一杯のご褒美なんてどうだ?」

 サガは苦笑微笑、仕方ない奴だな、と行き先は変更。

 「二軒目に行くか」

 「あーまたその辺に喧嘩してる酔っ払いとかいないもんかね」

 ふたりは夜の歓楽街へターン・リターン。




カノン観察日記2


 ある日カノンがせっせと水槽に土を詰め込み、部屋の中に持ち込んできたのでそれは何かと問うたら、

 「ペガサスから理科の宿題の手伝いを頼まれたのだ。次は蟻の観察らしい」とカノンが云ったので、

 私はとりあえずカノンを水槽ごと蹴り出した。

 「なにをするのだっ」

 「何をするのだ、ではない!家の中に蟻を入れるつもりか!?そんなもん外でやれ、外で」

 「だって…可哀想じゃないか」

 いや、カノン、それはずれている。

 ともかく交渉の末(玄関に置くというカノンを殴って蹴りまくったら、庭の片隅に水槽を置くことに決まった)

 蟻の水槽は我が家の一員となり、カノンはせっせと庭の蟻を集め始めた、アホだ。

 その様子を久しぶりに取り出したカノン観察日記につけながら、

 「しかしペガサスは中学生だろう。中学生で蟻の観察というのはどうなのだ…」

 「ペガサスがアホなのか、中学校の指導要領がおかしいのか、そのどちらかだろう」

 とカノンは蟻を愛しそうに水槽に放り込んでゆく

 大きくなれよ、と云うカノンこそちょっと育て方を間違えたと思った。

 ***

 今日もカノンは庭の隅っこで蟻の水槽をじっと眺めている。その背中はかなり哀愁が漂っている。

 蟻はせっせと自分たちの住処を建造中らしく、カノンは観察記録に水槽を描き、土色に塗りつぶしていた。

 「うむ、完璧」

 それくらい完璧に描かねばやばいだろうと私はカノンの後姿を模写しながら思った。

 ***

 蟻の住処は着々と作られているらしく、カノンは水槽から見える巣穴を興味深そうに眺めながら、

 その複雑な巣穴を一生懸命に観察記録につけていた。

 けれどまださほど巣穴は広くはないらしく、五分後にカノン観察記を書いていた私の元に寄って来て、

 「迷路、迷路」と笑って差し出した。

 当たり前だが行き止まりばかりで「ゴールがない」と云ったら、

 「ふ、俺たちの人生のようだな」と云い出した。

 お前はどちらかと言うとキリギリスだろうと思った。

 ***

 かなり複雑になってきたらしい蟻の巣穴を今日も必死に描くカノンを描くのが面倒くさくなって、

 私はスケッチをするカノンの後姿を一枚描き、それを大量にコピーすることにした。

 どうせ毎日同じ姿なのだからな、文明の勝利だ。

 だが必死にスケッチを終えたカノンが、「ちっ。観察するのに髪が邪魔だな。切るか」などと云い出したので、

 如何に彼の髪がきれいかを体を使って再教育。

 私が毎日髪を束ねてやろうと仏心を出したのは、つい再教育の激しさに拗ねてしまったカノンをほだすため。

 簡単にほだせるカノンは相変わらずちょろいと思った。

 チョコレートをやるから付いて来いとかいうおっさんに素直に付いて行ってしまうのではないかと思い、

 心配にもなる。

 ***

 翌日から巣穴模写に辟易したらしいカノンはデジカメを持ち出し、撮っていた。

 「文明の勝利だ、ウワーッハッハッハッ」

 と水槽を前に笑っているカノンを眺めて、兄弟だなと私はなんだか自分が情けなくなった。

 ***

 ある日巣穴をデジカメで撮った後、困ったようにこちらを振り返ったのでどうしたのだ?と問うたら、

 「巣穴ばかりの観察でつまらん」と云い出した。

 お前は巣穴ではなく、蟻の観察をしているのだろう。

 蟻をきちんと描いているのか、と問い返したら、「…あっ」とカノンはぽんと手を打った。

 そしてがさがさと庭の木々の中に姿を消して数分後、何かの虫の死骸を手に帰って来た。

 それを水槽の中に放り込む。

 「お前たち、餌だぞー、うまいぞー」

 カノンがそう云ったからでは決してないだろうが、

 巣穴から出てきた蟻たちが虫の死骸を力を合わせて運び出す。

 カノンはうきうきとそれをスケッチしはじめた。

 「うむ、蟻の観察っぽい!」

 そんなカノンを見守りながら、今日のカノンの晩飯は、美味いらしいので虫にでもするかなと思った。

 もちろん私は食わないが。

 ***

 その後虫の死骸を蟻にやって以来、カノンは蟻に餌をやるのを忘れなかった。

 蟻の観察のためには虫の死骸をやるのが一番と結び付けてしまったからだろうが、

 そのせいで蟻が水槽の中で増殖し始めてしまった。

 それはまあなんとか我慢していたのだが、

 我が家のキッチンに行列を成してやって来るようになったところで私はガツンと水槽を蹴飛ばしてやった。

 「あー!!」

 カノンが階下アルデバラン宅へ転がり落ちていく水槽に頭を抱えながら叫ぶ。

 「な、なんてことをしてくれたのだっ。俺の花子と太郎と一富士・二鷹・三茄子、

 いちご・にんじん・サンダル・ヨット・ゴマシオ・ロケット・七面鳥・蜂・くじら・ジュースがあっ!」

 「…そんな名前をつけていたのか」

 「うん。見分けつかないけど、語呂いいし」

 確かに途中からリズムがついていた。

 「あああ、どうしてくれるのだっ、サガ!折角観察日記を書いていたのにっ」

 「文句を云いたいのはこちらだ、カノン!

