Marcello*Kukule Log




高校生マルチェロ・幼稚園児ククール


 日曜日朝七時半。

 ククールはマルチェロの膝の上で「魔法戦隊マジレンジャー」を見るのが常であった。

 マルチェロは何ひとつ面白くない子供番組を強制的に見せられて辟易。

 おまけにククールもまったく愉しんで見ているようには思えない。

 それを指摘するとククールはこう云った。

 「こんなお子様番組、別に興味ないけど女の子と話すきっかけになるんだよな」

 更に続けて、

 「だいたいさ、こんな一方的な正義なんて本当はないんだよ。悪には悪の正義があるのさ」

 くらりマルチェロ。少し育て方を間違ったのかもしれないと思う。

 「…可愛くない子どもだな、お前は」

 思わず呟くと、ククールは一瞬押し黙り、振り返ってにやり。

 「じゃあマジレンジャー応援したら、可愛いって云ってくれる?」

 「…なに?」

 「マジレンジャー格好良い!最高!インフェルシアなんてぶっ倒しちまえ!マージ・マジ・マジーロ!」

 行け行けゴーゴーだなどと拳を振るう。

 膝の上でそんなに暴れないで欲しいと思っている間に本日のマジレンジャー終了。

 ククールはくるりと振り返って、ニッコリ。

 「なあ、俺可愛かった?」

 そのククールを膝から払い退けて無視。立ち上がって朝飯の支度だと宣言する。

 「なあなあ、兄貴」

 ちぇーと云うククールはそれでも手伝う気なのか付いてくる。

 「朝飯にはサラダつけてくれよ」

 そういえばマジグリーンとやらが兄貴サラダなるものを作っていた気がする。

 「それで野菜をきちんと残さず食うのならばな」

 「もちろん!兄貴だから、ぺろりと頂いちゃうぜ!」

 それを聞いて、やはり育て方を多いに間違っているとマルチェロは溜息をついた。




高校生マルチェロ・幼稚園児ククール


 「昨日の夜?昨日の夜はね、サーベルと兄さんにお話してもらいながら寝たのよ」

 うふふと喜ぶゼシカをククールは恨めしそうに見ていた。

 ***

 「というわけで!」

 マルチェロと机との間に座ったククールはにっこりと微笑んだ。

 「俺。兄貴と寝たい」とはにかみながら顔を赤らめる。

 何故そんな顔をする必要があるのだろう。

 マルチェロはククールの肩越しに今日の復習問題を解きながらも思う。

 そして無視を決め込み、ククールを膝に乗せたままノートを書こうとすると耳を甘噛みされてしまった。

 「なあ…お願い…」

 「気持ち悪い事をするな!」

 ババっとククールを下に払って、耳を隠す。ククールはちぇーと舌打ちをした。

 「俺がこんなにも誘ってるのに、その態度はないよな」

 「いいからもう寝ろ、子供は9時には寝るべきだ」

 「だから、兄貴が添い寝してくれるならもう寝るよ」

 にっこり。

 「…お前が寝るまでだぞ」

 はあと溜息。

 するとククールはしめたとばかりマルチェロのベッドにもぐり込んでしまった。

 「兄貴、兄貴」

 ぱんぱんとその隣を手で叩いて合図する。マルチェロがやれやれとベッドに入ると、

 「同衾だ!同衾だ!」

 ククールはぐへへと笑った。

 「…そのような言葉、何処で覚えてくるのだ、まったく…」

 「辞書だよ、辞書。さあ、兄貴、話してくれ」

 わくわくと横のマルチェロを見やるククール。

 「何を話すのだ」

 「えーこういう場合はお伽話とかが基本じゃねえの?マルチェロ王子とククール姫とかでさあ。

 姫は王子さまのキスで目覚めるんだよ。いやん、兄貴っ、やらしいー」

 本気でこいつの育て方を間違ったとマルチェロは思った。

 そうしてひとしきり照れたり、笑ったり、あげくマルチェロにキスをしようとしたククールだったが、

 それにも飽きたのか、

 「まあ兄貴がそんなメルヘンな話をしてくれるとは思わないから、本読んでよ」

 と冷めた口調で云った。

 「同衾などという言葉を知っているあたり、私が読まずとも自分で読めるだろう」

 「兄貴に読んでもらうことに意義があるんだよ」

 「わかった。なんでも良いのだな?」

 「うん、なんでもいい。兄貴なら…俺、いいよ…?」

 どうしてこういちいち思わせぶりな台詞ばかり吐くのだろう。

 マルチェロは呆れながら、机の上に手を伸ばした。教科書を取る。

 ククールの顔がみるみる引き攣った。

 「いや…ちょっと待て、それは全然面白くない」

 「すぐに眠くなって良いだろう?」

 「すぐに寝たら意味ねえだろ!」

 「寝るために本を読んで欲しいという設定だろう、お前の中では」

 「それは建前。ホントのところは、兄貴と夜のアバンチュールを楽しみたいんだ」

 「さて、スネルの法則とは何か。

 スネルの法則の公式は、入射角θ1と出射角θ2の関係は、入射媒体の屈折率をn1、

 出射媒体の屈折率をn2としたとき、n1*sin(θ1)=n2*sin(θ2)で表される、か。なるほど」

 「全然わかんねえ!お姫さまはどこだよ!」

 「この式を使うと、球面収差を検証できるが、波長分散、異方性媒体、複屈折などには対応できない」

 「キスは!?ガラスの靴は!?毒りんごは!?」

 「とても面白い話ではないか」

 「わかんねえのに面白いはずないだろ」

 「なんでも良いと云ったのはお前だ」

 「じゃあせめて国語の教科書とかにしろよ。話がいいんだ、話が」

 「今は文法だ。サ行変格活用の成り立ちについてだが」

 「じゃあ英語。アイラビューとかさ」

 「A fool remains a fool until he dies」

 「おれ、バカじゃない。俺は兄貴バカなの」

 ぎゃーぎゃーぎゃー!ベッドの中で大騒ぎ!
 
