Gemini Log




ピアス


 片耳ピアスは相手募集の意味だとサガに怒られた。

 両耳ピアスもつまらないので、舌にピアスできめてみる。

 サガにこれ見よがしに見せてやったら、サガは嘆息。どうして穴を開けたがるのかと云う。

 痛いのが好きなのだとサガが気に入りそうな答えをやっておき、まあなんとなく接吻けを交わす。

 ちゅっとくちびるとくちびるで、ちょんと舌先と舌先で、ちゅくちゅくと舌と舌で、ああ、骨までとろける。

 サガと舌を舐め合っていると、麻酔状態。

 だが、今日は麻酔が浅い。浸りきれない、この感じ。

 サガは俺の舌のある一点ばかりを擦ってくる。そこはつまり、ピアス。

 サガの舌は俺の口の中でピアスばかりを可愛がる。そこは俺ではない。

 そこをいくら舐めてくれても、俺は全く気持ち良くないぞ。くちびるを離して云う。

 「サガ、どうしてピアスばかり舐めるのだ」

 するとサガは全くすまないと思っていない顔ですまないなと云った。

 「つい気になってな」

 そして次の日、またなんとなく接吻けをしていたら、サガが「ん?」と口を離した。

 「カノン、ピアスはどうしたのだ?」

 こいつは本当に最低だ。今自分で確かめていたくせに。

 「外した」

 ここはいろいろと取り繕うよりも、攻めておこう。

 「だからたっぷり舐めてくれ」

 そう云ったら、サガが気をよくして、よしよしと舐めてくれるのを知っている。







 頬に触れてくる指先を心待ちにする。サガは笑った。

 「お前は、この瞬間だけは大人しい」

 絶句。そんなにも待ち焦がれているように見えてしまったのだろうか?

