同居
兄貴とキスをしていたら、だんだんと夢中になってきて、兄貴は片腕で俺の腰を引き寄せていたくせに、
いきなり両手で俺の体をひょいと背後のテーブルの上に抱き上げた。
なので「わわっ」と思わず兄貴の背に腕を回したら、兄貴は俺が即OKのサインを出したと思ったのか、
俺の首筋に顔を埋めてくる。
兄貴がそう思ったならそれでいいやと思ってしまうところは今も昔も変わらないね、俺って奴は。
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同居
「…寝てた」
目覚めたククールは兄の顔をその顎下から眺めながら云った。
マルチェロは膝に乗せていた弟の頭を振り払う。
「起きたなら退け」
ククール、二度寝に入る。
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二人旅
酔っ払い客たちの乱闘真っ只中の酒場。
そのカウンターでククールは飛び交う酒瓶から身を守るため冷静に伏せているマスターに、
酒の追加を頼んだ。
「マスター、同じのをもう一杯」
だがそれに答えたのはマスターではなく、乱闘騒ぎを起こした酔っ払いの一人だった。
酒瓶が宙を舞い、テーブルが倒され、殴りあうならず者たちの怒声や悲鳴が飛び交う中、
一人淡々と酒を飲むククールがたいそう気に入らなかったのだろう、言い掛かりをつけてくる。
ククールは空になったグラスの淵を指でなぞりながら、男を億劫げに見上げた。
「なに、なんだよ?別にアンタらの騒ぎ、邪魔してねえだろ」
だが男は唾を飛ばしながら言う。
「お前みたいなのがいるとしらけるんだよ!」
ククールは鼻で笑った。
「しらけた方がこの酒場のためだと思うけどな。なあ、マスター?」
しかしマスターはここは黙っているのが上策と考えたのか答えない。
ならず者男は飄々としたククールの態度に更に機嫌を悪くし、
ククールをカウンターから引き摺り下ろそうとでもいうのか、その結んだ髪へと手を伸ばした。そのとき、
「いってぇ…!」
悲鳴を上げたのは男の方だった。
「弱いものいじめは感心せんな」
黒衣を纏ったマルチェロが男の腕を更に捻り上げていた。
そして軽々と男を乱闘が続く背後の酔っ払いの輪へと投げる。
幾人かの酔っ払いたちは男の下敷きになり、倒れた。
ククールはその一連の様子をにやにやと見守っていたが、
マルチェロがククールの酒代より少し大目のコインをカウンターに置くと、徐に立ち上がった。
「迎えに来てくれるの遅いよ、アンタ。もう少しでか弱い俺は男たちの毒牙に掛っちまうところだったぜ?」
「言いつけ通り大人しく待っていたようだな」
マルチェロは黒衣を翻し、酔っ払いたちの困惑と敵意の視線の中を悠々と扉へと歩く。
ククールもそれを追いかけ、途中酔っ払いたちにうっとりするような目元で視線をやった。
「言いつけがなきゃ、善良なマスターのためにもこいつら全員のしてるところだったよ」
「要らんことを言うな、ククール」
マルチェロは溜息。
ククールの一言に怒りを取り戻した酔っ払いたちが兄弟を囲むように立ち塞がる。
ククールはわざとらしく兄の傍に身を寄せた。
「弱いものいじめは感心しないんだろ。か弱い俺を助けてくれよな、兄貴」
「…根に持つな、お前も」
「そこは兄弟ですから」
ククールは愉快げににやり笑む。
マルチェロは実に不機嫌に殴りかかってきた酔っ払いその1の拳を受け流し、
「諸君、手加減は勿論してやるが、私の手加減が君たちの実力に見合うかはどうかは保障できかねる。
それでもかまわないかね?」
酔っ払いたちをぐるりに見渡した。
その数分後、
「もちっと手加減してやればいいのに。あーあー可哀想」
マルチェロの性格どおりきちんと酒場の一角に積み上げられた酔っ払いたちを見上げて、
ククールはほんの少し本気で酔っ払いたちに同情した。
「出来る限り最大限に手加減をしたのだが、更に手加減の仕方を考える必要があるな」
マルチェロは何事もなかったかのように扉を開く。そうしてククールを振り返った。
「置いていくぞ」
「そりゃ困る」
ククールはマスターにバイバイと手を振り、マルチェロを追いかけた。
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同居
