Gemini Log




愛されること


 ずっとずっとたぶんあなたの愛とか優しさとか、そういうものが欲しかったのです。

 そういうものが欲しくて、でも得られないので、得られる方法をずっとずっと考えていました。

 28年間も考えていました。

 神さまの愛よりも、世界の優しさよりも、あなたが欲しかったのです。

 あなたがわたしに対して愛も優しさも持っていなくとも、最期辺りはそれでも良いと妥協していました。

 そして今、何故かあなたとまた暮らしはじめて、

 あなたの愛やら優しさやらをその意味まんま、この体全部で味わっているのだけれど、

 いざ愛されると、優しくされると、怖くて逃げたくなります。

 たぶんにわたしは愛することに慣れすぎて、しかもそれは過剰の愛だったのですが、

 つまり愛することに慣れすぎていて、どうやって愛されていいかが解りません。

 あなたが与えてくれるその手に触れたいけれど、いったいどのようにして触れたらいいのでしょう。

 昔は喰いつきたいほど欲していたその手ですが、いざとなれば喰いつくことなんか出来ないものです。

 おずおずとこの手を伸ばして、指先を少し触れさせ、

 あなたの手がわたしの手を振り払わないことを確認して、

 それからやっと少しだけあなたに心を許してもいいのかなと惑います。

 最近思うのですが、愛することは簡単ですね、簡単でした。

 愛されることの方が難しい。難解なことは嫌いです、心を使うのはもっと嫌いです。

 だからどうか愛しすぎないで下さいね。心労でいつか倒れてしまうから。疑い深くてごめんなさい。

 素直にあなたを信じ切れないわたしですが、あなたはそれでも愛してくれますか。

 わたしがあなたに愛されることに慣れるまで待ってくれますか。

 ついでにやっぱりわたしもあなたを愛していいですか。愛することのほうがわたしは好きです。

 でもね、あなただけにはこっそりと教えます。

 あなたに愛しているよと囁かれると、ああ生きていて良かったな、なんて思ってしまうのです。

 つまり、なんというか、あなたに愛されることだけは、愛されることの中で唯一好きなのですよ。




ブラザーコンプレックス


 これは恋じゃないよとサガは云った。

 では何なのかと問うたなら、これは極度の病的のブラザーコンプレックスなのだと云った。

 最近のブラコンはセックスまでするらしい。

 アテナから借りたBL小説とかいうものを読んで、あながち俺たちの関係も間違ってないのかもと思った。




一卵性双生児



 床にふたり、寝転がって足を向け合い本を読む。

 投げ出された足にふと気付いて踵を合わせてみたりなんかして。

 「おぉ、ぴったり」

 「一卵性双生児だからな」

 「そういえばそうだった」

 でもちょっと嬉しいの。




ストリートカフェテリアにて



 ちょいと洒落た真夏のストリートカフェテリア。

 「オレンジジュース」

 「お前いったいいくつになった?」

 「飲みたいから飲む。これ信条」

 そんなわけでオレンジジュースとカフェオレを下さいな。

 「なんだ?」

 「いや、なに、お前があまりに美味そうにオレンジジュースを飲むから」

 「欲しいなら欲しいって云え」

 「欲しいと云えばくれるのか?」

 「俺はそんなにケチではない。支払いはどうせお前だし」

 「私が払うのか…」

 「奢ってくれよ、兄さん」

 「では遠慮なくもらうとしよう」

 「…女同士でのこういう光景はよく見掛けるが…おい、全部飲むな」

 「うん?」

 「男同士で、しかも兄弟でこれはアリなのか?全部飲むなって」

 「もうひとつ頼めば良いではないか。支払いはどうせ私なのだろう?」

 「お前こそ、そんなに飲みたかったのなら、もうひとつ注文すればいいではないか」

 「お前はわかっていないな、カノン」

 「なにが!?」

 「お前が美味そうに飲んでいたから、これが飲みたくなったのだ」

 「全くわからん。ああ、くそ。メニュウよこせ」

 とりあえず手当たり次第持ってきて!

