シンクロ
「ただいま」と玄関の扉を開けた瞬間、サガが立っていて驚いた。
「な、何やってんだよ」と一歩引いてびびっていると、いや、だって午前様じゃないぞ、まだ。
「なんとなくお前が帰ってくるような気がして見に来たのだ」
サガがおかえりと扉を俺を迎え入れるために更に開けてくれた。
|
花よりカノン
がしゃんと耳障りな音が一際高く響いて、私は書いていた書簡から顔を上げた。
自室を出て、居間に顔を出す。
「カノン、今何か割れなかったか?」
そう問いながら覗いた居間には、
割れた陶磁の花瓶と散らばった花、零れた水、そして手を切ったカノンが立っていた。
カノンは未だ血の止まらない手を押さえて、愛想笑いをした。
「割れた…」
割れたというか、割ったというか。ともかく陶磁の花瓶は私の気に入りの品であったのだが、
「カノン」
「すまん…。お前の大切な花瓶を…手が滑ってしまって」
カノンは顔を伏せたが、近寄って手を差し出す。
「カノン。私はそのようなことを問うているのではない」
傷の具合を確かめる。
「大丈夫か、カノン?」
それは見た目にも大した傷ではなかったが、しかし私は知っている、何がカノンの苦痛となるのかを。
傷口に接吻けて、軽く吸う。カノンは一瞬身体を緊張させたが、すぐにされるがままになった。
ただ私を非難するように、または羞恥心故なのか、視線は逸らしてはいたが。
「痛くはないか…?」
カノンが押さえていた止血点を代わりに押さえてやりながら問う。カノンは少しだけ頷いた。
「もう痛くはない」
「そうか。それは良かった」
しばらく黙ってカノンの手を押さえていたが、不意にカノンが云った。
「可哀相なことをしてしまった」
床に散った花のことを云っているのだろう。
「そうだな」
私も同意しておくことにする。
「だからね、カノン」
私は続けた。
「もう二度とわざと花瓶を割ったりするな」
お前はどうしてそう疑い深いのだろう?
私のお前への愛情を花瓶なんぞと比べないで欲しい。
「私が傷付く」
私が云うと、カノンは笑った。
「ああ、俺はサドなのかも。お前を傷付けて、愉しんでいる」
花よ、花瓶よ、お前達を手厚く葬るのはしばし待ってはくれまいか。
私は今この弟を心の底から可愛がってやりたいと満ち足りているのだから。
|
やさしいひと4
昔は冬の明け方が好きだったとカノンが云うので、それは何故かと問うたなら、
寒いという理由でお前に抱きつけたからと答えるから、
私は今でもそうしても良いのだよとカノンの身体を抱き寄せた。
|
サンタクロース
その日カノンは珍しく休日にも関わらず、持ち帰った仕事を黙々とこなしていた。
部屋をノックし、その背に声を掛ける。
「カノン。今から買い物に行ってくるが、何か欲しいものはあるか?」
今ならば私の奢りだとマフラーを巻きながら云うとカノンは漸くペンを止め、振り向いた。
「じゃあ、ケーキが食べたい」
「…ケーキ?」
意外な答えに眉根を寄せると、カノンは頭を使うと甘いものが食べたくなるのだと云った。
が、くるりとペンを回して、
「サガ、クリームごってりだけはやめてくれ。甘すぎるのは胸焼けがするからな」
「お前はケーキにまで我が儘だな」
苦笑する。甘くなければ嫌、甘すぎても嫌、調節が難しいのだから。
「では、行って来るぞ」
「ん。気を付けて」
私が部屋の扉を閉める頃には、既にカノンは机に向かっていた。
***
今帰ったぞと云いながらキッチンへ向かう。荷物をテーブルに置いたところで、カノンが顔を出した。
「ああ、カノン。手が空いているなら、コーヒーでもいれてくれ」
生ものを冷蔵庫に入れながら云うと、カノンは横でごそごそとお茶の用意を始めた。
