同居
耳元で兄貴に何事かを云われたような気がして、俺は目を覚ました。
なんだ、寝言か。
でもなんだか呻き声ぽかったので、俺は寝起きのだるい腕をその背に伸ばして何度か撫でてやった。
よしよし。
そんなことを思っているうちに俺もまた眠りへと引き込まれていった。
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同居
確かに仕掛けたのは俺の方。
風呂から上がってきた兄貴を居間に続く廊下で捕まえて、くちびるを重ねた。
ちょっとしたお遊びだ。舌なんか入れちゃいない。可愛らしくチュって吸ってやった。ただそれだけ。
なのに只今兄貴の左手は俺の腰を引き寄せて、右手は服の裾を探り中。
くちびるは重ねるだけでは済まなくて、舌がぐいぐい入り込んでくる。
「ちょっと待てって…」
俺、今そういう濃厚気分じゃないんですけど。交代で風呂に入ろうと思ってたんですけど。
だからまだ風呂入ってねえんだって。
けれどマルチェロは一蹴。「かまわん」っていったい何がかまわないのか分からねえ。
たぶん究極的には俺が嫌がっていようが拒否しようが、「かまわん」ということなのだろう。
「やだって」
俺は掌で脇腹を撫で上げられて、身を捩った。捩ったところで兄貴の腕の中。
くちびるは舌を舌でがっちり絡められ逃げられない。
「ん…ん…ん…」
いつの間にか兄貴の胸に突っ張っていた手が逆に兄貴を引き寄せる。
でも俺が兄貴を引き寄せる以上に、兄貴が俺を引き寄せる。
「あっ…ふあ…」
胸を弄られて声を上げるなんて、俺は女か。
更に悪戯をしてくる悪い手に、けれど俺はそれ以上声を上げられなかった。
兄貴のくちびるに口を覆われる。舌を取られる。身体は壁に押し付けられた。
「ここでするの…?」
ずるずると落ちてゆく背中。
「いやか?」
なんて問うのは狡い。
俺、アンタに「いやだ」って本気で云ったことないこと、知ってるくせに。
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同居
ククールが久しぶりに剣の手入れをしていると、背後にゆるりと兄の気配。
かまわず惚れ惚れとその刃を眺めていると、結んだ髪をそろりと前へと垂らされる。
「なに?」と振り返ろうとした、その前に、兄のくちびるが無防備にさらされた首筋へと落ちてきた。
肌を吸われる僅かの痛み。
危うく剣を取り落としかけた手を兄の手が握る。
「危ないな、気をつけろ」
ククールは黙って拗ねるを決め込んだ。
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同居
「ね…上下交代してくれよ」
ククールはマルチェロの腹の上で腰を休めて云った。マルチェロは先を促すようにククールの腰を撫でる。
「お前が乗りたいと云ったのだろう」
「そうだけど」
ククールは体を繋げたままマルチェロの上に寝そべる。
「弄って欲しいんだよ」
「ここを、か?」
マルチェロはふたりの体の隙間に手を入れてククールのものを僅かに扱いた。
ククールの吐息がマルチェロの首を擽る。
「ちがう」
「では何処だ?」
「交代してくれたら教えてあげる」
胸を弄って欲しいなんてちょっと云えない。
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同居
今夜はただただしがみつくだけの弟の髪を梳いて、
「今日はやけに大人しいな」
兄は縋られた分だけ重くなった体で弟を突き上げる。
ククールは荒い息でマルチェロの後ろ髪を揺らした。
「今日は…あぁ…兄貴にしてもらいたい日…あん…なんだ…きもちいい…」
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同居
この人の習慣なのだろう、
朝の日差しの角度がまだ限りなく0度に近い頃、この人はいつも一度は眼を覚ます。
どれだけ夜遅くまで起きていても、俺と夜を共にしても、この人は朝の眩しい光に従順だ、とてもね。
だから俺は寝返りを打つこの人の背にほんの少しだけ寄り、腹へと腕を回して、
「まだ起きるには早いよ」
眩しすぎて目を逸らさなければならない光なんかじゃなくて、
陽だまりに注ぐやさしい光を午後になったら探しに行こう。