 「そんなに頼んで食べきれるのか?」

 「どうせお前も喰うのだろう、サガ」

 夕暮れお洒落なストリート。

 「あれだけ奢らされたわりには機嫌がよいな、サガ」

 「そうか?なにせ欲しいものが手に入ったからな」 

 「なに?何か買っていたか?」

 「こればっかりは買えぬ。人身売買はごめんだからな」

 「また物騒なことを。お前が云うとしゃれにならん。で、欲しいものとは?」

 「惚けるな、カノン。くれると云ったではないか」

 「へ?…まさか俺なのか?」

 「先程私が欲しいと云えばくれると云ったな?」

 「ちょっと待て、あれはジュースのことだろう」

 眉間を押さえて、ああ頭痛!

 「お前のことだが?」

 「俺はジュースのことを云ったのだ!」

 「だが私はそうは思わなかった。云ったであろう、お前がジュースを飲む姿を見ていたら欲しくなったと」

 「お前…昼日中から欲情するな、しかも弟に」

 「それでくれるのか、くれぬのか」

 「もし俺がやらぬと云ったらどうする?」

 そこでサガはにやりと笑った。

 「奪う」

 完敗です、お兄さま!じゃなくて、乾杯!




メロメロ


 サガがなにげない仕草で、そのくちびるを、その舌で舐めているのを見ると興奮するのは、

 それが俺と接吻けした後にする仕草だからだ。

 更にそのあとの行為を俺に思い起こさせるのだから、サガは最低だ。

 「何を怒っているのだ?」

 お前がそういう仕草をするだけで興奮する。そんなことを俺の体に教えたから怒っているのだ。

 「舐めるな」

 「…なに?」

 サガが意味が解らないと首を傾げる。それがまた苛々する。

 「くちびるを舐めるな、と云っている」

 俺と接吻けをしたあとでもないのに、このあとそういうことをするわけでもないのに、

 思わせぶりにするわけでもなく、何気ない仕草でそういうことをするな。

 「カノン」

 サガがぐいと俺の髪を引っ張って、そのまま項を撫でられる。

 「接吻けをするのを忘れていたな」

 サガがしたあとくちびるを舐める接吻けは、互いの唾液がくちびるにねっとりするほどの激しいやつ。

 くちゅくちゅふたりでやりながら考える。

 餌が乗った皿を出され続けた犬は、皿を見ただけで涎が出るらしい。

 サガとセックスをする俺も、サガを見ているだけでメロメロ。

 犬は大洪水に巻き込まれて、それを忘れてしまったらしいけれど、

 俺は隕石でも落ちてこない限り、あの気持ちよさは忘れられない。

 「もうくちびるを舐めても良いか?」

 てろりとふたりの間で糸を引く。

 「ダメ。舐めるにはまだ早い」

 でもどうしても舐めたいというならば、お前と同じ形をした俺のくちびるを舐めてみてはどうだ?

 「くちびるだけでは済まないだろう?」

 「解っているではないか、兄さん」

 でも舐めてくれるお前に、好きだと云って時々抱きつきたくなる。

 云えないので抱きつくだけに留めておくが。

 ついでにこのあとの行為にも今日はお前から誘って欲しい。なんて思っていたら!

 首筋を舐め上げられて、くちびるだけでは済まさないお前にもう今日はメロメロ!




奇跡


 コンビニを出ると雨が降っていた。カノンは溜息ひとつ空を見上げる。

 止みそうもない雨に雨宿りも無駄と悟った。仕方なくカノンは雨に濡れ歩き出す。

 街は雨に打たれ、人は疎ら。静寂な世界に雨音が響き、カノンはそれを愛おしく想う。けれど、

 「カノン」

 唐突に背後から呼びかけられる。振り返ると傘を差したサガがいた。

 サガも買い物帰りなのか袋を下げている。なんというキセキ!と思ったのも束の間、

 「この傘にふたりも入れるわけなかろう」

 「そう云うなら声なんて掛けるな」

 カノンがそっぽを向くとサガは苦笑い。おもむろに傘を閉じた。

 「これでいいか?」

 何がいいのかカノンには理解できない。でもサガがいいと云うのでそれでいいのだろう。

 「帰るか」

 「帰るか」

 世界の静寂を邪魔するように、下げた袋をぶつけ合う。

 「役立たずの傘だな」

 カノンは笑う。

 「そんなことはない」

 サガは目を細める。

 傘を開いて、その影で接吻けを交わそう。誰にも見られぬように。大いに役に立つ。

 「本来の使い方じゃないな」

 嗚呼、もう一度して。

 「新しい使い方だ」

 もう一度、もう一度。

 (配布元)