そしてテーブルに置いたケーキの箱を目に留める。
「…開けて良いか?」
「ああ、良いぞ。お前のために買ってきたのだからな」
「なんか恩着せがましい云い方だな」
カノンは云いながらも、箱を解く。が、「サガ」
最も効率の良い冷蔵庫の物の詰め方について考えていた私の背にカノンの声が掛かる。
非難するようなそれ。
「なんだ?」
冷蔵庫の中身を整理しながら問う、なにせケーキを入れなければならないからな。
「お前あほか。こんなケーキ買って来て、ふたりで食べきれるわけないだろう」
バタンと冷蔵庫の扉を閉めて、カノンが見下ろすケーキの箱を同じく見下ろす。
円形チョコレートケーキ、サンタと小屋の砂糖菓子付き。
「何か問題でもあるのか?」
「だから、ふたりでは食べきれないと云っている」
カノンはいつもの三角形のアレで良かったのにとブツブツ云う。
「だから、こうして冷蔵庫を整理しているのだろう?」
「そういう問題ではなくて、何故わざわざこのようなケーキを買ってくるのだ」
カノンは呆れたように溜息を吐いた。
「何故とは」
うーむ、どうやら考えの擦れ違いがあるらしい。
「カノン、お前、このケーキが食べたかったのではないのか?」
問うと、カノンは心底不思議そうな顔をした。
「は?何故だ?」
「だから」とサンタ菓子を指差す。
「クリスマス故、お前はクリスマスケーキを食べたいと云ったのかと思ってこれを買ってきたのだが」
何か間違いがあっただろうかと問うと、カノンは今初めてそのことに気付いたのか、
一瞬動きをぴたりと止めてしまった。
「あ…クリスマスね、なるほど、それで」
「そう、それで、だ。まさかクリスマスプレゼントがこんなに安く済むとは思ってもいなかったぞ」
お前は兄想いの弟だなとわざとにっこり笑んでやると、カノンは声を上げた。
「あ。もしかして、欲しい物とはプレゼントのことだったのか…」
「そうだ」
「それならもっと分かりやすく云え。
それにクリスマスプレゼントなんて、今まで一度もくれなかったではないか」
ぶーたれカノン。私は笑った。
「カノン、サンタは良い子の元にだけやってくるのだぞ?
今日のお前は仕事をきちんとして良い子だったからな」
「良い子ってなんだ。良い子って。…まあいい。ケーキが食べたかったのは本当だからな」
カノンは割り切ったのか、コーヒーを入れるために湯を沸かし始める。
一方私はナイフとフォーク、皿を出して並べる。ケーキを切り分けながら、カノンの背に云った。
「カノン。サンタはお前にやろう」
「げ。要らん。それ甘くて苦手なのだ」
てゆーかサガ、と湯が沸いて、カップにインスタントコーヒーを入れながらカノンが振り向く。
「俺に押し付けてるだろう」
「ばれたか」
「ばれいでか」
仕方ないのでサンタは私に、サンタより大きい砂糖菓子の小屋はカノンの皿に。
「サガ」
「ん?」
砂糖菓子のことについて云われるのかと顔を上げると、「何か欲しい物はあるか?」
お前のそういう律儀な処が、実に可愛らしくて好きだ。
「土地」
「あほか!」
「というのは冗談として」
カノンが差し出すカップを受け取る。この安っぽいコーヒーの香りが私は意外と好きだった。
「これで良いよ」
お前の入れてくれたインスタントコーヒーで良いよ。
ふたりでケーキをつついて、甘すぎると文句を云って、残りをどうしようかと悩んで、ラップを掛けて、
また夜中に食べたりする、そんな時間で私は充分だ。むしろ、それが良いのだ。
カノンは自分のカップに同じく香りを立てて、椅子を引き座る。私も座る。そこでカノンは云った。
「じゃあ、やる」
ふたりでケーキをつついて、甘すぎると文句を云って、残りをどうしようかと悩んで、
