Marcello*Kukule




マイエラ・ファンシイ・ダンス



 「おい、誰かいないのか?」

 マルチェロが団長室の扉を開け呼びかけると、

 タイミング良く廊下を歩いていた赤い騎士服がはあいと間延びした返事を返した。

 「いますよー、ここに」

 「お前か…」

 「なんですか、そのすごく嫌そうな顔は。

 偶にはククールかvと喜んでも罰は当たらないと思いますがね?」

 ククールがマルチェロに歩み寄る。

 マルチェロは見下ろし、くちびるを吊り笑んだ。

 「サーベルの試し切りに立候補するのならば、

 冥土の土産にククールかvと喜んでやってもいいが、どうだね?」

 「いや、たぶんククールかvと喜んでくれた時点で俺死ぬから。

 今もちょっと女神さまが三途の川の向こうで俺を誘っているのが見えたし。試し切りになりませんよ」

 「三途の川は宗教が違うだろう。というかそんなことはどうでも宜しい」

 「…いいのかよ」

 「暇なのはお前だけか?」

 「さあ。俺はお勤め帰りでよく解りません」

 「…まあ良い。

 お前のような者でも何かの役に立つ確率は決して0%ではなきんしもあらずかもしれぬ

 「いや、そこまで無理に期待してくれなくていいから」

 「付いて来たまえ。聖堂騎士団員ククール。私が行く道に落ちている小石拾いくらいは出来るだろう

 「って何処行くんですか?その前に俺が行く意味あるのかよ!小石拾いって!

