はじめまして
不意にククールはテーブルに散らかしたレポート用紙にペンを走らせるのを止め、
椅子にへたりと凭れ掛かった
「俺、本当はアンタが教えてるナントカ学部、えーと、なんだっけ?」
世界反転。ソファで新聞を読んでいるマルチェロの背中が逆さま。
「国際政治学」
それに答えてマルチェロ、ばさりと捲った新聞は経済紙。
「そうそう、そんなの。そこに合格して、鮮烈な弟デビューをしようと思ってたんだけどさ」
頭に血が上って、少し眩暈。
「約20年ぶりの再会第一声が、大学に落ちた報告というのもある意味衝撃的ではあったが」
嗚呼、くらり。マルチェロの鼻で笑うそれに、ククールはレポート用紙に突っ伏した。
ペンでぐりぐりと真っ白なレポート用紙に意味のない文様を描く。
「なんで俺、哲学とかやってんだろ」
「うちの大学の国際政治学に落ちたからだろう」
バッサリ斬り捨て。ククールはのろのろと明日提出レポートと睨めっこ。
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アイスクリーム
扉を開けば、もわり熱気。
マルチェロが靴を脱ぐ音に、廊下の奥からひょっこりククールが顔を出した。
「あ、おかえりー」
片手に団扇、片手にバニラをチョコで包んだアイスクリーム六個入りパック。
この暑さは何だと寄って来た彼に視線で問えば、エアコンが壊れてると肩をすくめた。
それにしても暑い。ネクタイを緩めながら、マルチェロの視線はククールの手に留まる。
するとククール、「ああ」と同じく手元を見やり、団扇を持った手で器用にアイスに棒をぐさり。
「ハイ」と差し出されたのは一個のアイス。マルチェロはそれに遠慮なく噛みついた。
そうして冷たさを味わう様子もなく飲み下す。だが云った言葉は、
「違う。団扇を貸せ」
貸せと奪い取るのは同時、むしろ奪い取る方が早いくらい。
ぱたぱたと自分にだけ風を送り廊下を進む兄の背に、
「…じゃ、食うなよ」と呟きながらククールは、アイスを一つ口の中へ放り込んだ。
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応援団
23時を回る頃、風呂上りのククールは髪を少々荒々しくタオルで拭きながら、
テーブルにノートパソコンを広げる兄の背中越しに画面を覗いた。
「仕事?」
返事がないのは正解の証拠。彼は間違った時のみ正す。
「ふうん。まだやるの?」
これまた返事はなし。
「遅くまでやるんだ」
そう云って、ククールがそろりと兄の背から離れると、
「…頼まれた本の原稿でな」
ぼそりと云った。
その声に振り返る。知らずに笑みが口許に零れた。
「…何か夜食でも作ろうか?」
再び戻ってノートパソコンの横に手を着けば、兄はただ黙々とキーボードを打ち続けるのみ。
ククールは何か食材はあったかなと夜食メニューを考える。
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温かい歓迎
いつものように鍵を差し込み、そこでククールは気付いた。
鍵をポケットに入れ、ノブを回す。かちゃりと開いた。
「ただいま」とあまり云い慣れない言葉を廊下の奥へと発する。答えはなし。
でもなにやら包丁で何かをリズム良く切る音と良い匂い。
大学のセンセだから頭良いし、副業でたくさん稼ぐし、背は高いし、顔もいい。
靴をもどかしく脱ぎながら考える。
おまけに料理も出来るなんて、こんな男なかなか捕まえらんないよ、まったく。
少しだけ急ぎ足で居間続きのキッチンへ向かえば、夕食を作る兄の背中と出会う。
その背に云った。
「俺ってイイ男だよなあ?」
唐突の問にも兄は振り返らない。
「なんだ、藪から棒に」
几帳面な彼らしく均等に切り分けられた野菜たちが鍋に滑り行くのが見えた。
「いや。ほら。こんなにイイ男捕まえられるんだから、俺も相当イイ男のはずだろ?」
云うと、マルチェロは腕まくりした手を調味料へと伸ばす。
