Marcello*Kukule Log




同居


 ぐぅと腹が鳴った。嘘、ぎゅるるると胃が凹んだ音がした。

 隣に横たわった兄はそんな俺にかまおうともしない。起きているくせに目を閉じたまま。

 この隠居老人とつい数時間前毒突いたら、今は休暇中なのだと呟いた。

 ああ夏休みね、と俺は適当に流した。

 ベッドは汗でべとべと、シーツはぐしゃぐしゃ、体はぐてんぐてん。

 少しでも風を取り入れようと思って開けている窓からは、真夏の太陽と入道雲ばかりが見えて憎々しい。

 「なあ腹減った」

 そして暑い。なんか窓際の俺に直射日光当たってるんですけど。

 「腹減った」

 アンタは減らないのかよと訊いてみた。

 朝から食っていないような、いやもしかしたら昨日の夜から食っていないような、意識朦朧。

 「まあ俺の方が運動量多いし、若いから新陳代謝が激しいのかもしれないけどね」

 腹這いになり、兄の体の上に横たわる。暑いので体半分はずらした。

 すると兄はすぃと緑の目を漸く開き、べとついて不快だなどと云い出した。

 シャワーを浴びに行く億劫はふたりでお揃いだと思うんですけどねえ。

 「腹減った。暑い。このまま死んだら化けて出る」

 云うとべりりとはがされ、ころりとまた直射日光へと追いやられる。

 「テンションを上げて斬ってやるからすぐにあの世へ行けるぞ」

 「このくそ暑いのにテンション上げなくていいから。もっと手っ取り早く食糧調達のこと考えようぜ」

 いやほんと、このままじゃ脱水症状で死ぬかも。

 「…夕食…作るのが面倒だな」

 兄がぽつりと云った。ああやっと建設的なお話をして下さるんですか。

 でも俺だって作るの面倒だし、絶対アンタよりだるいし、疲れたし、直射日光で暑いし、

 いろいろ搾りとられてんですけど。

 「では夕飯は諦めろ」

 「…じゃああれだ。非常食食おう」

 なんかいろいろと用心深い兄が倉庫に置いていたはずだ。

 俺の白い肌が焼けたらたまらんということで再びずりずりと兄の体に乗り上げる。

 そのまま兄の体をごろりと越えて、そこにおさまった。狭い。

 「ククール。非常食とは非常時に食べるから非常食なのだよ?わかるかね?」

 「今すげえ非常時だと思いますよ」

 ああ、でも水がない。井戸から汲んで来なければない。こればっかりはどうしようもない。

 井戸だから外だ、外だから服を着なきゃならない。

 「じゃんけんだ、じゃんけんをしよう」と俺が公平なことを提案すると、

 「では私はパーを出す」などと何故かいきなり駆け引きをはじめる兄。

 しかも、「パーだ。解るか、ククール。お前のことだ」って、誰がパーだ。そしてグーを出せと脅すな。

 「…解った。俺はグーを出せばいいんだな?」

 いざ、じゃんけん、

 「ぽん」

 俺はチョキ。兄はグー。

 「汚ねえ!うそつきやがったな!?」

 「お互い様だ」

 なんて信頼のない関係だろう。

 「さて、決まったならばさっさと用意してもらおうか」

 「…じゃもういいや。面倒だし。寝よ寝よ」

 俺は寝台に深くうつ伏せになって、そっぽ向いた。

 マルチェロは俺が窓際にいなくなって直射日光が暑いのか窓を閉め、カーテンをかける。

 そしてそのままやはり寝心地を整えた。

 「このままふたりとも脱水症状で死んでたら笑えるな」

 「この暑さならば一日で腐る」

 なんて会話が噛み合っているのかいないのか、とりあえず背を向けておひるねを。

 明日も生きてたらいいねえ、お互いに。




Marcello


 私は肘掛に預けた腕より続く手の甲に頬をのせ、云った。

 「お前が生かした命だ」

 お前が望むようにすればいい。




Kukule



 「俺はアンタの家でありたい。ずっといてくれなんて云わない。

 俺だってきっとずっと傍にいることなんて出来ない。

 アンタが俺でないように、俺はアンタじゃないから。

 縛らないよ。 縛られもしない代わりに。

 でも俺はアンタの家でありたい。いつも同じ所にはいないけど。

 いつでもアンタのために、空けておく、心をね。

 そこは誰でもない、アンタの場所だ。

 誰もアンタの代わりに、俺のそこを埋めることはできない。