 蟻が家の中を這っている生活に三日間も耐えてやった私に感謝の言葉もないのかっ」

 「う…いや確かにベッドにまで進入してきて、

 アレを邪魔されたのは悪かったかなあとは思っているが。でも観察日記…」

 「ええい、そんなもん適当に捏造すれば良いのだっ」

 というわけで、これ以後カノンの蟻観察日記はファンタジーに満ち始めることになった。

 しかも途中からかなり悪ノリ。

 カノン、蟻は合体して大きくなったりはしないから、面白いから良いが。

 是非ともペガサスの理科教師がどういう反応をするか見てみたいものだなあと二人で話しながら、

 今日は合体した蟻が大魔神を倒して巣穴に持ち帰る様子を今二人で描いている。




プレゼント



 カノンが居間で暇つぶし半分に本を読んでいると、サガが買い物から帰って来た。

 右腕には食材を詰めた粗めの紙袋。

 そして左手にはそれほど大きくはない、けれど少し高級感漂う白い作りのしっかりした紙袋。

 サガは食材の紙袋を抱えたまま、もうひとつの紙袋を「ほら」とそれが当然の如くカノンに差し出した。

 カノンが本から顔を上げて首を傾げる。

 「なんだ?」

 「お前に、だ」

 そう云われてはじめて差し出された紙袋がカノンに対してのものだと理解した。

 とりあえず受け取って、中身をがさごそ。出てきたのはクリーム色のマフラー。

 「?」

 カノンはまた首を傾げる。サガは食材紙袋を置きにキッチンへ。

 「お前に似合うと思ってな」

 そんなサガの声は冷蔵庫を開ける音とそこに食材を詰め込んでいく音と共に。

 「ほら、お前は寒がりだろう?去年買っていた色も良かったが、もう1本あっても良かろう」

 でも、とカノンはキッチンにいるサガに向かって云った。

 「でも、クリスマスには早い」

 そこでサガが再び居間に姿を現す。「クリスマスのプレゼントではないよ」と笑う。

 カノンはマフラーを持ったまま、カレンダーへと目をやった。

 「な…なにかの記念日か?」

 「何の記念日でもない」

 またサガが笑う。ますますカノンは首をひねるばかり。

 「じゃあ俺がサガが喜ぶようなことをしたとかか…?」

 「してくれたら嬉しいがな」

 「…えーと、じゃあ」

 そこでサガがそんなカノンを遮り、云った。

 「カノン。ただふと寄った店にお前に似合いそうなマフラーがあって、お前は寒がりだし、

 値段も手頃であったし、買って帰ったらお前が喜んでくれるかもしれないなあと思い、買って来ただけだ」

 それではいけないか、カノン?とサガはゆっくり問うた。

 息が詰まる。寒がりなはずなのに、何故か急に熱くなった。

 「…いけなくない」

 そう云って、ぎゅうとクリーム色のマフラーを握るので精一杯。

 サガはそれで満足がいったのか、またキッチンへと戻って行った。

 ***

 それから数日後のある寒い日のこと、ふたりで出掛ける、その寸前。

 玄関で待つサガの前に立ち、カノンはしまったと軽く舌打ち。

 サガにもらったあのマフラーを巻けば良かった。

 折角くれたのに、使わないとかなんか気まずい。でも使うのも気まずい。むしろ照れる。

 そんな葛藤中カノンに、「カノン、どうした。行かないのか?」とサガが云う。カノンはもごもご。

 「いや、行くが…その…マフラーを…」

 それを聴いてサガはくすくす。

 「別に巻きたくないなら良いのだぞ。

 私はお前にやりたいからやっただけだ。お前があれをどうしようと勝手だしな」

 「ちが…っ、…その、なんだ、お前がくれたからとかではなくて、寒いから巻こうかな、とか思っただけだ」

 「そうなのか?」

 「そうだとも。

 お前が俺にくれたのだから、あれはもう俺のもんだ。だから俺が巻こうが巻くまいが俺の勝手だろっ」

 「だからそう云っているではないか」

 「む…」

 嗚呼どうしてこんなにしどろもどろ。サガはちらりと腕時計に目を落とす。

 「で、カノン。マフラーを取ってくるなら早くしろ。コンサートに間に合わぬぞ。巻くのか?巻かないのか?」

 そんな問いに、思わず、「ま…巻く!」 

 サガがついにくっくっくっと笑い出す。

 「わーらーうーなーっ」

 「ハイハイ、いいから早く取って来い」

 「むかつくっ。いいか、巻くのは寒いからだからな」

 念押し、部屋へどすどすリターン。その背にサガは苦笑微笑。

 「ハイハイハイ、私がやったものだから巻きたいのではなく、寒いから巻きたいのだろう、解った解った」

 そうしてやっとお出掛け。

 「なあーサガー」

 カノンはサガの黒色のマフラーの端を引っ張る。

 「首が絞まるからやめろ、カノン」

 でもやめない。ぐいぐい引っ張る。

 「俺も何かあげたほうがいいか?」

 「べーつーに」

 「手袋とかどうだ?」

 「私に似合うとお前が思うものがあればな」

 ぐいぐい。なあなあ。なあなあサガよ。あれは?これは?お前欲しい?買ってやろうか?