 「お前の指が好きだからな」

 やっとそれだけ、余裕の振りして云ってみる。サガは眼を細めた。

 「嬉しいことを云ってくれる」

 ダメだ、これではまたサガに流される。

 「お前は…」

 「うん?」

 「お前は、俺のどのような手が気に入っている?」

 接近中のサガの指先がぴたりと止まる。惜しい、あとちょっとだったのに。

 「そうだな」

 そう云って、手を顎に当ててしまうから、それはわざとなのかと問いたくなる。

 「あぁ、そうだ。こういう手が好きだ」

 サガは掌を仰向けにして、その手を差し出した。

 「わからぬ、サガ」

 「だから、お前のこういう手が好きなのだ」

 力尽きたようにぱたりと落ちた手が好きなのだと云う。

 それはもう、うっとりとサガが云ったので、俺は「このサドめ」と云うしかなかった。サガは続けて云った。

 「手の全てが地に落ちては魅力は半減する。指だけがまだギリギリ浮いているのが、良いのだ」

 「それは、俺がくたばっている姿が好きということか?」

 「私は、カノン、お前が例え死んだとしても、お前を愛しく思うぞ?」

 「お前の云い方では、まるで俺が死んだ姿の方が好きと云っているように聞こえる」

 そう云うと、サガは不思議そうに首を傾けた。やがて、その手をひっくり返した。

 「こういうお前の手も好きだ」

 一転、サガは空間に爪を立てる。

 「なんだ、それは?」

 「私の背に爪を立てているお前の手を真似てみた」

 「み…見たことないだろう!背中なのだぞ?それともお前は後頭部に眼を持っているとでも云うのか?」

 サガならあり得る気もする。

 「あくまでも想像で、だ。どうだ?このような感じで爪を立ててくれているのか?」

 「知らぬ…!」

 「そうか。それだけお前は必死ということか」

 「もういい!この話は終わりだ!」

 「ならば、この話を終わってどうするのだ?」

 「…先程の続きをする」

 俺がサガから眼を逸らすと、サガは口許にとてつもなく意地悪な笑みを浮かべた。

 「結局、爪を立てることになりそうだが、それでも良いか?」

 ああ、くそ。

 「今日は引っ掻いてやる」

 俺に出来る反撃など、この程度なのだから、サガの指先はたまらない。




愛とは「愛しています」とは言えないこと



 「愛しています」や「愛しています」や「愛しています」は、陳腐すぎるのでなかなか言葉には出来ません。

 嘘っぽいかななんて思ってしまうのは、あなたがやたらと多用するせい。

 疑い深いのはあなたのせい、解ってる?だけど今更そんなことを云っても仕方ないね。

 「愛しています」より、この想いを伝えれる言葉を探して、嗚呼、洒落た言葉が見つからないのです。

 もっとあなたを惹きつける言葉を、もっと何よりの真実と思ってもらえるような言葉を云いたいのに、

 見つからないのです。

 出てくるのは飾りけのない「愛しています」ばかり。

 もどかしくて、もどかしくて、何度も口を開いてみるけれど結局何も云えなくて、

 この不甲斐なさに涙が零れてしまいそう。

 「愛しています」とは云えなくて、だから「愛しています」とは云えないのだと云ったなら、

 あなたはそれこそが「愛しています」なのだよと微笑んだ




オアシス



 「カノン」

 「カノン」

 「カノン」

 だんだんと語気が重くなっていくそれに、眼を覚ました。

 ああ、そうだ、俺は昼寝をしていたのだ。日当たりの良い庭で。

 だが眼を薄く開けて見えた風景は、日当たりが悪く、空の青をサガの顔が邪魔していた。

 なるほど、日当たりが悪いのはサガの髪の毛のせいらしい。

 俺を見下ろすサガの髪は、必然的に肩口から前へと垂れていた。腕を伸ばせばたぶん届く。

 なにげなくそれを取ろうとして、しかしサガが口を開く方が早かった。

 「カノン。このような処で寝るな」

 「大丈夫、大丈夫、俺の寝込みを襲うのはサガくらいだから」

 「…カノン、お前、寝惚けているだろう」

 サガが呆れた風に眼を細める。

 「私が云っているのはお前の貞操のことではない。このような処で無防備に寝ていると熱中症になるぞ?」

 そういうサガの後ろで太陽がきらり。思わず眼を逸らすと、サガは何を勘違いしたのか、

 「私はお前の体を気遣って云ってやっているというのに」

 少し不機嫌になって云う。

 「ほら、さっさと家の中に入れ」

 「まだ眠い」

 「カノン」

 「ぐぅ」

 「カノン」

 いかん、そろそろ本気で怒りだした。

 「私は家に入るからな」

 あ、ちょっと待てよ。いつもならもうちょっと、ほら、駆け引きとか、何かあるだろう?

 寝惚けて計算違いしたのだろうか?もう終わり?

 サガが空からいなくなると、太陽光線に眼が眩む。おまけに熱い。

 そしてサガの髪の毛の最後の一房が、視界に広がる空から流れ出ようとしたときに、

 慌ててそれを掴んだ。

 「…痛いぞ、カノン」

 「すまん…」

 やはり慌てて手を離す。サガの髪は熱かった。もしかして、ずっと太陽に晒されていたせい?

 「カノン」

 「え?」

 見上げると、不意に陰が俺を襲った。

 今度は手の届きそうなところにサガの髪でなくて、顔がある。サガの口許が微かに吊り上がる。

 「私は先程から暑くてかなわぬから帰る。もしも寂しいと思うなら、お前も来るが良い」

 むう…。仕方ないので、起き上がって、サガの髪を握り付いていく。

 「サガ、お前はやっぱり我が身が一番可愛いのだな」

 俺のためにその身を犠牲にして陰を作ってくれていたらしいが、結局自分が暑くなったらお終い。

 まあそういう僅かな優しさが効果覿面なのだけれど。

 「砂漠のオアシスのような方が、有り難みがあるだろう?」

 サガは悪びれもせずに云った。そうして付け足す。

 「我が身の次に、お前の体を可愛がってやっても良いがな。どうだ?」

 知っているか?部屋の中でも熱中症になるのだからな!