 ***
 
 マイエラ孤児院23時、オディロ院長が消灯確認のため各部屋を回っていると、

 まだマルチェロの部屋からは明かりが漏れていた。

 勉強も良いが早く寝ることも必要じゃと説こうとして扉を開くと、しかしそれは必要なかった。

 ひとつのベッドでマルチェロとククールが互いの衣服を握り締め合い、ぐっすりと眠っている。

 思わず笑みを零した老院長はそっと電灯の明かりを消し、おやすみと部屋をあとにした。

 本当のところ掴み合いの喧嘩をはじめ、そのまま眠ってしまったのだが、

 そうは思えない安らかな顔をしていたのだから、院長が気付かないのは当然のこと。




高校生マルチェロ・幼稚園児ククール



 雨の日ククール。大きな水溜りでジャンプ、ばっしゃん、泥まみれ。

 ぷんすかマルチェロ。泥まみれにぷんすか、洗濯物が増えたぞぷんすか、ぷんすかぷんぷん。

 雨上がりククール。にっくき水溜りでストップ、さあ困ったぞとマルチェロを見上げれば、

 ひょいとマルチェロ、弟を片腕に抱えて水溜りを飛び越える。





現代パラレル



 偶の休みくらい出掛けようぜと偶の休みなのだから休ませろと云う兄の腕を引っ張り街へと出掛けた。

 家にいたら結局お仕事と睨めっこしちまうんだから、外の方がいいよと不機嫌に横を歩く兄を宥める。

 ぶらぶらと歩きながら、ぽつりぽつりと言葉を交わす。

 大学にはきちんと行っているのかとか。行ってるよ。

 試験の結果は返却次第見せるようにとか。この歳になってまだそういうトコ監視されるのね、俺ってば。

 「なあ、映画でも見て行こうぜ?」

 このままじゃ家に強制送還、勉強させられそうな話題になりかけたので再び兄の腕を引っ張った。

 兄に見たい映画はあるかと問う。

 どうせ特にないとかそっけない返事が返ってくるに違いないと思っていたら、おや意外、

 あまりにくっだらないと評判の社会派映画のチケットを買い求めた。

 チケット売り場ではそれが当然の如く財布を取りだし、

 ほらと無言でチケットを渡してくれるところにときめいちゃうね。

 俺と云えば特に礼も云わずそれを受け取るのみ。

 だってこの人、社会人の兄貴だもん、奢ってくれて当然だろ。礼を云ったほうが怒るよ、絶対。

 さっさと館内に入ろうとする兄を引き止めて、アイスコーヒーも買ってくれと強請った。

 今気付いたけど、俺財布は家に忘れてきたみたい。

 兄は再び財布を取りだし、数枚の硬貨を俺の手に握らせた。

 それでアイスコーヒーをふたつ買った。

 おつりはネコババ、いやだからこんな金返したら兄貴は怒るって。

 席は館内の一番後ろだった。

 評判の宜しくない映画だからだろう、がらんとしている。

 俺達が座る列には誰もいないし、ほぼ貸し切り状態。

 「こんなんで儲かるのかな」と呟くと、「さあな」と隣に座った兄も呟いた。

 あまりにそっけないそれに、でも少しじんわり掌が温かくなる。

 独り言にならなかったのが嬉しい。俺ってちょろいね。

 その後は特に会話もなく、もう最近じゃそんなことにいちいち居心地悪くならないけれど、

 館内が暗くなり、CMがはじまる。

 兄は肘掛に肘をつき、片頬をそこへと置いていた。なにもそんなに俺から離れなくてもと思った。

 ダイヤモンドのCMは十年前に見たやつと変わらなくて、苦笑い。

 永遠の輝きだな、ホントに。と兄にこそこそ耳打ちしたかったが、見れば兄はもう目を瞑っていた。