 だから帰って来れば良い。疲れたら、心寄せに来ればいい。

 世界の何処かに俺は必ずいるから、見つけろよ。

 俺はアンタにおかえりを云うよ。そして俺はアンタにいってらっしゃいを云えるよ。

 俺はアンタとそういう風に在りたいんだ、マルチェロ」




同居



 冬の到来も近い晩秋のこと。

 蔵書の整理をしているらしい兄の背中に両掌をそっと当てた。

 「…帰ったのか」

 マルチェロは振り向かない。その意識の九割九分七厘は彼の愛読書のもの。

 「さみぃ」

 外から帰ったククールが呟けば、

 「人の背中で手を温めるな」

 「…寒いのは手じゃねえよ。にぶいな」

 背中だけじゃ温まらない。さあ早く振り向いて。




同居


 「…ねえ」

 寝台に腰掛けたククールは床に膝を付いた兄の髪に手を差し入れながら息を荒げた。

 「どういう心境の変化?」

 ちゅ、と吸われる。

 「あ…っ」

 「私がお前に何かしてやってはいけないのか?」

 マルチェロはひくつくククールの腰を撫でながら云った。




同居


 圧迫感とともに口を誰かの手で塞がれた息苦しさで、俺は目を覚ました。

 部屋は俺が眠るときに明かりを消したので暗く、何も見えない。

 泥棒か何かかと思い、俺は手足をばたつかせ、声を出そうと必死になったが、

 俺にのっかかる相手はびくともしない。

 逆に更に体重を掛けられねじ伏せられる。

 「ん…むぅ」

 口を押さえる手を振り解こうと顔を逸らせようとして無駄。

 俺はこれはマジでやばいんじゃないかと思って、いよいよ大声を出す覚悟をした。そのときだった。

 「しっ」と俺にのっかる人物が囁く。そして「大人しくしていろ」なんて云う。

 ついでにもう片方の手がするりと下着の中に潜り込んで来て、俺のモノをやわやわと弄り出した。

 俺は抵抗をやめた。代わりに俺の口を塞ぐ掌をぺろりと舐める。

 もう大声出したりしないから、この手を放してくれないか、という意を込めて。

 その意図を汲んでか、手はゆっくりと外された。

 代わりに俺の口を塞いだのはキス。それもすげえ濃厚の。

 舌がねっとりと絡み付いてきて、口の中を隅々まで舐め回される。

 俺もそれに応えて絡めたり、奥に逃げ込んで焦らしてみたり。

 それから息継ぎのためくちびるが離れたときに、俺は俺にのっかる人物に笑いかけた。

 「酔ってるの?」

 「酒のにおいはしたか?」

 そう問われて、俺は兄貴に手を伸ばす。

 「もっかい確認させて」

 酒のにおいなんざしてないことはとっくに気付いていたけれど。




同居


 中指で掻き回される、くちゅくちゅくちゅ。

 「ん…」

 けれどそれでは足りない。

 「もう一本…増やして…」

 お願いすると人差し指も追加、くちゅくちゅくちゅ。

 「ん…ん…」

 思わず背は反るが、ダメダメまだ足りない。指じゃ足りない。

 「アンタの…ちょうだい…」

 ククールのお願いは聞き入れられて、マルチェロのものがぐいっ。

 「ああっ」

 過呼吸を繰り返すククールにマルチェロの下腹部も波打つ。

 「やべ…すげえ気持ちいい」




同居


 「まずい」とマルチェロがククールに圧し掛かりながら云うので、

 ククールは荒い呼吸の中、首を傾げて見せた。

 「ん…なにが…?」

 するとマルチェロは、

 「お前の中が気持ち良くて、いってしまいそうだ」

 ククールの耳朶にくちびるを摺り寄せる。




同居


 マルチェロが意外にもキスをするのが好きだと知ったのは、全てが終わったその後のことだった。

 ククールが呼吸をしようと少しだけ離したくちびるを尚も捉えて奪おうとする兄にククールは微笑を漏らす。

 また何かが始まるのだと、ククールはそう確信した。




同居


 ククールが何やら呻いて身じろぐので、私は目を覚ました。

 起こしてもまた面倒くさいので、向かい合う弟の肩に手を伸ばす。

 そうして二・三度撫でたら大人しくなった。

 やれやれと私は再びまどろみに身を任す。






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