「ダメな男に捕まった、とも云う」
「それ兄貴が俺に捕まったってこと?」
ククールがひょいと皿に盛られたピーマンの肉詰めを口に入れれば、
「子供のよなことをするな」とマルチェロはやっと振り向き、ぺしっとククールの手を叩いた。
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恋心
それはくちびるを交わす寸前の気恥ずかしさにも似て。
「なあ…」
「…うん?」
骨張った指を持つその掌が頬に添えられる。
「ん…」
眸をそういう仕草で閉じれば、彼の微かな笑みの息がくちびるに掛かった。
「…ん」
やわらかく触れ合う甘やかさだけでは足りない。
「っぅん…っ」
でも激しく掻き抱くような痛みだけでは嫌。
「…っはぁ…」
離れれば寂しくて。
「…満足か?」
何処までもいつまでも満足できない。
「もっとしてくれ」
嗚呼、少しずつ近付く距離にさえ切なくなる。
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ゲーム
しとしと雨降りの休日。
ククールは2枚のトランプをテーブルに投げて、退屈そうに頬杖をついた。
向かいではマルチェロが意味不明のタイトルを偉そうに掲げた分厚い本を
昼食後から同じ姿勢で読みつづけている。
「あのさ」
ククールの声には明らかに不機嫌が混じる。
「次、アンタだよ」
「…ああ」
そこで漸くマルチェロの手がククールの持つ数枚のカードに伸びる。が、視線は相変わらず分厚い本。
おまけに1枚カードを引いた後も、ページを捲るのを優先する始末。
そうしてたっぷり時間を掛けて2・3ページを読んだ後、手元に伏せていたカードと見比べ、
2枚をカードの山に捨てた。
「お前だぞ」
「んー…」
ククールはのろのろと再び読書をはじめたマルチェロの手元に伏せられたカードから、
欠伸をしながら一枚を引き抜く。そんな休日。
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好き
「なあ兄貴、兄貴はいちごとさくらんぼ、どっちが好き?」
背後からがばちょとまとわりつき、
両手を回してきたククールの左右の手にはいちご飴とさくらんぼ飴が一つずつ。
「…どちらでもかまわん」
どうやら選べと云っているのだろうと考え答えるが、
どうやらククールはその回答はお気に召さなかったようだ。
「いちごとさくらんぼ、どっちが好き?なあ、どっち?いちご?さくらんぼ?」
しつこくしつこく云うのに根気負け。
「…いちごだ」
そう答えると、何が嬉しいのかククールが頬を摺り寄せて来た。
「いちご!そっか。兄貴ってば、い・ち・ごが好きだったのか。兄貴はいちご好き〜」
「…何故かすごく腹が立って来たのだがね、ククール」
「俺は兄貴が好き!つーかいちごが好きな兄貴とか、もっと好き。あん、やべえ、ツボったかも!」
などといきなり悶え出す始末。
マルチェロにはよく解らなかったが、とりあえずいちご飴をククールから取り上げた。
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手を出して
深夜近くに帰宅すると、リビングのソファでだらしなく眠っているだらしない弟を見つけた。
帰宅早々つまらんものを見てしまった。目障りなので起こす。
「腹を出して寝るな」
経験上言葉だけでは足りないので、手にしていた鞄をその腹に置いてやった。
ぐえという呻き声と共に青が瞼より出でる。
「なにすんだ。しんれいげんしょうかとおもって、あやうくほとけがみえかけたじゃねえか」
相変わらず弟の脳味噌の具合はよく解らん、悪いことだけは知っているが。
ククールは鞄を床に払い落とし、やや乱れた銀髪を乱暴に掻いて起き上がった。
「ふぁ…ねむ…ぃ」
「ならばこんなところでうたた寝をするな。さっさとベッドで寝ろ」
云うとククールはあっさりと寝ぼけ眼で頷いた、というか寝ぼけているな。
けれどソファに腰掛けたまま、私を見上げるのみ。