 なんてこった、寝る気か、アンタ。と本当に寝はじめた兄に呆れつつ、仕方なくスクリーンに視線を戻す。

 映画は実につまらないと開始10分で悟った。すげえつまんねえの。

 寝るつもりならなんでこんな映画選ぶんだよ。

 せめてひとり放って置かれる運命の弟が愉しく120分を過ごせるような配慮はないのか。

 けれど文句を云う相手は夢の中。見ればなかなかお目に掛かれない兄の寝顔。

 はん、なんだよ、安らかに寝やがって。

 眉間に皺寄ってないんだな、今は。でも難しそうな顔してるな。俺は苦笑い。しゃーねえの。

 そんでその内、眠気伝染。こんなラジー賞間違いなしの映画見てられません。

 俺は確信犯で兄の肩に頭を預ける。

 一瞬兄が瞑っていた眼をすぃと開き、目と目があったが、

 邪魔だとか重いとか文句を云うのも億劫だったのか何も云わず、また閉じた。

 俺も続いてオヤスミ。遠くにラジーな台詞が響いてた。

 ***

 「…おい」

 耳元で兄の声。それに目を覚ませば、辺りはもう明るくなっていた。

 「…終わったの…?」

 これまた確信犯で兄の肩に頭を乗せたまま呟けば、兄からの応えはなし。

 そりゃ明るくなってりゃ映画は終わったに違いない。

 そしてはじめは俺から離れていたはずの兄の顔がいつの間にか俺の方に寄せられていたことに気付く。

 どうやら寄りかかり合って眠っていたらしい。

 うんうん、仲良し兄弟だねえと半分以上寝ぼけた頭で考えていると、兄の手が伸びてきた。

 そのまま俺の前を通過、アイスコーヒーをふたつ取り上げて席を立つ。

 「出るぞ」

 へいへい。俺は欠伸をしながら兄に従った。

 ***

 夕方の街を歩きながら、兄に云う。

 「つーか、映画見る意味なかったな」

 あのラジー映画を見たいって云ったのはアンタなのに、アンタが寝てどうすんだよと笑ってやる。

 すると兄はいつものように意地悪な笑みを浮かべた。

 「静かで良く眠れた」

 あ、なんだ。最初からそれ狙いね。

 「ついでに飯食って帰ろうぜ」

 飯を食いながら、あのダイヤモンドの話でもしてみるかな。

 兄は適当な店の扉を開くところだった。




現代パラレル


 耳元で着信音。ああ煩いな。人が折角寝ているのにと目を覚ます。

 薄暗い部屋に不気味に浮き上がる液晶画面。知らない11桁の暗号が並んでいた。

 眠気に後ろ髪を引かれ、引き返しかけたが、10秒経っても切れないので仕方なく電話を取った。

 「…誰」

 そんなに不機嫌な声を出したつもりはなかったが、そういう声が出た。

 謎の相手は一瞬沈黙。なんだよ、だりぃ奴だなと思っていると、

 「報道緊急特番が2分後に始まる。録っておけ」

 ああ、なんだ。

 「パンツの色とか訊いてくる変態かと思ったぜ?」

 世の中にゃ謎ってもんがないんだね。電話の相手は兄貴だった。

 「俺寝てんだけど」

 「起きているだろう、今」

 やな奴。知ってるけど。

 「で、なに」

 用件くらい一度聞けば解るけど、焦らしてやった。けれど、

 「2分後始まる報道緊急特番を録っておけ、と云った」

 兄は別段焦らされた風もなく繰り返す。

 「…報道緊急特番ね…なに、何かあったのか?」

 「別に。よくある金のやりとりが世間に知れただけだ」

 ずりずりとベッドから起き上がる。

 居間のDVDで録ろうかと思ったが、面倒なのでこの寝室のビデオでいいや。

 「ふうん。兄貴のがばれたの?」

 テレビをつけ、チャンネルセット。

 「そこに私は映っているかね?」