 「じゃああれを買ってくれ」

 「誰がマンションなんて買うか、アホ」

 ふたりでお出掛け、そんな会話。クリーム色のマフラーはこの冬カノンのお気に入り。




おにいちゃん



 俺が居間のカウチで新聞を読んでいると、サガが「カノン、カノン」と寄って来て見下ろし、云った。

 「今日は寒い。そんな姿では風邪を引くぞ」

 確かに長袖シャツ一枚は外では寒いかもしれない。

 けれど室内は適度に温かく、風邪を引くとは思えんのだが。それに、

 「俺、これでも一応ごーるどせいんと(余り)でじぇねらるなのだが。風邪なんて引くか」

 云うと、サガはぷいっと居間から出て行ってしまった。

 やれやれ、また拗ねたのかな、なんて思っていると、どっこいサガはへこたれない。

 俺の部屋から勝手にジャージの上着を持ってきて、「カノン、カノン」とまた見下ろしてくる。

 「今日は寒い。風邪を引くぞ」

 いや、それはさっきも聞いたって。

 けれど問答無用とばかりジャージの上着を肩に掛けられて、俺は仕方なく腕を通した。

 サガは満足げに自室に続く扉へ。その背に俺は声を掛けてみた。

 「ありがとう、にいさん」

 サガは少しだけ振り返って微笑んだ。




猫と青魚


 「サガ」

 カノンはリビングのカウチで栗を剥いていたサガを真摯に見つめて切り出した。

 「お願いがあるのだ」

 「ほう。まあ聞ける範囲のものならば聞いてやろう。なんだ?」

 「…あの…これ」と差し出していたのは、背後に隠していた水槽。中には青魚一匹。サガは眼を細めた。

 「ふむ。魚か」

 「うむ。あのな、サガ。こいつを」

 「今日の夕食にしたいのだな?」

 「…え?」

 「なるほどなるほど。まあさばけんこともないだろう」

 それに夕食は栗ご飯なので焼き魚が合うだろうと云い出す。カノンは慌てた。

 「いや、ちょっと待て。俺はこいつを食いたいのではない!飼いたいのだ!」

 云われて、くらりサガ。栗を剥く包丁を置く。

 「良いか、カノン。それは飼うための魚ではない。…もしかして養殖したいとか、そういうことか?」

 「違う。ペットとして飼いたいのだ。つーかお前は魚を食うものとしか見ておらんのか!」

 「…青魚とは普通そうだろう」

 そこでカノンは嘆いた。嘆きに嘆いた。本気で嘆いた。

 「貧しい…!」

 「…なんだと」

 ぴくり眉を跳ね上げるサガ。だがカノンはかまわず、否、気付かず続けた。

 「食べ物としてしか魚を見れぬお前の心は貧しいと云ったのだ!心を豊かにしろ。魚は友達だぞ!?