 そこんとこ気を付けてくれるなら、有り難く可愛がられてやろう、かな。




肩甲骨


 サガの着ている薄手の長袖シャツの背中側を捲り上げる。

 「カノン…?」

 相変わらず読書をしていたサガが不審げに顔だけ振り返った。

 それに構わず、顕れた肩胛骨にうっとり。ああ、たまらん。俺ってへんなフェチ。

 思わず上唇と下唇で挟み込み、べっとりむしゃぶる。

 「カノン、ちょっと待て」

 ダメ、待てない。つーか待てるくらいなら、こんな変態なことしない。

 くちびるではんで、舌でもべろべろ舐め尽くす。でも足りない。

 こんなにも一生懸命喰っているのに、まだ眼の前にあるから、すげー美味しい肩胛骨。

 「…は…っ」

 舌が乾いてもいい。くちびるがカラカラになってもいい。どうしてもこれが欲しい。

 食べたい。喰い尽くしたい。もっと欲しい。

 「サガ」

 くちびるも舌もそのままに、なんとか言葉を紡いで、

 「くれよ」

 「くれと云われてもな。ただセックスするだけではいかんのだろう?」

 「ああ、ダメだ。だって俺に挿ってくるのはこれじゃない」

 「それはそうだろう。いくら私でも挿れてやれぬなあ」

 サガが微かに声に出して笑うと、背中が揺れる。そんなことされると、逃げられているようでイヤだ。

 噛み付く。

 「カノン」

 「ダメだ、サガ。本気で喰いそう」

 「カノン、お前少し興奮しすぎだ」

 わかっている。

 でも、乱れて上がる息も、上気する頬も、止まらないくちびるも舌も歯も、全部丸ごとお前のせいなのだ!

 「喰われたくなかったら、早く俺にこれをよこせ」

 「さてさて、どうしたものか」

 俺がお前のこれを喰っちまうのが先か、お前がこれを俺にくれるのが先か、さあ、どっち。




アテネオリンピック観戦中


 ふたりでごろごろ。テレビでアテネオリンピックなど見たりして。

 どうせなら見に行けばいいものの、ふたりでごろごろできないからそれはイヤ。

 「俺たちが出場したら、金メダル総なめだな」

 カノンが隣でごろごろサガに云う。

 「いやいや、そうとは云えないぞ」

 サガはやっぱり隣でごろごろカノンに応える。

 「射撃などはしたことがないからな」

 「まあ確かに。射撃、か」

 カノンが呟くと、サガがカノンの横ににじにじ。

 頬が付くほどぴったり真横。両肘で体を支え、取り出したるは輪ゴム。

 「なにをするのだ、サガ?」

 「まあ見ていろ」

 指に輪ゴムを引っかけて、狙いを定め、Bang!

 弾丸輪ゴムは床に置きっぱなし目覚まし時計の中心にヒットした。

 「それくらい俺にもできる」

 「そうか?やってみろ」

 輪ゴムを受け取り、「……」

 「サガ…巻き方を教えてくれ」

 というわけで、なんとかBang!