ラップを掛けて、また夜中に食べたりしよう。カノンはそう云っているのだろう。
そんなわけで、ふたりでケーキを食べる。
「サガ。お前何こっそり小屋を俺の皿に入れているのだ」
「だからサンタをやると云っただろう」
「お前はいつも一言足りぬのだ。サンタよこせ」
「良いよ。サンタも小屋もお前にやろう」
「いらん。それより、土地の代わりにサガには小屋をやろう」
「随分としょぼいな」
ふたりでケーキを食べ、インスタントコーヒーを飲む。
「来年も良い子にしておかなければな」と笑うカノンを眺める時間をもうあと少し。
|
こたつにて1
カノンと玄関から俺を呼ぶ声があり、向かう。玄関には大きな段ボール箱二つとサガがいた。
「お前に荷物だ」
そう云われて視線を段ボール箱に移す。それはこの前テレビショッピングで買ったやつだった。
「カノン。このような大きな物を」
「ああ、すぐに運ぶ」
俺はサガの咎めるような視線を振り払い、段ボール箱を自室へと運び入れた。
が、何故かサガが戸口にもたれ掛かり俺の作業を見下ろしている。
「何を買ったのだ?」
どうやら中身が気になっているらしい。俺は梱包を解いて、それを見せた。
「こたつだ」
「…こたつ?」
怪訝そうに眉根を寄せる。
「そう、こたつだ。日本の通販で買ったのだ」
俺が云うと、サガは呆れて鼻で笑った。
「また無駄遣いを」
***
「また無駄遣いを」って云っていたよなあ、サガ。
俺はこたつでぬくぬくしながら、向かいに座り、ウォーリーシリーズをしているサガを眺めた。
「…なんだ?」
サガが頁を捲りながら云う。
「いや。珍しいものをやっているな、と」
ウォーリーって。
「これか。これは、ほら、この間のビンゴの賞品だ」
「ああ、俺がシャーペン12本セット当てたやつか。まったく、誰だ?あんなくだらん賞品を用意した奴は」
「主催がデスマスクとミロだからな。悪ノリコンビだ」
「シャーペン12本なんて使い終わるか、あほ」
「ではウォーリー、するか?」
なんじゃそりゃ、どういう繋がりだ。そう思いつつも、ウォーリーを覗き込む。
正確にはウォーリーがいるはずの頁を。
「なあサガよ」
「なんだ?」
「こたつ代、半額払えよ」
「あ、いたぞ、ウォーリー」
こいつ、むかつく。サガの指先を見下ろし、次の頁へ急ぐ。
「じゃ、使用料払え」
「お前はせこいな」
「ウォーリー、いたぞ」
「それは偽物だ。眼鏡の形がへんだろう」
「あー。こたつで思考力が落ちているのだ」
ふたりでウォーリー探してる。
|
こたつにて2
ついにサガが俺の部屋へとテレビを持ち込んできた。
「これでこたつ代半額はチャラだな」などと勝手に決めつけ、我が物顔でこたつに入ってくる。
しかもテレビ正面の場所を陣取り、何故か俺はテレビと垂直面に座らされた。
テレビはサガの部屋のテレビなので、この座席位置が正しいと云うが、何かおかしい。
とりあえずボケーっとテレビを眺める。サガがシャクシャクと林檎を剥く。
一切れと強請ったわけでもないのに、
「ほら」とサガがやはり勝手に口の中へと林檎を一切れ放り込んできた。まあ、こういう勝手は許そう。
サガが林檎を剥く音と、俺がそれを喰う音と、
あとはテレビのよくわからんバラエティー番組の騒音が部屋の中に響いてる。
|
こたつにて3
カノン、と玄関から俺を呼ぶ声が聞こえたが、こたつでまったり。
すると更に大きな声で呼ばれたので、仕方ないので立ち上がる。
その途中の廊下で中程度の大きさの段ボール箱を抱えたサガに「お前に届け物だ」と、それを渡された。
また通信販売か?とも訊かれる。そうだ、通販だよ、何か文句でもあるのか?
