Marcello*Kukule Log




現代パラレル


 真・三国無双4はじめての2Pプレイの兄弟。マルチェロが1P。ピンチだ!ククールが2P。

 「やばい、兄貴。俺もう死にそうなんですけど。援軍!援軍くれ!」

 「自分で蒔いた種だ」

 「あのなーんなこと云ってたら…」

 ゲームオーバー。ククールは「ほらみろ」と横のマルチェロを見やる。

 が、見やってこれはヤバイと勘付いた。マルチェロが怒っている。

 「…何故私までゲームオーバーになるのだ。無様に死んだのはククールだろう」

 「2Pプレイだと、どっちかが死んだら、一緒にゲームオーバーになるんだって。

 だから助けてって云ったのに」

 口を尖らせて、しまったと気付いたときにはもう遅い。

 マルチェロの大きな手が伸びてきて、ほっぺたを容赦なくつねられる。

 「いででででででっ」

 「私の連戦連勝記録がお前のせいで止まってしまったではないか。バカめ」

 「あ、ほれ、ちゅーたつに似てるへっ」

 「煩い、黙れ。もう前に出るな。お前は私の後にいれば良いのだ」

 そう云って改めてコントローラーをとる兄にククールどっきん。

 「愛の告白みてえだな」

 「…バカめ」




現代パラレル


 マルチェロとキスをする。

 マルチェロのキスにはけっこういろんなパターンがあるけれど、

 先を先をと求める俺の舌を宥めるように舐めて、慰めるように絡めてくれるのが一番好き。

 ゆっくり貪られるのが好き。じんわり味わってもらうのがとても好き。

 だから時々俺はわざと先を求める振りをする。

 そうして俺の腰に回されていたマルチェロの手が、服の裾を見つけ、脇腹の肌を擽り始めると、

 「ん…」

 俺はうっとり目を閉じる。

 するとくちびるを少し離して兄貴は笑った。

 「そんなことでは女にも取って食われるぞ」

 「根こそぎ俺のこと食えるのはアンタだけだよ」

 それほど俺は誰にでも甘いわけじゃない。




現代パラレル


 ゴールデンウィーク初日にも関わらず、俺たち兄弟は家の中。

 だらだらと旅行客で溢れる空港ロビーのテレビ中継なんかを見ている。

 わざわざどうして人の多いところに出掛けるんだろうと思いつつぼけっとテレビを眺めていたら、

 「何処か行きたいのか」

 兄貴が新聞を読みながら尋ねてきた。見事片手間。

 「行きたいって云ったら連れて行ってくれるのかよ」

 すると兄は「連れて行ってやる」と頷いた。わお、どういう風の吹き回し?