 それでもククールはマルチェロの背を追って修道院を後にした。




 湿った空気にカビくささを感じてククールは辟易した。

 旧修道院跡地。

 闇を照らす唯一の光りはマルチェロの持つ松明の炎のみ。

 「なんでまたこんな辛気臭い処に俺を連れ込んで…?」

 ククールが前を行くマルチェロの背に問うと、

 「表現が間違っている。誰が貴様なんぞ連れ込むか。

 …マイエラ地方は昔から伝染病が多い。ここも伝染病のため閉鎖された。

 そこで伝染病の対策を考えようと思ったのだが、以前の資料が欲しくてね。

 こうして旧修道院跡地まで出向いて来たわけだ。解ったかね?」

 マルチェロは振り返らず答えた。

 「ってことは、目指すはその伝染病対策関連の資料なわけですね」

 ククールが闇を見回しながら云う。

 果たしてその資料とやらは何処にあるのやらと思っていると、

 階段に差し掛かったのか、マルチェロの背中がククールの視線の下部へと移る。

 「その通りだ。以前よりかしこさは上がっているようだな

 光りが遠ざかるのを感じ、ククールは足を速めた。

 「お褒めに預かり光栄です、団長殿…って、うわ!?」

 ぬるん。

 ブーツの底が何かに滑る。

 「でぇぇぇ!?」

 マルチェロが松明ごと振り返ったことだけが解った。

 そのままふたりでずてんずてんごろんごろん。

 気付けば辺りは闇だった。

 「ってえ」

 ククールは痛む頭部を押さえながら、なんとか上半身を起こす。

 松明の火はなかった。

 「あ…あれ、団長殿?」

 見回しても闇。ククールはマルチェロを近くに遠くに呼ぶ。

 「団長殿!だんちょーどの〜!マルチェロー!あーにきぃ?」

 「って貴様はわざとやっているのか!?」

 声はすぐ下からやって来た。ククールの下にマルチェロ。

 「え…あ、団長殿、そこに!?」

 ククールはぺたぺたと体の下にある感触に触れる。

 確かにこの触り心地は仕立ての良い聖堂騎士団団長の騎士服。

 「なにがそこに!?だ!そしてへんなところを触るな。どけ」

 「いや、だって。俺、アンタに乗ることないからさ。解らなかったんですよ」

 今度乗らしてねと云いながら、ククールは立ち上がった。

 すぐ傍でマルチェロが立ち上がる気配。

 どうやら服についた土埃などを払っているようだった。

 「まったく…どうしてくれるのだね。松明が消えてしまったではないか」

 からりとマルチェロのブーツが松明を弄ぶ音がする。

 「でも団長殿は炎系の魔法をお使いになるから」

 「松明といえどもしけってしまっては役に立たん」

 「じゃなくて、その辺を燃やしたら明るいかなと

 「放火してどうする」

 連れてくるんじゃなかったと旧修道院跡地・地下一階でマルチェロはもう後悔をした。




 旧修道院跡地・地下二階。

 明かりを失った騎士団長と団員は手探りに道を進んでいた。

 「っていうか、ここ何処ですかね」

 「お前がすっ転んだおかげで階段を降りる手間がはぶけ、今は地下二階だろう」

 ふぅんとククールは頷いて、カビが生えた壁に手を伸ばす。

 そこはどうやら行き止まりだったが、足に何かが当たる感触。

 試しにがんがんと蹴ってみると、どうやら宝箱のようだった。

 「団長殿。こっちに宝箱がありますが、どうしますか?」

 癖なのか、見えもしないのに闇を振り返る。

 するとマルチェロが確かな足取りで近寄って来た。ククールの声を手掛かりにしているのだろう。

 「どうしますか、だと?開けるに決まっているだろう

 「は?しかし目的は伝染病の…」

 だが、そこでマルチェロの目がカッと闇に光った。

 「バカ者。ダンジョンに限らず、民家だろうが、城だろうが宝箱は開けるためにあるのだ!

 宝箱は開ける!壷は割る!袋には手を突っ込め!

 かっぱらえるものはかっぱらい、使えぬ物は売る。錬金して売れば尚お得!

 というわけで、開けろ」

 「…アンタ、騎士団長よりも旅人やったほうがいいんじゃないか…?

 ククールは云いながらも宝箱の蓋に手を掛ける。

 力を込め、一気に押し上げ覗きこんだその中はひとくいばこだった。

 「神のもとでこの罪を悔いるが良い」

 マルチェロはサーベルでひとくいばこを一刀両断した。

 「…どんな罪だよ」

 ククールは真っ二つに割れられたひとくいばこを少し憐れみながら、

 その隣にも宝箱があることに気付き、手を掛けた。

 次もひとくいばこなら俺がやられる!と思いながら蓋を上げようとして、

 「う…ん?」

 がちゃがちゃがちゃ。

 「…開かない」

 漸く闇に慣れて来た目でマルチェロを見上げる。

 マルチェロは組んでいた腕を解き、ふむと顎に手をやり考える。

 「鍵が掛かっているようだな」
 
 「そっか。じゃ仕方ないよな」

 が、マルチェロは再びバカ者とククールを怒鳴った。

 「何故それくらいのことで諦める。その頭は顔の付属品か?

 そして何処に行くんだよと云うククールを無視して、闇の中へと消える。

 しばらくして帰って来たマルチェロの手には、一本の釘が握られていた

 「あ、何かを錬金するのか?」

 ククールが手を打つと、しかしマルチェロははあと溜息を吐いた。

 「錬金釜もないのにどうやって錬金するというのだね」

 「じゃあどうするんですか、って、おい!?」

 ククールが思わずつっこんだ先には釘を宝箱の鍵穴に差して弄る聖堂騎士団騎士団長。

 「そんなことしていいのかよ!?」

 「騎士団の規則に釘で宝箱を開けてはならぬとあったかね?」

 「騎士団云々じゃなくて、人としていいのかな…

 ククールが呟く中、宝箱はすぐにカチリと音を立てて開いた。

 呆然とするククールを尻目にマルチェロの手が宝箱の中を探り、一枚の紙切れを取り出した。

 「…暗くて読めぬな。松明でもあれば良かったのだが

 「あーあー、スミマセンでしたね!」

 ククールは宝箱に背を向け、さっさと先に進むことにした。




 「あの、団長殿」

 ククールは前を歩いているだろう団長にそっと声を掛けた。

 「手…握ってもいいですか?」

 「ぶっ飛ばすぞ、貴様」

 予想通り前方から返って来る声にククールは慌てて手を振った。

 「ちっ、違うって!手でも握らないと迷子になりそうなんですが」

 何処まで進んでも辺りは闇・闇・闇。

 旧修道院の地図でも頭に叩き込んでいるのか迷いなく前を行くマルチェロとは違い、

 ククールは気を抜けばマルチェロさえ見失ってしまいかねなかった。

 「誰がこんな状況にしたか解っているのかね?ククール」

 「俺です。でもやっちゃったことは仕方ないし。

 俺がアンタと出掛けたまま戻らないなんて事態、まずいでしょう?」

 確かに。

 マルチェロは少し考えて腰のサーベルを抜いた。そして後方に差し出す。

 「どわっ」

 先端が何かに、たぶんククールに当たる感触。

 「あっ、危ねえな!今ちょっと太股にチクリときたぞ!?

