調和
キッチンへ通じる扉を開けると、カノンがいた。
椅子に斜め掛けに座り、裸足の足をもう片方の脚の太股辺りに乗せ、更にその上に新聞を載せている。
白い開襟シャツのボタンは上から2つまで外されていた。
カノンが私に気付き顔を上げる。だが煙草を咥えているせいか言葉もなく、すぐにまた視線は新聞へ。
その姿をしばし眺めていると、漸くカノンは煙草をふかして何だと問うてきた。
「別に何でもない」
私が答えると、ふぅんとまた煙草を咥える。また眺め、やはりここは云ってやろうと思い直す。
「カノンよ」
カノンはバサリと新聞を捲っての返事。
「お前は私の身体のパーツに随分と執心のようだが、私は違うぞ?」
私はお前の全体の調和こそに陶然となるのだ。
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スーパージェミニブラザーズ
サガがプレイしているスーパーマリオブラザーズ3の画面を見ながらカノン。
「なあ、サガよ」
「なんだ?」
「土曜日の深夜に兄弟でゲームって不毛だな」
「…虚しくなるから、やめろ」
虚しくなって溝にドボン ルイージにバトンタッチ。
「ルイージって、マリオに類似しているからルイージなのだよな…」
「カノン。己を重ねてそういうこと云うのはやめろ。すごく虚しくなるだろう」
「うむ…自爆気分だ」
敵に体当たりされ、マリオに交代。マリオ得意のスーパージャンプ。が、惜しくも届かず。
「そうだ。ルイージはマリオよりジャンプ力があるのだ」
ウキウキ気分でルイージ大ジャンプ。ジャンプしすぎて止まれず、さよなら。
「ブレーキが利かぬのが弱点だがな。ついでにペーパーマリオでは留守番だったなあ」
「サガよ。なにげに俺を苛めているだろう」
「そんなつもりは全くない」
ピコピコ、ステージクリア。
「なあサガよ」
「うん?」
「あれだ、ほら、マリオとルイージが協力プレイするやつをやろう」
「そうだな。そうしよう」
セーブでリセット。カセットを入れ替えて、再スタート。
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3月ウサギのティパーティ
サガが書斎にあるお気に入りの椅子に腰掛け本を読んでいる。
俺は書斎机から少し離れて置いてある簡素な木の椅子に腰掛け、やはり読書。
昔は背もたれに顎を預けながら本を読むと怒られたが、さすがにもう怒られはしない。
もしかしたら諦められたのかなとも思う。ふとサガを見れば、読書に熱中。
なんだか話しかけるのも憚られたので、その辺の紙をとってペンを走らせた。
『熱いお紅茶とクッキーは如何?』
更にそれを飛行機型に折る。離陸。
俺の手を離れた紙飛行機は、上手いこと書斎机に降り立った。サガはそれに気付いて、中身を確認。
ふと笑って、机上のメモ帳にさらさらとペンを走らせる。
そうして丁寧に飛行機を折って投げて寄越した。見事着陸。
『ご招待に預かりましょう、三月ウサギさん』
思わず笑って、返信紙飛行機。
『ぜひいらしてくださいな、三月ウサギさん』
それを受けとったサガは、漸く本を置いて腰を上げた。
俺の処までやって来て、サガを見上げる俺を見下ろす。
窓から差し込む陽が眩しいなあと思っていると、サガの長い髪が遮断。
「…三月ウサギだけでマッド・ティー・パーティしても良いのだろうか」
「可愛いお嬢さんには刺激が強すぎる」
俺が問うたくちびるに、サガのくちびるが答えを返してくる。
「それにしてもカノン」
「…ん?」
「紙飛行機の折り型が雑だ」
サガが笑うので、口封じ。
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逆転
クッションに身体を半分預けたような状態でボケーっとテレビを見ていたら、
横に座ったサガの前髪が俺の視界を隠してしまった。
ああ、またこいつ寂しくなってキスしてくるんだなあと、
ぼんやり考えている間にもサガの呼吸が近付いてくる。
ふとふたりのくちびるの間に手を挟んでやったら、サガは不快を露わにした。
そんな顔を見て笑ってやる。そしてぐいっと体勢入れ替え、サガの顔に俺の影。
「たまには俺からやらせろ」
そう云った口の形のまま、舌を出してサガのくちびるを撫でた。
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兄と弟
ふたりで並んで歩いてお喋りに夢中。
だが突然ぐきり。ひとりでサガはすたすた、カノンは待って待ってと呼び止める。