「…どうした」
「……」
「なんだ」
「…て」
「手?」
「おきあがれない」
「嘘を吐け」
「だから、て」
そこで漸く辻褄が合った。手をククールに差し出す。
「ほら」
いいからもうさっさと寝てくれないかねと内心嘆息。
すると弟は私の手を握り返し、「でへ」と滅多に見せない無邪気な笑みを浮かべて見せた。
偶には寝ぼけているのも良いと思った。
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三者関係
そろりと軋むベッドに俺は目を覚ました。ゆるりと瞼をもたげれば辺りは未だ闇。
尤も抱き込むようにした枕のせいで視界は不良。
ただベッドが俺以外の何かの重みでゆっくりと、しかし確実に俺へと向かい沈むのが感じられた。
ぎしり。俺の体の上を這うようにやって来るそれ。
ぎしり。やがて逞しい二の腕が視界に。
ぎしり。掌が俺がぎゅうと握りしめる枕に着き。
そうして、ぎしり。彼の息が頬に掛かった。
あ。あ。あ…。
「兄貴…っ」
俺は勢い良く仰向けになり、心臓がまだ高鳴る程近くにいた彼のため目を瞑った。
「も…もうかなり夜も遅いけど…兄貴がしたいんなら、俺…おれ…」
ん〜とチュウのくちびるを作って接吻けを待つ。が、それはいつまで経ってもやって来なかった。挙句、
「…何を考えているのだ、お前は」
「なにって。夜這いなんじゃねえの?ヘイ、カモン、兄貴!って状況なんですけど、俺」
云うと兄貴は思いっきり呆れた溜息をこれでもかと吐いた。
「私はただ目覚し時計を探していたのだがね?」
「は?目覚ましどけぃぃ?」
なんじゃそりゃ!と思っていると兄貴は俺の体を無理矢理退かせ、枕の下からブツを発見。
「…またこんな所に」
「…アレ、いつの間に」
「わざわざ起こさないようにと探していたのだ」
「そりゃどうも。…てゆーか!俺より目覚し時計!?あんな据え膳の俺より目覚し時計!?」
目覚し時計より魅力ないのか俺、とちょっぴりセンチメンタルな夜なのだった。
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中間テスト
「なあ、次の試験でイイ点とったら、欲しいものがあるんだけど」
「…云うだけは云ってみろ」
「ア・ニ・キ」
「お前ごときが良い点を取れる試験で買えるほど私は安くない」
「じゃあいくらなら買えるんだよ」
「…そうだな。お前が今の私より稼ぐようになり、街中にマンション、郊外には一軒家を持ち、
車は勿論のこと美術品も数点欲しいな。蔵書も増やしたい。
当たり前だが私は働かず、家事もせんぞ、そして趣味に耽り、
それでいて今以上の豊か且つ裕福な暮らしをさせてくれるなら考えないでもない」
「…えーと…とりあえずべんきょします…」
「宜しい」
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合コン
着信音。ククールは電話を取るには取ったが「行かない」とだけ云い、すぐに放り投げる始末。
隣で眠っていたはずのマルチェロがうっすらと目を開けて、問うた。
「良いのか?」
それに答えてククール、「なにが」とすっ惚ける。
日差しは夕焼け色。なのになんて不健全な兄弟だろうと考えるククールはベッドの上。
「何かの誘いの 電話だったのではないか?」
マルチェロは上半身を起こし、ベッド脇に落ちたいたシャツを拾って腕を通す。
ククールもまた起き上がり、ボタンを留めようとするマルチェロの手を制した。
「合コンの人数合わせに来ないか、って誘われただけさ」
肌蹴た兄の胸にくちびるを這わす。徐々に下降しようとして、今度はそれを制された。
「まだ足りないのか、お前という奴は」
その言葉には若いんでとだけ答えた。それでもひっぺがされて、つまんねえのとマルチェロに視線を送る。
マルチェロはその視線も撥ね退けた。
「若いのなら合コンにでも行け」
ククールは肩をすくめて、次は兄の背から腹へと腕を回した。