 見知らぬ俺にやさしくしてくれたのは、魚たちだった…!」

 「そう云う割には食事の魚はぱくぱく食べていたではないか」

 「魚たちは身を犠牲にして俺を生かしてくれたのだ。魚って素晴らしい」

 「……」

 「それにサガ、こいつは俺とはじめて友達になってくれた魚なのだ。先程ばったり再会してな!」

 「…ばったり」

 「そういうわけで飼いたいのだが、良いだろう?」

 「良くない」

 サガは溜息と共に再び栗を剥き始める。

 「な…何故だ!」

 「部屋が生臭くなる。カノン。何もペットを飼うなとは云っておらぬ。

 そうだ、猫はどうだ、猫は。うむ、どうせ飼うなら猫が良いな」

 「明らかに魚を食わす気だろう、それ!」

 「百歩譲って、金魚か熱帯魚にしてくれ。青魚は、とにかくいかん!普通ではない!」

 「普通普通って、そんなに普通が大切なのか!?サガのバカー!!」

 そう叫んでカノンは走って部屋を出て行ってしまった。あとに残されたのは水槽の魚。

 「…思春期の子供か、あいつは。しかも友達を置いていくとは」

 やれやれ。サガは水槽を持ち上げた。

 ***

 プチ家出をして三日目、帰って来ると玄関の石段に水槽があった。魚が元気良く泳いでいる。

 「サガ…!」

 カノンは水槽を抱えて、リビングへと急いだ。サガはカウチで甘栗を食べていた。

 カノンの姿を眼に留めると、少々意地悪げに微笑する。

 「ふふ。バカな猫だ。魚に釣られて、擦り寄ってくるとは」

 「なんのことだ?それより、飼っても良いのか?」

 その問いにサガはああと頷いた。

 「猫は二匹も要らんしな。まあ私の大切な猫が飢えてにゃあにゃあ泣いては可哀想なので、

 非常食として置いておいても良いだろう」

 「なんかよくわからんが、良かった良かった」

 良かったなあと水槽の壁をつんつんとつつくカノン。

 サガは「そろそろ支度の支度を始めるか」と立ち上がる。

 「今日の夕飯は何なのだ?」

 「その魚ではない、魚だ」

 「ふーん。俺腹減ったから、早くしてくれ」

 「やれやれ」

 困った猫だとサガは苦笑した。




お年玉


 私がこたつで届いた年賀状だけに年賀状を書いていると、

 「サガ、サガ」

 と外から帰ってきたカノンがいそいそと隣に寄って来て、ぺたりと座った。

 「なんだ、正月早々騒がしい」

 私はペンを走らせながら、問う。するとカノンはなあなあと私の肩を揺さぶって云った。

 「お年玉をくれ」

 「……」

 28年間その存在を知らずに育ってきたことが唯一お前の取り柄だったというのに、

 要らぬ知識を仕入れおって。

 私ははあ溜息を吐いた後、やれやれとこたつの上に転がしてあったみかんを一つとった。

 「カノン、手を出せ」

 「こうか?」

 そう手を出すカノンに、私はみかんを落としてやった。

 「お年玉だ、良かったな」

 にっこり。しかしカノンはみかんを黙々と食べた後、ふざけるなと怒り出した。

 「つまらんギャグするな!全然笑えんわ!お年玉とは金のことなのだろう!

 俺は今外で青銅のガキどもに嫌というほどお年玉という名の金をとられたぞ!」