 出掛けるのは面倒だったが、兄貴が連れて行ってくれるのなら行こうと思った。

 そんなわけで「行きたい」と答えた。

 ばさりとマルチェロが新聞を置く。

 「では夕飯の買い物にでも行くか」

 「…近所のスーパーかよ」

 がっくり。

 「行かないのか」

 「…行く」

 こんな自分にもがっくり。





高校生マルチェロ・幼稚園児ククール



 夕暮れ小道、ふたり道。本日幼稚園のお迎えに来てくれたのは兄。

 不承不承迎えに来たと云っている横顔を見上げながら、ククールはそっと兄の手に手を伸ばす。

 が、それはあからさまに払われて、失敗。まあいつものことさと諦めて、ククールは兄の前を駆けた。

 「なあ公園で遊んで行こうぜ」

 ほらほらと横手を指差せば、そこには小さな公園。人影はない。

 マルチェロは「ダメだ」と云った。

 拗ねた振りをするククール。

 「なんで」

 「夕飯の買い物にも行くからだ」

 「そんなに時間掛かんねえよ。ちょっとだけ。な?」

 云ってククールは、マルチェロの制止も聞かずに公園へと足を踏み入れた。

 一瞬捨てて行こうかと考えたマルチェロだったが、小さな子供を一人誰もいない公園に置いていくのは、

 保護者としての責任を全うしていないと、仕方なくククールの後を追う。

 ククールはブランコを漕いでいた。

 マルチェロはブランコの前にある鉄パイプで出来た低い柵に腰掛ける。

 「ブランコなど幼稚園で遊び尽くしているだろう」

 「まあね。でもさー」

 ククールを乗せたブランコが夕焼け空に舞い上がる。

 「でも、なんだ」

 西日に伸びるふたりの影。

 「兄貴とは全然遊んでない」

 ブランコが揺れるたびに近付いたり、遠のいたり。

 マルチェロは云った。

 「…押してやらんぞ」

 「ケチ」

 「自分で漕げ」

 「アンタってそういう人だよね。知ってるけど」

 ククールは笑った。笑って大きくブランコを漕ぐ。

 「なあなあ兄貴」

 「なんだ」

 「飛び降りるから、見てて」

 その言葉にマルチェロは思わず立ち上がった。

 どうして子供は平気で危険なことをするんだと内心で舌打ちをしたつもりだったが、
 
 「危険なことをするな、頭を打ちでもしたら更にパアになるだろう!誰が世話をすると思っているんだ」

 思わず本音が口に出た。

 だがククールは明らかに飛び降りるタイミングを見計らっていた。

 「大丈夫・大丈夫」

 その根拠は何だと云ってやりたい。だが云ってやる前に身体が動いていた。

 ククールの両足がブランコから離れる。

 次の瞬間、マルチェロの腕の中にはククールが降ってきた。

 そのままククールの勢いを殺せず、マルチェロは格好悪くも尻餅をつく。

 ククールは右腕の中。

 背後には鉄パイプ柵があった。

 「……」

 「……」

 しばし心臓と呼吸整え期。そうしてまず口を開いたのはマルチェロだった。

 「鉄パイプに頭をぶつけたらどうするつもりだったんだ」

 ククールは兄の腕の中、俯く。

 「…もっと飛べる自信あったし」

 「飛べたとしても、足先を柵に引っ掛ける可能性もあるだろう」

 「…でも」

 俯いたままのククールの視線はマルチェロの左腕を探して彷徨った。

 兄の左手はふたりの体重の勢いで柵に頭をぶつけてしまわないように、

 ブレーキの役目を砂利の上で果たしていた。たぶん掌はふたり分の体重で擦り切れている。

 「…ごめん」

 ククールは云った。マルチェロが舌打ちをする。

 「次は助けてやらんぞ」

 マルチェロはククールを降ろして立ち上がり、服についた砂を叩いた。

 そして有無を言わさずの目で弟を見下ろす。

 「さあ、帰るぞ、ククール。もう充分だろう」

 「…うん。…あの」

 「なんだ」

 歩き出すマルチェロ。追うククール。

 「手、怪我したんじゃねえの?」

 「ああ。少し擦り切れただけだ」

 やがてククールは兄の横に並んだ。その手を取ったのはマルチェロの左手。

 ククールは弾かれたように顔を上げた。

 「怪我した手で、痛くない?」

 マルチェロは前を見据えて歩く。

 「お前にうろうろされるよりは良い」

 「あっそ」

 なんて云いながらもククールは微笑んだ。

 明日はジャングルジムのてっぺんから飛び降りてみようと考えながら。




現代パラレル


 今日は酷い雨になりそうだとククールは灰色の朝の空を窓越しに見上げた。

 生ぬるくなったコーヒーの残りを口に含み、マグカップをテーブルに置く。

