Marcello*Kukule




キンダーガーデン・クエストU



 「明日はね、サーベルト兄さんがお弁当作ってくれるの

 明日は願いの丘への遠足の日。

 ゼシカが喜びに微笑むその横で、ククールは恨めしそうに指を噛んだ。




 マルチェロが帰宅すると、ククールがぶーたれていた。

 ククール一人ならば放っておくが、ククールの前にオディロ院長がいるので仕方ない。

 「ククール。お前はまた何か我侭を云って院長を困らせているのだな?」

 見下ろせばククールはぷいと横を向く始末。

 「なんだ、その態度は。それが兄に向かってする態度か?」

 ぷい。

 「ククール!」

 ぷい。

 「こちらを向け」

 ぷい。

 「お前という奴は…!」

 ぷい〜だ!

 「……!」

 ククールのあまりの態度に苛立つマルチェロであったが、

 オディロ院長がそれを穏やかに留めた。

 「まあまあマルチェロや。わしは全く困っておらんぞ」

 「はあ、しかし」

 「むしろ困るのはマルチェロ、お前なのじゃ」

 「なんですと?」

 マルチェロは嫌な予感いっぱいに胸を膨らませた。




 夕刻のスーパーマーケット。

 五時から市に群がる主婦たちに混じりながらマルチェロは黙々とカートを押していた。

 隣にはマルチェロの服の裾を握ったククールもいる。

 「…で」

 とマルチェロは漸く口を開いた。

 「お前はいったいどのような弁当が良いのだ」

 つまりククールはマルチェロの手作り弁当を遠足に持って行きたいと云うのだ。

 「…おにぎりとか卵焼きとか」

 「それだけか?」

 「ミートボールとかハンバーグとか」

 「ふむふむ」

 「たこさんウィンナーとかエビフライとか、あとウサギりんごとか苺とか」

 「……」

 「つーか、兄貴とか!」

 「入るか、ボケ」

 「入ったら食っていいのかよ」

 「そういう問題ではない。私は食いものではないわ!」

 「いや、俺的には充分食えるよ。むしろ俺を食ってくれてもOKだけど

 いかん、とマルチェロは考える。

 このまま流されていては弁当に入れるおかずの材料一つ買えぬまま閉店を迎えるだろう。

 「ククール」

 「なに?」

 「その遠足には菓子は要らぬのか?」

 話題転換。

 ククールは少し考えて答えた。

 「あー。100円までって云っていたな、そういや。

 今時100円で買える菓子なんて探す方が難しいぜ。

 これだから旧態依然とした遠足の慣わしは嫌なんだよな」

 ぼやくククールにマルチェロはそうかそうかと頷いてやった。そして、

 「では探して来い」

 と一言。

 「な、なんだよそれ!」

 ククールはマルチェロと離れたくないのか顔色を変えるが、マルチェロはおかまいなし。

 「私はお前の弁当の材料を買うという役目がある。その点お前は身軽だろう」

 「…つまり俺は役立たずと云いたいわけだ。そりゃ確かにすることないけどな。

 …なるほど。わかりました。それほど云うなら菓子を買ってきてやるよ。お任せを」

 ククールは少し拗ねた様子で菓子売り場の方へと去っていった。

 「やるよ、とは…。そもそもお前が食う分なのだから、買ってくるが正しい表現だ」

マルチェロはとりあえず挽肉を買いに肉売り場へとカートを押した。




 「探してきたぜ、兄貴」

 マルチェロが野菜売り場で苺のパックを吟味していると、

 漸く戻って来たククールが抱えていた菓子をカートにどさりと入れる。

 見ればう○い棒が10本。

 「…何なのだ、これは」

 通常100円の範囲とはいえ、多種類の菓子を選ぶものではないのか?