 「カノン、貴様、お年玉のなんたるかをきちんと知っているなら最初からそう云え!

 つまらんギャグを飛ばしてしまったではないか!」

 「な…何故俺が責められねばならんのだ!というか貴様、また俺を騙そうとしたな!?」

 「なにをバカなことを。ただ誤魔化せるならそれに越したことはないと、そう思っただけだ。

 それに結局今回は誤魔化せなかったのだから、良いではないか」

 「今回ってなんだ、今回って!お前他にも俺を誤魔化していることがあるのか?ええ?」
 
 「さあてな。気付いておらぬほうが幸せだぞ、なにせ新年だ。穏やかに正月くらいは過ごそうな、カノン」

 私は再び年賀状に取り掛かる。が、

 「サガ、貴様話をずらしてお年玉云々を俺から忘れさそうとしただろう。

 ふはははは、そうはいかんぞ。このカノン、今年は一味違うのだ」

 ええい、そういうところは去年から全く進歩が見られぬわ、このバカめ。

 「わかった、わかった。

 要するに青銅たちに一日にやった小遣いを全て取られてしまった、そういうことだろう?」

 「まあ、そういうことだ」

 うんうんとカノン。

 「じゃあ来月分前借で金をやろう」

 「お年玉になっておらんわ!というか俺だって毎日毎日働いているのに、

 どうしてお前が一括管理しているのだ!?どうして小遣い制なのだ!?」

 ああ、いかん。要らん方向に話が流れ出した。私はそう判断し、そっとカノンの手に金を握らせた。

 「お年玉だ、カノン。好きなものを買ってくると良い」

 「ああサガ、やっと解かってくれたか!」

 カノンは私にむぎゅっと抱きつき、それからすくっと立ち上がった。

 「じゃ、俺はこれから出掛けてくる」

 「ああ、気をつけて行って来なさい。

 いいか、へんなおじさんにはついていくな。きれいなおねーちゃんにはもっとついて行かぬように」

 「お前俺をいったい幾つだと思っているのだ!」

 カノンはそう云うとお年玉片手に出て行った。

 お年玉をもらっている時点でそういう発言をするな、と思いつつ私は年賀状下記に専念することにした。

 そういえば今月の小遣いはもうないと言うのに、

 お年玉まで使ってしまったらあいつは今月どう乗り切るつもりなのだろう。

 今年は小遣い帳でもつけさせようと思った。

 ***

 それから一週間後、

 「サガー…サガー…」

 うっうっうっとカノンが泣きついてきたので、どうしたのかと問うと、「飲みに行く金がない」と云う。

 家で水でも飲んでおけとは思ったが、一応やったお年玉はどうしたと訊いてやれば、

 「あれ、買った」とカノンが指差した方向には「聖闘士聖衣神話 黄金聖闘士 ジェミニサガ」が。

 思わず、「今日は私が飲みに連れて行ってやろう」とカノンを撫でてしまうあたり、

 私はまだまだカノンに甘い。




カノッサンス1


 外出から帰宅すると、キッチンのテーブルでサガが欝になっていた。

 一瞬もう一回外出して、三日間くらい旅にでも出掛けようかと思ったが、

 この場合四日後帰ってきたら更に欝度が増している予感がしたので、俺は仕方なく話しかけてみた。

 「どうしたのだサガ。またシオン教皇刺したのか?アイオロス半殺しにしたのか?