 そろそろ家を出ねば一限目の講義に遅刻するククールと違って、

 兄はゆったりとまだ朝食にも手を付けず、新聞を読んでいた。

 「冷めるぜ」

 コーヒーもトーストも卵も。

 テーブルに昨夜から放置していた携帯電話と財布・鍵を取り上げて、ククールはもう一度繰り返す。

 「冷めてるぜ」

 そこで漸くマルチェロは新聞を置いた。冷めたコーヒーを口にする。

 「早く行け。遅刻するぞ」

 「いいよなあ。兄貴は今日仕事なくて」

 「週2日も平日に休みがあるお前に云われる筋合いはない」

 「大学生っていい職業だよな。あ、今日はずっと家にいるの?」

 「そのつもりだ」

 そんなマルチェロの言葉にククールは「じゃあさ」と切り出した。

 「俺、今日4限目で終わりなんだけど、雨降ってたら迎えに来てくれよ」

 「何故私がそんなことをしてやらねばならんのだ」

 マルチェロは迷惑げに眉根を寄せる。それからトーストを齧った。

 ククールは時計を振り返り、「やべえ、遅刻する」と舌打ち一つ。

 「だって雨降ったら、俺濡れるし」

 小走りで玄関へ。その背にマルチェロは、

 「傘を持って行け、傘を」

 だが玄関から聞こえてきた言葉は、「今降ってねえから要らねー」

 それから扉が開く音、閉まる音。

 マルチェロは溜息。

 朝食の片付けをした後に玄関を見てみれば、ククールの傘はきっちり置きっぱなしにされていた。

 ***

 窓を叩く雨以外の音が車内に響いて、マルチェロは瞑っていた目を開けた。

 助手席の窓を見やれば、髪の先から雨を滴らせたククールが苦笑気味に窓をノックしている。

 「だから傘を持って行けと云ったんだ」

 マルチェロは助手席にククールが乗り込んできたと同時に顔をしかめた。

 「シートが濡れるから早く拭け」

 だがククールは悪びれる様子もなく、「なんか拭くもの貸して」と云う。

 タオルを投げてやると、「用意いいね」と笑った。

 現在午後四時半。ククールが通う大学の正門前には講義を終えた学生たちが溢れていた。

 「なんかさー」

 ククールは雨に濡れたのが気持ち悪いのか靴と靴下を脱ぎ捨てて、裸足でシートの上に三角座り。

 「彼氏に迎えに来てもらうってこんな感じなのかな」

 マルチェロはゆっくりと車を発進させる。

 「お前の云うことはいちいち訂正箇所が多すぎて、訂正する気も起こらんな」

 ククールは小さく微笑。シートを少し倒して、伸び。

 「なあ」

 「なんだ」

 「どっか行くの?飯とか」

 「外で食いたいのか?」

 「いや。そーじゃなくて」

 伸ばしたままの手でマルチェロの二の腕を触ってみたりなんかする。

 だが鬱陶しげに振り払われて、残念。

 ククールは手持ち無沙汰の手を腹の上で組んだり解いたりを繰り返した。

 「わざわざ車出してくれたから、外で飯でも食うのかと思っただけ」

 云うと、マルチェロは溜息。

 「お前が迎えに来いと云ったのだろう」

 「そーだけど」

 しばし沈黙。激しい雨が窓を打つ。

 「…じゃあ、迎えに来てくれたんだ?」

 信号は青。

 マルチェロは前を見据えたまま、「先程からそう云っている」

 ククールは微笑した。「なあ」とマルチェロの服を引っ張る。

 「なんだ」

 「今すげえ赤信号に引っかかりたいんだけど」

 「おかしなことを云うな、お前は」

 「おかしくねーよ」

 兄貴とキスしたいんだ。呟くと、マルチェロの横顔が僅かにやわらいだ。

 「家まで辛抱しろ」

 「雨降ってるし。外から見えねえから平気だって」

 「事故る」

 「兄貴と心中なら俺は別にかまわねえよ」

 「私はかまう」

 「そ?」

 ククールの問いに、今度こそマルチェロは微笑した。

 「お前はキス以上をしたくないのか?」

 雨は激しさを増すばかり。

 「家まで辛抱します」

 信号はまた青。




現代パラレル


 南の島でショッピング。ククールは兄の腕を引っ張った。

 「やっぱりここはブランドの何か買わなきゃ、だろ」

 その言葉にマルチェロは眉根を寄せる。

 「いいか、ククール。

 折角の機会だから買ってやらんことはないが、カードの限度を考えるくらいの頭は残っているだろうな?」

 「残ってるって何だよ、オィ」

 「まさかそれで全部と云いたいのか?昔はもう少しましだったのだろうと思っていたが」

 「兄貴といるようになってから、脳みそシェイクされる回数が増えたからじゃねーの?