 マルチェロが見やれば、弟は肩をすくめた。

 「消費税込みで10円だぜ?計算しやすかったんだよ」

 「バカか、お前は!」

 「だって俺幼稚園児だもんな。二桁同士の筆算なんてしらねえし

 「筆算とか云っている時点で知っているだろう、お前

 はあと呆れて溜息ひとつ。

 苺のパックをカートに入れた。

 「さあさっさと帰るぞ」

 「えー日用品コーナーとか見て行こうぜ。あそこ面白くて好きなんだ」

 「必要ない」

 「じゃあ、えーと、あっち行こう、あっち」

 「煩い。行きたいならひとりで行け。私は帰る」

 「なんだよ。俺はもっと兄貴とふたりっきりでお出掛けしたいのに!」

 「周囲にこれだけ人がいて何がふたりっきりだ」

 「やん!そんな、本格的にふたりっきりになりたいの?兄貴ったら、もぅ!!」

 バシバシ。

 ククールの手がマルチェロの足を打つ。

 その手を取ってマルチェロは引き摺るようにククールをレジへと連行した。

 ククールを返品したいと真剣に思った。



 
 目覚ましの音にマルチェロは素早く目覚める。

 隣には昨夜マルチェロが眠る頃にはいなかったはずのククールがもぐり込んでいたが、

 いつものことなのでもう気には留めなかった。

 深夜や明け方近くに目覚めてマルチェロのベッドにもぐり込んで来るククールを発見する度に、

 こんな幼い身で両親と死別した異母弟を不憫に思うが、

 実は別の目的でもぐり込んできているのではないかとも思う。

 やれやれとマルチェロは手早く身支度をし、キッチンに向かった。




 タイマーセットをしておいた米は炊けている。

 マルチェロはそれを確認した後、

 まずは野菜と肉をそれぞれ料理に合うように切り分け茹でることからはじめた。

 遠足の弁当くらいククールの意見を汲み取ってやることにしたマルチェロは、

 頭の中で本日のレシピを確認する。

 おにぎり、卵焼き、ミートボール、エビフライ、ウィンナー、ポテトサラダ、デザートにはりんごと苺。

 キッチンは朝からフル活動であった。

 拘りの男マルチェロは冷凍食品は一切使用しない。

 だがそこは合理主義のマルチェロ。

 ミートボールで使用する野菜はポテトサラダでも使用する野菜だった。

 キッチンに香ばしい匂いが漂い始める。

 全ての料理行程を無駄なく交錯させ、

 出来上がってゆくおかずを華麗なる手捌きで弁当箱に隙間なく詰めてゆくマルチェロ。

 だがりんごを詰めようとして、ふとその手が止まった。

 ククールは確かりんごはウサギ型にと云っていた。

 何故そんなにもウサギに拘るのかマルチェロにはいまいち解らなかったが、

 仕方なくりんご二切れをククールの云う通りに切ってやった。




 マルチェロが作った弁当とう○い棒10本をウキウキとリュックに詰め、

 ククールは少し早めに孤児院を発った。

 その姿を見送ったオディロ院長は、

 キッチンで後片付けをしていたマルチェロにすまなさそうに声を掛けた。

 「マルチェロや。朝早くからすまんかったのう」
 
 「いえ。別に大したことではありません」

 「いやいや、お前は確か…」

 「院長。すみませんが私もそろそろ行きます。

 試験に遅刻しては、いくら点を取れたところで零点ですのでね」

 マルチェロは彼特有のくちびるの端を上げての苦笑を浮かべた。




 願いの丘の頂上。

 ククールが女の子たちをはべらしてお弁当を開けると、その豪華さに他の園児達も集まってきた。

 「まあ!とっても美味しそうですわ」とミーティア。

 「全て手作りなんて、やるでがすな、ククールの兄貴は!」とヤンガス。

 「ホント、サーベルト兄さんの作ってくれたお弁当もすごく美味しそうだけど、

 アンタのおにいさんもやるわね。ね、エイトもそう思うよね!」


 ⇒はい

  いいえ



 ククールは鼻高々だった。

 改めて弁当を見て、マルチェロの家庭科5に感謝した。

 が。

 「ククールのおにいさんて、本当はサーベルト兄さんと同じくらい優しい人なのね」

 とゼシカがやたらと誉めるものだから不思議に思っていると、彼女はあっさりと続けた。

 「だって、今高校は中間試験の真っ最中よ?