破れた地図


 カノンはだんだんと不安な気持ちになったきた。前を往くサガの眉間にしわが寄っている。

 「サガ。お前迷っただろ」

 云ってやるとサガは曖昧に濁して返す。道に迷ったのだとカノンは直感した。

 「お前は地図も読めないのか!」

 「地図くらい読めるわ。問題はお前が昨日この地図を破ったことにある」

 サガはひらひらと破れた地図をカノンに見せた。カノンは口ごもる。

 「わざとではない」

 「知っている。だから責めてないだろう」

 カノンはサガに並んで地図を覗き込む。現在地は地図にない場所。

 「こんな地図無駄だな」

 「ならば捨てるか」

 風に舞ってひらり。地図は何処か遠くの空へと旅立って行く。

 「まあ何とかなるだろう」

 サガとカノンは地図を見送って、それとは反対方向に歩き出した。

 (配布元)




帰る場所


 古びたバスだった。サガ以外には乗客もいない。運転手もいない。

 舗装もされていない砂利道をひた走る。

 このバスは何処へ行くのか。いったいいつこのバスに乗ったのかさえ覚えていない。

 思い出す限り停留所などなかった 。いつの間にかバスの後部座席に座っていた。

 そうして外を眺めているのだ。雨粒が窓を流れ落ちている。外などよく見えない。

 唐突にバスが止まった。停留所らしい。しかし降りる気にはなれない。

 どうせなら終点まで乗っておこうと思った。終点など在るのかは知らないが。

 運転手もいないのにどうしてこのバスは止まるのだろうと考えていると、カノンがバスに乗り込んできた。

 雨に打たれていたのか体が濡れそぼっている。

 サガは思わずその名を呼んだ。カノンがこちらに気付いて片手をあげる。

 「サガ。奇遇だな」

 「何故このバスにお前がいる?」

 「たった今乗車したからだろう」

 カノンは適当に座席を見つけて座る。

 「このバスは何処行きなんだ?」

 問われてもサガにも分からない。気付いたら乗っていたのだ、このバスに。

 「まあいいか」

 カノンは濡れた髪を摘む。

 「暇潰しの相手も出来たことだしな」

 「私を暇潰しに使うとはな」

 サガは苦笑した。

 「まあ積もる話もある」

 このバスは何処へ行くのか。もしかしたらまだ見ぬホームへと連れって行ってくれるのか。

 そんなことを考えた。

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さあ、旅に出よう


 辿り着いたそこは不思議な部屋だった。

 針のない時計。数字の欠落しているカレンダー。花のない花瓶。

 サガは訝しげに眉をひそめる。

 「この部屋はいったい何だ」

 それに応えて、

 「繋ぎの間さ」

 座れないソファに身を横たえた者が云う。サガははじめてこの部屋に人がいることを知った。

 その名を呼ぶ。

 「カノン!」

 名を呼ばれてカノンは立ち上がり伸びをした。

 「やっと来たか、サガ」

 「お前、どうしてここに」

 「もう随分と待たされた、お前はいつも俺を待たしてくれるな」

 カノンは視線でサガを誘う。こちらへ来いと。

 カノンの前には古びた扉。カノンに並んでサガはそれに触れる。

 「そうか。なるほど、そういうわけか」

 「そういうわけだ」

 ふたりはにやりと笑って頷いた。

 「先に行っても良かったのだが、お前を待っていた」

 カノンが云う。

 「待たせてすまなかった」

 サガが云う。

 そうしてふたりは手を繋ぐ。

 「独りで開ける扉だが」

 「俺たちはふたりで開こう」

 生まれ変わってもまた共に。ふたりで生まれて、独りで死んで、また共に再生しよう。

 繋いだ手を確かめて、、さあ、扉を開こう。

 「せーの!」

 ふたりでジャンプ!
 