 しかし弾丸は見事にカノンの指でくるくる回るばかり。

 「…あれ?」

 「これにはコツがあるのだ、カノン」

 「む。もう一回だ。俺は初めてするのだ。フェアじゃない」

 「どうぞどうぞ。とりあえずあの目覚ましに掠めるくらいになったら起こしてくれ」

 「おい、寝るな、サガ」

 「起きていて欲しかったら、早く目覚ましにヒットさせることだな」

 「…くそ」

 ふたりでごろごろ。そんな2004年8月某日。




ハイウェイをかっ飛ばせ


 週末深夜2時。カノンが車のキィを手にぶら下げて振り返る。

 気付いてサガが、気付かない振りをして問うた。

 「何処かに行くのか、カノン」

 気付かない振りをしたサガに気付いて、それに気付かない振りをしてカノンが応えた。

 「ああ、何処かに行く」

 面倒だ、やめよう。サガは小さくひとりで笑って本を置いた。

 「では私も行こう、何処かに」

 深夜2時のハイウェイ。時速100キロでかっ飛ばす。

 「カノン、制限速度オーバーだ」

 全開ウィンドから侵入する風に髪を押さえながらサガが云う。

 カノンは同じく髪を片手で少々乱暴に押さえながら聞こえない振り。ネオンライトは右手側。

 「なあカノン」

 「ん?」

 聞こえない振り、確定。一瞬ふたりで黙り込み、まあいいか。

 「知っているか?」

 「何を」

 「ラブホはネオンが消えると満室という意味なのだ」

 「へえ。そういえばもうラブホネオンは消灯しているな」

 「残念だな、カノン」

 「何が!」

 さてさて何処へ行こうか、深夜のドライヴ。ラブホ街を突き抜けて、ネオンライトを追い越して。

 「何処かって何処だと思う、サガ」

 「何処かは何処かだろう、カノン。次、急カーヴ注意とあるぞ」

 ついでに注意標識までぶっちぎる。

 「安心しろ、サガ。実は俺の反射神経は光速にも対応しているのだ」

 「車は確実にしていないがな」

 「まあ何にせよ、死なない死なない」

 「車が死ぬ。そしてお前の小遣いが確実に減り、食費も削られ、餓死するぞ?」

 「俺が死んだら哀しいくせにぃ」

 それ、急カーヴをタイヤに悲鳴を上げさせて曲がりきる。

 「なあ、サガよ」

 「なんだ、カノン」

 「明日は休日、何処までも行ける」

 ガソリンはもちろん何処かで補給しよう。

 「しかし問題は明後日だ。お前は仕事だろう。いったいどの辺りで折り返すべきか?」

 「カノン。何処かに行くのだろう?」

 「その通り」

 「何処かとは、未だ見たことのない地を云うのではないか?」

 さあ、夜明けを見に行こう。さあ、夕暮れを見に行こう。

 「明後日は無断欠勤だ」

 さあ、ふたりでかっ飛ばせ。




午後三時


 そろそろお茶の時間だと俺は柱時計を見て立ち上がった。

 ブラックコーヒーと、何かひとつかふたつ甘いものを食べよう。

 甘いものは何かあったかと考えながらキッチンへ行こうとした、その道すがら、玄関の扉が開いた。

 「ああ、おかえり」

 体はキッチンに向けたまま、一応立ち止まって顔だけ向ける。

 仲良しの秘訣、スニオン送りにならない極意。

 すると仕事帰りのサガは、すこし驚いたのか眼をいつもより大きくして、すぐに細めた。

 「私を待っていたのか?」

 勘違いもいいところだ、兄さん。でも体ごとサガに向き直る。

 「ああ、待ってた」と可愛らしく云ってやると、サガは呆れたように、「お前の嘘はつまらぬ」

 バレバレだと鼻で笑った。こんなに可愛く笑い掛けてやったというのに、それはないだろう。

 代金寄越せ。

 「と云われてもな、今は現金を持っておらぬ」

 「しけてるなあ」

 ああ、そうだ。

 「担保を何かくれたら、いくらか貸してやってもいい」

 「担保?」

 「ああ」

 サガを壁に押し付ける。その暑苦しい法衣の襟元を緩めて、首筋を舐め上げた。

 はだけた合わせの、その僅かな隙間から見える鎖骨がなんともたまらん。

 「カーノーン」

 喉笛を甘咬みしていると、上向き加減だったサガの顎が俺の頭をごんごん叩いてきた。痛い。

 「この私に値段を付けれると思っているのか?」

 「じゃあ担保の件はなしにして、これが俺の最高級笑顔への料金にしよう」

 「お前、私にまた興奮しすぎて云っている意味が解らぬぞ」

 「そうか…?ええと、では俺は甘いものが食いたいと思っていたところだから、お前を食おう」

 「ますます解らぬ。前後の会話が成り立っていないな」

 とにかくお茶の時間なのだ。ブラックコーヒーと甘いものを食べたいのだ。

 サガの胸元に顔を埋めて、その甘い肌と鎖骨を丁寧に舐める。

 「飴か、私は」

 サガがくっくっくっと含んで笑う。

