Marcello*Kukule




キンダーガーデン・クエストT



 マイエラ孤児院のオディロ院長が私立トロデーン幼稚園赤組のククールに差し出したのは、

 マルチェロ柄の新しい手提げ鞄であった。

 「兄貴だ、兄貴だ!」

 手にとリ喜ぶククールとは反対に公立高校に通う兄マルチェロは眩暈を起こした。

 「お待ち下さい、院長。何処でこのようなものを」

 ククールが裏返したり表返したり、はたまた持ってみたり、抱きしめてみたりするその手提げ鞄には、

 怒り顔のマルチェロ、無表情のマルチェロ、鼻で笑っているマルチェロ、泣いているマルチェロが、

 所狭しと青地にプリントされていた。

 「わしが作ったのじゃ」

 「作った!?」

 「そうじゃ。布1メートル、300円での

 「安っ」

 いろいろなことに思わずふらつくマルチェロ。

 しかしそのような彼の前でオディロ院長は微笑みながらククールの頭を撫でた。

 「今幼稚園では手作りでオリジナルな手提げ鞄がナウなそうじゃ。なあククール」

 「うん。みんなと比べるわけじゃないけどさ、やっぱり流行に遅れたら格好悪いだろ?」

 「いや、そんなことはどうでも良いのです」

 マルチェロは手でふたりを制止した。

 「問題は何故私の柄なのかということです。

 というか肖像権料も払わずに何処のどいつだ、このような柄を勝手に作るとは!」

 ククールの手提げ鞄を奪い取ってマルチェロ、忌々しげに自らのプリントと睨めっこ。

 するとククールが騒ぎ出した。

 「返せよ!それ、俺のだぞ!兄貴も欲しいんなら作ってもらえよ!

 「誰が要るか!」

 「よしよし、マルチェロ、お前にはククール柄の手提げ鞄を…

 「要りません」

 マルチェロは云い捨て、仕方なくククールに手提げ鞄を返した。

 そして肖像権料だけでも取ろうと呟きながら自室へ戻るマルチェロを、

 しかしオディロ院長は呼びとめて云った。

 「マルチェロ、すまんが明日はお前がククールを迎えに行ってくれんかのう」

 「はあ」

 「どうしても抜けれん用事があるのじゃ。では頼んだぞ、マルチェロ」

 オディロ院長はにっこりと微笑んだ。




 翌日の私立トロデーン幼稚園。

 保護者の迎えを待つ園児達が庭で手提げ鞄の見せ合いっこに励んでいた。

 「ミーティアは、雑草柄ですわ」

 「アッシは、山賊文字の羅列プリントでげす」

 「あたしは鉄球さ。どうだい?格好良いだろ」

 ミーティア、ヤンガス、ゲルタがそれぞれ胸を張っていると、

 ゼシカもやって来て、ほらと手提げ鞄を嬉しげに見せる。

 「あたしはハートとウサギ。いいでしょ?」

 そこへエイトもやって来る。

 振り返ってゼシカが問うた。

 「あ、ねえ、エイトは?どんな手提げ鞄なの?見せてもらっていい?」


 ⇒はい

   いいえ



 エイトが差し出した手提げ鞄はトーポがプリントされたものであった。

 ゼシカとミーティアが歓声を上げる。

 「可愛い!」

 「ホント、とっても可愛いわね。いいなあ、エイト」

 と、そこへククールが割って入った。

 「ゼシカ、ほら、見てみろよ」

 マルチェロプリントの手提げ鞄を誇らしげに見せる。

 「俺なんか兄貴柄だぜ?」

 するとゼシカの目が丸くなり、そしてみるみる悔しげな表情を浮かべた。

 「な…なによ…羨ましくなんかないわ!」

 「とか云いながら、本当は羨ましいんだろ」

 「違うわよ!」

 睨むゼシカ、余裕たっぷりククール。

 囃し立てるゲルタ。

 「ふたりとも止めるでがすよ」

 「そうですわ。喧嘩はいけません。ねえ、エイト」


 ⇒はい

   いいえ



 とそこへ園長であり理事長でもあるトロデがてててててとやって来た。

 「こらあ、お前たち!喧嘩はいかんと云うとるじゃろ!」

 「だって、ククールが」

 「俺は何もやってねーよ」

 その様子に溜息をついてトロデ。

 「そうか。またお前たちか…。ちょうどいい。ゼシカにククール、迎えが来ておるぞ」

 そう云って振り返ったトロデの背後には、サーベルトとマルチェロ。

 サーベルトは有名私立高校の制服を、マルチェロは有数の進学公立高校の制服を纏っていた。

 「サーベルト兄さん!」

 駆け寄り、足に抱きつくゼシカ。

 そのゼシカを軽々と抱き上げてサーベルトは優しく叱った。

 「ゼシカ、喧嘩しちゃダメだろう?」

 「…うん、ごめんなさい」

 その様子をマジマジと見ていたククール。

 「マルチェロ兄貴!」

 同じように駆け寄り、その足に抱きつこうとした瞬間、ひょいと避けられ地面に激突した。

 「いってえ。なにも避けることないだろ!?