兄貴の逞しい腰にズンズン突き上げられながらも、俺は必死で耐えていた。
もうぐしゃぐしゃになってしまったシーツを握りながら、奥歯を痛いほど噛んで耐えていた。
「ククール」
向かい合う兄貴は訝しげに問うてきた。
「何を我慢している?」
変わらず抉るように突き上げてくる腰を離すまいと絡めた俺の脚に兄貴が指を這わせる。
俺は首を振ってそこからゾクゾクと這い上がってくる快感を散らした。
だが兄貴の指は俺の脚、ふくらはぎから徐々に上へ上へと這い登り、
敏感な内股をいくらかいやらしく揉んで、ついに熱へと到達する。
そうして既に腹につきそうなくらい反り返ったそれを焦らすようにつつっと撫でた。
「…んうっ」
それでも俺は耐えに耐えた。目をぎゅっと瞑って、ついでに兄貴から顔を逸らして、耐えた。
「感じてないわけではないだろう?」
雫が顔に落ちてきた。何だろう?と思い目を開けると、すぐそこに兄貴の顔。
普段は魔物と戦っても汗ひとつかかないその顔に俺との交わりの熱が汗となって浮かんでいた。
なあ、気持ちいい?と聞く前に、俺の唇は兄貴によって塞がれた。
遠慮もなしに舌が入り込んでくる。逃げる間もなくねっとりと絡められる舌。
その間も下肢の繋がりは激しくなり、上も下も気持ちよすぎて、思考がバラバラになる。
何も考えられない状態こそが真の快楽なんだと思う。
もうこのまま兄貴に全部明け渡そうかなと俺はもう陥落寸前。
けれどそこでやめるのがこの人だ。
「ふ…ぁ…」
最終的には俺が一生懸命絡めていた舌をするりと解いて、兄貴は俺から顔を僅かに離す。
そうしてぐるりと俺の腰を掴んで回した。
「あ…っ、ふぁ…っ」
さっきのキスでとろりとろけてしまった俺のだらしのない唇から声まで蕩けだす。
兄貴は愉快げに目元で笑んだ。
「お前は簡単でいけないな」
「うるせー…あっ…あぁ…んっ…」
「で?どうして我慢していた?」
「……」
言いたくない、という意でもう一度ぎゅっと唇を結ぶ。その唇を兄貴の指がするりと撫でていく。
「なんだ?もう一度キスしてやらねば言うことも出来ないのかね?」
もう一度キス。それは俺の意地を崩すには十分すぎる甘い響きだった。
シーツを握っていた手を兄の首へと伸ばし、引き寄せる。
「してくれ」
そうして俺と兄貴は長いキスをした。
そんなきれいなキスじゃねえけど、欲望まみれのキスだってある意味純粋できれいだと俺は思うね。
「…兄貴の声」
聞きたかったんだよ。
俺は俺の首筋に顔を埋めて首筋を獣みたいに舐めている兄貴の耳に囁いた。
「俺があんあん喘いでたんじゃ、ちゃんと聴こえねえもん、アンタの声」
すると兄貴は少々呆れたような息で笑って俺の首筋を刺激して、
「あっん」
そんなちょっとの刺激で俺のしまりを良くし、
「お前は本当に簡単でいけないな」
そのまま俺の耳に切なげな吐息を聞かせてくれた。
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同居
本来マルチェロという人物は躾に厳しく、
ククールがやや逸脱したマナーで食事を取ったときなどには鋭い指摘が今も昔も変わらずに飛んでくる。
食事を取るときには静かに、食卓に肘を付かず、よく噛んで食べろと注意を受けたときには、
さすがのククールも「俺は子供か!」と思わず反論した。
しかしここ数日の兄は新たな悪巧み忙しいらしく、率先して食事の最中にまで書簡を読んでいる始末。
ククールはフォークで子羊の肉を突付きながらその不満を口にした。
「マルチェロってさ、べつに俺と飯食う必要ねえよな」
皿の上をフォークに追い立てられ転がる子羊。
食べ物を粗末にしてはいけないよ、
お前の明日の糧となるために死んでいった者たちを想わなければいけないよ、
そう云った老院長の顔を思い出すが、今はそれよりも不満が優先した。
「一人で食べてるのとこれじゃあ同じだ」
そこでマルチェロは漸く書簡を置いた。
きちんと両手で食事を再開する。
そうして向かい合うククールに云った。
「ククール、お前また最近夜遊びが度を越しているのではないかね。
その遊び癖を治せとは云わないが、云って治るものならとうに治っているだろうしな?