「浮気しちゃイヤなくせに」
その手に手が重なるのにそう時間は掛からなかった。
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捕獲
実に非合理的で時間の無駄としか考えられないことだが、弟と些細な諍いを起こした。
「アンタは結局俺のことを弟なんて欠片も思ってないんだ」が捨て台詞。
出て行ったきり帰って来なくなってもう数日。最早原因はくだらなすぎて忘れた。
***
マルチェロと喧嘩した、しかも家出しちまうほどの大喧嘩。原因はてんぷらの温度だった。
数日も家を空けてしまい、こうなると意地も手伝って帰れない。
俺は友人やらの処に泊まり歩きながら、大学の授業だけにはバカみたいに出席していた。
マルチェロが金を出してくれてるので、サボるのは気が引ける。それは喧嘩中とはまた別。
授業後質問に行く学生の背を見送りながら、のろのろと教科書とペンを片付ける。
すると隣に誰かが座った。次の講義の学生にしちゃ早いなと思いつつ、見やると、
「…教壇の方に座れば?つーか教室、いや大学間違ってますよ、センセ」
マルチェロが腕組みをして座っていた。
「お前のことだから、講義には出ていると思った」
そう思うなら何日も放っておくな、迎えに来い、どうせこの数日間探しもしなかったんだろ、テメエ。
「さて、そろそろ次の講義が始まるようだな。お前が聴講したいというのなら、かまわんが」
なんだよ、素直に帰って来て欲しいとか云えよ、なんて思いつつも教科書とペンは鞄の中。
ついでに図書館を覗いて行くなどと云い出す兄貴に、「はぁい」と従う俺ってちょろいね!
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ありがとう
一度だけ煙草を吸っていて注意されたことがある。
なんだよ、二十歳越えてるからいいだろう?と反発したら、お説教を食らった。
とんでもない時間食らった。
煙草の害からはじまり、肺がんの医療費、何故か医療ミス問題までに発展したそれは、
最後にこう締め括られた。
「お前のために云っているのだぞ、少しは神妙な顔をして聴けないのか」
……。嗚呼、どうしよう。どうしよう。
だから俺は神妙な顔をして、ありがとう、と云った。
そしたらマルチェロは何の嫌味だ!と云って更に怒ってしまった。
嫌味はアンタの領分だろと思いつつ、俺は何度も繰り返す。
お前のために。お前のために。俺のためにマルチェロが。
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手品師
マルチェロが読んでいた新聞を無視して、ククールの両手に握り拳が侵入。
それでも新聞の字面を負けずに追うが、重要な箇所とククールの拳が重なって諦めた。
それを待っていたかのようにククールが云う。
「どーっちだ?」
グーふたつ。
「…右」
右手をパー。何もなし。けれどククールはニヤリ。
「おお、兄貴ビンゴ!」
「…何も入っていないように見えるが?」
ぐしゃぐしゃと新聞が悲鳴を上げる。抱きつかれた!と思う頃にはもう遅い。
「ハートのエースが入ってるの、見えない?」
どちらかといえばジョーカーだとマルチェロはククールの腰に手を伸ばす。
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空
雨がしとしと降っていた。夕立ちだと思っていた通り雨は普通の雨に速やかに移行した。
ククールはお気に入りの服と雨が止むまでの待ちぼうけを天秤に掛けて店先。そこへ傘の君が現れる。
「入って行くか?」
マルチェロの黒い傘がククールへと傾いた。
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親友
神さまだってオヤスミの日曜日。ククールはソファに座ったマルチェロの髪を引っ張る。
「なあ」
「髪はやめろ、髪は」
分厚い本を読んでいたマルチェロはその手を振り払いながらも視線は文面。