「足をくじいたみたいだ」
「…それでもお前はごーるどなせいんとか」
「ごーるどなせいんとでまりーんなじぇねらるだが、兄さんの前ではただの弟なのだ」
「ならば弟君に肩を貸してやるかな」
戻って、お手をどうぞ。
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ふたり
ふたりでカフェに出掛けた。ふたりともアイスコーヒーを頼んだ。ふたりでどうでもいいことを話した。
最近購入した皮剥き機の性能と使用頻度についてが主な話題だった。
ふたりが気付けば夕方だった。
たりどちらともなく帰ろうかと立ち上がり、ふたりでのんびりおうちへ帰る。
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さびしがりや
昼下がり、寝台でうとうとと眠っていたなら誰かが私の手を取った。
ごそごそと音がして、ぐっとスプリング。
ああ、カノンだなと薄目を開けて見やれば頭側にカノンの組んだ足。
ぺらりと本を捲る音。そしてここはひとつ知らぬ振りをして眠ってやろうと狸寝入りを決め込む私。
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カノン観察日記1
ある日カノンが庭に鉢植えを置いてノートを広げ、
何かを一生懸命書き出したので、何をしているのかと問うと、
「朝顔の観察日記を描いている。
ペガサスが夏休みの宿題が終わらんとか云い出したのでな、手伝っているのだ」
そんなわけで私は朝顔の観察記録を書くカノンの観察記録を書くことにした。
去年はアテネ五輪で盛り上がったギリシアだが、今年は暇で退屈だ。
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本日快晴、カノンの起床は早朝5時。朝顔の観察日記を張りきりすぎだ、私は眠い。
カノンは植木鉢を茶色のクレヨンで描いた後、まだ芽は出ないと一言メモ。
カノンに観察日記を託したペガサスが少し気の毒になった。カノンは今日も可愛い。
***
本日快晴、カノンの起床は早朝5時15分。カノンは二日目からいきなり5時起床を諦めたらしい。
もちろんだが今日も双葉は出ていない。
カノンは昨日と同じくクレヨンで鉢植えを描き、まだ出ないと記していた。
カノンは気づいているだろうか、水をやっていないことを。カノンは今日も愛らしい。
***
本日快晴、カノンの起床は早朝6時。いっそ6時まで寝てやれという気満々だ。
当たり前だが朝顔は芽を出さない。
おかしいな、なんでだろう、サガ水をやってないのか?と首を傾げていた。
何故私が水をやらねばならんのだ、その私に頼りきりの根性を叩き直せと思い、叩き直してやった。
今日カノンが描いた植木鉢は指骨折のためか少々歪んでいた。カノンは今日もバカだ。
***
あれから数日、漸く朝顔が芽を出した。
朝9時に起きたカノンは嬉しそうに緑色のクレパスで朝顔の芽を描いていた。
そして明日は7時に起こしてくれと頼んで来た。少しやる気が出たようだ。カノンは今日も胸きゅんだ。
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カノンは、なんと6時に起き出して朝顔の観察をしてしまったらしい。
というわけで今日はカノン観察日記は書けなかった。カノンは今日も想定外だ。
***
本日快晴。朝顔のつるがのびはじめたので、カノンは観察日記を置き、支柱を立てるのに一生懸命だ。
その無心の姿がやたらと可愛らしい。
「なあなあ、サガ、これで良いと思うか?」と振り返った顔の可愛らしさなど、たまらぬ。
ああアテナ、カノンをこのサガと同じ顔にしてくださってありがとうございます。
こんな可愛い子はどこを探してもいないだろう。なにせ私と同じ顔な上、私が育てた私好みの性格。
多少の我侭とアホくささも、庇護欲をそそられてしまうものなのだ。
「…サガ、おいサガ」と覗きこんで来る顔などマイトゥインクルスター。
「この間から何を書いているか知らぬが、今日はやけに書き込んでいるな。へんなやつ」
そうカノンは首を傾げて朝顔の観察へと帰って行った。
ふむ、確かに今日の観察記録は少し感情移入をしてしまったようだ。
明日からはもっと客観的に書こうと思った。カノンは今日も萌えだ。
***
本日快晴、カノン起床10時。以下発言要旨。
腰が痛い、やりすぎ、眠い、明け方までお前は何を考えているのだ。
朝顔観察記録状況、絵がへたくそ、文字きたない。カノンは今日も美味い。