 あんまり気にするなよ、大したことじゃないさ、ははは!」

 そう努めて明るく云ってやったと云うのに、

 「シオン教皇はまだ残念ながら存命だし、アイオロスも生きている」

 「残念なんだ…」

 サガははあと深い溜息。そうして俺を見上げ、すまぬと口にした。

 俺は驚いた。あまりに驚いて一秒間に思わず地球を七周半してしまいそうになった。

 だが七周半しているわけにもいかず、サガの足元に崩れ、その脚に縋る。

 「どうしたのだ、サガ!どこか悪いのか!?頭は!?頭は大丈夫か!

 ああああ、何度も顔面から床に激突しているからな!俺、どうしたらいい?医者か!アテナか!

 誰を呼んできたらいつものサガに戻ってくれるのだ!?」

 だが、うっうっうっ、と俺が涙まで零していると、「あほか!」と蹴り飛ばされた。いたい。

 「お前にすまぬことをしたから謝っているのだ!それで何故私の頭を心配するのだ!失礼な奴だな!」

 日頃の行いのせいだと思うんですけど。ていうか、今蹴ったことをまず謝れ。

 「カノン、実はな」と俺が壁に埋もれているにも関わらず、再びサガは欝モード。

 「朝から煮ていたカレーを焦がしてしまったのだ」

 「はあ!?カレーだと!?」

 「そうだ。

 ついうっかりみ○も○たの番組で不良の弟に手を焼いているという兄の相談に見入ってしまってな…、

 そしてその後私もお前の行いを振り返り、

 腸が煮えくり返るような怒りをお前に伝えてやろうと手紙を書いていたら、いつの間にかカレーが…」

 これがその手紙だ、とテーブルにきちんと封をされた封筒を置くサガだったが、そんなもん要らんわ!

 「元はといえばお前が悪いのだが」

 ああ、なんて責任転嫁!

 「だが今日の夕食をぱあにしてしまったことは素直に謝ろうと思う、すまなかったな、カノン」

 そう云ってサガはやっと壁に埋もれた俺を引っ張り出してくれた。

 そして俺の手に金を握らせ、「今日はこれで何か食べて来い」と云う。

 俺はその金とサガを見比べた。

 「…お前はどうするのだ。サガ、失敗は誰にでもあるものだぞ。

 なんか知らんが元は俺が悪かったのだろう、それなら俺に謝る必要なんてないだろう?」

 「それもそうだな」

 その言葉にむかっとはきたが、俺は続けた。

 「サガ、一緒に飯食いに行こう。ついでに飲まないか?良い店を知っているぞ!」

 が、サガは力なく首を振った。

 「私は要らぬ…。食欲がない。はあ…鍋を焦がすとは…不覚だ」

 そう云ってよろよろと自室へ帰ってゆくサガ。

 そんなに不覚だったのだろうか、サガの基準が俺にはわからん!

 「むぅ…」

 俺はサガが不覚だと云ったカレー鍋を覗いた。

 ***

 カレーに失敗した翌朝、私は鍋を洗わねばといつもより早起きをしてキッチンへと向かった。

 いつもならばあのような失敗、絶対犯さぬのに、カノンめ。

 が、そのてっきり夕食は外で取ったと思っていたカノンをキッチンのテーブルで発見した。

 テーブルに突っ伏し、死んだようにぴくりとも動かない。

 「な…なにごとだ!おい、カノン!しっかりしろ」

 私は駆け寄ってカノンの頬をビンタした。

 その痛みには身体を痙攣させ反応するものの、目覚める気配は一向にない。

 むう、それとも今のビンタで気絶させてしまったのだろうか。

 とりあえず私はその場にカノンをごとんと置き、テーブルの上を見やった。

 そこにはカレー鍋、見れば中身はからっぽだった。

 「カノン…お前まさか」  全部食べたのか!?