 なのに貴重な時間を私やアンタに裂いてくれたんだから、感謝しなきゃね」

 ゼシカは微笑んだが、ククールは言葉も笑顔も返せなかった。




 マルチェロが明日試験の化学の教科書を読んでいると、

 ククールがただいまの一言もなく遠足から帰宅した。

 もちろんマルチェロからおかえりの一言などあったためしはなかったが。

 それでもマルチェロが弁当箱を洗うので出せと云うと、

 ククールはのろのろとリュックから空の弁当箱を取り出し俯いた。

 「…今度はなんだ」

 マルチェロが少し苛立って問うが、ククールは答えない。

 「ハンバーグでなくミートボールだったのが嫌だったのか?」

 しかしククールはふるふると首を振るばかり。

 「量が少なかったのか?」

 ふるふるククール。

 いらいらマルチェロ。

 「疲れたのか?」

 ふるふる。

 いらいら。

 「転んで怪我でもしたか?」

 「…ちがう」

 「誰かとまた喧嘩でもしたのか?」

 「ちがう」

 「腹が痛いのか?」

 「違う!」

 「頭が悪いのか?」

 「それはなにげに暴言だ」

 マルチェロは深く溜息をついた。

 とにかく弁当箱をよこせと手を伸ばすが、ククールは離さない。

 「なんで…」

 「…なんだ」

 「なんで、中間試験のこと云わなかったんだよ」

 マルチェロを見上げたククールは泣いてはいなかったが、

 強がりな眸は泣いている眼と良く似ていた。

 「アンタ、いつもいつもそうなんだよ。大切なことをひとつも俺に教えちゃくれない。

 それでいて、アンタは俺をうざがって、勝手に俺を嫌っちまうんだ!

 俺、アンタが本当に俺を許せないような事はしないよ。もう二度としたくないんだよ」

 生まれてきたこと以外で、もう二度と徹底的に嫌われるようなことはしたくない。
 
 ククールはそう云っているのだろう。

 マルチェロは暫く眉根を寄せて今にも泣き出しそうな弟を見下ろしていたが、やがてフンと鼻を鳴らした。

 「己惚れるなよ、ククール」

 「……」

 「この私がお前ごときのために私自身の利益をわざわざ削ると思うか?」

 「…思わない」

 「だろう?バカな連中と違い、私は前日徹夜などの愚は犯さん。

 日々の予習復習をなめている奴等が、徹夜などという非効率的勉強をするのだ。

 お前の弁当を作ろうが何をしようが、私の満点は確定事項だ」

 つまり、気にするなと云ってくれているのだろう、マルチェロは。

 ククールはそう思って、満面の笑みを取り戻した。

 「…でも我侭云ってごめんな、兄貴」

 さっと弁当箱をマルチェロに差し出す。

 「…もういい」

 マルチェロは軽くなった弁当箱を受け取り、ククールをぎこちなく撫でた。




 翌日の夜。

 試験も今日をもって終わり、

 マルチェロはいつもよりも少々さっぱりした気分で風呂から上がり、自室の扉を開いた。

 と、そこには。

 「ククール!!」

 ベッドの上に置かれたダンボール箱にククールが入っていた。

 ダンボール箱には「おべんとうばこ」の文字が。

 「何をしているのだ、お前は!」

 近付いて見下ろせば、ククールはにっこり。

 「さ。あーにき。俺を食って」

 「ぶっ」

 マルチェロは思わずくらついた。

 「バカか、お前は!」

 「好き嫌いはイケナイなあ、兄貴ぃ」

 がばちょ。

 「やめろ!やめろと云うのが聞こえんのか!」

 「きこえねー。はい、あ〜ん

 ククールがくちびるを近付ける。

 「何があ〜ん、だ!ふざけるな!」

 マルチェロはむぎゅっとククールの顔を押し戻す。

 「ひでえ兄貴、俺のことやっぱり嫌いだったんだ!」

 「好き嫌いの問題ではないわ!」

 「じゃ、あ〜ん」

 ぐいぐい。

 「だから、あ〜ん、ではない!」

 むぎゅむぎゅ。

 ぐいぐい。

 むぎゅむぎゅ。

 大切なことをひとつも教えてくれないとククールは云った。

 マルチェロは何も云わずにただククールを嫌っているとも云った。

 冤罪だ。

 マルチェロは最後にはククールの強制的な頬への接吻けを受けながら、思った。

 お前がこのようなことをするから私はお前が嫌いなのだ!

 そうも思ったが、ククールを横目で見やれば云う気も失せる。

 ククールは正しい。

 マルチェロが本当に許せないことをしようとはしない。

 ククールはこの点についてだけは正しいのだ。悔しいことに。






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