「アンタだって俺の髪、引っ張るくせに」
ククールは仕方なくマルチェロの髪を離し、隣へ腰掛けた。
「何処か行こう」
「何処に」
「何処か」
「何処だ?」
「だから何処か」
退屈だ、暇だ、かまってくれ。きっと最後が本音。
「休みの日まで本なんか読まなくてもいいだろ」
ククールがくちびるを尖らせる。
「休みだから読んでいるのだ」
マルチェロは頁を捲る。
「暗いよ、アンタ。本が友達なんて」
だから何処かへ行こうとククールは兄の腕を引く。視線がぶれて行飛ばし。
マルチェロはがつんと弟の額を本の角で教育的指導。
「お前も偶には本と仲良くしてみたらどうだ」と溜息をつくと、
「ふん。アンタ、やきもち妬いちゃうぜ、きっと」
ククールは額を赤くして鼻を鳴らす。
その姿が可笑しくて、マルチェロは思わずくちびるに笑みを浮かべた。
「この私を焦らせるものなら焦らしてみるがいいよ、ククール」
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夢
べちんとデコをはたかれて意識浮上。
カーテンの隙間から漏れ零れる朝陽に目を焼かれながらも、目覚し時計確認。俺は一気に脱力した。
「今何時だと思ってるんだよ、アンタ…まだ5時じゃねえか」
今日は2限から行くから最低8時に起きれりゃいいんだよとベッドに突っ伏す。
が、マルチェロはおかまいなし。挙句、「はたきたくなったから、はたいたまでだ」って。
俺がなんだそりゃと顔を上げようとすれば、無理矢理後頭部を押され沈められる。
そうして、彼はぽつりと呟いた。
「お前が死ぬ夢を見た」
はあ、そりゃアンタの願望が夢に出てきたんじゃねえのと思っていたら、
「かなりぐろげちょな死に方だったな」とダメ押し。
俺は今日は2限はさぼって心のケアに勤めようそうしようとぐったりだ。
するとやはりそんな俺のことはおかまいなしの兄貴は苛立たしげに続けた。
「それで目覚めて横を見ればお前の安らかなアホ面だ。はたきたくもなるわ」
なんだ。
「兄貴ってば、けっこう俺のこと、好き?」
シーツに押さえつけた鼻先は上げずに訊くと、またぺしんっと後頭部をはたかれた。
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誕生日
帰宅し、ジャンクフードを食い散らかしたテーブルの上に2・3枚のレシートを見つけた。
一枚はCDアルバム、一枚は服、もう一枚はどうやらこのジャンクフードをコンビニで買い込んだレシート。
なんだこれはとソファに横になりながら缶ビール片手にテレビを見ていたククールに問えば、
「あ、それね。払ってよ」と振り向きもせず、ひらひらと手を振る。
それを断ったなら、ククールは云った。
「誕生日プレゼントを選ぶ手間省いてやったんだぜ?」
払うだけでいいなんて楽で良いだろ、などと抜かす。
「お前の誕生日は今日なのか?」
私はもう一度レシートを手にとり、眺める。
「…いや、違うけど。ずっと貰ってなかったから、それ過去3年分てどう?…つーか」
とそこで漸くククールは起き上がり、ソファに腰掛けた。ただしこちらを振り向きはしない。
「今月使い過ぎて苦しくさ」
「小遣いが足りないと云いたいのか?」
バイトでもしろと云ったら、働くのは面倒なんだよなあとビールを一口。
私は殴りたくなるのをおさえて、財布から数枚の紙幣を取り出し、ククールの上から降らせた。
「CDと服代にはなるだろう」
「えー。ついでだからコンビニのやつも払って欲しいんですけど」
その不服申立ては却下だ。
「あんなもの誕生日プレゼントとは云わん」
するとククールが漸く振り向いて目許に笑み。
「じゃあどんなのがプレゼントなんだ?」
次の日曜日に教えてくれよと云うククールに、結局選ぶ手間が省かれてないと私は嘆息した。
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恥ずかしい