「今度は鍋セットを買ってみたのだ」
「鍋セット…」
こたつで鍋をするのだと俺は無駄に胸を張ってみた。
***
鍋に適当に具材を放り込み煮込んでいると、サガが焼酎を片手にこたつへと入ってきた。
「これで鍋代はチャラな」と、それを注ぎ、湯で薄めて渡される。
最近この「チャラ」が俺たちの間でブームだ。
まあ別に、本当は元々ひとりで鍋を食う気なんかなかったのだが。
なにせ俺ってば、すっかりテレビ正面の席をサガのためにいつも空けてしまっている。
だがサガがくれると云うのだから、貰っておこう。ふたりではふはふやりながら鍋をつつく。
「サガ、野菜もっといれてくれ」
ああ。カノン、少し鍋を湯で埋めよう」
「ん。あ、サガ、これ煮過ぎた。いるか?」
「いらん。と云っているのに、何故私の皿に入れるのだ」
「俺の皿はもういっぱいだからだ」
「しかし、あれだな」
「なんだ?…あつっ」
「ああ、すまん。はねたか」
「いや、いい。で?」
「鍋と酒の後には、アイスを食べたくなるな」
「あ、それ良いな。あるのか?」
「ある。が、ひとつしかない」
「半分こだな。俺、買いに行きたくない」
こたつに入り込む振りをする。サガは笑って、私もだ、と云った。
|
こたつにて4
「退屈だ」
俺はごろりとこたつに潜り込んで寝転んだ。テレビは新年カウントダウン3時間ちょっと前。
なんでこう、つまらない番組ばかりするのだろう。俺がそれでも顔だけテレビに向けていると、
「カノン。寝るなら、そんなに潜り込むな」
サガがこたつ布団を捲ってきた。
仕方なくずりずりと這いだし、腹から下だけこたつの中に。そして片腕を枕に目を瞑れば、
「カノン」
「…んー?」
身体を軽く揺すられる。
「本当に寝るならば、ベッドへ行け」
「寒いから嫌だ」
「おい、カノン。カノン」
四度目に名前を呼ばれる頃には、もう夢の中。
***
なんか煩い…。夢と現実がごっちゃになって俺は眼を覚ました。それはどうやらテレビの音だったらしい。
そうして眼を開ければ、何故か眼前に目を瞑ったサガがいた。寝てる。
俺とサガは、こたつの角を挟むようにして身を寄せ合って眠っていたらしい。
「……」
そして次に俺とサガの身体に掛かる毛布を見てサガが掛けたくれたのだと思った。
で、何故サガまで俺に身を寄せるようにして寝ているのだ。
ベッドで寝ろとか云ってたのは何処のどいつだ。のそのそと起き上がり、テレビを見る。
サガめ、寝るなら寝るでテレビ切れよな。煩くて起きてしまったではないか。
そこで気付いた、もう年が明けて1時間も経ってやんの。
「サガー」
テレビを眺めながらサガの身体を揺する。
「新年だぞ、年明けたぞ」
するとサガが身を捩った様子が手を通じて感じられた。
「ん…なんだ…?」
少し浮つき気味の声に、サガがまだ半分以上寝ていることに気付く。平たく云えば、寝惚けている。
「だから、ハッピーニューイヤー」
俺が殊更ゆっくりと発音してやると、サガは漸く解ったらしい。が、「…ああ」だけ。ダメだ、こりゃ。
俺は煩いテレビを切って、再び寝転んだ。もぞもぞとサガに身を寄せる。でないと毛布にあやかれない。
するとサガは、寝惚けているのに、何故か俺の身体に腕を回してきた。
いつもの習性という奴だろうか、恥ずかしい奴め。
「…あまり引っ張るな、こたつの足が擦れて痛い」
ここはベッドの上ではないのだぞ?
「…ああ」
少し腕が緩み、けれど極間近にサガがいる。
「サガ…」
「ん…?」
「何でもない。呼んでみただけだ」
「そうか…」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ…」
それからすぐにサガは眠った。
それでも最後に、きっと無意識に、俺の背に毛布が掛かっているかを確かめたサガの手が嬉しかった。
|
ラブラブ
「はい。サガにお土産」
「…なんだ、これは」
「UFOキャッチャーで取ったぬいぐるみ」
「…で、私にどうしろと」
「や、別にそこまで考えてやるわけではないのだが。なんかこういうお土産って、ラブラブぽくて良いかなと」
「…ラブラブ」
「あれ。俺たちラブラブだろ、にいさぁん」
「…カノン」
「…なんだ…?」
「そうやって抱きつきながら、領収書を押し付けるのをやめなさい」
「ち。ばれたか」
|
What time is it now?