 釈明会見だかなんだかが始まる。兄貴の姿はなかった。

 「つーか、なんで兄貴俺の番号知ってたんだ?」

 再びごろり横になる。

 散らかした掛布を引き摺り上げながら問うと、

 誰がお前の携帯電話料金を払っていると思っているんだと鼻で笑われた。

 あー、そうそう、そうでした。

 俺も兄貴の番号くらい登録しとこうかなあとぼんやり考えていると、

 「私のベッドに涎を垂らすなよ」

 プツ、ツーツー…。なんて切り方だ。

 俺はぺいっと携帯をその辺に放りだし、不気味にテレビだけが明るい兄貴の寝室で再び眠りへと落ちた。

 ***

 あれほど涎を垂らすなと注意したにも関わらず、弟は私のベッドに涎を垂らしながら眠っていた。

 腹這いになっている辺り、嫌がらせなのではないかと思う。

 テレビは点けっぱなし、ビデオは録画したそのまま。

 ネクタイを緩め、ベッドの縁に腰を下ろす。

 転がっていたリモコンを拾い上げ、録画停止。巻き戻して再生。

 まったくずさんな金の流し方だと感心しながら阿呆な奴らを拝む。

 だが少しして、ふと背中に触れるものを感じた。

 シャツの裾から入り込み、直に肌をたどたどしいを装いながらその実巧みに円を描く指先。

 「寝ていたのではないのか」

 振り向かず問うと、弟は暗闇の中、声を漏らし笑った。

 「今、起きてる」

 もう片方の腕が腰へと伸びて来て、手が腹へと回る。

 「そんなおっさん見るよりも、俺を見るほうが目の保養になるぜ」

 弟の手は片方はシャツの上から、もう片方は直に私の腰へと巻付いて、上目遣い。

 「おっさんを見終わったら、口直しをするとしよう」

 私はそのほっそりとした顎を指先で撫でた。




現代パラレル


 目を覚ますと、横で兄貴が煙草を吸っていた。

 寝煙草するなよと思いつつ、枕の下の目覚し時計を探り出す。午後2時半過ぎ。

 ちょっとだけ高機能のそれはSunと曜日まで教えてくれる優れもの。

 「…寝てた」

 鬱陶しい髪を掻き上げながら云うと、マルチェロは解り切っていることを云うなという目でこちらを見た。

 時間にすれば1時間程度、中途半端に寝てだるい。原因は他にもあるのだろうけど。

 マルチェロは傍らのテーブルに置いた空き缶に煙草の灰を落としては、また吸う。

 「アンタ、煙草吸うんだな」

 俺には吸うなとか云うくせに。

 「偶にな」

 俺は上半身のみを起こしたマルチェロを見上げながら、腹這いになって寝心地を確かめる。

 「そもそも煙草なんか持ってたっけ?」

 見たことねーよ。云うとマルチェロはこちらを見下ろし、口の端を上げた。

 あ、ヤな笑い方。まったく、ドッキンズックンしていけない。

 「コンドームを置いている所に一緒に置いてある」

 一気に萎える。最低。

 「…コンドームなんてあったんだ」

 自分でもムカツクほどに低い声。

 マルチェロは顎で部屋の隅のデスクを抉った。

 「あるぞ。そこに、な」

 てっきり小難しい俺にはよく分からない物が詰まっていると思いきや、煙草とコンドーム置いてあるらしい。

 「……」

 「何を拗ねている?」

 マルチェロはまた灰を缶に落とす。

 「だって俺とのときコンドームなんて使わねえだろ」

 「使って欲しいのか?」

 「そうじゃない。けど」

 そりゃあ俺だって女の子とする。そのことについてマルチェロは別に何も云わない。

 だからマルチェロが誰としようが俺はどうこう云えないし、云ってもいいけど子供みたいで嫌だ。