 毎日の夕食作りが面倒で三日分まとめて作っていたカレーを、ひとりで…。

 しかも鍋そのものに白米を入れた形跡がある。

 「バカか、お前は…」

 そう呟き、今度はそっとカノンのカレーのついた頬に接吻ける。

 するとカノンは、うう…と呻きながらも目覚めた。

 「無事か、カノン!?」

 が、

 「あほか!さっきのビンタで死にかけたわ!」

 ああ、やはり少し強く叩きすぎたのか。私が黙ると、カノンは少ししてからそっぽを向き、こう云った。

 「だから死に掛けたのはカレーの所為ではないからな!」




治療


 サガが珍しく包丁で指を切った。「いたっ」と俺が云うと、サガは苦笑して振り返る。

 「痛いのは私だろう?」

 うん、そう、そうなんだけどさ。

 「お前が痛いって云わないから、云ってやったのだ」

 「それはどうも」

 「いやいや、お気になさらずに」

 痛いことは、痛いって誰かに云うことで治るんだ。知ってた?




カノッサンス2


 鼻歌なんぞ歌いながら買い物から帰ってきて、リビングをひょっこり覗いたら、

 サガが涙を堪えながら遺書を綴っていた

 「サガあああ!何をしているのだっ!」

 俺は慌てて駆け寄り、遺書を奪い取ろうとしたが、サガにどつかれて吹っ飛ばされる。いたい。

 数分間ぶつけた頭のたんこぶを押さえてしゃがみ込んだ後、俺はずりずりと這ってサガに縋った。

 「待て、サガ。早まるな。死ぬなんてバカな真似はやめてくれ。

 お前が死んだら俺はどうすればいいのだ!?お前の葬式なんぞやったら、

 お前にいろいろと恨みや何やらを持つ人がわんさか現れて一波乱も二波乱もありそうではないか!

 死ぬなら俺の後にしてくれ!」

 ていうか自殺方法はなんだ!?また胸を突くつもりか!?

 後の掃除は誰がすると思っているのだ、ボケえ!

