Gemini Log




シネマにて


 その日突然サガが映画を見に行くと云い出した。

 勝手に行ってくれば良かろうと突き放したが、サガの提案には結局の処は逆らえない。

 サガが白と云えば黒も白色なのだから。

 古びた映画館は閑散としていて、俺たち以外に人はほとんどいなかった。

 暇つぶしの老人、家出少年、自称映画評論家。最後方の真ん中に座ろうとしたサガを止める。

 「どうしてこんな後ろに座るのだ」

 もっと前に座れば良かろうに。だがサガは目で俺にもその隣に座るように促す。

 まあいいさ、どうせ俺は映画などに興味はないのだから。

 俺たちの人生の方がよほどドラマティックだろう?

 映画は酷く退屈なものであった。映画館に似合った白黒フィルム。スクリーンには雨が降る。

 おまけにテーマは社会問題ときた。よくこんなものを見る気になるものだ。

 俺はサガに嘲りの尊敬を送る。

 どちらにせよ俺は寝ることを決め込んだ。もとより寝るつもりであったのだ。

 真剣にスクリーンを見つめるサガとは反対に顔を背け眸を瞑る。やれやれ。

 だがサガの指が伸びてきて、俺の頭をそっと自分の方に傾けた。お前の肩を借りて寝ろというのか。

 「誰も見ておらん」

 囁くように云われる。誰も見ていなかったら何をしても良いというのか?

 ならばと俺はサガに接吻けた。啄むような、瞬きの接吻け。

 「誰も見てない」

 俺はにやりと笑ってやった。驚いた表情を浮かべたサガの顔がみるみる俺と同じ笑みに変わる。

 時々思うのだ。この表情を浮かべるサガだけは俺だけのものなのだと。

 そんなことを思って見つめる内に俺の顎はサガへと引き寄せられた。

 くちびるを交わすだけでは足りず  舌を交わす。ああ、せめてこの映画にも銃撃戦でも在ればよいのに。

 舌と唾液が混ざり合う音が誰にも聞こえぬように。




スーパーマーケットにて


 巨大なスーパーマーケット。

 商品をカートに入れるサガ。そのカートを押す俺。少し損な気分なのは気のせいだろうか。

 「ミルクを切らしていたな」、「卵が足りなかったな」、「明日のパンを買っておこう」、

 そんなことを云ってくるサガに俺は律儀に適当に頷いてやる。

 「今日の夕飯は何にするかな」、問われて「何でもいい」と素っ気なくしてやると、

 「ではお前を料理してやろうか?」なんて真剣な眸で云う。

 仕方なく俺も商品を手にとって唸ることにした。

 「賞味期限と化学調味料には気を付けろよ」

 「いちいちうるさい奴だな、お前は」

 ふたりであれやこれや、食品棚で作戦会議。ふと、「なあ、サガ」

 「うん?」

 「俺たち、28歳のでかい双子が何やってんだろうな」

 ふたりで買い物。ふたりで今晩の献立を真剣に考えてる。

 「バカバカしくて笑えるな」

 「笑えるのは幸せだからだろう」

 そうかもしれない。




美術館にて



 本日は晴天なり。抜けるような青空に、平和の象徴が飛んでいる。こう数がいては有り難みも薄れるが。

 とにもかくにもサガとカノンは広場の階段に腰を下ろす。

 サガの手には今見物して来た美術館のパンフレット。

 「どうだった、カノン?」

 「どうだったとは?」

 カノンが問うと、サガは今の美術館のことだと云う。

 良い造りだったと応えてやれば、パンフレットではたかれた。

 「絵画や彫刻についての感想はないのか?」

 「ああ。うん。良かった」

 石段に降りた白い鳩が寄ってくる。

 「それだけか?」

 「それだけだ」

 カノンは鳩を呼び寄せるように指を出す。

 「例えば最初に見た絵画は14世紀のイタリアで」

 「サガ」

 カノンがそう云うと、鳩は飛び立ってしまった。それを見送って、

 「良かった。とても良い絵だった」

 カノンがもう一度繰り返す。繰り返して、繰り返しただけで言葉を終える。サガは少し間を置いたが、

 「そうだな。良い絵だった」

 そう頷いて立ち上がる。

 さて次は何処へ行こうかと云うサガにカノンは腰を上げて応えた。

 とりあえず、あの鳩が再び着地する瞬間を見てみたいと。




河岸にて



 本日もまた晴天なり。

 どちらかが晴れ男なのだなと云うと同じ遺伝子だからどちらも晴れ男かもと笑い合う。

 さて本日は有名な河に掛かる有名な橋へ。

 パンフレットを片手にサガは橋と河の歴史について一応講義はしてみるが、

 ふんふんとカノンは聴いていない。

 そうして彼は河を橋から覗き込み河だと云う。河だなとサガも云う。おかしい、おかしい、おかしいぞ。

 下に流れるのはただの河。今立つのは有名な橋。なのになんだかなあ。

 「わかったぞ」とサガ。

 「この河と橋はセットで見るべきものなのだ」

 なるほどとカノンは頷いた。

 移動移動、河と橋が一緒に眺めれる処まで。やっと辿り着いて眺めると、「ほら」とサガは得意満面。

 河と橋のコラボレーション!なんて美しい!