午前8時過ぎ。
カノンは何度か寝返りを打った後、二度寝を諦めて体を起こした。隣ではサガが熟睡中。
たまの休みくらいゆっくり寝かしてやるかとカノンはひとりで起きた。
午前9時30分。
一通りの家事を終え、カノンは再び寝室を訪れて溜息を吐いた。サガはまだ寝ている。
寝返りを打った様子さえない。とりあえず一息入れようとカノンはコーヒーをいれることにした。
午前10時10分。
まだ起きてこないサガを置いて、カノンは買い物に出掛けた。夕飯は手抜きにしよう、そうしよう。
午後12時20分。
帰宅したカノンはリビングにサガの姿を見出すことが出来なかった。荷物を置いて寝室を覗く。
やはり寝返りを打った様子もない。カノンはその肩を揺さぶった。
「おいサガ」
サガは、しかし起きない。
「サガ」
起きる気配もない。
「サガ!」
思わず顔を覗き込むと、その眼下でサガの瞼が少し動いた。
そしてゆっくりとかなり鬱陶しそうに両眼がうっすらと開かれる。
何事か文句を云いたいらしいが、口を動かすのも億劫らしい。
「サガ。お前いつまで寝ているつもりだ」
べしっと額を叩いてやる。けっこういい音がした。
「もう昼過ぎだぞ、昼過ぎ。いつもはバカみたいに早く起きるくせに、休日なるとこれなのだから」
何も云わずカノンを見ているサガに云う。
「俺は掃除洗濯全部やり終えた。お前の当番だった買い物にも行ってやったぞ。感謝しろ」
そこで漸くサガ。
「…水」
「は?」
「…喉が渇いた」
「それはそうだろ。お前寝過ぎ!」
カノンは横手の水差しをとり、乱暴に水を注いでやった。乱暴すぎて少し零れてしまった。
ほら、と差し出すとサガは緩慢な動きで上体を起こしコップを受け取る。
それを三口で呑み干して、サガは一息ついた。
「今、何時だ?」
「12時32分」
枕元のカノン用デジタル時計を見やって答える。
するとサガはまたごそごそと寝ようとするので、カノンは呆れに呆れた。
「お前、まだ寝るつもりなのか」
「私はてっきり15時くらいだと思っていたからな。あと2時間半は寝れる」
「だから、寝過ぎ」
「15時になったら起こせ、カノン」
14時55分。
「サガ!あと5分で15時だぞ、サガ!」
バアンと扉を開けて、大声で云ってやる。今度はすぐに反応が返ってきた。
「煩いぞ、カノン…。あと5分寝かせろ」
「まだ寝るのか、お前は」
「ついでに何か食べ物を用意しておいてくれ」
「どうして何もしてないのに腹が減るのだ」
「…トーストとコーヒーが良い」
「ああもうっ」
15時3分。
サガがやっとキッチンへとのそのそやって来る。
着替えるのも面倒だったのか、勝手にカノンのパジャマを着ていた。
「俺の新品を…」とサガにトーストの載った皿を差し出しながら文句を云ってやる。
サガは構わずコーヒーにミルクを入れ、手近にあった新聞を手に取った。仕方なくカノンも席に着く。
サガはトーストを三分の二ほど食べ終わったところで、コーヒーカップを手にしたままふと云った。
「カノン」
「なんだ?」
意地悪く笑うサガ。
「12時半頃だったか、えらく血相を変えて私を起こしていたな」
意外なところを突かれて、だんまりカノン。サガは一口コーヒーを含んで続ける。
「あまりに必死なので、何かあったのかと驚いた」
「何かあったのはお前の方だろ、病気か何かではないのか、寝過ぎだ」
カノンが視線を逸らしてそう云うと、サガは可笑しそうに笑った。
「そうだな。私に何かあったのかと心配したか?カノン」
図星。
「お前は誤魔化すためにお喋りになるからな、すぐに解る」
「…寝惚けていたくせに、そういうところだけ鋭いな」
「まあな」
そうして遅すぎる朝食を食べ終わる。
「カノン」
洗い物をしているカノンの背に呼びかける。
「んー?」
「次の休みにはもう少し早く起きてかまってやるから、そう拗ねるな」
「す…拗ねてなどおらぬ!」
振り返るカノンにサガは笑んだ。
「今夜の手抜き料理が、あてつけ以外の何だと云うのだ?」
お前は実に解りやすくて可愛いな、とサガはくつくつ笑った。
|
|