Marcello*Kukule
「選ぶといい」
神かマルチェロか。祈りか剣か。救われるか救うか。
祈祷へ出されるときも、信徒を裏切るときも、行くか拒むか、裏切るか拒むか、
マルチェロが与える選択肢を突き詰めていけばククールにとってはそういうことなのだ。
与えられるか選ぶか。
神とは異なる支配者になろうとするこの人は、神さまとはちがっていつだって選択をさせる。
楽をさせてはくれないね。
「おれはいつだっておれの心に従ってアンタを選んできた」
それでもいつか神もマルチェロも、祈りも剣も、救われることも救うこともできる選択肢を、
(おれが用意できなくちゃならない)、そう思いながらククールは今日この日には剣を取る。
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Marcello*Kukule
ただキスをするのはかんたんなことだ。
「させてください」や「してください」を言って、くちびるを合わせればいいだけのこと。
そこから舌を入れてもらったり、入れたりするのはもっとかんたんなことだし、
そこからベッドにもつれ込むのはもっともっとかんたんなことだった。
「キスをすることは、もっと幸せなことだと思っていたよ」
寄り添っても寄り添っても、キスをしても体をつないでも、
ありとあらゆる幸せな二人がするだろうことをしても、
「おかしいな。どれも、もっと幸せなことだと思っていたのに」
幸せな兄にも弟にも、せめて幸せなマルチェロにもククールにも、なれない。
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Marcello*Kukule
ぎこ、ぎこ、と古い椅子が音を鳴らす。
ククールが椅子の前脚を浮かして座っているせいだ。
罰として聖書をこうして何時間も読まされているククールとは違い、
マルチェロは調べものがどうしてもあったのだろう、書架の前を離れない。
図書棟にはふたりだけがあった。
ぎこ、ぎこ、とククールは椅子を鳴らす。怒れ、怒れ、と思いながら、ぎこ、ぎこ、と椅子を鳴らす。
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Marcello*Kukule
「アンタからの哀れみが、憐れみが、欲しいわけじゃない」
あんまりにも震えているから、接吻けてやろうかと思ったが、
そう言うのであれば、そう言って顔を背けようとするのであれば、背ける前にその顔を打ってやった。
接吻けてやろうと思ったくちびるからは、ひゅうひゅうと哀れな息があとからあとから零れている。
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Marcello*Kukule
だれかが飼っていた赤い鳥の鳥かごを、だれかが誤って壊してしまったらしい。
それでも赤い鳥が逃げないという噂を聞いて、ククールは赤い鳥を訪ねた。
すると先客が窓辺で鳥かごを揺すっている。かたん、かたんと鳴っている。
「外が良けりゃ、そのうち勝手に出て行くさ」
ククールは言ったが、先客はまだかたん、かたんとやっている。
赤い鳥は羽ばたかない。
「餌もないというのに、かごの中が良いのか」
先客が言うので、ククールは「餌箱があるじゃないか」と呟いた。
「いつか、与えられるんじゃないか。そう思っちまったら、羽ばたけないよ」
かたん、かたん。
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Marcello*Kukule
「それでお前はだれを守れた。だれを守れるというのだね」
昨日またひとりあっさりと切り捨てたことについて、「ひどいことを、アンタはするね」と言ったなら、
マルチェロは「ひどいことさえ、お前はしないな」と言い、続けた言葉がそれだった。
おれは時々マルチェロが正しいことを言っているのではないかと思うことがある。
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Marcello*Kukule
「そしてその剣でどうする」
咄嗟に抜き放った刃はまだマルチェロに向いている。
森の魔物を幾つか斬り伏せ、剣をおさめたところで横手からの魔物に体ごと吹き飛ばされた。
だがその鋭い牙がククールの肉を貪る前に、現れたマルチェロが一太刀で魔物を屠った。
その間に多少よろめきながらもククールは起き上がっていたが、
ひたひたとたった今殺した魔物の血を刃から滴らせて近寄るマルチェロに思わず後ずさった。
「そしてその剣でどうする」
マルチェロはククールを見下ろしてもう一度問い、それから蔑んだように笑った。
「いいや、違うな。その剣をどうする、がお前には相応しいか」
剣を構えた腕は力を失い、ククールの剣の切っ先はとすりと乾いた土に突き刺さる。
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Kukule
両の手ですくった水は冷たい。ばしゃん、と水を顔にはねさせる。
ぽたり、ぽたり、鼻先から落ちる水と、すくいきれなかった水をもう一度拾う。
口に含んで、ゆすいで、吐き捨てた。
前の髪で隠した顔は冴えない。ぐしゃり、と髪を後ろへと掻き上げる。
それから胸に伝っていく水に頓着せず、鏡をじっと睨み込んで、口元でふふんと笑って見せた。
その折、「ククール」、誰かが呼んだ。
これは儀式だ、とククールは思っている。
「今、行くよ」と誰にでも言うための、バカバカしい、けれど、
(俺にとっちゃ、ここで生きるための大切な儀式だ)
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Marcello*Kukule
「俺は、アンタと不幸比べをしたいわけでも、
どちらがどれほど不幸でなかったかを責め合いたいわけでもない」
夜の真ん中で立ち止まったマルチェロの背を、とぼとぼと歩いて付いて来たククールが、
今更追い越せるはずもなく。
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Kukule
「剣でしか護れないものがある。そんなことはよく分かってる。
権力でしか護れないものもある。そんなことだってよくよく分かってる。
だけど、世界の全てはそれだけで救われるのか。本当にアンタはそれだけがあれば救われるのか」
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