 「橋と河は互いに栄え合うものなのだな」

 ふたりはしばし橋と河を眺めて新発見を喜んだ。




喪服


 「ただいま」と帰宅したサガの姿は通常とは違ってスーツであった。喪服だ。

 聖域外の誰かが死んだのだ。

 サガと親しい者だったのか、それとも付き合いで出席したのか、俺にとってはどうでもいい話。

 「カノン?」

 黒ネクタイを弛めながら、サガは俺の顔を覗き込む。

 「サガは喪服が似合うな」

 ふざけてそう云うとサガは苦笑した。

 「そう云われてもあまり着たい服ではないがな」

 でも不思議と似合った。髪の色と釣り合いがとれていて、そう、思わず、

 「サガ」

 ネクタイを引っ張って接吻けを強請るほどに。今日の俺はちょっとおかしい。

 「サガ」

 強請ってもよこさないので、自ら奪う。

 くちびるを触れさせて、少し吸って、次に舌を入れやすいように、口を開けてサガのそれに貪り付く。

 「ん…はあ…カノン?」

 「まだ足りない」

 足りないのはきっと俺からばかりしているせい。お前がしてこないから足りない。

 ぐいっとネクタイを引っ張って、そう伝える。

 するとサガは少し口許に笑みを浮かべて、今度はサガから舌を差しだし入れてきた。

 「んう…はぁ…あ」

 絡め付けてきては、一度離し、その舌を見せつけるようにしてまた進入してくる。

 ほらな、やっぱり足りない原因は推測通り。そしてまた足りなくなる。

 「サガ…もっと」

 体が弛緩して、ずりずりとふたりでその場に座り込む。

 そのくせ接吻けする力だけは有り余っていて、

 貪り合いながら、唾液を交換しながら、サガは俺の服に手を掛ける。

 襟元を開かれて、鎖骨に接吻けするために寄せてきたサガの頭を抱き込む。

 髪の毛がくすぐったい。下降するサガのくちびるに、次なるステップを期待して、腰が疼く。

 「サガ…ちょ…待った」

 「ん?」

 顔を上げたサガを引き離し、今度は俺がサガのしていたようにサガの喉元にくちびるを寄せた。

 喉仏にキス、シャツの釦の合間に舌を忍ばせてれろり。

 「脱いでやろうか?」

 サガが可笑しそうに笑う。

 「だめだ。今日はそのままがいい」

 「何故だ?お前は自身だけが脱がされるのを嫌うだろう?」

 「煩い。今日はいい」

 もう黙れ、サガ。

 俺は釦の合間合間からサガの肌を味わって、「はあ…」、舌が乾いて思わず息が漏れる。

 「カノン」

 呼ばれて見上げると、サガが顔を寄せてきた。

 またそのまま接吻け、乾いた舌にサガの唾液が絡み付く。

 「今日は俺が誘ったのだから、俺主導だ」

 俺が宣言すると、いいだろうとサガは興味深げに頷いた。




廃教会にて


 今日は曇天。明日の未明からは雨模様らしい。

 でもとりあえずは今日は雨が降らないから、それでいい。

 明日のことは明日考える、それがこの旅、ふたりの旅。

 さても今日は古い古い教会をふたりは訪れた。古くて小さい、ついでにもう閉鎖されている。

 「閉鎖だとよ。どうする、サガ」

 「失礼のないよう、こっそり入らせて頂こう」

 よく分からないとカノンは肩をすくめたが、とにもかくにも、失礼のないようこっそり入る。

 朽ちた外観と同じく、内装も朽ちていた。

 天井から落ちた梁。硝子は砕け、かつて礼拝をしただろう祭壇もぼろぼろ。

 神の子が貼り付けられた十字架も床に無惨に放置されている。

 しかしなんとなく、カノンはここが気に入った。祭壇から続く長席へと腰掛けてみる。

 「誰が何を祈ったのだろうな」

 サガが傍より少し離れた処で呟いた。こんな残骸の教会で祈られた願いはどうなるのだろう。

 「なあサガ、俺は祈れない」

 それはたぶん目の前にある神が女神でないからではなくて、たとえ女神であってもカノンは祈れない。

 どうしても、絶対に祈れない。

 「俺は神に祈れないよ、サガ」

 「ああ、そうだな」

 「お前は祈れるか?」

 「もう無理そうだ」

 サガはやわらかに微笑んだ。

 祈ることよりも、歩くことを選んだから。祈ることより、ふたりで歩くことにしたから。

 「しかしカノン、祈っておこう」

 サガがカノンの肩に手を置く。その手にカノンは自身の手を重ねる。

 神よ、異教の神よ。あなたにこの地より捧げられた祈りが届きますように。

 願わくば返してその者たちに幸いを与えたまえ。