 兄貴、激しいんだから。…つーか、違うっての」

 ククールは適当にブランドショップを指差した。

 「俺が、兄貴に、買ってあげんの」

 その言葉にマルチェロは僅かに驚く。

 「…そのような金がお前にあるとは思えんが」

 「バイトした。この日のために。俺、すげえ良い弟だよな。兄貴にはもったいないぜ、こんな健気な弟。

 もっと大切にしてやろうって気になってもいいんだぜ」

 よし、俺が兄貴に似合う手帳とネクタイを選んでやる、

 と張り切るククールの袖をマルチェロは少々慌てて引いた。

 「待て、ククール」

 「あ?なに?もう愛情がわいてきたって感じ?そりゃちょっとやらしいぜ、兄貴」

 「誰がそんなことを云っている。そうではなくて、バイトをしていたのはこのためか?」

 「そう云っただろ。さ、兄貴に似合うものを日本円にして12万くらいまでなら買ってやるから、遠慮するな」

 「微妙な額だな…。…ククール、ひとつ問いたいのだが」

 「うん。俺、兄貴には青が似合うと思うんだよね」

 「私に似合う色など聞いておらん。

 ククール、私はお前がバイトを始めたのは小遣いが足りないからだと思っていたからなのだが」

 「小遣いはいっぱいもらってると思うけど」

 「実際学生にやる小遣いとしては多いんだ」

 マルチェロは溜息。

 ククールは不思議そうにマルチェロを見上げる。

 「あ、そうなの?」

 「そうだ。で、お前がバイトを始めたとき、私は小遣いが足りないのか?と問うたな。

 そしてお前は足りないと答えた」

 「あ、あれね。嘘だよ。だってサプライズのほうがときめくだろ?」

 「場合による。というかお前と話していると、話が全く先に進まん。ちょっと黙れ」

 「ふぁーい」

 ククールが口を噤むと、マルチェロは幾分か疲れた様子で先を続けた。

 「小遣いが足りないと云ったお前に私は更に小遣いをやった。

 あの金はどうしたのだ?実際は不自由していなかったのだろう」

 「あ、あの金ね」

 ククールはにっこり。

 「臨時収入としてこの服買った。どう?俺の魅力を更に引き立たせる色だと思うんだけど」

 「…お前の神経が時々わからん。いや、お前のような輩の神経は一生理解したくもないがな」

 「え。なんでだよ。なにかまずかった?だってあの金は兄貴が俺にくれたんだろー」

 「…もういい。これ以上話しているとお前のバカでうつる」

 「あ、そ。んじゃ、とりあえずあの店から行くぜ」

 疲れた表情を見せる兄の袖をずんずん引っ張って店に入るククール。

 だがふと何かに気付いたのか、マルチェロを振り返り、当然の如くこう云った。

 「あ、あとで俺の腕時計とキーケース買ってくれよ。合鍵整理したいしさ。買ってくれるってさっき云ってたろ」

 南の島の海に沈めてやりたいとマルチェロは思った。




現代パラレル


 クールビズ用の青いシャツの上から緑のエプロンをつけた兄貴は、

 今日の晩飯・お好み焼きを華麗に裏返して見せた。

 香ばしく香る豚バラ肉。崩れることのないその食欲をそそるまろいライン。

 俺はうっとりと兄貴を見上げた。

 「惚れ直しそうだぜ」

 エプロン姿も良く似合う。兄貴は何やらしてもサマになるよな。さすが俺の兄貴だ。

 「なあなあ、兄貴」

 俺は更にもう一枚のお好み焼きを裏返そうとしている兄貴に笑いかけた。

 「俺の分にソースで「ククールラブ」とか書いてくれよ」

 瞬間、「あっちぃっ!!」

 俺の日焼けには気を遣っている腕にお好み焼きを裏返した際の油がもろに飛んできた。