サタディ→サンディ、AM:0317。ベッドサイドには酒瓶・グラス。缶ビールがこぼれてベトベト。
点けっぱなしのTVは高速道路を映し出す。食い散らかしたままのジャンクフードのゴミクズ。
放り投げ出されたままのマルチェロのノートパソコン、ククールの雑誌とペン。
脱ぎ捨てられたままのふたりの衣服。コンドームの破れた袋ふたつ。
「あー、へんに酒回ってあったま痛えや」
シーツの上で乱れた銀髪を掻き上げてククール。
「吐きそうなのか」
同じくシーツの上でまだ酒を煽ってマルチェロ。
「いや、気持ち悪くねえから吐きはしないよ」
「ならば良い」
「…って」
ククールの足首にマルチェロの手が掛かる。そうして容赦なく開かれたら、「…あ…や…だっ」
ククールが口許を押さえて身を捩る。マルチェロの喉が鳴った。
「先程まで人の腹の上に乗っていた奴とは思えんな」
うるせえよと返して来たククールの紅い頬にはじめてのときのように胸が焼かれる。
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ゲームセンター
休日の街を兄貴と一緒に歩いていると、ゲームセンターが横手に見えてストップをかけた。
そして路上にはみ出して置かれてあるUFOキャッチャーへと向かえば、
「何をするのかと思えば」と兄貴は背後で溜息。
「女の子にモテるんだよ。こういうの一発で取ってやると。
まあ顔だけじゃないんだよね。美形も努力を欠かせば終わりなのさ。そんなわけで練習」
今じゃ3回に1回はでかいぬいぐるみも釣れるようになった。
これを2回に1回くらいにしたいんだよね、1回目失敗で2回目に成功くらいがイヤミでなくて良い。
2回失敗ってのは、ちょっと場しらけだろう?
けれど、「む…っ」
スライムのぬいぐるみがそそくさと逃げ出して1回目失敗。
「へたくそ」とマルチェロが背後で鼻で笑った。そして、「代われ」とまで云う。
はあ、アンタそんなこと出来るのかよと云いながらもタッチ交替。
コインを入れて、兄貴の狙いはデンデン竜。
そんな大物狙わなくともと思っていると、「おお!?」と俺は思わず叫んだね。
ついでに機械に張りついて「すげえ!」と声を上げた。
兄貴の操るキャッチャーが余裕でデンデン竜のぽってり腹を掴み上げ、ウィィィンと移動。
ぼすっと出口から出て来たデンデン竜を兄貴は無造作に取って、俺に押しつけた。
「ほら、これで満足だろう?」って違うから。俺が取りたいの、これで女の子釣るの。
なのに俺が兄貴に一本釣りされてどうするんだよ!と思いつつ、兄貴に惚れ直す俺なのだ。
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看板娘
偶々入ったラーメン屋に看板娘ふたり。
カウンター席に座ってラーメンをずずずやりながらククールは兄にこそこそ耳打ち。
「なあ、兄貴的にはどっちが好み?右の女の子?それとも左?」
マルチェロは叉焼を齧りながら答えた。
「向かって右」
その即答に弟唖然、呆然、肩落とし。麺をすする手がぴたりと止まる。
「…どうした?」
「いや、なんか兄貴が誰かと結婚したら、俺死ぬかも」
「何故好みの話から結婚に話が飛ぶのだ、お前は」
「だって。いやよくわかんねえけど。俺以上の人ができたらと思うと…うっうっうっ」
めそめそククール。マルチェロは麺をすすった。
「お前以上の者など…この世には60億人ほどいるから大丈夫だ。安心しろ」
「すっげえ安心できねえよ、それ。ていうか何処をどう安心したらいいんだ!?」
涙に暮れるククールにマルチェロはとりあえず使用済みのおしぼりを渡してやった。
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シーソーゲーム
「時々思うんだ」とククールがテーブルを挟んだ向こうで云った。
マルチェロはいつものようにノートパソコンの画面を睨んでいるし、
ククールは衝動買いしたレゴブロックの小さな砦を作っている。