 「さあ、行こうか」

 「ああ、行こう」

 なあサガ、もしも祈るとしたら何を祈る?そう云うカノンは?それは道すがら考えよう。

 なあ、もしもこの私が、この俺が、叶えれる願いなら教えて頂戴。

 大したことは出来ないけれど、祈らなくったって叶えてあげる。

 お前の願いだけ特別に、何もなくたって叶えてあげる。

 「とりあえずは傘が欲しいな」

 明日は雨だから。ふたりはそう云い合って、なんて下らなくて素敵な願いなんだと笑い合った。




裸足


 床に横たわる、フローリングのそれ。体は伏せて、顔だけは扉の方に。

 ずっとそのまま、動かない。ずっとこのまま、何時間が過ぎただろう。

 扉が開いた、サガだ。視界にはサガの足だけが映る、黒いズボンの裾と、あ、裸足だ。

 ひたひた近付いてくる足の指を数えてみる、1本、2本。

 「カノン」

 声が降ってくる、4本目まで数えたところ。

 「なにをしている?」

 お前の裸足の指を見てる、今も。

 ああ、サガってば、足の骨格もきれい。足の甲とか指の形とか関節とか、至って俺好み。

 食い入るように見つめる、やはり体は動かない。いや、ここは少しばかり動かしてみよう。

 「カノン?」

 指でサガの足の指をつまんで弄ってみる

 「好き」

 呟いた、ぽつりと本音。

 「なにがだ?」

 「んー」

 誤魔化してみる、でもお前の裸足、ていうかお前?

 思わず頬ずりして、しゃぶりたくなるお前の裸足が好きだよ、サガ。




きれいなおにいさんの指先は好きですか


 サガがダイニングテーブルで無造作に本を読んでいる。右手で本を持ち、左手はテーブルの上。

 なにげなくその手をとって、人差し指を口に含んで、爪と指の間に舌を入れて舐めていたら、

 急に爪を立てられた。舌が痛い。こんなところに爪痕を残すなよと俺が怒ると、

 「頁が捲れぬだろう」

 サガは人差し指以外の指を使って頁を捲った。




ゼリースプーン


 「食べるか?」

 ソファに胡座を掻いて座っていると、買い物から帰ってきたサガがゼリーを差し出した。

 サガは時々こういうものを買ってくる。

 「ん」

 別に嫌いではないのでそれを受け取り、なにげなくビニールのふたを捲ろうとしたら、「あ」

 つい力を入れすぎて甘い蜜が脚に落ちた。俺の声に振り返ってサガ、「なにをしている」と呆れ顔。

 そんなサガを見上げて、

 「サガ」

 「なんだ?」

 「舐めて」

 蜜がとろとろ流れる爪先をサガに突きつけた。早くしろよ、この体勢で脚を上げているのも楽じゃない。

 サガは、それはもうなにげない仕草で俺の脚の指を口に含んで舐めた。

 ついでにちゅうと音を立てて吸われ、ぺろりと爪先の蜜を舐め取られる。

 ホントお前は涼しい顔してよくやるよ。

 サガがこれで良いかと視線を俺に移す瞬間を狙って、ゼリーカップを傾ける。とろりと蜜が俺の首筋に。

 「ほら兄さん、ここも舐めてはくれないのか?」

 首筋をさらして見せつける。するとサガは苦笑い。でもちゃんと喰いついてきてくれるところが好き。

 首筋に舌を這わされながら考える、次は何処に蜜を垂らそうかなと。

 「カノン」

 「なんだ?」

 「それ以上食べ物を粗末にしたら怒るぞ」

 喉元で囁かれる。

 「む」

 ではどうしようかなと考えて、ゼリーはあってもスプーンがないことに気が付いた。

 「サガ、スプーンがない」

 食べさせてくれよ、と可愛くお強請りをしてみる。

 お前の上テク硬い舌先ならスプーン代わりにもなるだろう?




嘘吐キス


 「あ」

 「ん?」

 「眼にゴミが入った」

 「だせえ」

 「目薬を持っているか?」

 「そう都合良く持ってると思うか?見てやるよ。どっち?」

 「右目」

 「ちょい座れ。同じ高さだと見にくい」

 「ん」

 「んんん?別にゴミなんて…」

 ちゅう。

 「な…っ!」

 「カノン」

 「な、な…なんだよ!?」

 「嘘を吐いた、すまなかったな」

 「笑いながら云うな。お前全然すまなさそうじゃないぞ」

 「さて、どうしたらお前の機嫌は直るのだろうな?」

 「…そりゃもちろん、もう一回だろう?」





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