 兄貴はそんな俺を見下ろして、明らかに鼻で笑った。

 「ああ、すまん。手元が狂った」

 アンタって素直に謝るときほど、気持ち入ってないよな、ほんと。




高校生マルチェロ・幼稚園児ククール


 夜十時、マイエラ孤児院のちびっ子たちが幸せな夢を見る時間

 ククールはベッドにもぐりこみながらも、

 隣に寝転びククールを寝かしつけようとしている兄にせっせと話しかけていた。

 「なあなあ、あのさ、兄貴」

 「…子守唄を歌ってやったら寝る約束ではなかったのか」

 「やだなあ、兄貴が耳元で囁いてくれてるってのに寝れるはずがないだろう!」

 「……」

 マルチェロは溜息。そんなマルチェロにククールは体を摺り寄せる。

 「なあ兄貴」

 マルチェロは微妙に体を離す。

 「なんだ」

 ククールはもう一度接近を試みながら、可愛く首を傾げてみた。

 「兄貴は魚好き?」

 「焼くよりは煮付けが好きだな」

 「…ええと、じゃあイルカは?」

 「食べた経験はないからなんとも云えぬ」

 「……。…えーと、そう、ペンギンとか!好き?」

 「脂ばかりで体に悪そうだな」

 「…………。…いやそうじゃなくて」

 ククールはベッドから起き上がり、幼稚園の黄色のバッグを手に取った。

 マルチェロは上体を起こし、少しだけ怒鳴る。

 「おい!何処へ行く。いい加減に寝ろ」

 「まあまあ、どうせ明日睡眠不足で苦しむのは俺なわけだし。幼稚園で昼寝して来るって」

 と云いながらククールは鞄から出したプリントをマルチェロに渡した。

 「明日の朝、お前を起こすので苦労をするのは私なのだが」

 マルチェロはプリントを受け取り、目を通す。

 『親子遠足!水族館オリエンテーリングご案内(主催:トロデーン幼稚園子ども会)』

 「…好きとはこういう意だったのか」

 「うん」

 「で、これがどうした?まさかとは思うが」

 「行こうよ、兄貴」

 ククールはよじよじとベッドによじ登る。

 マルチェロはそんな弟の体をひょいと片腕で引き上げて、却下した。

 「幼稚園の行事なら仕方がないが、自由参加のものにまで行ってやる義理はない」

 布団に押し込まれ、ククールはもぞもぞ。

 「義理って。つーか兄弟なのに」

 マルチェロはぽんぽんとククールの体をあやすように軽く叩く。

 「いいからもう寝ろ」

 「寝たら遠足に行ってくれる?」

 「すぐに取引を持ち出すな」 

 「兄貴に似たんだよ」

 ククールはふぁぁと大きなあくびひとつ。目もうとうとと瞼が落ちかけている。

 「子ども会の行事だから参加したいわけじゃねえんだ」

 「?」

 「兄貴と一緒に遠出したかったんだよ」

 それからククールはゆっくりと眠りの中へと引き込まれていった。

 マルチェロはやれやれと起き上がる。

 すぐにまるで起きているかのようにククールがマルチェロを求めたが、

 マルチェロはそのへんにあったプリズニャンのぬいぐるみをその腕に抱かせた。

 眠っている姿だけは可愛い、柄にもなくそんなことを思った。

 プリズニャンのおかげだなとマルチェロはプリズニャンのぬいぐるみを撫でておいた。

 ***

 「じゃ、まずはイルカショーでも見に行くか」

 リュックを背負ったククールはマルチェロの手を引っ張った。

 辺りにはトロデーン幼稚園子ども会のメンバーである親子の姿が多く見られる。

 マルチェロはククールの手を引っ張り返した。

 「ククール、お前はこの遠足の要旨を聴いていなかったのか?