 「ザクリといかなくて良かったな。これでも握っていろ」

 「握ったら血が出るじゃねえか」

 そうぶつぶつ文句も云いながらも手を切らないように刃を摘むククール。

 「…やっぱり手の方がいいんですけど」

 てくてくてく。

 「貴様と手を繋ぐなど気味が悪い」

 ずんずんずん。

 「じゃあケープのはしっことか服とか握るだけでいいからさ」

 「お断りだ。剣の先を握れるだけでも神に感謝しろ」

 云われて、ククールは諦め嘆息混じり呟いた。

 「…感謝してますよ、団長殿に」

 それにマルチェロが何事か云い返そうと口を開いた瞬間、がいこつとミイラ男が現れた!

 「ふん、雑魚が」

 マルチェロは慌てず手にしたサーベルを構えようとして、サーベルが異様に重いことに気がつく。

 振り向くとククールがまだ剣先を摘んでいた。

 「離せこのアホたれ!」

 がいこつは頭蓋を持ち上げ今にもこちらに投げて来そうな勢い。

 マルチェロの判断は一瞬でついた。

 「ええい、面倒!」

 サーベルとそれを握ったままのククールごとがいこつに投げつけてやった。

 「ぎゃーっ!?」

 倒れるがいこつとミイラ男、そしてククール。

 その中で唯一ククールだけが闇の中もぞもぞと生きていた。

 「…なんだ、会心の一撃だと思ったのだが。トドメを刺さねばな

 とマルチェロ。

 「刺すな!」

 ククールが叫ぶ。

 マルチェロは無視してククールの傍に落ちていたサーベルの柄を手探りで拾い当てた。

 「冗談だ。貴様を連れて帰らねば、困るのは私の方なのだろう?

 それにモンスター共を倒すのにお前を投げるのが手っ取り早いことも解ったしな

 「くさった死体にだけはどうかやめてください、マジで」

 「ミイラ男もかなりギリギリだな。臭うぞ、お前

 「う…嘘!?」

 思わず腕を鼻先につけてククール。

 その顔前にぬらりとマルチェロのサーベルが突き出された。ククールは慌ててマルチェロを見上げる。

 「な、なにするんだよ!?」

 「…何をするとは。さっさと立ち上がれ、ククール。行くぞ」

 どうやらサーベルを握れということらしい。

 ククールはやはり刃の部分を慎重に摘みながら立ち上がった。

 兄からのやさしさはいつだって微量でかなり微妙だ。




 時に宝箱を開けながら、時にモンスターたちを倒しながら、ふたりはひたすら旧修道院跡地を進んでいた。

 「…思ったよりも時間が掛かるな。やはり足元が暗いせいか?