 そのククールを見下ろしてマルチェロ。

 「ククール、きちんとあの娘に謝罪しろ」

 「はあ?俺別に悪いことしてねーよ」

 「喧嘩していたのだろう?原因はなんだ。またどうせお前がくだらんことを云ったのだろう」
 
 「くだらなくない。ただ兄貴柄の鞄をちょーっと自慢しただけで

 「充分くだらん!」

 ギリギリとククール耳を引っ張る。

 「いででででででででで!」

 そんなやりとりをしていると、ふたりの周囲に園児が集まってきた。

 曰く、

 「まあ、あの方がククールのお兄さまなのですね。鞄の怒り顔プリントと似ていらっしゃいますわ

 「そうだねえ。けど実物の方が可愛げがないね

 「かゆくなってきたでがす…兄貴は大丈夫でやんすか?」


     はい

 ⇒いいえ


 「柄よりM字の角度がきついんじゃない?」

 「……………………」

 マルチェロは奥歯をかみ締め、ククールの手を引き、孤児院へと帰宅した。




 その夜。

 「ククール。あの手提げ鞄、どうしても幼稚園で使いたいのか?」

 夜遊びが好きなククールをオディロ院長に代わって寝かしつけながらマルチェロは問うた。

 「うん。だってオディロ院長が作ってくれたし、それに兄貴柄だから

 「そうか。わかった」

 マルチェロはククールのベッドから降り、扉へと向かう。

 ククールは慌てて引きとめた。

 「院長はいつも本を読んでくれるぜ?」

 「本くらいもう自分で読め。でなければ寝ろ」

 マルチェロはパタンと扉を閉め、よしとひとつ頷いた。




 ミシン、裁縫道具、布、フェルト、その他諸々。

 マルチェロは手提げ鞄作りを開始した。

 なんとしてもククールからあの手提げ鞄を取り上げなければならない。

 でなければ二度と幼稚園のお迎えには行けない。

 ミシンがうなる。

 糸という魚が布の海を華麗に泳ぐ。

 針先が光る。

 整った縫い目、狂いなき形、しかも内外ポケット付き。

 ぷつっとマルチェロは糸を歯で噛みきった。

 「できた…」

 が、出来上がった空色の手提げ鞄を広げてマルチェロは首を捻った。

 空色無地の手提げ鞄とあの忌々しいがククールお気に入りのマルチェロプリント手提げ鞄では、

 ククールはマルチェロプリント柄を必ず選ぶだろう。

 マルチェロは出来上がった鞄を机に置き、ククールの寝室へと向かった。




 「起きろ、ククール!」

 バタンと扉を開けると、てっきり寝ていると思っていたククールは本を読んでいた。

 「なに…どうしたんだ!?」

 驚いたのか、目を丸くするククールに近づいてマルチェロ。

 「まだ起きていたのか。子供は寝る時間だ

 「アンタ、云ってることが矛盾してるぜ…」

 「で、ククール。お前は何が好きだ?」

 「はあ…?」

 「お前の好きなものを挙げてみろ」

 「そりゃ、兄貴」

 「私以外でだ!」

 何故自ら進んでマルチェロ柄をプリントせねばならんのか。

 イライラしているマルチェロに、ククールはえーとと上辺だけ真剣に考える。

 「んー…オ…」

 「因みにオディロ院長もなしだ。人間ではなく、動物や物などだ」

 「えーと、じゃあ…」




 「スライムナイトだと!?」

 どすどすどすと自室に戻り、手提げ鞄に向き合ったマルチェロは思わず声を上げた。

 「あんな面倒なものを作り、貼りつける私の苦労も考えろ!」

 と云いつつ、早速はさみでフェルトを切り始める。

 「せめてスライムと云えば簡単に出来たものを…」

 ちくちくとマルチェロが丁寧に縫う針と時計の針の音が重なって。




 翌朝。

 オディロ院長が作ったお弁当をククールがマルチェロ柄手提げ鞄に入れていると、

 マルチェロが何かを手に現れた。

 「ククール」

 「あ、おはよ、兄貴」

 「今日からはこれを使え」

 と、差し出されたのは空色の新しい手提げ鞄。内外ポケット付き。

 表には大きくスライムナイト、裏には小さぷりずにゃん刺繍。

 おまけにぷりずにゃんから出た吹き出しにはククールの名前と住所。

 「…すげえ!なにこれ、俺にくれんの!?」

 ククールは受け取り、あらゆる角度から鞄を眺めて、マルチェロを見上げた。

 「やる。やるから今日から使え」

 「うん!…あ…いや…でも…」

 ククールが顔を曇らせ、見やった先にはオディロ院長が作ってくれた手提げ鞄。

 マルチェロは黙ってククールを見る。

 そこへオディロ院長がやって来て、云った。

 「おお!これは素晴らしいのう。どうしたのじゃ、ククール?」

 「兄貴が作ってくれたんだ」

 「そうかそうか。じゃあもっと皆に自慢できるのう」

 「…うん」

 髪を撫でるオディロ院長の手の下から、ククールは小さく有難うと云った。

 院長は何も云わず微笑む。

 そしてマルチェロを振り仰ぎ、ウインクひとつ。

 「さて、そろそろ出掛けねば遅刻なのではないかの?」

 はたと気が付けば、8時。

 ふたりは孤児院を飛び出した。




 「兄貴が裁縫が得意なんて知らなかったぜ」

 走りながらククール。

 「得意なのではない。家庭科も重要な副科目であるからを取っただけのこと

 ククールとは歩幅が違うので早歩きをしながらマルチェロ。

 「なあ、兄貴。今日も迎えに来てくれんの?」

 その問いにマルチェロは少し考える。そして、

 「生徒会が早く終わればな」

 笑うククールのその手の鞄と同じように、今日の空は快晴だった。






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