ともかく今後も続くようであれば場合によっては小遣いを止める。
それでも遊びたいのなら、遊ぶ金くらいその辺りの魔物でも倒して稼いだらどうですかな、
それくらいならできるでしょう、世界を救った勇者殿」
「…こんなコミュニケーションやだ」
ククールはぐったりと項垂れた。
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同居
マルチェロとキスをしていたら、冬の寒さに負け気味の俺の唇は切れてしまった。
それ以来兄とはキスをしていない。
乱暴なアンタのせいだとふざけて云ったことに腹を立ててしまったのか、
妙なところで彼は子どもじみている。
唇には新しい薄皮が張った。だから死んだ皮を指先で無造作に剥く。
暖炉の炎をなんとなしに見詰めながら俺がそのようなことをしていると、件の兄が通り掛った。
なにか話しかけられるのか、そう考えてこちらも言葉を返すために唇を舐めて待つ。
するとマルチェロの目はすぃと細まった。
「物欲しそうな顔だな」
勘違いです、兄貴。
その手が、右手の親指が、伸びてくるのを見詰める。
兄の右手は俺の顎に掛けられ、兄の親指は俺の唇に触れた。微かに撫でられて、俺は睫を震わせる。
キスしてくれるのかな。そう思ったが、マルチェロの手はすぐに離れた。
その親指を「ほら」と見せられる。
「また血が出ているぞ」
兄の指には掠れた赤、俺の赤。
マルチェロはそれを無造作に自らの唇でチュと吸った。
それから鼻で笑われる。
「物欲しそうな顔だな」
どうやら勘違いではないようです、兄貴。
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Marcello*Kukule
聖地ゴルドの崖っぷち、
ククールが歯を食いしばってマルチェロを引き摺り上げようとした手さえも振り払ったあのとき、
「あれは人生で初めてのやけっぱちだった」
そう兄が云うので、普段は笑い方にさえ格好をつけるククールは顔をくしゃくしゃにして爆笑した。
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同居
まるで耳の裏から首筋、鎖骨にかけてそうするように、マルチェロの唇がククールの熱に微かに、
けれど何度も接吻ける。
先っぽから根元までを微かに、そして何度も接吻ける。
「あっ…んっんっ」
ククールの上半身は白いシーツの上でくねったが、
腰はマルチェロの力強い手に掴まれて動くに動けず悶えてひくつく。
「おいちょっと!やるなら…あっ…くそっ…ちゃんと…っ」
ククールは下半身の惨状を見たくないとばかり腕で顔を覆ったが、
マルチェロの唇は熱から生み出される蜜を殊更ゆっくりと舌先で掬う。
「やるなら?どうしろと?」
「だから!ちゃんとしろって云ってるだろ!」
瞬間、ちゅっときつく脚の付け根、内股を吸われた。
「あっ!」
ふるりと全身が震える。
続けてもう二・三回、きつくきつく。
「あっあっ、やめっ」
それでも立てていた両脚が崩れてぴんと跳ねる。
ククールは兄の攻撃が止んだことを確かめ、顔を隠していた腕を外した。
上半身を起こす。
「…バカー」
内股を見れば、そこには幾つかの赤い跡。
「俺、明日デートなのに。どうすんだよ」
「腹違いの兄に押し倒されて付けられたとそのままを云えば良いのではないか?」
マルチェロもまた体を起こし、ククールの首筋に一際強いキスをした。
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Kukule
その夜は少し足を伸ばして昔馴染みの酒場にククールは赴いた。
所々に乱闘の跡が残る土壁、柄の悪い男たち、安酒のにおい、そして少し歳をとった商売女たち。
その内の一人はククールがこの酒場に入り浸っていた頃よりやや痩せてしまっていたが、
ククールが触れたときと変わらず美しい眸をしていた。
彼女の眸を伏せる癖と長い睫、美しい横顔がククールはなにより好きだった。
数年振りに逢った彼女はククールについて何も問いはしなかった。
あの頃と変わらず隣でただ静かにアルコールの少ないお酒をゆっくりと口にするのみ。
ククールはカウンターの白い彼女の手に手を重ねた。
やはり手も少し痩せている。
ククールは彼女の手を握ろうとしたが、しかし彼女は横顔のまま手を自らのほうへと静かに引いた。
肩に掛けたストールが僅かに揺れる。
「あなたが私の横顔を好いていてくれたように、
私はあなたの何処か人恋しげな寂しい横顔が好きだったわ」
彼女はベッドの中以外ではじめてククールを真直ぐに見つめた。
彼女の横顔は美しかったが、彼女のククールを真直ぐに見つめる眸はやさしかった。
この上なくやさしかった。
彼女の痩せた指先がククールの頬をゆるやかに撫でていく。
「俺、少し大人になっちまった?」
ククールは冗談めかして問うた。
彼女はいいえと首を振る。
「少し幼い顔になったわ」
彼女の指先がククールの頬を離れる。
「きっとあなたは今、誰かにうんと甘やかしてもらっているのね。とても幸せそう」
でも私が好きだったのは甘やかされたいと願っているククールだったわと彼女は微笑んだ。
もう彼女の横顔は見れない。
ククールは彼女の手を取り、キスをした。騎士がお姫さまにするように恭しくキスをした。
酒代を置いて席を立つ。
二度と振り返らないのがククールなりの「ありがとう、さよなら」
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同居
ある寒い冬の朝、
水を汲みに行こうと取り上げた木の桶はククールの思いとは逆の方向に僅かに強く引かれた。
手だ。兄の手。
剣を握るために造形されたような、その手がククールの持つ桶を引く。
ククールが横を見上げると兄は平素と変わらず前を見ていた。
「代わろう」
するりとククールの手を離れる桶。
兄が開いた扉からは冷たい風が入ったが、それもすぐに止む。
閉められた扉を見詰め、ククールはこの冬、少し荒れてしまった手で頭を掻いた。
「俺、女じゃねーのに」
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