 飴ね、飴は最後まで舐めていたことがない。途中で咬んでしまう。

 でも咬んだら確実に機嫌を損ねるだろうから、これまた可愛らしく、欲望押さえて、キス止まり。

 ちゅうと吸ったら、苺飴。

 「とりあえずカノン、私はそろそろ家の中に入れて欲しいのだが」

 サガが片手で俺の髪をあやしながら云う。その手を壁に押し付けて、

 「前から玄関でしてみたかったのだ」

 囁く。しかしサガはそれを聴いて、笑った。

 「お前の嘘はバレバレだと云ったであろう。何故今すぐしたいだけと素直に云えぬのだ」

 ああ、バレバレ。玄関でも、庭でも、実は何処でも良いのだ。

 早くしないとお茶の時間が終わってしまうから。

 「カノン、私にも甘いものを勿論出してくれるな?」

 もちろんだとも、ふたりで間食、愉しいお茶だ。ただ、ブラックコーヒーがないのが心残り。

 「苦いものなら、いくらでもくれてやろう」

 「お前にもな」

 只今来客・宅配便お断り。




甘やかす


 「なあサガ、甘やかしてくれ」

 「これ以上は無理だな。どうしろと云うのだ」

 「具体的には、そこのブランケットを俺に掛けて欲しい。冷える」

 「それくらい自分でしろ」

 「人にやってもらうのが好きなのだ」

 「そこでサガに、と云えない時点で、掛けてやる気が失せた」

 「お前はいつも難しい」




飲酒と一夜


 俺とサガは大変仲が宜しくない。バカは死んでも治らないというが、仲の悪さも決定的だった。

 なのに何故か一緒に住んでいる。更に何故か時々一緒に酒などを酌み交わしてもいる。

 たいていサガが酒瓶を片手に飲もうなどと云うのだ。サガは俺との関係を修復したいのだろうか。

 仲は悪いが、別に嫌いでもないので、一緒に飲むことにはしている。

 しかしいつも話すことなどひとつもない、話題困窮。

 そんなわけで酒を飲んでしか場が繋げない。

 ハイペースに杯を重ね、床には酒瓶がごろごろ転がっている。

 やばい、酔った。テーブルに肘を着いた手を見れば、酒のせいか軽く震えているし感覚が甘い。

 「サガ、水をくれ」

 一度酒は休もう。サガも少々酔っているのだろう、頬が上気している。これで素面なら化け物だ。

 「うむ、水か」

 サガの手がグラスやら酒瓶やら煙草やらが散乱しているテープヘルの上を彷徨う。

 「早くしろ…頭がぼーっとする…」

 「ああ、これだ」

 サガは透明な液体をグラスに注いで、俺に差し出した。

 それをなんとか受け取り、一気に飲み干す。ああ、喉越し爽やか、冷たくて気持ち良い。

 くたりとテーブルに突っ伏す。

 「カノン、おい、カノン、大丈夫か?」

 「ああ…」

 「カノン、すまぬ…ひとつ謝らねばならぬことがある」

 へえ、お前が殊勝にも俺に謝るだなんて気持ち良いなあ。

 「あー?」

 「今カノンが飲んだのは水ではない。酒だ」

 「はあ、うん、だって今俺たち酒を飲んでいるのだから当たり前だろう?」

 「いや、そうではなくて、お前が水と思って飲んだものが酒だったのだ」

 「あ…あ、ビールは水のようなものだ」

 「違う、誰がビールの話をしているのだ」

 「している、俺と」

 顎で顔を支えて、サガを見上げる。

 「お前」

 ふと横を見れば、グラスには酒が残っている。もったいないので、飲む。

 「カノン、もうその辺にしておけ」

 「大丈夫だ、今、水飲んだから平気だ」

 「違う、今のは酒だ」

 「うん、そうだな。今のは酒で、さっきサガがくれたのが水だ」

 「だから違うと云っているだろう」

 ついに撃沈。額がテーブルと痛烈にキス。

 「カノン」

 「うん…」

 「カノン」

 「うん…聴いてる…」

 「本当か?」

 「うん、本当だ。ちゃんと聴いてる…」

 「では、カノン」

 うん…うん…俺は夢見心地でサガの話に頷いていた。

 翌日、重い胃をさすりながらベッドに上半身を起こした。うう、さすがにちょっと気持ち悪い。

 「って、あれ…?」

 自分の上半身を見下ろし、俺は小首を傾げた。何故裸なのだ、俺。

 するとそこにサガがいつものように朝食だと扉を開けて入ってくる。

 「おはよう、カノン」

 「ん。なあサガよ、俺は昨日お前と酒を飲んだ後の記憶がないのだが。

 お前がベッドまで運んでくれたのか?」

 「ああ、そうだ」

 「でも何故裸なのだ?」

 「着替えさせるのは面倒くさかったからだ」

 さらりと云う。

 「相変わらず俺には優しくないな」と俺は部屋を見渡して、眉根を寄せた。

 「ここは…サガ、お前の部屋ではないのか?」

 「そうだが?何か問題が?」

 「いや…ないが…」

 しかしそうなるとサガはいったい何処で寝たのだ?

