Marcello*Kukule Log




同居


 「いつまでそうして拗ねているつもりだ」

 とマルチェロはテーブルの向かいで不快げに云った。

 「拗ねているんじゃなくて、俺は怒ってるんだ。膨れっ面と云ってくれ」

 世界中の女性の宝石とも云えるせっかくの顔がこんなぶっさいくな面になっている責任を早く取れ、兄貴。

 「拗ねているようにしか見えんな。やはり何処か自分に非があると思っている証拠ではないか?」

 「そうやってすぐに自分に有利になるように云う癖、ほんとやめろ。

 俺、知ってるんだぜ?アンタ、自分に非があるって思ったとき、すぐにそういう風に云うんだ」

 あんまり俺をなめてちゃ、痛い目に遭うぜ?

 そういう意味で睨んでいると、漸くマルチェロは自らに非があったことを認めた。

 些細な擦れ違い。行き違い。言葉尻の問題。いつもの喧嘩の原因だ。大したことじゃない。

 「それでだ、ククール」

 「なに。なんですか。それより謝罪はないのかよ」

 「それよりも、だ。ククール。いつまでそんな拗ねた面を…ああ失敬、膨れっ面をしているつもりだ」

 「わざとだろ、わーざーと」

 謝罪よりも俺の面の方がアンタにとって重要なのか。

 ていうかまず謝れ。ごめんなさいって云え。

 俺はそう云い掛けて、ふと止まる。

 「…兄貴、相変わらず俺の顔を気に掛けてくれてるんだな」

 「お前の膨れっ面も、拗ねている顔も、嫌いではないが、

 こう何時間も見ていては茶が不味くなるからな。その程度には気に掛けている」

 「ふぅん、へえ、そうなんだ」

 俺は思わずにんまりしてしまった。

 すると向かいでマルチェロもにんまりしていた。あれ、まさかまた上手く丸め込まれた?