 オリエンテーリングなのだぞ。イルカショーの時間も決められている」

 「え〜めんどい。どうせ魚の体長とか食べるものとか、

 住んでいるところを水槽巡って、看板見て答えていくだけだろう。そんなの適当に答え書いとけばいいさ」

 「そうか、そういうつもりなのならば私は帰る。

 折角の日曜日だというのにお前の勝手な行動に付き合ってなどおれん」

 マルチェロはこれ幸いとばかりにさっさとククールの手を離した。

 慌てたのはククール、既に背中を向けてしまった兄の手に縋る。

 「分かった!分かったって。仕方ねえなあ、オリエンテーリングちゃんとするから、帰んなよ」

 「仕方ないのはどっちだ…まったく…」

 そういうわけで親子(もしくは兄弟)対抗・水族館オリエンテーリングが開始された。

 が、「…見えない」

 ククールは背後のマルチェロを振り仰いだ。

 日曜日の水族館は人・人・人。人気の水槽の前には人・人・人・人。

 小さなククールは踏み潰されてしまいそうだった。

 「順番を待っていればその内見れる」

 マルチェロは云ったが、ククールはマルチェロに向けて両腕を上げる。

 「なあ」

 そんな訴えにマルチェロは溜息。しゃがんでククールを抱き上げる。

 「見えたか?」

 「見えた見えた。魚、うまそー」

 マルチェロは情操教育方法を間違えたと真剣に思った。

 「なああっちあっち、あっちの水槽も見に行こうぜ」

 ククールが次の水槽を指差す。

 マルチェロはククールを一度降ろそうかとも考えたが、

 どうせ次の水槽でも抱っこをせがんでくるに違いないと思い、そのまま移動。

 次の水槽にはジンベエザメがいた。オリエンテーリングの問題にもなっている。

 『ジンベエザメの腹の下にいるサメはなんというサメでしょう?』

 「コバンザメでいいんだよな?」

 ククールは早速解答用紙を埋めながら、マルチェロに確かめた。マルチェロは頷く。

 そうして更に次の水槽へ移動しようとして、しかしククールが待ったを掛けた。

 「もうちょっとサメ見たい」

 「かまわんが…サメが好きなのか?」

 「うん。ジンベエザメとコバンザメが好きなんだ」

 「そうか」

 ククールがじっとサメを見つめているので、マルチェロはそれ以上問うのをやめた。

 知的好奇心があることは良いことだ。

 ククールが「そろそろ行こうか」と言い出すまで、

 マルチェロはジンベエザメとコバンザメの水槽の前でククールを抱っこし続けた。

 ***

 夜十時、マイエラ孤児院のちびっ子たちが幸せな夢を見る時間。

 さすがに遠足で疲れたのか、ククールも既に夢の中。

 いつものようにマルチェロに縋ろうとする手には、

 今日のオリエンテーリング優勝賞品であるジンベエザメとコバンザメのぬいぐるみ。

 だがふとマルチェロはそのぬいぐるみに黒い文字を発見した。

 ジンベエザメには『まるちぇろ』

 コバンザメには『くくーる』

 子供らしい可愛らしさをアピールするために書いたのだろうとマルチェロは思った。

 ついでに知的好奇心があるわけでもなかったのかと脱力

 それでも弟が「ジンベエザメとコバンザメが好き」と云った理由は分かるから、

 マルチェロは今度こそククールの頭を撫でてやった。

 その手の下でククールはにんまりと微笑む。




現代パラレル


 午後九時過ぎ、帰宅すると居間にククールの姿はなかった。

 ただ灯りがついていることから、家の何処かにはいるのだろう。

 マルチェロは鞄を置き、まずは自室を覗いたが、いない。

 水音もしないので浴室やトイレにもいないのだろう。居間続きのキッチンにももちろんその姿はない。

 ベランダへのガラス戸には鍵が掛っている。

 彼の靴は玄関にあった。

 マルチェロは訝しげに眉を寄せ、それから気付く。ククールの自室から僅かに聞こえてくるテレビの音に。

 彼がこのような時間から自室に閉じこもっているとは珍しい。

 何事かに不貞腐れたときでさえ、

 その姿を兄に見せることで不機嫌だと主張したいのか大概彼は居間にいる。

 マルチェロはククールの部屋の扉を軽くノックし、返事を待たず入った。

 灯りは落とされていた。テレビが不気味に発光している。

 ニュース番組のようだったが、今そのことにマルチェロはさして興味がない。

 マルチェロは寝台に銀糸の髪を散りばめて眠る弟を見遣った。僅かに彼の呼吸は荒い。

 そもそもあまり深く寝入らない彼はマルチェロが近付くと億劫げに眸を擡げた。

 「…おかえり」

 「風邪か?」

 マルチェロは体を傾げ、ククールの頬に触れた。

 ククールはマルチェロの冷たい手が心地良かったのか、

 「熱が出た」とその熱を伝えるようにマルチェロの手に手を触れさせる。頬も手も普段よりは熱かった。

 「薬は?」

 マルチェロはククールの前髪を梳き、多くの者がそうするように、ククールの額に手を置く。

 ククールは「飲んだ」と答えた。「そうか」とマルチェロは返す。そしてテレビに目を遣った。

 やはり報道番組だった。