***
本日快晴、朝顔がつぼみをつけたぞとカノンを起こすと彼はベッドから飛び起きた。
そして「ついい茶色と緑以外のクレヨンが使える」というちょっと違う所に喜びを感じながら、
観察記録を描いていた。どうやらこの観察記録のためにクレヨンを新調したらしい。
ウキウキといった調子でつぼみを丁寧に描き込むカノン。カノンは今日も私のツボをつく。
***
本日快晴、私が目覚めるとカノンは既に庭の鉢植えの前で座っていた。
聞くと呆れた事に一晩中座っていたらしい。
「いや…花が咲く瞬間ってのを見てみたくて。ほら、サガ。朝顔が咲いたぞ。きれいだろう?」
そう云うカノンの顔に花が咲く。
観察日記を見せてもらうと花がつぼみの時以上に丁寧に描かれており、
どのように咲いたのかなど詳細に書かれていた。
「なあ、サガ。その観察日記の出来はどうだ?」
朝顔に水をやりながら問うてくるカノン。
私がぱらぱらとそれを捲りながら、
「そうだな。中学生ぽくて良いのではないか?」と答えるとカノンはとても微妙な顔をした。
それにしてもカノンはいつペガサスの通う中学が日本にあり、
この観察日記がギリシア語で書かれていることに気付くのか。
人選を間違えたなペガサスと思いつつ、
しかし今日のカノンもプリキュ、哀しい顔はさせたくないので黙っておくことにした。
カノンは今日もカノンだった。
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熱帯夜ウォーズ
熱帯夜。サガは背中に発熱体を感じて浅い眠りを覚ました。
「…む…カノン…」
首で振りかえれば背中にぴっとりカノンの姿。
どうやらカノンが先程まで転がっていた場所はカノン自身の熱で生温かくなってしまったらしい。だが、
「カノン、離れろ」
サガは容赦なくその眠りを貪る頬に裏拳を入れてやった。びたん。
べふ…っと声を立てて目を覚ますカノン。
「な…っ、なにごとだ!?」
「離れろと云っている。くっつくな、暑いだろう」
「え…。あ、ああ。いつのまに…おれったら」
カノンは漸く状況を把握したのか、再びごろごろと定位置へと転がって行った。
ふうと溜息をついてサガ、目を閉じ眠りへとゆるゆると落ちようとした。
が、どかんと背中を蹴られて眠れない。
歯軋りをしながら振りかえると寝苦しいらしいカノンが寝返りを打っていた。
「カノン!」
思わずサガもカノンを蹴り起こす。カノンはぐべぼっと腹を押さえながら目覚めた。
「な…んだ、せいせんか!?」
「聖戦だと!?そんなことはどうでも良いのだ!その寝相、なんとかならぬのか?ええ!?」
「ねぞう…なにかあたったか…?」
「蹴りが入ったぞ、私の背中にな」
「う…それは…すまなかった…」
素直にしょぼくれるカノンに毒気も抜かれる。サガは「もういい」と舌打ちをし、ベッドに体を沈めた。
背後ではカノンが再び眠りへと誘われたよう。サガもそれを追いかけようとして、そのとき、ぺっとり。
「…カノン!」
あっさりと眠りへと落ちていたカノンがまたも背中に思わず起き上がり胸倉を掴み上げる。
「む…にゃ…?」
「誰がそんなカワイコブリッコをしろと云った!騙されぬぞ、貴様。暑いのならば自室へ帰れ!」
がくがくと揺さぶるとカノンはうんうんと頷いて、
「わかったわかった。おれはおれのところへかえればよいのだろう」
のそのそとやはり先程まで転がっていたところへ転がり直す。
寝ぼけているらしいとサガはがっくり肩を落とし、離れてくれるならばそれで良いと諦めた。
そして自らも体を横たえ、目を閉じる。が、
「……」
びっとりぺっとり。どうしてもサガのすぐ後ろにある冷たいシーツの上がカノンの好みらしい。
次は強行手段に出て部屋から追い出してやろう。
サガが心に決めて振りかえって見たものは、くうくうと眠るカノンの姿。
「…同じ歳とは思えぬ…バカ面が…」
サガは盛大な溜息を吐いて見せたがカノンには通じず。
「まったく、仕方のない弟だ」
サガは不意に苦笑してカノンが使う様子もない掛布をとり、それを自らに掛け床に転がった。
床のひんやりした感触はなかなか快適だ。
サガはそんなことを思いながら、片腕を枕に深い眠りへと落ちていく。
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睫
眸を伏せると睫毛が僅かに交じり合い、片割れは小さく笑った。
「くすぐったい」
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