 「もうそのイヤミは何回も聞きましたっ。しつこいんだよ、いい加減。

 まあ…アレのしつこさはいいんだけどねえ。長くて好きだ

 「何の話をしているのだ、お前は」

 そのような会話を交わしながらふたりの目がかなり闇に慣れて来た頃、一枚の扉に行き当たった。

 「うーむ、この唐突感。先には何か重要なものがあると見た」

 マルチェロが何かの確信を得たように頷く。

 「そんな…熟練のゲーマーのような発言…」

 「煩い。さっさと開けたまえ、ククール」

 「へいへい」

 ククールが両手で扉を前へ前へと押すと、重厚な扉は軋みながらも開いてゆく。
 
 そこには唐突に嘆きの亡霊が立っていた。

 「あああ…寂しい…苦しい…」

 「メラゾーマ」

 間髪入れず燃え上がる嘆きの亡霊。

 「って、おいおいおいおい。こんな倒し方しちゃっていいのかよ!?」

 「問題ない。戦闘とはHPを0にするものだ

 「でっ、でもアイツはなんか救いつーか、

 神ぽいもので倒してやったほうがきっと良かったと思うんですけど…」

 ほら、とククールが指差した先には嘆きの亡霊。

 「あああ…寂しい…苦しい…」

 「な?まだ成仏してねえだろ?」

 「だからそれは他宗教だと云うに。…金にもならん祈りをするほど暇ではない

 マルチェロは嘆きの亡霊を蹴り倒して先に進むことにした。




 なんだかんだで漸く資料室らしきものを発見したのは、

 旧修道院跡地に入ってから何時間もしてのことだった。

 闇にうっすら見えるは並んだ本棚とそこから落ちた本たち。

 ククールは試しに一冊本棚から抜き取ってみたが、すぐにぼろぼろと崩れてしまった。

 「…こんな中から伝染病の資料なんて探せるのかね」

 マルチェロも手近の一冊を抜き取り開く、が。

 「暗くて読めぬ」

 「そりゃそうだ。どうします?全部持って帰りますか?」

 「誰のせいだと思っているのだ、誰のせいだと」

 マルチェロはしばし黙考した後、ククールの足元に崩れて落ちた本の残骸を見やった。

 「燃やすか」

 「それって放火なんかじゃ…。

 っていうか先ほど俺が提案したときには団長殿は却下されたのでは?」

 「もう読めぬものなど不用だ。ならば燃やして明かりにした方が良い。神もそれを望まれている

 「えらく細かな神さまだな」

 「こういうときに神は便利なものだな」

 そう云うとマルチェロは手当たり次第本を取り出し始めた。

 そして崩れ落ちる本とそうでない本を分け、メラを唱える。生まれる仄かな明かり。

 炎の影がマルチェロの顔にゆれる。

 マルチェロは黙々と資料に目を通し始め、更にそれを選り分け始めた。

 ククールが選別されたそれを手に取り読んでみると、

 伝染病についてのものはもちろん、

 歴史的価値のありそうな記述が載る本、旧修道院の収集録なども含まれていた。

 「ククール」

 不意に顔を上げるマルチェロ。

 「なんですか?」

 「暇ならばこれらの本を修道院へ運んで欲しいのだがね?」

 云われてククールは辺りの本を掻き集めて抱いた。

 確かにすることもないし暇だった。

 「んじゃ先に帰ってますね、団長殿」

 てくてくと数歩マルチェロから離れ、口にした呪文は、

 「ルー…」

 「ルーラだと!?」

 マルチェロがバカが!と声を上げたことには気付いたが、

 「ラ」

 発動したものは止めようがない。

 ククールはがこん!と天井に思いっきり頭をぶつけ、そのまま地へと落下した。




 気がつけば目の前には兄の顔があった。

 少し気絶していたのかもしれない。頭がずきずきと痛んだ。

 「バカ者が。ルーラはダンジョン脱出用の呪文ではないことくらい知っているだろう」

 マルチェロの手が顔に翳される。

 「まったく…貴様はほとんど役に立たない上、手間まで掛けさせおって」

 マルチェロの口が紡ぐのはホイミ。

 「あ…兄貴…」

 ククールは思わず目の前の男を兄と呼んだ。

 「お…俺に回復魔法を…?」

 「…不本意だが、仕方あるまい。

 もしも顔に傷でも入っていようものなら、傷物で値引きされるやもしれんからな

 「結局そこかよ!」

 と思いながらもククールは兄の癒しに身を委ねた。

 目を閉じて感じるは、ゆるゆる溶かされていく痛み。

 「次はきちんとリレミトを唱えるのだぞ」

 マルチェロの声もやさしく聞こえるのだから不思議だ。

 ククールは心地良さにややうっとりとした声で答えた。

 「俺…リレミト使えないよ、兄貴」

 「…なんだと?」

 兄の声が固まる。

 「…もしかして…兄貴も使えない…とか?」

 ククールももちろん固まった。




 というわけで。

 「あああ…寂しい…苦しい…」

 「やっかましいわ!」

 大量の資料本を腕に抱えたマルチェロに踏み倒される亡霊。

 「あああ…寂しい…苦しい…」

 「うるせー!

 俺の方が兄貴に相手にされないわ、本は兄貴の三倍だわで、

 寂しくて苦しくて身悶えしてんだぞ、こら!!


 ククールに踏みつけられる嘆きの亡霊。

 「本当に役立たずだな、貴様という奴は!」

 「兄貴だってリレミト使えないくせに!」

 「兄などと呼ぶな!

 ルーラで天井に頭ぶつけるバカの兄など耐えられんわ!

 「あーあーあー!何度でも云ってやるよ、ちくしょう!

 あーにき!兄貴!あ・に・きぃ!弟のククールですよ〜!」

 「触るな、擦り寄るな、へんな声で呼ぶな!

 「なんだよ!アレのときの俺の声気に入ってんだろ!」

 「だーれが気に入るか!あのようなただのぺしゃんこの蛙のような声!

 そこに割って入る声ひとつ。

 「あああ…あの…寂しいのは置いておき、本当に踏まれて苦しいんですが…」

 嘆きの亡霊がククールの足の裏から苦しげに訴えると、

 「さっさと成仏しろ!」

 ふたりは同時に拳で亡霊をぶん殴った。

 そして、

 「だいたい貴様という奴は…!」

 「兄貴はなあ!」

 結局成仏できない嘆きの亡霊を残し、猛スピードで去って行く兄弟。

 「ううう…恨んでやる…恨んでやる…」

 嘆きの亡霊が旧修道院にとり憑いたのは云うまでもない。






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