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官能eyes


 「お前の眼だけでいけそう」というのは事実だが、そうしたいわけじゃない。

 誘い文句ということくらい解っていながら、お前は意地悪だ。

 「見ていてやるから、ひとりでしてごらん?」などとお前は涼しい眼で囁いた。

 俺が唖然としていると、サガは続けて云うのだ。

 「どうした?いけるのだろう?それともやり方を忘れたか?」

 あう。仕方なく右手を下着の中に潜らせる。ドキンと欲情してしまったのだから思考回路も鈍ってる。

 というか実の兄に欲情している時点で、いかれ気味。そんな言い訳を理性でして、本能で指を動かす。

 「……っ」

 テーブルの向こうには禁欲クールなサガの眼ふたつ。

 もちろん俺のそこはサガからは見えないが、だからこそひとりでハァハァしてる俺があほみたいだ。

 「カノンよ」

 サガはやっぱりいつものように貴族的。

 「お前はひとりでするとき、なにを思い浮かべながらするのだ?」

 仕草は優雅、云っていることは下卑ている。そういう処にまで心臓が跳ね上がる。

 「何を……って」

 手がねとねと汚れ始めた。

 「そうだな、例えば私に抱かれることを思い出したながらとか」

 「っあ…」

 そんなこと云うから、思い出してまたドキン。

 「それとも、この私を抱いている姿を想像してとか」

 「…っく」

 それはかなり刺激的。

 「何故…っ、お前ばかりが選択肢なのだ…?」

 手を休めて口を開けばいいものを、気持ち良いのでそれから手を離せずに応えて声が漏れていく。

 サガは眼を細めて笑った。ああ、たまんなく艶々。

 「私以外を思い浮かべているのか?」

 思い浮かべてません。お前に抱かれてる俺とか思い出して触りたくなってます。

 「例えばどのようなことだ?首筋を舐め上げるところから順に思い出したりしているのか?」

 「ぁ…う」

 舐め上げられる瞬間は、そこが性感帯とか関係なくて、これからはじまることにドキドキしてる。

 「それとも胸を弄られている姿か?」

 「…っう」

 「ああ、そういえば吸われて噛まれるほうが好きだったな?」

 「は…ぁ」

 脚が突っ張る。それでいて上体を留めておくことが出来なくなって、背もたれにもたれかかる。

 「そのまま下腹部まで舌を這わしたなら、お前は私の髪の中に手を入れてまさぐるのだ」

 とても官能的に、と云われたらびくりと背が跳ねて、危うく椅子から転げ落ちそうになる。

 仕方なく上体をテーブルの上に倒した。

 「カノン」

 「ぁ…う…なん…だ?」

 舌が這い出て、テーブルなんかとべろちゅうしそう。

 「それでは私の眼が見れぬだろう?こちらを向きなさい」

 云われて、なんとか顔だけ眼だけでサガの顔を見上げれば、

 なんとも冷たくサガの眼がこちらを呆れたように見下ろしているではないか!

 「あ…っ、いきそう…」

 知らなかった、俺はサガの呆れ顔が好きだったのか。

 そうしてその眼が溜息と共に閉じられて、伏し眼がちに見下ろされた瞬間、

 「…っく!」

 体がぎゅうと収縮して、ああ汚してしまった。

 肩で息を付いて、脱力したこの体をテーブルなんかに受けとめられて少し惨めだ。

 いや、かなり惨めだ。

 ていうか見下ろされるのが一番ドキンなんて惨めすぎる。

 サガは俺を見下ろしたまま、口許に笑み。 「いけたか?」なんて云ってくる。

 いけたいけた、やっぱりいけた。

 もうお前のあれなんて必要ない!とでも云ってやりたい。でも云えない。

 だって、「では次はふたりでいってみるか?」なんてその眼で云われたら、うんと頷くしかないだろう?





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