 俺がそんなことを切々と訴えると、サガは「カノン」と俺をぎゅうと抱きしめ始めた。

 「ぎゃあっ、心中はごめんだ!」と暴れる俺を本気で無視して、

 「思えばお前は私に迷惑しか掛けなかったが」

 「そりや悪かったな」

 「…本当に思い起こしても…お前のいいところを必死に思い出そうとしているのだが…

 全く具体的には思い浮かばぬのだが…ともかくお前を一人残してゆくと思うと、心残りが…カノン、

 明日の朝飯はひとりで食べれるか?」

 「バカにしているのか、心配しているのかどっちだ!というか一体どうしたのだ、サガ。

 死ぬつもりなのか?また何かまずいことをしてしまったのか?」

 云うと、サガは深い溜息をついて、少しだけ俺の身体を離した。

 そしてテーブルに置いてあった「家庭の医学」やら医学の専門書、

 最近本屋などでよく見かける医学ぽい本に視線をやる。

 俺はその一冊を適当にとってぱらぱらと捲った。

 「…何か病気なのか?」

 「かもしれぬのだ…」

 そうサガが深刻に云うので、俺も真面目に向き直った。

 「どこか悪いのか?」

 「うむ…少し頭が痛くてな、最近頭痛が続いていて」

 それは…あれが出てくる前兆なのではないだろうか、

 と思ったがそんなこと云えば本気で出てきそうなので黙っておく。

 「ほら、やはり頭痛は怖いだろう?脳障害の前兆かもしれぬしな」

 「そうだな」

 「そこでいろいろ調べてみたのが、頭痛は勿論のこと、私は過去何度も頭をぶつけているし…

 なんだか頭痛に合わせて身体もだるく、眩暈もおこる」

 今更頭をぶつけて云々で何かの病気が発症するとは思えんのだが。

 ぶつけてどうにかなるなら、あの衝撃、もうとっくに逝っているのではないだろうか。

 「それに胃痛や…吐き気…寒気までする」

 「…ただのストレスなのではないか?頭痛は肩こりからくるとか」

 「食欲も最近ない…食事には気をつけているから高血圧や糖尿病ではないと思うのでが」

 「はあ…」

 「それにこう…全身がギシギシと軋んでいる。おまけに物忘れまで…カノン」

 ひしっとまた抱きしめられる。が、いつもとは違ってその腕は弱々しかった。

 もしかしたら本当に何処か悪いのかも知れん。

 「サガ、とにかく病院へ行こう。こんなところで心配だけしていても何も始まらん。

 俺も付いて行くから。頑張って行こう、な?」

 だから頼むから遺書なんて書かないでくれ、とサガのでこにチュウしようと思って、気付いた。

 「サガ…お前、熱があるのではないか?」

 「まさか鳥インフルエンザか!?」

 いや、どうしてそんな不幸方面にぶっ飛ぶのだ。でことでこを合わせて熱を計ってみれば、

 「…かなりの高熱だぞ」

 「うーむ…最近ずっとこれくらいの体温だったのでこれが平熱かと思っていたが」

 「違うわ、アホめ。ともかく病院だ、病院!風薬と解熱剤もらってくりゃすぐ治るわ!心配かけおって!」

 ***

 病院から帰ってきて、サガは寝込んだ。やはりただの風邪だった、バカめ。

 ただしまあ酷い風邪とのことではあったが。

 「サガ、サガ。飯。スープ作った」

 俺はトレイにスープと水、薬を載せてサガのベッドの縁に座った。

 「ん…」とやはりサガは高熱で朦朧のご様子。

 「食べれるか?食べさせてやろうか?」

 「…そこまでしてくれなくていい」

 「照れるなよ。いつもなら食べさせろって煩いくせに」

 まあそんなくだらない冗談も云えないくらい酷いのだろうけど。

 俺はふうふうと掬ったスープを冷まして、サガの口へもっていく。

 「ん…」

 ずずず。

 「美味いか?」

 「うむ…」

 そんなことを繰り返して、漸く薬。

 「これ飲んでとりあえず寝ろ。その間に俺はお前の仕事引き継いでくるから。

 あと家の中のことするなよ。帰ってきたらするから。

 何かあったら、ここに携帯置いておくから電話しろよ?欲しいもんとかあったら届けに来るから」

 「わかった」

 「じゃあ、おやすみ。サガ。ゆっくり休め。偶にはさぼったらいいんだよ。何もかも」

 そしてでこちゅう。

 サガは少し照れたように、くすぐったそうに笑って、遺書の始末をしてくれと云ってから眠った。

 その遺書。

 「…アホか、サガは」

 そこには俺の今後についてつらつらと書かれていた。俺はお前の財産ではないわい!

 や、でもサガのものかもしれないけど、とサガの心配でいっぱいな自分にちょっと呆れた。




風邪キャンペーン


 寒い寒い外から帰宅してカノン、

 「こたつこたつストーブストーブ」とぷるぷる震えながらもリビングへと急ぐ。

 が、廊下の途中でそれは光速で現れたサガに阻まれた。

 「待て、カノン!」

 「な、なんだ!?」

 ぎろりと睨まれて、更にぷるぷる。

 「お前…」

 ごくり。

 「よもや手洗いうがいを忘れたわけではなかろうな!?」

 どーん。

 その胸の張りっぷりにカノンは一瞬沈黙して、その後思いっきり「はあ!?」と返した。

 「手洗いうがいって、そんなことのために光速で現れて脅すな!あほサガ!」

 その瞬間、ラシアンレッグスウィープ。後頭部を強打する。

 「いってぇ!!」

 「そんなことだと!?手洗いとうがいをそんなこと程度扱いするとは、それでも体資本の聖闘士か!?」

 立ち上がり、カノンを見下ろしたサガの目には涙が溢れていた。

 だがカノンはそれどころではない、意識朦朧。

 そんなカノンの襟首をひっつかんでサガは洗面所へと歩き出す。

 「さあカノン、風邪を引いてはいかん。手洗いうがいをしような。おやつはその後だ」

 風邪よりも脳みそが心配な今日この頃。

 「サガ!お前ほんとに俺の心配しているのか!?」

 「ああ、もちろんだとも」

 それが本気だからたまらない。





             back or next