 なによりムカツクのはこの男が俺がこうして拗ねている理由までちゃんと全部丸ごと解っていて、

 知らない振りをすることだ。

 こいつ、俺の口から聞きたいんだ。

 「云わねえ」

 枕に顔を押し付けてぼそりと云ってやった。絶対云ってやらねえ。

 「子供だな、お前は」

 マルチェロの掌が背に触れる感触。煙草が空き缶の中に落ちる音。徐々に近付いてくる息遣い。

 「煙草吸える歳なんですけどね、これでも」

 うなじに掛かる髪を避けながら云うと、マルチェロの唇が素直にそこへと降ってきた。

 「煙草を吸おうが、酒をやろうが、女と遊ぼうが、お前は子供だ」

 軽く甘噛みをされて、嗚呼と吐息が漏れる。

 マルチェロは俺の耳に囁いた。

 「子供の方が可愛くて、良い」

 「狡いの、アンタ」

 そんなこと云ったら、コンドーム全部ゴミ箱に捨ててもう女とすんなとわめくよ、俺。

 「子供ぽくて可愛いだろ?」

 体反転。マルチェロの首に腕をするりと絡めて俺は子供らしく無邪気に笑いかけてやった。




現代パラレル


 兄の寝室・クローゼット前。

 「なあ兄貴、スーツ貸して欲しいんだけど」

 了承を得る前にオープン。取り出したる上着を試しに羽織って、

 「…でか」

 ぶかぶかとまではいかないが。

 「…兄貴太った?」

 そこで拳が落ちてくる。

 「お前が細いだけだろう」

 ぐいとって腰を摘まれて、

 「ぎゃっ!やめろよ、くすくったい!」

 「こら、身体を捩るな。皺が寄るだろう」

 また鉄拳、当兄比甘め。




現代パラレル


 なんでもない日曜日の昼下がり。だらだら部屋着でふたりは寝台の上。

 マルチェロは足を投げ出した格好で座り、学生のレポート添削。

 ククールはごろり寝転んで昨日買って来た雑誌をぺらりぺらり。

 そうして読み終わったなら用済み雑誌は床にバサリ。なあなあとばかりマルチェロに擦り寄る。

 「読み終わった」

 「そんな報告はいちいち要らん」

 「暇だ」

 「外で遊んで来い」

 「最近物騒なのに、外で一人で遊んだら危ねえだろ」

 「…本気で云っているのか」

 ちらりとマルチェロの視線。ククールはそれを受けて笑った。

 「本気でんなこと云うほうが危ないって」

 そこでべしっとはたかれる。ククールは気にした様子もなく次の雑誌に手を伸ばした。

 ぺらりぺらり。ぺらりぺら。ぱらぱら。バサリ。

 「読み終わった」

 「……」

 読み終われば擦り寄ってくるこの構造。自分が暇になればかまって欲しいこの我侭。

 マルチェロははあと溜息を吐いた。

 レポートに赤ペンを入れて、無視。

 するとククールはやはり気にした様子もなく、ずりずりとその腕を腰に回してきた。

 腰に抱きつかれた格好で、ククールの鼻先がマルチェロのシャツの裾を探る。

 潜り込んで臍にチュウ。

 「それ以上、下に行くなよ」

 マルチェロはちょうど良い位置にあったククールの頭に肘を付く。

 ククールは何度もそこに接吻けながら、「じゃあ上は?」と云った。

 マルチェロは上に来るくらいなら下がいいとは思ったが、

 あと五人分くらいは添削を終わらせておきたいのもまた本音。




現代パラレル


 兄が帰宅したことを玄関の扉が開く音で知り、俺はデジカメを片手にわざわざお出迎え。

 「なあなあ兄貴ぃ」

 すりすり身体を摺り寄せる。が、

 「気持ち悪い」

 ぐぃと引き離されて、 「ああん酷い」とか云うとまた気持ち悪がられた。でも俺、負けない。