「アンタはいつまで俺のことを選んで傍に置いておくんだろうなって」
砦設計図と睨めっこ。どうやら基礎工事を間違えたらしいと組み直す。
「私も時々思う」
マルチェロはキーボードをリズミカルに叩く。
まるでピアノを弾いているか、指揮者みたいだとククールは思った。
「お前はいつまで私にまとわりつくつもりだろうな、と」
レゴとレゴを合わせる。
「アンタが俺を選んで傍に置いている間は、まとわりついてることになるんじゃね?」
キーボードのEnterを弾く。
「お前がまとわりついている限り、それは傍に置いているようには見えるのではないか?」
ああそうかも。
砦は出来ない。明日までの計画書も書き上がらない。そんな夜。
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甘酸っぱい
シンクで洗いものをしていた兄貴が「ククール」と低い声で呼んだので、ドッキリギクリ。
俺はギギギと首を軋ませながら振り返った。
「なんですか?」
兄貴の手には俺の弁当箱があった、兄貴が朝作ってくれたやつ。
空っぽと云いたいところだが、中にはひとつだけ食べ残し。おにぎりの中に入っていた梅干1個。
「その歳になっても好き嫌いをしているのか、お前は」
ガツンと怒られる。この歳になっても好き嫌いで怒られてます、俺。
「だって…梅干きらい」
自分で云っておきながら、これ理由になってねえなと思う。
兄貴はなんとも云えない、怒ったような呆れたような、そんな顔をした。深々と溜息ひとつ。
そして梅干を摘んで口に入れ、種を弁当箱にぷっと男らしく吐いた後、
こちらへ来いとばかり視線で俺を呼んだ。
やべ、殴られるのか。身構えた瞬間、近付けられたのは拳じゃなくて兄貴のくちびる。
「へ…っ!?」
有無を言わさず接吻け。おまけに舌まで乱暴に這いってくるからたまらない。やはり梅干の味。
濃厚に梅干の味を舌に撫でつけられて俺はもがいた、そして身を任せた。
「梅干好きになりそう…」
ああん、兄貴って上手だからいけない。
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賭け
ククールが苦し紛れのイカサマに上乗せしたコイン代わりの飴玉に、
けれどマルチェロはフォールドなんてしなかった。
ショーダウン。ククールが不満げにカードをテーブルに投げる。
「ワンペア」
マルチェロもカードを広げる、「スリーカード」
「絶対へんだ」
ククールは飴玉をマルチェロに押しやりながら苛々。マルチェロは口端を上げた。
「本当は私がワンペアでお前がスリーカードになるはずだったのに、か?」
その言葉にククールはマルチェロに積まれた飴玉の山からひとつ取って口に放り込む。
「あ、汚ね。アンタ、イカサマしてるだろ?」
「お互い様だろう」
マルチェロはさあもうひと儲けだとばかりニヤリ黙ってカードを配る。
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逃げる
その夜は遅くなった。
なんてことはない、偶々会った奴と少し飲んで遊んで、気付いたら日を跨いでいただけのこと。
だが時刻が時刻だけに、俺はそろりと玄関の扉を開けて、帰った。
てっきり寝ているか、自室にいるだろうと思っていた兄はリビングにいた。
テーブルで熱心にパソコンのキーボードを叩いている。
ポケットに入れてあった携帯電話をそのテーブルに置くついでに、兄の横顔を見た。
俺が帰ってきたことも、見ていることも、彼には何処吹く風。冷めた視線は液晶画面を見据える。
俺はその兄の背を後ろから抱いた。
「ごめん」
そう顎を頭に乗せて云ったら、兄の手がぶれてDeleteキー。兄は怒ることはなかった。
「何のことだ」とすっ惚けるのに忙しい
私から逃げるなと、そんなことを云っている横顔に見えたんだよ、兄貴。
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