 弟は眠るときにテレビを点けたままにする癖がある。マルチェロの寝室で眠るときもその癖は変わらない。

 灯りを落とした部屋で静かに眠るのが好きではないらしい。寂しいと云うのだ、それも冗談めかして。

 彼が冗談めかして云うことは多くの場合冗談ではないことを知るマルチェロは、

 今日だけはテレビを点けたまま眠った弟を叱るのは勘弁してやることにした。

 「何か食べたか?」

 「薬飲む前に桃のゼリー食った。あれ美味しいな。また貰って来てよ」

 「遠くから来た客人の土産だったからな、次はいつ来るかわからん。それで、何か食うか?」

 「…いらね」

 「そうか」

 マルチェロはククールから手を離し、とりあえず自分の夕食を作るため部屋を出ようとする。

 しかしククールが呼びかけてきたので、足を止めた。

 「オレンジのゼリーでいいから、食いたい」

 そう云ってククールがテレビを消し、起き上がってくる。

 それを待つくらいは一応マルチェロも弟の心配をしている。




執事マルチェロ・ご主人ククール「子どもの分際」


 俺に最初にキスを教えてくれたのは執事のマルチェロだった。

 あれは両親が亡くなった初めての冬、俺が十歳の頃。

 他の使用人たちがマルチェロから離れたときを見計らい、俺は執事の上着を引っ張った。

 「なあ、マルチェロ」

 「なんでしょう、ぼっちゃま」

 むか。

 「俺はもうぼっちゃまじゃねえ。親父の跡を継いだんだからだんなさまと呼べ」

 「はいはい。ではだんなさま、当家の主人として相応しい言葉遣いをして頂けますかな」

 マルチェロは澄ました顔で俺を見下ろした。

 主人を見下ろすことをなんとも思ってもいないような奴がどうして執事なんかしてるんだ。

 「おい、マルチェロ。俺と話すときはしゃがめ」

 「かしこまりました」

 彼が膝を付くと、漸く俺が彼を見下ろすことが出来る。

 「さて、私に何の御用でしょう、だんなさま」

 マルチェロはやや俺を見上げるような角度で問うて来た。

 翠の目はきっと母親から継いだんだろうな、なんて思う。

 「キスして」

 俺は子供なりに真剣に云った。

 だがマルチェロは面食らった様子もなく、いつもの意地悪さが隠せていない微笑を浮かべて、

 「おやおや」なんて云う。

 「お昼寝の前にもキスが?」

 「違う」

 俺は拗ねた。

 「この前招かれた茶会で、きれいな女の人が大人になったらキスをしましょうね、って俺に云ったんだ」

 「ほう。さすがぼっちゃまは先代のお子だ」

 マルチェロが愉快げにくつくつと笑う。

 なんだよ、それイヤミかよ。それにまたぼっちゃまになってるのはわざとなのか?

 「マルチェロ。お前も俺のこと、子ども扱いするのか?」

 「そのように扱われるのはお嫌ですかな?」

 「むかつく」

 いつもいつもマルチェロは云うんだ、大人になってから、って。

 そりゃあ年頃のお子様の俺は夜会とかきれいなおねーさんに憧れたりする。

 でもマルチェロは云う、「大人になってから」

 それに親父とお袋の葬儀のときもマルチェロがあまりに忙しそうだったから、

 「なにか手伝ってやろうか」と云ったら、「大人になってからでいいですよ」なんて云いやがった。

 それにそれに俺が眠った後に時々マルチェロが何処かに行って誰かと会ってることを問い詰めても、

 「大人になったら教えて差し上げますとも」とはぐらかす。

 「ぼっちゃま」

 不意にマルチェロの眸が苦笑に細まった。

 苦笑を浮かべるときだけ、マルチェロはやさしい。やさしい気持ちを俺に対して持ってくれている。

 「泣かないで」

 むちゃ云うな。もう泣いちまってる。今更止めれねえよ、バカー。

 それにまた俺のこと子供扱いしてるし!

 「親父もお袋もマルチェロも俺を仲間外れにするのかよ」

 俺だけ置いて行きやがって、うわーん!

 「はいはい、ぼっちゃま、泣かない、泣かない」

 マルチェロがぎゅうと抱き寄せ、そのまま俺を抱き上げた。あったかい。マルチェロのにおいがする。

 そしてまずは額に、次にぽっぺたに、最後に唇に、キスをしてくれた。

 キスってあったかいんだなあと思ったら、余計泣きたくなった。

 つかもう泣いているので大泣きだ。

 そういうわけでその日半日マルチェロは俺を抱っこしながら、

 執事としての仕事をこなすことになったのだった。

 「あのときは何度途中で落っことしてやろうかと」

 執事マルチェロは俺にキスをしながら十年前の文句を云うことがある。

 けれど額、ほっぺた、唇、そして舌を絡め合って、体中全てにキスをしてくれる。

 あのとき彼が云った「大人になったら教えて差し上げますとも」その通りに。

 そして事が終わったならば、

 「なあ着替えさせて」

 俺は執事に手を伸ばす。

 だがすっかり服を纏った彼は澄ました顔で俺を見下ろした。

 「だんなさまが子どもになったなら、着替えさせてあげましょう」

 イヤミ、10年越し。





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