同居


 名を偽る人からの手紙には時折隠語が混じる。

 それは過去に使用していたものであったり、また新たに加わったものもある。

 そしてまた時折、ところどころ、銀の髪がマルチェロの邪魔をした。

 寝台に半身を起こしたマルチェロに跨るようにして、ククールが未だ離れない。

 「なあ…」

 不意に彼の呼吸を首筋に感じる。

 「そんなに面白い手紙なら、俺にも読ませてくれよ」

 今漸く目覚めたのか、それともずっと眠った振りをしていたのか、

 ククールはマルチェロの肩に頬を預けたまま笑い混じりに呟いた。

 「そうやってここに舞い込む便りを読むときだけ、アンタは愉しそうにする」

 するりとククールの二本の腕がマルチェロの首に絡まった。

 その内の一本が便りを持つマルチェロの腕をゆるりゆるりと撫で下り、数枚の紙を邪険に払う。

 「無粋な人だよ、アンタは。この俺越しに、他のものを見るなんてね」

 だが彼は見越しているのだろう、もうマルチェロがその便りを全て記憶に留めたことに。

 そういう機を見計らい、彼は目覚めた振りをしたのだろう、否、したに違いないとマルチェロは思う。

 「なあマルチェロ、こんなにくっついてたら、したくならねえ?」

 ククールはもう片方の手も解き、マルチェロの逞しく厚い胸に両手を添えた。

 裸の首筋を軽く噛まれる。

 「朝から」

 マルチェロは弟の長い髪をぐいと引いた。するとはらはらと弟の裸の背に零れる銀。

 ククールはにやりと笑う。彼は性悪なのだ。

 「朝からしちゃいけないなんて、アンタも案外つまらないことを云う。

 世界の法を引っくり返そうとした人のくせに、いったいいつから世界の慣わしに従うような、

 そんな面白くない人になったんだ?」

 ククールは云いながら、その薄い唇をマルチェロの首筋から鎖骨、胸へと下げていった。

 「とりあえず退いてもらおうか、ククール」

 マルチェロは弟の頭に手を置いた。

 「お前は私よりも貧相な体とはいえ、重い」

 ククールはくっくっくっと笑う。

 「その貧相な体にその俺よりも立派な体で圧し掛かっていたのはいったい誰だよ。

 重くて押し潰されるかと思ったよ」

 だから彼はマルチェロから退かないと云う。

 今度は彼がマルチェロの重しとなり動けなくしてやるとも云う。

 マルチェロはくっくっくっと笑った。マルチェロもまた性悪なのだ。

 「しかしククール。私が全く動けないのでは、お前もつまらないのではないかね?」

 ああそれはそうかもとマルチェロの熱を口に含みながらククールは思った。




同居



 急に冬に戻ってしまったようだと不満を漏らしながら外から帰ったばかりのククールは、

 マルチェロの書斎にノックもせず入った。

 暖炉の前に立ち、弱くなっていた火に舌打ちをする。

 「なあ、ちょっと」

 と執務机で書き物をする兄を振り返った瞬間、頬にちりりと熱。

 背後では暖炉の炎が再び赤く燃え上がっていた。

 マルチェロが火炎系の魔法を使用したのだとすぐに気付いた。また舌打ちを一つ。

 「あのさ、相手が俺だからどうでもいいのかもしれないけど、

 そういうことする時には何か一言があってもいいと思いますけどね」

 それにさぁとククールはマルチェロに近寄った。

 執務机に浅く腰掛ける。

 「不精するなよ。薪を足すなり、何なり、ちょっとはこの机から離れようとは思わないのか」

 するとマルチェロは書き物を終えたのか、ペンを置き、椅子に深く凭れ掛かった。

 手を腹の前で組み、ククールを見上げて小馬鹿にしたように笑うので、

 笑われたククールは「なんだよ」と眉根を寄せる。

 「おやおや、気付いていないのかね?お前は今朝と云っていることがまるで違う」

 「今朝?」

 「ベッドから出るのは寒いから、魔法でここから暖炉を点けてくれと云っていたのは何処の誰だったかな」

 云われてククールは惚けた。

 「さぁて、誰だっただろうなあ」

 だがマルチェロが「私のベッドで眠っていた者だったが?」と云うので、

 そこは主張しておかなければならないククールは「うっせー」とやや不機嫌めに名乗り出た。




同居



 数日間留守にしていたマルチェロは帰って来たかと思うと唐突に口を開けるようにククールに云ってきた。

 まだ外套も羽織ったまま、剣も腰に提げたまま、

 いったいどういうことかと思いながらもククールは仕方なく兄に従う。

 その口に放り込まれたのは甘いビスケット。思わずそれを咥えたまま兄に噛み付く。

 「おい。なんだよこれ。先に云っておくけど、ビスケットとか云う答えは期待してねえから」

 そう云うククールにマルチェロは外套を脱いで渡した。続いて剣も取らせる。

 「褒美だ」

 「ほうびぃ?」

 「留守番、ご苦労だったな」

 そう云って自室に入ってしまったマルチェロの背に

 ククールはビスケットを噛み砕きながら不満げに眉根を寄せた。

 「子どもじゃねえつーの」

 それからまた数週間後、

 暫く家を空けていたマルチェロは帰って来たかと思うと唐突に口を開けるようにククールに云ってきた。

 またビスケットだろうか。それともクッキーか。もしかしたらチョコレートかもしれないな。

 そんな想いを抱きながらそれでも仕方なくククールが結んでいた唇を解くと、両頬をむぎゅっと掴まれた。

 「いでででででで」

 と声を上げたのも束の間、キスをされる。

 丁寧に咥内を撫でられ舐められ、荒くなる息さえ呑み尽くされ、漸くマルチェロの唇は離れた。

 「…おい。なにするんだよ。先に云っておくけど、キスとか云う答えは期待してねえから」

 そう云うククールにマルチェロは外套を脱いで渡した。続いて剣も取らせる。

 「褒美だ」

 「ほうびぃ?」

 「留守番、ご苦労だったな」

 掴まれたままの頬をむぎゅむぎゅとやられる。

 ククールが不満げな、若しくは少し怒った様な顔をするとマルチェロはふふんと笑った。

 「おやおや。子ども扱いをやめてやったというのに、いったい何が不満だったのかな?」

 キスが足りないことだろ?と今日はククールも意趣返し。




同居


 キスをする寸前になって、ククールは他意なく瞼を擡げた。

 兄とキスをする時の多くはククールが眸を閉じて、兄を待つ。いつの間にかそういうことになっていた。

 「今ふと思ったんだけどさ」

 ククールは他の兄弟と比すれば近過ぎる距離にある兄の頬にひたと手を当てる。

 「アンタって右利きだから、右に顔を傾けるのが癖なのかな」

 比したところで痛む道徳心などとうに薄れてしまった。これは一種の麻痺症状だ。

 「俺、左利きだろう?俺まで利き手に顔を傾けちまったら、いつまで経ってもキスが出来ないな」

 云うと兄の手がククールの手に重なった。ククールの手はするりと兄の頬から外される。

 もしかしたらその手はつっかえ棒のようで兄は気に入らなかったのかもしれない。

 「それで?」

 マルチェロがマルチェロにとっての右に顔を傾ける。

 ククールはもう一度眸を閉じる。

 「そんだけ」

 「そうか」

 きっと気に入らなかったんだな。

 ククールは兄からのキスを享受しながら、ゆるゆるとそのようなことを考えた。




同居


 「俺はやりながらいろいろと云われたり、云わされたりするのは嫌いじゃないぜ?」

 ククールは床に散らかしていた服を拾いながら、

 もう髪までいつものように整えてしまったマルチェロを見上げて口を尖らせた。

 「アンタのそのイヤミぃな喋り方は、俺の羞恥心を煽るには優れているとも思う」

 だけどさ、とククールは拾ったはいいが着るのが面倒になってしまった服をもう一度床へと投げる。

 「もう少し熱っぽく云うだとか、出来ないのかよ?