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同居
ゆっくりとシャツの前を解かれる。
それはかつて聖書を紐解いていたその指先よりもやさしい。
思わずシーツをぎゅっと握ると、その手に兄の掌が重なった。
マルチェロは少し意地悪げに笑う。
「こんなことでは、この先が思いやられるな」
何か言い返してやりたかったが、ククールは結局兄の眸には勝てず、その目を逸らした。
「早くしろよ…っ」
そう云って矜持を保つのが今の精一杯。
***
囚われれば病み付きになるその眸から逃げたくて逸らした顎を捕らえられる。
どんなに力を入れないようにと指先まで配慮されていても、マルチェロの力は強い。
その痛みに文句を云おうとしてククールはくちびるを解いた。
だがその隙にするりと潜り込んでくる兄の舌。熱い、そう思った。思わず夢中になる。
しかし兄はククールほど夢中に接吻けをしてはくれなかった。
その手がククールの肌蹴た胸や脇腹を擽る。
「…兄貴」
ククールは兄の手を取る。
「今は、こっちだけ、してくれよ」
永遠のキスなんて無理だから、せめて少しでも永いキスが今は欲しい。
***
くちびるはくちびるとキスをする。舌は舌とキスをする。手は手とキスをし、指は指とキスをする。
そうしてもちろん青の眸は翠の眸とキスをする。それがふたりのキス。
呼吸さえもキスをする。それがふたりのキス。
くちびるとくちびるを擦り合わせ、時には奪い、舌を絡め合い、時には咥内を舐め合って、
手と手で主導権を争いながらも、指先だけは繋ぎ合う。
そうして青い眸と翠の眸はキスをする。それがふたりのキス。
呼吸をする瞬間まで重なり合う。それがふたりのキス。
やがて永く永くキスを交わしたふたりは、互いの眸に情欲の炎を見て、
これも一種のキスなのだとその淫らな火の粉に焼かれることを望んだ。
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Marcello
こう在りたいと歩んだ故の傷跡だ。何もお前が泣きそうな顔をする必要はない。
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同居
トランプを手の中で切りながらククールは云った。
「つまりね、結局アンタも基本的にイカサマが好きなんだ。
いつ訪れるかわからない運だか幸福だか救いだかダイヤのエースだかを待つよりも、
アンタは自分の手の中でイカサマすることを選んだ。
そう思うと俺のイカサマなんて可愛いだろ。
アンタは女神さまと世界を相手にイカサマ、俺は小銭稼ぎにイカサマだぜ?」
そのククールの手に手を伸ばし、トランプを取り上げる。
彼は「なにすんだよ」と少し怒ったが、それは焦りの裏返しなのだろう。
私は私の手の中でトランプを切る。
「女神と世界相手にイカサマをしたこの私に対してイカサマをできるとでも?」
「…イカサマしたってことは認めるんだ」
ククールは「あーあ」とテーブルに顔を伏せた。
「俺、もう小銭ねえよ」
「小銭でなくとも良いがな」
「じゃ、体で」
「それはわざわざ賭けなくとも手に入るから別のものを賭けろ」
「…俺のベッドの下にあるでんでん竜の貯金箱の中身…」
「それで手を打とう」
手の中のカードをククールに配る。
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同居
目を覚ましたのは眠りが満たされたからではなかった。
窓際に置いた長椅子に横たわるマルチェロは西日の赤さ目を細める。
だがマルチェロを眠りの海から引き上げたのはその西日でさえなかった。
窓から入る赤を追っていけば彼の背中。
結んだ銀色の髪がまるで触って欲しいと訴えるかのように揺れている。
そこから聴こえるのは包丁が野菜を刻む音。鍋のお湯がしゅんしゅんと鳴る音。
そして彼の鼻歌。
マルチェロがその光景をしばし眺めていると、彼は唐突に振り向いた。
「ごめん、起こした?」
問われてマルチェロはもう一度長椅子に深く身を沈める。
「いいや」
久しぶりに嘘を吐いた。
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