 「なあなあ兄貴ぃ」

 とりあえず室内に上がろうとするマルチェロの背中にぴっとりすりつきながら、ふたりで前進。

 「お願いがあるんだけど、聴いてくれる?」

 思わせぶりに、きゅっと兄の腹に腕を回す。しかし手強き兄、コートを脱ぐ振りをしてまた俺をひっぺがす。

 「聴かない」

 「聴くくらいただだろ。聴いたらイイコト発生するかもしれないぜ」

 「ただより高いものはないと云う」

 「じゃあ勝手に俺云うからな。勝手にアンタの耳に届くくらいいいだろ」

 この世に空気があって良かった。声に出せば勝手に伝わる、素晴らしいシステム。

 「なー今日やろうよー」

 無視。

 「なー俺気持ちも身体もばっちりなんだって、いいだろー」

 無視無視。

 「でさ、ハメられ撮りしてもいい?」

 そこで兄は眉を顰めて振り返った。あんその眉根がセクシー、ぐへへ。

 「俺いつもアンタの顔じっくり拝む余裕なくてさ、やってるときのアンタの顔見たいわけ。

 俺で気持ちよくなっちゃってるアンタってどんな顔なのかなあとか気になるだろ」

 ね、いいだろとデジカメをちらつかせると、ものすごい勢いで奪われた。

 「また無駄遣いをしたな、バカが」

 えっ、怒るのはそこ!?




現代パラレル


 2月17日。ククールは冷蔵庫を開けて、何も取り出さず閉めた。思わずうえっぷとの仕草で兄を振り返る。

 「バレンタインにチョコは要らないって思ってる人が半数もいるって知ってた?」

 「そうらしいな。私もチョコレートは要らん方に賛成だ」

 「だから!極力チョコは断って来いって云ったじゃねえか。なのに貰ってきて…ったく、どうすんだよ、冷蔵庫」

 今日買ってきた食材が入らないとククールはぷちぷち文句。マルチェロはカウチで新聞を捲って、

 「お前こそ断ってくれば良いだろう」

 「だって、んなことしたら可愛い俺のハニーたちに悪いじゃねえか。

 バレンタイン前日、きっと俺への愛を込めて作ってくれたんだぜ?」

 「そのようなチョコレートを目の前にして、吐き気を催すほうがよっぽど彼女たちに悪いと思うがね」

 「いや、生理的反応だから仕方ないって」

 ククールは云ってから、意を決してもう一度冷蔵庫の扉を開く。

 「…あああ、やっぱりチョコレートが大量にある!」

 「邪魔なら食え」

 「この三日間ずっと食べてる。けど減らねえの。アンタも食えよ」

 「私は甘いものは嫌いだ」

 「俺も好きじゃないんだけど…」

 そこでもう一度開閉。

 「…やっぱまだある」

 「ククール、無駄に開け閉めをするな。電気代の無駄だ」

 「でも早く刺身入れなきゃ腐るし。入れるとこないし。俺はもうチョコレート食いたくないし。

 ああもういやだ、来年から俺はバレンタインはひきこもろう、そうしよう」

 そこで漸くマルチェロが新聞を置いて立ち上がる。そしてククールを押しのけ、冷蔵庫をがさごそ。

 「…チョコレート食べるの?」

 その背中にくっつきながらククール。そんなククールに肘鉄を食らわせながらマルチェロ、

 「チョコレートケーキを作る」

 「…ええ!?」

 「食べ方を工夫すればなんとか全部お前でも食えるだろう」

 「…食べるの結局俺なんだ」

 はあと溜息ククールに、マルチェロは口の端を上げてにやり見下ろす。

 「私からのバレンタイン、勿論受け取ってくれるな?ククール」

 ククール完敗。






             back or next