 さっきの言い方だって、普段と全く変わらないじゃねえか。

 “入れて欲しいくせに強がるな”っていう響きと、

 今日の朝一発目のイヤミ“一人で朝起きれるようになったのだな”っていう響き、

 まるっきり一緒だったと思うんですけど。それってどうよ?

 もっとやってる最中だからこその盛り上がりとか、荒い息遣いとかがあってもいいと思いますー」

 とククールが一頻り想いを吐露した後のことだった。

 マルチェロがその視線をククールからククールの投げた服へと移す。

 珍しいこともあるものだとククールは思った。

 こんなときの兄は必ずククールに黙るようその目で云ってくるというのに。

 「そのように何かを云って欲しいなら、そのようにしてくれる相手でも見つけるのだな」

 投げた服をまた投げ返される。

 そうして部屋を出て行こうとしたマルチェロをククールは多少慌てて引きとめた。

 「べつにアンタとするのを全否定したわけじゃねえから」

 「お前に云われずとも分かっている」

 じゃあなんで拗ねるかな。

 ククールはマルチェロが出て行った扉を見つめながら呆れ半分、忍び笑い半分。




同居


 普段にも増して弟が閨での声を堪えていることに気付き、マルチェロは腰を休めた。

 繋がるそこを背後から抱えていた腕の力も緩めれば、

 ククールはぐったりと寝台にうつ伏せたが、幾分か機嫌を悪くしたらしい。

 「なんで途中で放り出すんだ」

 「放り出してなどいない」

 マルチェロは口の端を上げて、まだ繋がったままだということを思い知らすため、

 まだ疼いているだろう内を二・三度軽く擦ってやった。

 するとククールは「んっんっ」と声を漏らす。しかしその声は小さい。

 マルチェロは手を伸ばし、ククールの前髪をさらりと掻きあげた。弟の表情を見るためだ。

 ククールの頬は色づき、だが眸はきっとこちらを見詰めている。

 「なに、なんだよ。ちゃんとやれよ」

 「してやるとも。ククール、お前が私に声を聞かせるならば、な」

 云うと、途端ククールは決まりの悪い顔をした。だって、と口の中で云う。

 「聞こえぬ」

 マルチェロはククールの背に接吻けを施してやりながら、口を割るよう促す。

 それは口を割らねばもう愛撫はしてやらないという脅迫とククールは捉えたらしい。

 「だって」

 とククールは言い直した。

 「俺のやらしぃ声を聞いたら、アンタのでかいものが更にでかくなっちまうだろうが。俺、痛いの、やだ」

 瞬間、マルチェロは深く深くククールの内を抉ってやった。

 ククールの背が官能に反り、「ああっん」と声が弾ける。

 更に何度も、何度も。

 「痛いか?ククール」

 マルチェロは跳ねるククールの背に圧し掛かり、押さえつけ、

 首筋に顔を埋めながら、その耳の傍で囁いてやった。

 ククールご自慢のいやらしい声がすぐ傍でマルチェロの鼓膜をくすぐる。

 「あっあっ、きもちいい」




同居


 この人はほんの少しだけ、やさしくなったのだと思う。

 マルチェロは彼の熱そのものを俺へと宛がい、その熱さにこわばる俺に唇を寄せてきた。

 まずはちゅと吸われ、そのあと咥内をまるで身体の隅々までを弄る様に探られる。

 そうしてゆるゆると俺の身体が開いてきた頃、彼は俺の奥を求めるのだ。

 昔の彼は俺の身体が彼の熱を拒否していようと全く取り合わなかった。

 寧ろ拒否するものに無理に突き入れ、引き裂き、力尽くで屈服させることを愉しんでいるかのようだった。

 嗚呼、この人はほんの少しだけ、やさしくなったのだと思う。




同居


 テーブルの向かいにいる兄になんとなく口を開く。

 「なあなあ」

 すると意外なほどあっさりと反応を返してくれた。

 「なんだ」

 ククールは少しだけ間を置き、再び声をかける。

 「なあ兄貴」

 「だから、なんだと云っているだろう」

 兄貴って呼んでも返事するんだ。ククールはたったそんなことに微笑んだ。




同居


 あふ。と大きく欠伸をしたククールの目尻に伸ばされたのは兄の親指。

 「みっともない」

 眠気に滲んだ涙を拭われる。





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