 慌てて掛けられていたブランケットの中を確認する。履いてない。

 「サガ…俺…下着がないのだが…」

 ここは楽観的に考えよう。サガも酔っていた、あれは確実に酔っていた。

 だから俺を間違えて俺の部屋ではなく自分の部屋に運んでしまったのだ。

 面倒だったサガは早く自分も横になりたいという思いから、俺を移動させなかったのだ。

 更に俺の服を脱がせ、やはり面倒だからとそのまま放置。

 おぞましいことに、サガもそのまま俺の横で寝てしまった、と。

 更に更に俺の下着まで脱がしたのは、

 サガはいつも裸で寝ているから下着を脱ぐのは当たり前のことであって、他意はなかった、と。

 「そういうことだろう、サガ?」

 俺がサガを見上げると、サガは首を傾げる。

 「どういうことか全くわからん。下着がないの後にそういうことだろうと云われてもな」

 「いや、良いのだ。俺はそういうことにしておくから」

 よく解らないとサガは表情でそう云ったが、朝食を食べに部屋を出ていこうとする。

 慌ててそれを呼び止めた。

 「おい、サガ。俺の下着は何処だ?」

 「ああ、洗った。なんだ、カノン。今更恥ずかしがることではなかろう?」

 サガが振り向き、口の端を上げてにやりと笑う。

 今更?ああ、そうだ、なにせ俺たちは兄弟だものな!

 そう自分に云い聞かせながら、ブランケットから片脚を降ろしたなら心臓が跳ね上がった。

 足の付け根に紅い鬱血痕。俺は死にたくなった。

 「サガ…これは…」

 いや、きっと打ち身だ、サガが酔った勢いで俺を何処かにぶつけたのだ。そうに決まっている。

 そうだ、よくよく考えてみれば体はべとついていないし、尻辺りも…なんとも…ない…と思いたい。

 気持ち悪いのは、酒のせいだ、絶対。俺が自分を納得させていると、サガはやれやれと云った。

 「カノン、早く用意をして来い」

 「あ…ああ」

 サガの様子はいつもと変わらない、それが何よりの証拠ではないか。

 俺が思うようなことは何もなかった、絶対にそうだ。意を決して素っ裸で立ち上がる。すると、

 「ああ、そうだ、カノン」 

 「…なんだ?」

 思わず手を後ろにしてしまっていた俺は慌ててサガを見た。

 「私はお前にとても優しくしてやったと思うが?」

 「は…?」

 「痛みもないだろう?それに、きれいに拭いてやったしな」

 「ぶ…!」

 サガ、貴様、俺の体に何をした!?と俺が食らい付くと、

 サガは二日酔いも吹っ飛ぶほどの悪魔の笑みを浮かべて、俺のくちびるにくちびるを重ねてきた。

 一瞬ひるむと、次の瞬間には離される。

 「な、な、な…!お前今…!」

 「どうした、カノン。これくらいで恥ずかしがっていてどうする?

 もっとしてくれと強請っていたお前とは思えぬ」

 俺は茫然とサガを見ていた。そのサガは今度は天使の微笑み。

 「カノン、また飲もう。ああ、それとも今度は素面でも良いがな?」

 「何が!」

 後で教えてもらったが、サガは俺に水と云って酒を渡したあの時も、

 多少は酔っていたのかも知れないが、しかし確信犯で渡したという。

 そんな今更の懺悔を俺はまたサガのベッドの中で、

 サガの肩に片脚をかけながら、やっぱりその付け根に紅い鬱血痕を残されながら聴いている。






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